食品用乳化剤による代謝異常と炎症性腸疾患のリスクについて [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のNature誌のレターですが、
一般に広く使用されている食品用乳化剤が、
腸内細菌の組成を変化させ、
それにより腸の慢性炎症を来したり、
体重の増加や内臓脂肪の蓄積をもたらすのではないか、
という動物実験結果についての文献です。
レターとは言え、Nature誌に載るくらいですから、
非常に沢山の実験が緻密に行われています。
その意味では一定の信頼性を寄せても、
良いと思える内容です。
オボカタさんのような方も実在していますから、
Natureも今は査読には慎重だと思います。
内容的には全てネズミの実験ですが。
人間でも使用される量で、
12週間という短期間で現象が起こっているので、
今後に与える影響の大きな知見ではあると思います。
さて、乳化剤というのは、
本来分離してしまう水と油を、
その仲立ちをして混ざり合わせて、
その状態を安定化させるような物質で、
非常に多くの用途に使用され、
その物質としての特性も、
純粋に自然界に存在するものから、
合成して作られたものまで様々です。
そのうちで人体に直接触れる用途としては、
食品添加物としての使用と、
化粧品としての使用とがあります。
食品添加物としての乳化剤は、
クリームやドレッシングなどを長持ちさせたり、
食品の光沢を増したり、
形が崩れるのを抑えたりする用途で、
パンやケーキ、アイスなどを始めとして、
広く使用されています。
今回実験に使用されているのは、
カルボキシメチルセルロースと、
ポリソルベート80という2つの成分ですが、
いずれも日本でもアメリカでも、
その規制量は違いますが、
広く使用されている食品用乳化剤です。
これらはいずれも、
天然の油脂の成分などを元に、
合成された物質です。
毒性試験や安全性試験はそれぞれに行なわれ、
カルボキシメチルセルロースは、
毒性や発癌性のないものとして承認され、
ポリソルベート80については、
下痢がそれほど高濃度でなくてもしばしば起こり、
母体に使用した際の胎児の神経発生毒性と、
高濃度での発癌性が、
疑われるとするデータがありますが、
摂取許容量ではそのリスクは極めて少ない、
という判断がされています。
このため、
アメリカのFDAは、
カルボキシメチルセルロースについては、
食品の2%まで、
ポリソルベート80については、
食品の1%までの使用を認めています。
日本の厚労省では、
カルボキシメチルセルロースはアメリカと同じ基準で、
ポリソルベート80については、
アメリカの50分の1という低用量が基準値となっています。
さて、この食品用乳化剤が、
腸管粘膜の障害を来し、
クローン病や潰瘍性大腸炎などの、
所謂炎症性腸疾患の誘因の1つになっているのではないか、
という仮説が以前から存在しています。
今回の文献においては、
その真偽を検証する目的で、
まずネズミに12週間カルボキシメチルセルロースと、
ポリソルベート80を水に混ぜて飲ませ、
ただの水を飲ませたネズミと、
大腸の粘膜の状態や腸内細菌叢の変化、
体重や内臓脂肪の変化、
などを比較しています。
乳化剤の濃度は1%ですから、
アメリカでは人間で認められている濃度、
ということになります。
ネズミは野生のままのネズミと、
炎症性腸疾患を来たし易い素因を持つ、
炎症性腸疾患のモデル動物のネズミの双方が使われています。
その結果…
2種類の乳化剤を飲ませたネズミでは、
そうでないネズミと比較して、
腸管の壁の粘液の成分が減少し、
腸内細菌の組成にも変化が認められました。
そして、細菌が粘膜を超え、
より深い部分まで侵食していることが確認されました。
ここまでの変化は野生のネズミでも認められ、
軽度の炎症性の変化と思われます。
そして、炎症性腸疾患のモデル動物のネズミでは、
より明確に腸管壁の炎症が惹起されていました。
つまり、乳化剤は何らかのメカニズムにより、
腸内細菌叢を変化させ、
粘液を減らし、
腸の炎症を起り易くする、
という可能性が示唆されたのです。
更に乳化剤を飲ませたネズミでは、
体重は増加し、内臓脂肪が増え、
カルボキシメチルセルロースでのみ、
血糖値も上昇していました。
つまり、代謝状態が変化し、
メタボリックシンドロームに近い状態が、
乳化剤により誘発されています。
何故このような変化が、
短期間の乳化剤の使用で起こったのでしょうか?
