医者の先入観についての私的考察 [仕事のこと]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別箇の仕事で都内を廻る予定です。
今日は雑談です。
僕は数年前に山道で転んで左手を強く突き、
左の肘の部分を骨折すると共に、
左の手首の靭帯を損傷しました。
最初に転んだ場所の近くの病院に、
救急で受診し、
診た医者は肘のレントゲン写真を撮って、
肘の骨折の疑いと診断しました。
それで急遽東京に戻り、
近所の整形外科の医院を受診しました。
最初に何処が痛いのかと聞かれたので、
肘と手首が痛いと言いました。
すると、もう一度肘のレントゲンと、
それから追加で手首のレントゲンを撮りました。
レントゲンで手首には骨折はなかったので、
「今は痛みはあっても、段々と良くなりますよ」
という判断でした。
ところが、
4週間くらいが経過しても、
肘の痛みはなくなり、骨折の治癒も良好でしたが、
手の痛みは良くなりません。
手のひらを腕立て伏せをするように床に付けて、
少し力を加えるだけで、
耐え難いような痛みが起こります。
それで診察の際にそのことを話したのですが、
整形外科の先生は、
骨折はないから大丈夫、と言うだけで、
痛いという手首を触ってもくれませんでした。
ちょっと不信を持ったので、
紹介で手の外科の専門医を受診しました。
すると、手首に少し力を掛けるような診察をして、
靭帯の損傷がある可能性が高く、
手術で良くなると言われました。
MRIも撮ったのですが、
それでは靭帯の損傷の有無は確定的には言えませんでした。
後は手術の時に確認するしかありません。
それで手術に踏み切りました。
結果は靭帯の断裂が確認され、
それを縫合する手術が行われました。
経過は順調で、
今では痛みはなく普通に腕立て伏せも出来ます。
手の外科の先生が術前にしたことは、
診察で手首の関節の動揺性を確認しただけです。
つまり、
それなりの知識と、
診察のスキルとがあれば、
別に高い検査をしなくても、
診断は出来るのです。
一方で「レントゲンで骨折はないから大丈夫」
という先入観があり、
「多少靭帯など痛めていても、自然に治ることが多いから大丈夫」
という認識があると、
患者が幾ら痛いと主張しても、
スルーされて、
手も触れてもくれないで、
それでおしまいです。
もし手術をしなければ、
痛みは間違いなく一生残ったと思います。
実際診療所を受診される患者さんのお話しでも、
そうしたことはよく聞きます。
医療の持つこうした不平等性というものは、
憤りを感じますが、
なかなか修正はされないように思います。
それから今度は僕の親族の事例です。
白内障の手術をある第一人者の先生にやってもらったのですが、
手術後から目の奥の痛みが出て、
それが次第に強くなります。
それでその先生に恐る恐るそう申し上げたのですが、
「私の手術は完璧なので、そんな痛みが出ることはありません」
というひとことで終わりです。
その後のフォローは、
その先生の同期の開業医の先生が受け持つことになり、
今度はその開業医の先生に、
同じ話をしました。
開業医の先生は一通りの診察をした上で、
「さすが手術は完璧です」
と手術をした先生の太鼓持ちのようなことを言うと、
目には何の問題もないので、
他の原因で痛いのかも知れません、
と何となくメンタルな原因を仄めかすような言い方です。
薬も何も出してはくれません。
しかし、矢張り痛いことは痛いのです。
2週間くらい我慢しましたが、
それでも悪化するばかりなので、
別の病院の眼科を受診しました。
どうも手術をした先生の薫陶を受けた医者の診察では、
まともに取り合ってはもらえないように思えたからです。
病院の先生の診断はドライアイで、
それも角膜上皮が障害され、
捲れあがって目を刺激しているので、
かなり重症の部類で、
「これでは痛いでしょう」という判断でした。
ドライアイには多くの原因がありますが、
白内障などの手術のストレスは、
その隠れた要因の1つとして、
教科書などにも書かれていますし、
重症の事例の症例報告も沢山存在しています。
つまり、白内障の手術後に、
予期せぬ目の痛みが生じるなら、
当然想定して然るべき合併症です。
しかし、
「白内障手術のみの名医」である大先生はともかくとして、
フォローを任された開業の眼科の先生が、
「そんな痛みが出る訳がない、メンタルじゃないの?」
というような対応なのは如何なものでしょうか?
