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降圧剤治療と認知症の進行との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
低血圧と認知機能低下.jpg
今月のJAMA Intern Med.誌にウェブ掲載された、
高血圧の治療が高齢者の認知機能に、
与える影響についての論文です。

高血圧と認知症との関連については、
現状はまだ議論のあるところです。

高血圧が認知症のリスクになることは、
疫学データなどではほぼ事実として認められています。

これはつまり、
正常な高齢者と認知症の高齢者とを、
多くの人数集めて解析したところ、
血圧の高い高齢者の方が、
認知症の頻度が多かった、
というようなデータです。
また、高血圧の患者さんの方が、
そうでない人よりも、
その後の認知症の発症がし易く、
その進行も早かった、
とするデータも報告されています。

一方で高血圧の患者さんに対して、
治療を行なった方が認知症の発症や進行が予防出来るのか、
という点についてはまだ議論の余地が残っています。

高血圧治療をした方が、
認知症の進行が予防された、
というデータがある一方で、
血圧の治療による低下によって、
認知症の発症が増加したことを示唆するデータも存在しています。

確かに降圧治療を行なうことによって、
脳の血流が低下し、
認知機能がより低下し易くなるのではないか、
という推論は可能です。

ただ、正常な血流維持の反射が保たれていれば、
血圧が少なくとも正常範囲で低下しても、
脳へのダメージが起こるとは考え難く、
こうした現象が仮に起こるとすれば、
認知症の患者さんにおいては、
体血圧の低下による脳へのダメージが、
正常な方より起こり易い、
ということがある筈ですが、
現時点ではそれを実証したような、
信頼性の高いデータは存在していないのです。

認知症のリスクのある患者さんにおいて、
降圧治療は過度にならないように行なう必要があるとして、
それは具体的にどのような指標を設定し、
一般臨床において何を基準にして行なうべきなのでしょうか?

高齢者の生命予後や心血管リスクという観点から、
国内外のガイドラインにおいて、
降圧の目標値は一般成人より高めに設定されていますが、
それは認知症の発症や進行を、
配慮したものではありません。

その点については、
まだ信頼性の高いデータは、
あまり存在していないのです。

今回の研究においては、
イタリアの2箇所の認知症を扱うクリニックにおいて、
MMSE(ミニメンタルテスト)という認知機能の判定指標で、
10から27点の、
軽度認知機能低下から顯性の認知症の患者さん、
トータル172名を登録し、
血圧を24時間の血圧計と、
診察時の血圧の両者で比較して、
平均で9ヶ月の経過観察期間中の、
血圧と認知機能の低下との関連性を検証しています。

登録の時点で、
患者さんの平均年齢は79歳で、
概ね7割の患者さんが降圧剤による治療を継続しています。
また、68%の患者さんが顯性の認知症と診断され、
32%の患者さんが、認知症とのボーダーラインである、
軽度認知機能低下と診断されています。
(この軽度認知機能低下という区分は、
新しい国際的な診断基準からは呼び方が変わる予定です)

24時間血圧計による日中の収縮期血圧の平均値を、
128以下と129から144、そして145以上に3分割して検討すると、
観察期間前後のMMSEの低下率は、
128以下の血圧低下群が、
それ以外の2群と比較して、
有意に大きい、という結果になりました。

具体的には血圧が128から144と、
145以上の群が、
MMSEの低下が平均で0.7点に留まったのに対して、
128以下の群では2.8点の低下となっていました。

この違いは降圧剤治療群のみの解析では、
同様に認められましたが、
降圧剤を飲んでいない患者さんのみの解析では、
有意なものではなく、
そうした傾向自体も認められませんでした。

そして、24時間血圧計ではなく、
診察室血圧で同様の解析を行なっても、
矢張り有意な差は認められませんでした。

つまり、
家庭血圧で128以下のような血圧コントロールを持続することは、
数ヶ月という短期間においても、
認知機能の低下に結び付く可能性がある、
という結果です。
更にはこの差を診察室での血圧で検証することは困難で、
24時間血圧の積極的な活用が望ましい、
ということになります。

ただ、
この試験は例数もさほど多くはなく、
短期間の影響しか見ていないので、
本当にこうした軽度の血圧低下が、
認知機能の低下に結び付くとは、
断定的には言えないように思います。

また、降圧剤治療群ではそうした傾向が出て、
未治療では出なかったことより、
降圧剤による降圧の影響を指摘していますが、
実際には7割は降圧剤治療群なので、
この判断も微妙に思います。

短期間であれば、
降圧目標値を途中で変えて、
クロスオーバー的な試験にするのも一案だと思いますが、
そこまでの検討はされていません。

更には24時間血圧計による測定を、
全ての高血圧の高齢の患者さんで行うことは、
あまり現実的ではなく、
もっと簡便で全ての医療機関で可能なような手法により、
適正な降圧かそうでないのかを、
判別する方法の検討が今後は必要となるように思います。