1つは腸内細菌叢の変化が、
原因であることが考えられ、
もう1つの可能性としては、
乳化剤の使用による腸内の脂質組成の変化が、
原因であることも想定されます。
このことを確認する目的で、
無菌状態のネズミに、
乳化剤を使用後のネズミの便を、
移植する実験も行われています。
便の移植により同じ現象が確認されれば、
乳化剤の直接影響ではなく、
腸内細菌の変化による二次的な影響と想定されるのです。
その結果、
便の移植により、
腸内細菌の粘膜への侵食の所見や、
野生ネズミに見られるレベルの炎症所見、
体重の増加や内蔵脂肪の増加については、
同じ現象が再現されましたが、
粘液の減少や腸内の脂質組成の変化は、
再現されませんでした。
つまり、
乳化剤の使用により、
脂質組成が変化し、
おそらくはそのために、
腸内細菌叢の変化と粘液の減少が起こります。
すると、主に腸内細菌叢の変化により、
腸内環境が変化して炎症が惹起され、
それを粘液の減少が後押ししている、
というようなメカニズムが想定されます。
現時点ではこれは動物実験のデータに過ぎません。
それでは、
人間でもこうした現象の起こる可能性があるのでしょうか?
それはまだ不明と考えるのが妥当だと思います。
上記文献の著者らは、
食品用乳化剤の近年の使用が、
クローン病などの炎症性腸疾患の最近の増加の、
原因ではないか、という立場を明確に取っていて、
論文の結語もそうした文章になっているのですが、
その立場が実験結果に影響を与えた可能性を、
否定は出来ないからです。
今回使用された2種類の乳化剤については、
アメリカのFDAでも、
日本の厚労省でも、
かなり綿密な毒性のチェックが行われていますが、
高用量の使用においても、
下痢は見られても、
明確な腸の炎症が惹起された、
というような報告はありません。
人間に使用するのと同等の濃度で、
12週程度使用しただけで明確に生じる変化が、
毒性試験等において全く確認されない、
というのは考え難いことのように思えるのです。
ただ、それでは全くの絵空事かと言えば、
そうしたことは勿論なく、
上記の文献にあるようなメカニズムは、
充分想定は可能なものなので、
今後の知見の蓄積を待ちたいと思いますし、
別の研究グループによる追試も期待したいと思います。
現時点での考えとしては、
食品用乳化剤が、
それほどリスクの高いものとは思えませんが、
それでも腸の調子が悪い方は、
食事からの乳化剤の摂り過ぎがないかどうかも、
一度チェックされるのは意味のあることのように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のNature誌のレターですが、
一般に広く使用されている食品用乳化剤が、
腸内細菌の組成を変化させ、
それにより腸の慢性炎症を来したり、
体重の増加や内臓脂肪の蓄積をもたらすのではないか、
という動物実験結果についての文献です。
レターとは言え、Nature誌に載るくらいですから、
非常に沢山の実験が緻密に行われています。
その意味では一定の信頼性を寄せても、
良いと思える内容です。
オボカタさんのような方も実在していますから、
Natureも今は査読には慎重だと思います。
内容的には全てネズミの実験ですが。
人間でも使用される量で、
12週間という短期間で現象が起こっているので、
今後に与える影響の大きな知見ではあると思います。
さて、乳化剤というのは、
本来分離してしまう水と油を、
その仲立ちをして混ざり合わせて、
その状態を安定化させるような物質で、
非常に多くの用途に使用され、
その物質としての特性も、
純粋に自然界に存在するものから、
合成して作られたものまで様々です。
そのうちで人体に直接触れる用途としては、
食品添加物としての使用と、
化粧品としての使用とがあります。
食品添加物としての乳化剤は、
クリームやドレッシングなどを長持ちさせたり、
食品の光沢を増したり、
形が崩れるのを抑えたりする用途で、
パンやケーキ、アイスなどを始めとして、
広く使用されています。
今回実験に使用されているのは、
カルボキシメチルセルロースと、
ポリソルベート80という2つの成分ですが、
いずれも日本でもアメリカでも、
その規制量は違いますが、
広く使用されている食品用乳化剤です。
これらはいずれも、
天然の油脂の成分などを元に、
合成された物質です。
毒性試験や安全性試験はそれぞれに行なわれ、
カルボキシメチルセルロースは、
毒性や発癌性のないものとして承認され、
ポリソルベート80については、
下痢がそれほど高濃度でなくてもしばしば起こり、
母体に使用した際の胎児の神経発生毒性と、
高濃度での発癌性が、
疑われるとするデータがありますが、
摂取許容量ではそのリスクは極めて少ない、
という判断がされています。
このため、
アメリカのFDAは、