おそらくその先生の診察を受けた時点では、
ドライアイはそこまで重症の状態ではなかったのだと思います。
しかし、注意深く患者の話を聞けば、
その可能性を考えるのは理屈から言えば自然なことで、
それが全くなされなかったのは、
その先生には崇拝する先生への思いの方が、
目の前の患者の痛みの原因を追究しようという情熱よりも、
遥かに勝っていたことがその原因と考えられます。
つまり、
「あの先生の手術は完璧なので、
仮に手術後の患者さんが痛みを訴えれば、
それは目以外の原因によるものだ」
という先入観があったのです。
そんな曇った目では、
診断は出来ないのが当然のことです。
ドライアイの治療により、
症状は徐々に改善しました。
しかし、
手術をした名医と、
その太鼓持ちの先生の診断を真面目に信じていたら、
もっと病状は進行していたことは間違いがありません。
こうした経過で、
失明の事例も報告があります。
医療というのは不平等なもので、
こうしたことが現実にはしばしばあるのです。
その一番の原因は医者の先入観で、
僕も自身を振り返ればエラそうなことは言えません。
多くの患者さんを、
この先入観の犠牲にして、
適切な治療や診断から遠ざけて来たように思います。
しかし、
それで被害を被った患者さんは、
概ね別の医療機関を受診するので、
医者はそのことに気付いたり、
それを反省したりすることが少ないのです。
最初の事例で言えば、
僕は開業の整形外科の先生のところに、
二度と行くつもりはありませんし、
顔も見たくはありません。
本当はそのことをお伝えする方が、
多くの患者さんのためになることは分かってはいるのですが、
矢張りその苦痛を敢えてする気にはなりません。
2つ目の事例で言えば、
僕の親族はもう二度とその太鼓持ちの開業医のところには、
行くつもりは毛頭ありませんが、
矢張りそのことを相手に説明するのは、
その労力と相手の反応の不愉快さとを想定すると、
とてもそうする気にはならないのです。
医者は1つ1つの失敗から、
本当はもっと多くのことを学び、
その診療レベルを上げることが出来る筈ですが、
実際には人間同士の関係というのは、
非常に難しいもので、
こうした些細な先入観に基く誤りでも、
それを正すには多くのハードルが待ち構えているもののようです。
何故今日こうしたことを書いたのかと言えば、
今日はいつものように、
これから診療がある訳ですが、
少なくとも不用意な先入観を極力持つことなく、
患者さんの診察には当たりたいと思い、
その1つの意思表示として、
心の中のもやもやしていたものの幾つかを、
ここに形にしてみたのです。
こうした事例を何処かに全てストックして、
いつでも誰でも閲覧可能とし、
それを元にした研修などを、
自動車のように医師免許を更新制にして、
定期的に全ての医師に義務付けるようにすれば、
医療は少し良い方向に向かうかも知れません。
皆さんはどうお考えになりますか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別箇の仕事で都内を廻る予定です。
今日は雑談です。
僕は数年前に山道で転んで左手を強く突き、
左の肘の部分を骨折すると共に、
左の手首の靭帯を損傷しました。
最初に転んだ場所の近くの病院に、
救急で受診し、
診た医者は肘のレントゲン写真を撮って、
肘の骨折の疑いと診断しました。
それで急遽東京に戻り、
近所の整形外科の医院を受診しました。
最初に何処が痛いのかと聞かれたので、
肘と手首が痛いと言いました。
すると、もう一度肘のレントゲンと、
それから追加で手首のレントゲンを撮りました。
レントゲンで手首には骨折はなかったので、
「今は痛みはあっても、段々と良くなりますよ」
という判断でした。
ところが、
4週間くらいが経過しても、
肘の痛みはなくなり、骨折の治癒も良好でしたが、
手の痛みは良くなりません。
手のひらを腕立て伏せをするように床に付けて、
少し力を加えるだけで、
耐え難いような痛みが起こります。
それで診察の際にそのことを話したのですが、
整形外科の先生は、
骨折はないから大丈夫、と言うだけで、
痛いという手首を触ってもくれませんでした。
ちょっと不信を持ったので、
紹介で手の外科の専門医を受診しました。
すると、手首に少し力を掛けるような診察をして、
靭帯の損傷がある可能性が高く、
手術で良くなると言われました。
MRIも撮ったのですが、
それでは靭帯の損傷の有無は確定的には言えませんでした。
後は手術の時に確認するしかありません。
それで手術に踏み切りました。
結果は靭帯の断裂が確認され、