それでも、
高齢者への降圧治療が、
たとえ短期間であっても認知機能の低下に結び付く可能性がある、
という知見は一般臨床においても重く受け止める必要があり、
降圧治療中には、
軽度認知機能低下の疑われる患者さんでは、
MMSEのようなチェックを定期的に行なうなど、
その時点での血圧の目標値が、
本当に患者さんの予後に対して、
良い影響を与えているのかを、
批判的に検証することが、
臨床医には求められているように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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コメント 8

midori

先生こんにちは。
健康相談です。

今年になって毎週のように風邪をひいています。
たぶん今は10回目です。
というか、完治せずに再燃が繰り返されているだけかもしれません。

(くしゃみ・鼻水が主症状ですが、鼻炎ではないかと思っていると、
 頭痛や軽い喉の痛み、全身の「ウイルスに罹っている感」があり、
 総合感冒薬で軽快するので風邪だと思うのですが)

先日の胃カメラの時はちょうど治っていて、
お話しなかったことを帰ってから後悔しました。

受診したほうがよろしいでしょうか?
(毎日残業はしていますが、7時間程度の睡眠と、食事は普通に摂れています)
by midori (2015-03-09 13:33) 

fujiki

midoriさんへ
そうしたことはあると思うので、
全身的な体調(だるさなど)に大きな問題がなければ、
経過を見ても良いようには思います。
ご心配でしたら、
採血をしてアレルギーの数値や炎症所見、
肝機能などを見ておくことは、
安心の面では意味があると思いますので、
いつでもおいで下さい。
by fujiki (2015-03-09 21:35) 

midori

先生ありがとうございました。
少し様子を見て、そのうち伺います。
よろしくお願いします。
by midori (2015-03-10 12:47) 

誠快醫院院長鹿島田忠史

私ごとですが、降圧剤を長年飲んでいる親戚が認知症となり、降圧治療と認知症の関係を調べていてこのブログを見つけました。紹介されている論文に書かれている結果は積極的な降圧治療を勧めている学会や臨床医には都合の悪い事実でしょうから、発表者の勇気には敬服します。
極めて有用な論文をご紹介頂いた石原藤樹先生には心から感謝いたします。

by 誠快醫院院長鹿島田忠史 (2015-06-01 14:16) 

fujiki

鹿島田忠史様
コメントありがとうございます。
下がりすぎも、
1つのリスクであることは間違いがないように思います。
by fujiki (2015-06-01 21:31) 

mieko

先生、こんにちは。母が長年、高血圧を放置して認知症です。認知症になる前に飲んでいた降圧剤はカルシウム拮抗薬でした。しかしカルシウム拮抗薬は動脈硬化が無い血管をよく広げ、動脈硬化が生じた血管は広がらない、このため、動脈硬化により血流が低下した領域の血流は更に悪化しやすくなると聞きました。ということは、母のように長年、高血圧を放置し、動脈硬化が進んだ患者には処方してはいけない薬なのではないですか?数ある降圧剤の中で、なぜ母にはカルシウム拮抗薬が処方されたのでしょうか?先生はどのような患者にカルシウム拮抗薬をチョイスするのですか?私は認知症の原因は高血圧放置はもちろん、カルシウム拮抗薬も関わっているのではないかと疑っているのですが、先生はどう思われますか?
by mieko (2015-11-05 12:28) 

fujiki

miekoさんへ
カルシウム拮抗剤が常に悪い、
ということではないと思いますが、
動脈硬化の進行が予想される高齢者では、
通常より慎重に、
降圧剤の使用と管理は、
なされる必要があるとは思います。
それはカルシウム拮抗薬に、
限るということではないように思います。
一時期カルシウム拮抗薬で生命予後が悪化する、
というような報告がありましたが、
現行使用されている長時間作用型のカルシウム拮抗薬に関しては、他の薬と比較して、
特に降圧時のリスクが高い、
という評価にはなっていないと思います。
by fujiki (2015-11-07 08:07) 

mieko

石原先生、お忙しいところ、お返事をありがとうございます。カルシウム拮抗薬が認知症の原因のひとつかと思っていましたが、それだけではないのですね。実は母の家系は高血圧で、母の姉は40代の頃から降圧剤を飲んでいます。現在、83歳で認知症ではありません。そして降圧剤はカルシウム拮抗薬ではないです。それにひきかえ、母は40代の頃から高血圧なのに、降圧剤を飲み始めたのが60代後半でカルシウム拮抗薬でした。現在81歳で認知症です。多発性脳梗塞があり、アルツハイマー混合のレビーということです。降圧剤を飲み始めた時期が高齢なのに、カルシウム拮抗薬なんか処方するからこんなことに?と思っていました。でも一番の原因は、たぶん高血圧放置ですよね〜。認知症予防は自己管理が大事だと思いました。ありがとうございました。
by mieko (2015-11-10 09:27) 

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