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エボラ出血熱の西アフリカでの流行について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書や紹介状を書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
エボラ出血熱の報告.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
今世界的な問題となっている、
西アフリカのエボラ出血熱の流行についての、
今年の9月中旬までの時点の、
WHOの担当者によるレポートです。

エボラ出血熱はウイルス性出血熱の1つで、
エボラウイルスという病原体の感染による、
重篤な感染症です。

出血熱という名称は、
この病気により、全身の出血傾向が起こることから、
名付けられているものですが、
上記文献の西アフリカの事例を見ても、
発熱は8割以上の患者さんで認められているのに対して、
原因不明の出血は、
せいぜい2割程度の患者さんで認められているのみで、
むしろ嘔吐や下痢が6割を超えていますから、
出血熱という名称は必ずしも適切ではなく、
上記文献の題名にもあるように、
エボラウイルス病という呼称が一般的なようです。

1976年のスーダンとコンゴでの流行が、
この病気が認識された最初のもので、
当初から家族や医療関係者に、
感染が拡大するという特徴がありました。
感染はおそらくは患者の分泌物や便、血液を介したもので、
感染力自体は決して強くはないのですが、
患者のケアをするスタッフには、
かなり注意をしていても、
感染が拡大するように見えるのも特徴です。

エボラウイルス病が怖れられているのは、
有効な治療薬や予防薬が現時点では存在せず、
かつその致死率が非常に高いという事実にあります。
これまでの流行において、
少なく見積もっても4割以上、
多いデータでは8割を超えています。

その流行はこれまでのケースでは、
コウモリやチンパンジーなどの野生動物の、
生体もしくは死体への接触から始まり、
周辺の特に家族や医療介護スタッフに、
感染が拡大しますが、
概ね短期間で終息に向かい、
その地域を超えて広がったり、
持続的な感染に至る、
ということにはなりませんでした。

ところが、今回のケースは、
2013年の12月のギニアでの患者発生に始まり、
2014年の3月にWHOがギニアのアウトブレイクとして、
発表を行なったのですが、
その後周辺のリベリア、シエラレネオ、ナイジェリア、セネガルと、
感染が国境を越えて拡大し、
ついには海を隔てたアメリカやスペインでの、
自国での二次感染が確認され、
ギニアで始まった感染が、
世界7か国に広がるという事態になりました。

WHOによる10月22日の時点での報告によると、
上記7ヶ国で疑いを含めた患者数は9936名に達し、
そのうちの4877名が死亡しています。
ナイジェリアとセネガルについては、
感染は終息と判断されています。

9か月に渡り感染が持続していることと、
感染の地域が拡大していることは、
この病気のこれまでにはない事態で、
有効な予防や治療が存在しない中、
これだけ高率の致死率を示す病気が、
このような経過をたどっていることが、
世界的に深刻な事態として、
受け止められているのです。

今回ご紹介する論文は、
この西アフリカの流行の中心である、
ギニア、リベリア、シエラレネオ、ナイジェリアの4か国で、
2014年の9月14日までに報告された、
確定及び疑い事例の特徴と経過を、
今後の予測と含めて検証したものです。

3か国のトータルで、
4507名の患者が報告されていて、
そのうちの70.8%に当たる、
2296名が死亡しています。
ただ、ナイジェリアは早期に感染が終息していて、
ここでカウントされている患者数は11例のみです。

エボラウイルスには5つの種が確認されていますが、
今回の事例は確認されたものは全て、
そのうちの1つであるザイールタイプによるものです。

ウイルスの性質を考える点で重要な点は、
潜伏期や症状、感染力の強さなどのデータに、
これまでの流行ウイルスとの違いがないかどうか、
ということです。

その点での検証では、
まず潜伏期は平均で11.4日間で、
95%のケースでは21日以内となっています。
つまり、感染してからこれだけの日数が経って、
発熱などの症状が出現することになるのです。

感染したかどうかの確認には、
疑いのある人は21日間は隔離して観察することが望ましい、
という現行の方針は、
このデータを元にしています。

次に問題となる指標は、
serial intervalと言って、
これは最初に感染した患者の症状が出現してから、
その患者から感染した次の患者の、
症状が出現するまでに要する期間です。
つまり、家族や医療スタッフが、
この間隔で熱などを出せば、
それはこの病気が感染した可能性が高い、
ということになります。
この数値は感染流行の進行の早さを示していて、
それが短ければ短いほど、
短期間で感染は周囲に拡大します。
それが今回の検討では、
平均で15.3日となっています。