それを縫合する手術が行われました。
経過は順調で、
今では痛みはなく普通に腕立て伏せも出来ます。
手の外科の先生が術前にしたことは、
診察で手首の関節の動揺性を確認しただけです。
つまり、
それなりの知識と、
診察のスキルとがあれば、
別に高い検査をしなくても、
診断は出来るのです。
一方で「レントゲンで骨折はないから大丈夫」
という先入観があり、
「多少靭帯など痛めていても、自然に治ることが多いから大丈夫」
という認識があると、
患者が幾ら痛いと主張しても、
スルーされて、
手も触れてもくれないで、
それでおしまいです。
もし手術をしなければ、
痛みは間違いなく一生残ったと思います。
実際診療所を受診される患者さんのお話しでも、
そうしたことはよく聞きます。
医療の持つこうした不平等性というものは、
憤りを感じますが、
なかなか修正はされないように思います。
それから今度は僕の親族の事例です。
白内障の手術をある第一人者の先生にやってもらったのですが、
手術後から目の奥の痛みが出て、
それが次第に強くなります。
それでその先生に恐る恐るそう申し上げたのですが、
「私の手術は完璧なので、そんな痛みが出ることはありません」
というひとことで終わりです。
その後のフォローは、
その先生の同期の開業医の先生が受け持つことになり、
今度はその開業医の先生に、
同じ話をしました。
開業医の先生は一通りの診察をした上で、
「さすが手術は完璧です」
と手術をした先生の太鼓持ちのようなことを言うと、
目には何の問題もないので、
他の原因で痛いのかも知れません、
と何となくメンタルな原因を仄めかすような言い方です。
薬も何も出してはくれません。
しかし、矢張り痛いことは痛いのです。
2週間くらい我慢しましたが、
それでも悪化するばかりなので、
別の病院の眼科を受診しました。
どうも手術をした先生の薫陶を受けた医者の診察では、
まともに取り合ってはもらえないように思えたからです。
病院の先生の診断はドライアイで、
それも角膜上皮が障害され、
捲れあがって目を刺激しているので、
かなり重症の部類で、
「これでは痛いでしょう」という判断でした。
ドライアイには多くの原因がありますが、
白内障などの手術のストレスは、
その隠れた要因の1つとして、
教科書などにも書かれていますし、
重症の事例の症例報告も沢山存在しています。
つまり、白内障の手術後に、
予期せぬ目の痛みが生じるなら、
当然想定して然るべき合併症です。
しかし、
「白内障手術のみの名医」である大先生はともかくとして、
フォローを任された開業の眼科の先生が、
「そんな痛みが出る訳がない、メンタルじゃないの?」
というような対応なのは如何なものでしょうか?
おそらくその先生の診察を受けた時点では、
ドライアイはそこまで重症の状態ではなかったのだと思います。
しかし、注意深く患者の話を聞けば、
その可能性を考えるのは理屈から言えば自然なことで、
それが全くなされなかったのは、
その先生には崇拝する先生への思いの方が、
目の前の患者の痛みの原因を追究しようという情熱よりも、
遥かに勝っていたことがその原因と考えられます。
つまり、
「あの先生の手術は完璧なので、
仮に手術後の患者さんが痛みを訴えれば、
それは目以外の原因によるものだ」
という先入観があったのです。
そんな曇った目では、
診断は出来ないのが当然のことです。
ドライアイの治療により、
症状は徐々に改善しました。
しかし、
手術をした名医と、
その太鼓持ちの先生の診断を真面目に信じていたら、
もっと病状は進行していたことは間違いがありません。
こうした経過で、
失明の事例も報告があります。
医療というのは不平等なもので、
こうしたことが現実にはしばしばあるのです。
その一番の原因は医者の先入観で、
僕も自身を振り返ればエラそうなことは言えません。
多くの患者さんを、
この先入観の犠牲にして、
適切な治療や診断から遠ざけて来たように思います。
しかし、
それで被害を被った患者さんは、
概ね別の医療機関を受診するので、
医者はそのことに気付いたり、
それを反省したりすることが少ないのです。
最初の事例で言えば、
僕は開業の整形外科の先生のところに、
二度と行くつもりはありませんし、
顔も見たくはありません。
本当はそのことをお伝えする方が、
多くの患者さんのためになることは分かってはいるのですが、
矢張りその苦痛を敢えてする気にはなりません。
2つ目の事例で言えば、
僕の親族はもう二度とその太鼓持ちの開業医のところには、
行くつもりは毛頭ありませんが、
矢張りそのことを相手に説明するのは、