カルボキシメチルセルロースについては、
食品の2%まで、
ポリソルベート80については、
食品の1%までの使用を認めています。
日本の厚労省では、
カルボキシメチルセルロースはアメリカと同じ基準で、
ポリソルベート80については、
アメリカの50分の1という低用量が基準値となっています。
さて、この食品用乳化剤が、
腸管粘膜の障害を来し、
クローン病や潰瘍性大腸炎などの、
所謂炎症性腸疾患の誘因の1つになっているのではないか、
という仮説が以前から存在しています。
今回の文献においては、
その真偽を検証する目的で、
まずネズミに12週間カルボキシメチルセルロースと、
ポリソルベート80を水に混ぜて飲ませ、
ただの水を飲ませたネズミと、
大腸の粘膜の状態や腸内細菌叢の変化、
体重や内臓脂肪の変化、
などを比較しています。
乳化剤の濃度は1%ですから、
アメリカでは人間で認められている濃度、
ということになります。
ネズミは野生のままのネズミと、
炎症性腸疾患を来たし易い素因を持つ、
炎症性腸疾患のモデル動物のネズミの双方が使われています。
その結果…
2種類の乳化剤を飲ませたネズミでは、
そうでないネズミと比較して、
腸管の壁の粘液の成分が減少し、
腸内細菌の組成にも変化が認められました。
そして、細菌が粘膜を超え、
より深い部分まで侵食していることが確認されました。
ここまでの変化は野生のネズミでも認められ、
軽度の炎症性の変化と思われます。
そして、炎症性腸疾患のモデル動物のネズミでは、
より明確に腸管壁の炎症が惹起されていました。
つまり、乳化剤は何らかのメカニズムにより、
腸内細菌叢を変化させ、
粘液を減らし、
腸の炎症を起り易くする、
という可能性が示唆されたのです。
更に乳化剤を飲ませたネズミでは、
体重は増加し、内臓脂肪が増え、
カルボキシメチルセルロースでのみ、
血糖値も上昇していました。
つまり、代謝状態が変化し、
メタボリックシンドロームに近い状態が、
乳化剤により誘発されています。
何故このような変化が、
短期間の乳化剤の使用で起こったのでしょうか?
1つは腸内細菌叢の変化が、
原因であることが考えられ、
もう1つの可能性としては、
乳化剤の使用による腸内の脂質組成の変化が、
原因であることも想定されます。
このことを確認する目的で、
無菌状態のネズミに、
乳化剤を使用後のネズミの便を、
移植する実験も行われています。
便の移植により同じ現象が確認されれば、
乳化剤の直接影響ではなく、
腸内細菌の変化による二次的な影響と想定されるのです。
その結果、
便の移植により、
腸内細菌の粘膜への侵食の所見や、
野生ネズミに見られるレベルの炎症所見、
体重の増加や内蔵脂肪の増加については、
同じ現象が再現されましたが、
粘液の減少や腸内の脂質組成の変化は、
再現されませんでした。
つまり、
乳化剤の使用により、
脂質組成が変化し、
おそらくはそのために、
腸内細菌叢の変化と粘液の減少が起こります。
すると、主に腸内細菌叢の変化により、
腸内環境が変化して炎症が惹起され、
それを粘液の減少が後押ししている、
というようなメカニズムが想定されます。
現時点ではこれは動物実験のデータに過ぎません。
それでは、
人間でもこうした現象の起こる可能性があるのでしょうか?
それはまだ不明と考えるのが妥当だと思います。
上記文献の著者らは、
食品用乳化剤の近年の使用が、
クローン病などの炎症性腸疾患の最近の増加の、
原因ではないか、という立場を明確に取っていて、
論文の結語もそうした文章になっているのですが、
その立場が実験結果に影響を与えた可能性を、
否定は出来ないからです。
今回使用された2種類の乳化剤については、
アメリカのFDAでも、
日本の厚労省でも、
かなり綿密な毒性のチェックが行われていますが、
高用量の使用においても、
下痢は見られても、
明確な腸の炎症が惹起された、
というような報告はありません。
人間に使用するのと同等の濃度で、
12週程度使用しただけで明確に生じる変化が、
毒性試験等において全く確認されない、
というのは考え難いことのように思えるのです。
ただ、それでは全くの絵空事かと言えば、
そうしたことは勿論なく、
上記の文献にあるようなメカニズムは、
充分想定は可能なものなので、
今後の知見の蓄積を待ちたいと思いますし、
別の研究グループによる追試も期待したいと思います。
現時点での考えとしては、
食品用乳化剤が、
それほどリスクの高いものとは思えませんが、
それでも腸の調子が悪い方は、
食事からの乳化剤の摂り過ぎがないかどうかも、
一度チェックされるのは意味のあることのように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
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