SSブログ

韓国の甲状腺癌急増とその影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
韓国の甲状腺癌スクリーニングの影響.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
医療についての解説記事です。

韓国において甲状腺癌の超音波検査による検診が、
積極的に導入されたところ、
その後10年を経て、
甲状腺乳頭癌が著明に増加し、
大きな社会問題となっている、という事実は、
これまでにも多く報道がされています。

今回のものは論文ではなく、
韓国の疫学の専門家による解説記事ですが、
この問題について簡潔にまとまっていて参考になります。
巻末の引用文献を見る限り、
あまりまとまった文献が、
他に出ている、ということはないようです。

1999年から韓国では、
国が主導となって癌検診を積極的に行ないました。
この癌検診は乳癌、子宮頚癌、大腸癌、肝細胞癌を対象としたもので、
対象の検診については、
無料もしくは高所得者のみ一定の負担金を払う、
という制度になっていました。

この項目には甲状腺癌は含まれていませんでしたが、
医療機関は30から50ドル程度の負担で、
オプションとして甲状腺の超音波検診を導入し、
多くの医療機関では、
そのオプションを含めた検診プログラムを勧めたので、
結果として甲状腺癌の超音波検診が、
多くの症状のない住民を対象として、
施行されるようになりました。

超音波検診により早期に癌が見付かれば、
甲状腺癌は手術により治癒し、
癌による死亡が減って、
多くの住民にとって素晴らしいことになると考えられました。

しかし、意外にもそうしたことにはなりませんでした。
こちらをご覧下さい。
甲状腺スクリーニング効果の図1.jpg
1990年代には、
甲状腺癌の発生率も、
その中での甲状腺乳頭癌の発生率も、
若干増加しているという程度でしたが、
2000年代になると急激に増加し、
2011年に甲状腺癌の診断を受けた人は、
1993年の15倍に及びました。
そのほぼすべてが乳頭癌の増加です。

その一方で、
甲状腺癌の死亡率はこの間横ばいで増加はしていません。

つまり、
甲状腺癌の超音波検診が幅広く導入されて以降、
甲状腺乳頭癌が発見され治療される頻度は、
それまでの15倍にまで増加したのですが、
実際にはそれだけの数の癌が発見され治療されても、
患者さんの生命予後には、
トータルには殆ど影響は与えなかった、
ということになります。

次にこちらをご覧下さい。
甲状腺スクリーニング効果の図2.jpg
横軸が韓国の各地域における、
甲状腺癌検診を受けた成人の比率で、
縦軸はその各地域における甲状腺癌の発生率を示しています。

2つの指標は明瞭に相関しています。
つまり、甲状腺癌検診を受けた人が多い地域ほど、
甲状腺癌の発生率も多くなっています。

この2つの指標がこのように相関しているということは、
韓国における甲状腺癌の発生率の増加が、
超音波検診の増加によるものであることを、
最初のグラフとはまた別の視点で、
裏打ちしている、ということになります。

仮に甲状腺癌の急増するような、
何らかの別個の要因があるとすれば、
地域毎の検診の受診率とこのように相関することは、
非常に考え難いからです。

つまり、
超音波による甲状腺癌検診が普及したことにより、
それまでは見付からなかった癌が、
これだけ見付かるようになったのです。

こうした積み重ねにより、
韓国においては、
甲状腺癌は現在最も頻度の高い癌となっています。

2011年には40000例を越える患者さんが、
甲状腺癌の診断を受けています。
上記解説記事の記載によれば、
原則としてその全ての患者さんが何らかの治療を受けています。
概ね3分の2の患者さんは甲状腺の全摘手術を受け、
3分の1の患者さんは部分切除を受けています。
2008年に発表された、ある治療施設の統計では、
1995年には大きさが1センチ未満で手術を受けた患者さんは14%であったのに対して、
その10年後には56%の患者さんが1センチ未満のしこりを切除しています。

つまり、スクリーニングにより、
どんどん小さなしこりが発見され、
通常は微小癌と呼ばれるような、
1センチ未満の状態でも、
癌の疑いが強ければ、手術の対象になっています。

手術治療を受けた結果として、
甲状腺を全摘された患者さんでは、
一生涯甲状腺ホルモン剤を飲む必要が生じます。
2013年の行政の資料によると、
15000例を越える手術事例の集計において、
11%の患者さんが術後に副甲状腺機能低下症になり、
2%の患者さんでは反回神経麻痺が合併しています。

人種によっても地域によっても、
色々な統計が存在しているので、
一概には言えませんが、
成人で死亡された方の解剖のデータでは、
2割から3割に甲状腺癌が見付かった、
というようなデータも存在しています。
しかし、その殆どは、
放置しても甲状腺内に留まり、
健康にとって何ら問題にはならないものと考えられています。