その労力と相手の反応の不愉快さとを想定すると、
とてもそうする気にはならないのです。
医者は1つ1つの失敗から、
本当はもっと多くのことを学び、
その診療レベルを上げることが出来る筈ですが、
実際には人間同士の関係というのは、
非常に難しいもので、
こうした些細な先入観に基く誤りでも、
それを正すには多くのハードルが待ち構えているもののようです。
何故今日こうしたことを書いたのかと言えば、
今日はいつものように、
これから診療がある訳ですが、
少なくとも不用意な先入観を極力持つことなく、
患者さんの診察には当たりたいと思い、
その1つの意思表示として、
心の中のもやもやしていたものの幾つかを、
ここに形にしてみたのです。
こうした事例を何処かに全てストックして、
いつでも誰でも閲覧可能とし、
それを元にした研修などを、
自動車のように医師免許を更新制にして、
定期的に全ての医師に義務付けるようにすれば、
医療は少し良い方向に向かうかも知れません。
皆さんはどうお考えになりますか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2015-03-11 08:14
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コメント(17)
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患者としてこころあたりがあるので、うなづきながら拝見致しました。
確かに対応が良くなかった医院にはもう行きたくないですから、
そのお医者さんは自分の誤った対応や診断について
知る機会がなくなってしまいます。
その次に行った医院で、
「前の医師にこういう診察を受けたのですが、全く痛みがひかなくて・・・」
と経過を説明しますから、
お医者さん同士の勉強会や集まりで、こういう経験を
分かち合って、今後の診察に対応していただければ、と
一患者として思います。
by オレンジ (2015-03-11 10:41)
すべて先生のおっしゃる通りに考えていました。
ほぼ、誰にでも経験のあることだと思うし、
むしろ「医者でない人にとっては普通の考え方」だと思います。
ましてや「自動車のように医師免許を更新制」は
絶対に必要だと思うし、そうでないのがおかしいと思います。
人の命に関わることだし、日進月歩の世界なのだから。
by desidesi (2015-03-11 12:34)
日本は医療機関へのアクセスが自由なので、
医師の方も、自分が見逃してはいけないという責任感が希薄になる面もあると思います。
もっと名医がいると思うなら、患者が勝手に行けばいいので、それで済んでしまう。自己責任の世界です。
by suwacomame (2015-03-11 13:45)
小生も大腿骨骨折で運ばれた救急病院で、手術後、尋常でない痛み・・・排骨神経麻痺。輸血をしていないのにトラアミが数千まで上がりました。ぶどう球菌に感染したことを発見してもらえず、化膿性骨髄炎になってしまったことも発見してもらえませんでした。いつも痛みがありましたが、主治医は聞いてくれませんでした。(前河〇総合病院部長)
転院(東京警〇病院分院)したら、化膿性骨髄炎と診断、手術で13時間もかかりました。前医が創外固定し、電気を流していたため、じわじわと骨が腐って動脈を圧迫。そのため、手ごわい骨髄炎で、病巣をけずったり、抗生剤の潅流をしても再発のくりかえしで入退院をくりかえしていました。輸血でHCVにも感染しました。
小生もそれなりのスキルのあるお医者さんに診てもらわないといけないと思いました。
by ひでほ (2015-03-11 14:06)
不用意な先入観は、どこから来るのでしょうか…
そういったものが生まれる、生まれやすい状況なども興味深いと思います。
いまその状態だ、と気付くことが出来れば、その時先入観にも気づけることができるかもしれませんね。
私はアマシ師で医師ではありませんが、治療院で患者さんをみる立場にいます。
気をつけたいと思いながらも、抜けきれてないと思っています。
また、[目の前の患者の痛みの原因を追究しようという情熱]はあっても、
間違いはそもそも無知に起因することもあり、
(アマシ師は医師よりもひどい状況だと思います)
免許を超えた実際的な勉強の場がほしいと思っています。
免許の更新制には賛成です。
全ての医療資格は生涯学習ですからそのほうが医療を受けるほうも安心です。
ちゃんと有効かどうかはわかりませんが、多少は変わると思います。
by はせが (2015-03-11 15:54)