感染力を示す重要な指標は、
basic reproduction number(R0)と呼ばれています。
これはある1人の患者が、
その病気の免疫のない集団に入った時に、
平均で何人にその病気を感染させるかを、
示した数字です。

これは国毎に解析されていて、
今回の感染拡大早期においては、
ギニアでは平均1.71、リベリアでは1.83、
ナイジェリアでは1.20、シエラレオネで2.02です。
ナイジェリアでは事例は少ないので、
同列には論じられません。
概ね、R0は2を越えていない、
ということが分かります。

これは要するに、1人の患者から、
多く見積もって2人の感染者が出る可能性がある、
ということを示しています。

このR0が1未満であれば、
このウイルスの感染が周囲に広がる可能性は低く、
時間は掛かっても自然に終息することを示しています。

これは1組の夫婦からの出生数が2を切れば、
その集団は将来的には消滅に向かう、
という人口統計と似た考え方です。

その一方で1を越えていれば、
まだ感染は拡大する可能性のあることを示しています。

そして、このR0が3を越える、
すなわち1人の患者が3人以上に感染者を増やす、
という状況になると、
現実には集団の殆ど全員が感染する状態となり、
爆発的な大流行が起こる、ということを示しています。

麻疹のR0はWHOのデータでは、
12から18と試算されています。
風疹は5から7と試算されています。
麻疹や風疹が流行した場合には、
何らかの防御策を取らない限り、
集団全体に感染が広がる可能性のあることを示しています。

それと比較すると、
エボラウイルス病の感染力は、
それほど強くはない、ということが分かります。

一般論で言って、
飛沫感染するような病気であれば、
もっとR0は大きくなる筈です。
従って、どうやら飛沫感染や空気感染は、
現行のエボラウイルス病は起こさないのではないか、
ということが推測されます。

ここまでの3つのウイルスの感染力の指標は、
これまでのアフリカでの、
エボラウイルスの小流行で得られたデータと、
ほぼ同一のものです。

つまり、今回の流行は、
これまでの流行を起こしたのと、
ほぼ性質の同じウイルスによって起こされたものだ、
ということが分かるのです。

それでは何故、今回に限って、
感染の流行は数ヶ月以内に、
終息することがなかったのでしょうか?

現時点で考えられているのは、
感染が比較的早期に都市部に伝播し、
短期間で多数の患者が発生してしまうと共に、
患者が飛行機などで、
潜伏期間かもしくは病状が出て以降も、
長距離の移動をしたことが、
最も大きな理由と考えられます。

更には、症状の出た患者は早期に隔離し、
患者に接触した人間は21日間は、
他人との接触を避けて、
慎重にその経過が観察されるべきですが、
現地の行政や医療に対する不信感があって、
それがなされなかったことも、
二次的な要因と想定されます。

症状が出現してから患者が入院するまでの期間は、
平均で5日ですが、
40日を越えるような事例もあります。
この期間が短ければ短いほど、
周囲への感染の拡大は防げることになるのですが、
実際には医療関係者の方が、
この症状発生から入院までの期間は、
一般の方より長くなっていて、
このことも、
感染を拡大する一因となっていた可能性があります。

入院期間は死亡に至るにせよ回復するにせよ、
ほぼ1週間となっていて、
これは1週間に発生する患者数と、
ほぼ同数の入院病床が存在すれば、
どうにか隔離が可能となることを示していますが、
実際にはギニア、リベリア、シエラレオネを併せても、
活用可能な病床数は610であったので、
感染が一定レベル以上拡大すると、
現実的には患者は溢れてしまい、
少なくとも感染拡大を阻止する意味では、
医療機関は機能しない状態となってしまったのです。

次に感染の早期の封じ込めに成功した、
ナイジェリアの事例報告を見て頂きます。
こちらです。
ナイジェリアでのエボラ対策.jpg
これは今月のEuro Surveilance誌に載った報告ですが、
ナイジェリアにおける感染コントロールの経緯を示したものです。