韓国のケースは、
勿論患者さんの全てがそうではないのですが、
放置しても問題のない癌を、
わざわざ診断して切除し、
少なからぬ患者さんに、
合併症や長期のホルモン剤の内服などの、
本来不必要であった負担を与えている、
という側面のあることは事実です。

日本を含めて他の先進諸国でも、
甲状腺癌の発生率はジワジワ増えていて、
その現象の全てではないにせよ、
一部は超音波検査による無症状の患者さんに対する検査の影響が、
当然想定されます。

ただ、それが一旦国を挙げての癌検診のオプション、
というような形で認知されると、
一気に検診を受ける対象者が増えるので、
こうした現象が顕著になるのです。

前立腺癌におけるPSA検診でも、
同様の傾向のあることは指摘されていて、
生命予後の良い癌における検診というものは、
余程慎重に行なわないと、
トータルに見て住民の方の健康増進や、
癌による死亡や体調不良の抑制には繋がらない、
という点には注意する必要があると思います。

それでは癌検診はどうあるべきか、
というのは非常に難しい問題です。

個別の検査は決して否定されるべきものではありませんし、
少なくとも個人の判断での検査においては、
韓国の事例のようなことは起こらないのです。
問題は国や行政が旗振りをして行なうような、
半強制的な意味合いのある検診や、
受診を促すようなメディアの行動で、
そうしたことが生命予後の良い癌に対して、
特に条件なく不特定多数の方を対象に、
不用意に行なわれると良い事態を招きません。

予後の良い癌の中にも、
進行して命に関わるような癌が、
少数混じっていることは確かで、
問題はリスクの高い癌を、
医療機関の側で適切に選択するような技術と態勢とが、
整っていればまた、
こうした問題は起こらないのです。

従って、
現状で生命予後が良く、
悪性度の高い癌を事前に判別するような、
有効な診断手法が確立されていない場合には、
少なくとも行政やメディアが旗振りをするような検診で、
なおかつ受診者に制限のないような検診は、
仮に癌の発見率は高くても、
癌検診としての施行には問題のある可能性が高い、
ということになるのだと思います。

施行することが必要な場合には、
過剰診断への対応や、
医療機関での検査や治療の方針を、
事前に統一するなどの、
想定されるリスクに対しての、
きめ細かい対応が不可欠だと思います。

ただ、この見解を個人の判断で行なう検査にまで適応することは、
必ずしも正しいこととは言えず、
敢くまで個別の検診と大規模な検診とは別個に考えて、
その結果も別個のものと捉える必要があるのではないでしょうか?
比率的には少なくとも、
韓国のこの甲状腺癌検診により、
大きな健康上の恩恵を受けた方も、
いることは間違いがないからです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(36)  コメント(7)  トラックバック(0) 

nice! 36

コメント 7

オレンジ

興味深く拝見致しました。
甲状腺の検査といいますと、やはり福島原発事故について考えます。事故発生後から甲状腺への影響がさかんにいわれるようになり、私自身も甲状腺の一連の検査を受けました。特に異常がなくほっとしたところですが、それからまもなくして、先生のおっしゃる甲状腺癌の過剰診断問題について知り、子どもたちには受けさせないことに決め今に至ります。

by オレンジ (2014-11-19 11:09) 

fujiki

オレンジさんへ
コメントありがとうございます。
これを機に、
二次検査の基準や治療方針が、
もう少し整理されると、
問題はかなり改善されるようにも思います。
by fujiki (2014-11-20 06:15) 

中村

福島の甲状腺がんでは転移浸潤の割合がとても高いことが学会発表されたそうですが、この場合はどうなのでしょう?
http://togetter.com/li/831629
by 中村 (2015-06-08 14:25) 

fujiki

中村さんへ
韓国の事例は殆どが成人なので、
転移浸潤の割合はずっと低いと思います。
確か先日論文化されたと思うのですが、
私はまだそちらは目を通していません。
by fujiki (2015-06-08 14:43) 

ふじみん

こちらの論文のことでしょうか。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3704118/
この論文のデータをみると韓国の事例も必ずしも過剰診断とはいえないようですね。
by ふじみん (2015-07-07 21:09) 

fujiki

ふじみんさんへ
記事を書いた時点で参照していなかったのですが、
ご指摘の文献が、
2009年までで単独施設のものですが、
英文では一番まとまった報告だと思います。
by fujiki (2015-07-08 08:49) 

ふじみん

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4285027/
その後の論文によると、韓国で甲状腺癌の死亡率が変化していないというのも間違いだった模様です。下に張り付かせたグラフのトリックですね。
by ふじみん (2015-11-13 19:57) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0