どのような職業でも同じと思いますが、自信と謙虚さが必要では凪いでしょうか。
by Silvermac (2015-03-11 20:21)
オレンジさんへ
コメントありがとうございます。
失敗の共有というのは、
なかなか難しいものであるようです。
by fujiki (2015-03-11 22:51)
desidesiさんへ
コメントありがとうございます。
専門医制度の作り直しもありますし、
実質的な更新制の流れにはなるように思います。
by fujiki (2015-03-11 22:58)
suwakomameさんへ
コメントありがとうございます。
確かにフリーアクセスの良い面もあり、
それが不平等に繋がることもあるのだと思います。
by fujiki (2015-03-11 23:00)
ひでほさんへ
お辛い体験をされたのですね。
先入観はつくづく怖いと思います。
皆さんのお辛い体験が、
将来に繋がるようなシステムがあれば良いのですが。
by fujiki (2015-03-11 23:03)
はせがさんへ
コメントありがとうございます。
先入観というのも人間の思考の効率性の1つの現れで、
うまく機能すれば、
無駄な思考を減らせると思うのですが、
往々にして悪い方向に進むのが問題だと思います。
by fujiki (2015-03-11 23:05)
Silvermacさんへ
ご指摘の通りだと思います。
心に刻みます。
by fujiki (2015-03-11 23:06)
こんにちは。
手のケガのことは、お気の毒だなと思います。
痛がる様子を見ていて、もっと濃厚な治療は出来なかったのでしょうか。
相手(先生)がこれから、手を使う仕事を続けること等、深い解釈が必要だと感じました。
by さき (2015-03-29 15:10)
さきさんへ
コメントありがとうございます。
こうしたケースは、
実際には多いように思います。
by fujiki (2015-03-30 06:01)
薬剤師としてよくそのような現場に遭遇します
処方箋からの推察ですが、何度も何度も同じ処方では、他を受診なされば良いのにと思いながら、なかなか、特に門前ならもっと、口に出せない現状に自己嫌悪に陥ります
by chacha (2015-03-30 10:56)
chachaさんへ
コメントありがとうございます。
アドバイスをすれば良い、というものでもないと思いますし、
難しいですね。
by fujiki (2015-03-31 08:21)
パソコンばかりみて患者の顔を見ず患者の話を最後まで聞いて下さらず、他の患者さんにはそんな症状は出ない!と言われる先生が多い中石原先生は患者の話を傾聴して下さる
お医者さんだといつもブログを拝見しています。私事ですが、30代で橋本病からくる無痛性甲状腺機能低下症、その後甲状腺機能低下症、40代で副腎腫瘍によるクッシング症候群で右副腎摘出。術後2年以上経ちますが調子のよい日がないです。大学病院内分泌科を受診しています。朝コートリル15mg、夕5mg服用中です。今コルチゾール4、ACTH68、TSHが11.5 、T4 T3が基準値内ですが以前Dr.はTSHが10を越えたらチラージン服用と言われていたのですがTSHが10を越えのにチラージン服用しなくても良いと言われました。頭痛が酷く脳のMRIとその後ノドの痛さが縦にあり自分で甲状腺を触るとシコリがあり内分泌科Dr.に超音波検査を依頼しました。偶然内頚動脈狭窄も発見されました。頭痛は副腎、甲状腺、内頚動脈狭窄と絶対関係ない!と断言され、内頚動脈狭窄はどうすれば良いですか?と聞いてもあなたが決めて下さい!血栓が飛んだら脳梗塞ですと言われ治療なしです。手のこわばりもあり同じ大学病院のリウマチ科でシェーグレン未確定での免疫異常との事でアザルフィジンを服用しています。左足親指の痺れと腫れで靴が小さくなってます。パニック発作時間も以前は5分ほどでしたが、今は2時間半〜と長くなってます。心療内科Dr.は甲状腺TSHが高すぎるとチラージンを服用と言われ、大学病院内分泌科Dr.は潜在性甲状腺機能低下症だからチラージンは捨てろと言われます。結果服用してません。潜在性甲状腺機能低下症でのリスクで動脈硬化も関係し悪化が心配です。ソラナックスとレスタスでパニック発作はしのいでいます。石原先生のように患者の気持ちや訴えを傾聴して下さる方にお会いしたいです。今のお医者さんは不整脈が出ても、手の脈の所にも触れない、聴診器もあてない、その様な診療方針になっているのでしょうか?
まとまりない文面で申し訳ありません。
by terumi (2015-07-26 21:45)