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日本のアングラ(その2) [フィクション]

僕がアングラに初めて接したのはいつのことだったのだろう。

これはもうかなり昔のことだ。

僕にとって「日本のアングラ」というのは、
もうある種の空気のような実在であって、
見ればそれと分かり、
聞けばそれと感じ、
触れればそれと信じられるものだったので、
いつそれが僕の中に入り込んだのか、
それを決めることは、
実際にはかなり困難なことだったのだ。

前回アングラは「変容」のことだと、
僕は書いた。

今もう1つ加えるとすれば、
アングラとは「風景」のことなのだ。

猥雑で不統一の中に個人的な統一があり、
グロテスクで偏見に満ち、
世界の中央でユラユラと揺れている、
半透明の幕を、
一気に引きずり下ろすような暴力的で叙情的な風景、
革命前夜の混沌と言い換えても良いその風景こそ、
アングラの本質なのだ。

日本のアングラは学生運動と機を一にして始まり、
政治色を濃厚に宿したものではあったけれど、
政治そのものがアングラの本質ではなく、
世の中の一部で現実味を帯びていた革命の、
その前夜に行われる、
無秩序的な乱痴気騒ぎこそ、
その本質でなのではないだろうか。

演劇で革命が成就される訳はなく、
それらしきことを言いはしたけれど、
そこに何らかの実体のあるものではなく、
要するにこの一夜をもって何かが変わり、
何かが根底から覆り、
つまりは重力のようなものから開放されて、
あちこちの方向に自由に行けるようになるのだと、
信じ込んだ集団が、
現実の一夜と革命後の幻想の一夜との狭間で、
飲めや歌えの大騒ぎをする風景、
それこそが「日本のアングラ」というものの、
一面の実体であったのではないだろうか。

アングラ四天王とか、
アングラ第一世代と言う時、
通常挙げられるのは、
唐十郎の状況劇場と、
鈴木忠志の早稲田小劇場、
黒テントと寺山修司の天井桟敷の4劇団、
ということになるけれど、
この中で真に政治的であったのは、
一時期の黒テントだけで、
後の3劇団は政治的な行為や発言をすることはあっても、
それは命懸けで挑む、
という感じのものではなく、
彼らが真に命懸けであったのは、
そうした政治の季節のあれこれを超えたアングラの風景と、
その変容に奉仕することのみであったように、
今にしてはそう思われてならない。
彼らの憎悪の対象は、
むしろ「新劇」という旧来の政治色の強い演劇にこそあったのだ。

アングラの始まりには諸説あるけれど、
一般的には1962年の状況劇場の結成、
そして1964年の発見の会の結成、辺りが定説で、
実際にその活動が本格化するのは、
1966年のことになる。

この年、状況劇場はその活動を本格化し、
鈴木忠志が早稲田小劇場を結成して活動を開始する。

そして、翌1967年には、
寺山修司の天井桟敷が結成されると共に、
アングラの1つのシンボルとして、
新宿花園神社に、
状況劇場の紅テントが、
その怪しい赤い翼を広げて、
産声を上げるのである。

演劇は劇場を離れ、
ある時は野外の風景を身に纏い、
またある時は地下室の密閉された闇に沈んで、
その闇の中に「永遠」を模索した。

日本のアングラはそうして1960年代後半にその頭角を表し、
1970年代前半に熟れた果実のような、
危うい成熟を遂げると、
その後数年で鴉に啄まれた熟柿のように、
無様に地に堕ちてその生の多くを終えた。

今小劇場という世界に残滓の如く残る、
僅かなアングラの「景色」を、
僕は慈しむように見付けては、
そこに「日本のアングラ」を再構成しようと、
想像力と妄想の限りを尽くして、
闇の世界を少しでも広げようと、
無益な試みを続けている。

僕らは自由ではないけれど、
ある種の儀礼を施すことにより、
その場限りの自由を手にすることが出来る。

寺山修司の場合、
それは「完全暗転」という闇であって、
消防法などの法律を無視することにより、
劇場内の常夜灯の全てを消し、
目の前に誰がいて何が起こっても、
全く視覚では補足することの出来ない闇を作った。

そこに、闇の中では全てが自由だ、
という幻想が生まれたのだ。

今は誰も、そうした闇を作ることは出来ないし、
作ろうとしても、
携帯の光などで、
その闇の権力は簡単に地に堕ちてしまう。

個人の暴力的な意思によって、
共同幻想がいとも簡単に破られるのが現在の社会なのである。

そこには既に、
アングラのような共同幻想の棲む余地はないのだ。

しかし、本当にアングラの復権はないのだろうか?

それはある、多分。

テロリズムの甘い誘惑を避け、
革命を信じて、
その前夜の狂騒を楽しむ心を持てば、
現実の絶望の寸前の闇に、
「日本のアングラ」はあなたを待っているのだ。
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