ナイジェリアではそれまで、
エボラウイルス病の感染はなかったのですが、
リベリアから帰国した旅行者が、
ナイジェリアに向かう飛行機の機内で、
発熱などの症状を呈します。
これが7月20日のことです。
兄弟がリベリアでエボラウイルス病で死亡していて、
その兄弟を見舞うためにリベリアへ行ったのです。

その患者は空港から直行で入院となり、
患者と接触して感染の可能性のある、
トータル898名が監視の対象となります。

こちらをご覧下さい。
ナイジェリアの患者系図.jpg
図が小さくて見辛いと思いますが、
今回ナイジェリアで発症した、
エボラウイルス病20事例の感染経路をまとめたものが、
こちらになります。

一番上に1とされているのが、
最初のリベリアからの帰国事例です。
入院後7月25日に死亡されています。

そこから11人に二次感染が起こっています。
2は看護師、3は医師、4は病棟助手で5は看護師です。
10と11、14も医療スタッフで19は研修医、
そして20も医療スタッフです。
飛行機では多くの乗客が乗り合わせていた訳ですが、
その中からは感染者は出ていません。

2の看護師は500キロ離れた場所まで旅行していて、
そのため接触者がチェックされましたが、
幸い二次感染には至っていません。

このように、感染の早期の封じ込めに成功したナイジェリアでは、
現行20例の感染者で流行は終息していますが、
二次感染者の多くは医療機関の医師や看護師、
ケアワーカーなどのスタッフです。

アメリカやスペインでも同様のことが起こっています。

要するに飛沫感染しない、
それでいてその感染経路が完全には分かっていない病原体の場合、
流行を主に広げる役割を果たすのは、
医療スタッフだという可能性が高いのです。

予防衣などで防護しているから大丈夫、
というような油断があると、
自分が感染しているということに気付くのが遅れ、
症状があっても、
それが感染の兆候であることに気付くことも遅れるので、
結果として一般の人より「悪い患者」になるのです。

要は感染者に対応したスタッフ全てが、
自分がもう既に感染している可能性がある、
という認識を持ち、
接触後は他の健常者への接触を極力避け、
最後の接触後21日間は症状に留意して、
少しでも疑いのある症状があれば、
速やかにその可能性を検証する、
と言う姿勢が何より感染の拡大防止に重要なのではないか、
ということが、
今回文献を読んで僕の感じたことです。

勿論出逢うことがなければ、
それに越したことはないのですが、
仮に診療所などで患者さんに遭遇すれば、
可能な範囲での感染防御はしつつも、
自分が既に感染した可能性を最初から想定して、
他の方に感染を広げないという視点に立って、
その後の3週間を過ごすことが、
医療者としては最も重要なことなのではないかと考え、
そのためのプランを練っているところです。

診療に直接関わる可能性の高い、
感染症病床のある病院や、
救急医療機関のスタッフの方の、
現時点のご苦労には本当に頭が下がります。

僕はこのような末端の医療者で、
チキンですが、
そうした皆さんに失笑されないように、
情報だけは最新にアップデートすることを心掛けながら、
少なくとも「あのバカに足を引っ張られた」
というようなことだけはないように、
心して備えたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
ナイジェリアの事例に関しては、
報道などで色々なことが言われていますが、
上記内容はご紹介した記事のみを元にしています。
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コメント 8

シルフ

なるほどって言う記事で勉強になりました。
by シルフ (2014-10-24 08:38) 

モカ

石原先生こんにちは。
とても興味深く拝読しました。

今回の流行はウイルスの変異が原因ではないかと心配していたので、そこは少し安心しました。

現時点でかなり広がってしまった西アフリカ地域以外では、医療従事者が防護や移動などで細心の注意を払えば拡大の予防はある程度可能なようですね。

今後収束するといいのですが。
by モカ (2014-10-24 13:59) 

Silvermac

水際で食い止めてほしいですね。
by Silvermac (2014-10-24 21:13) 

fujiki

シルフさんへ
ありがとうございます。
参考になる点があれば幸いです。
by fujiki (2014-10-25 08:04) 

fujiki

モカさんへ
コメントありがとうございます。
アフリカ3か国の終息には、
まだ時間は掛かりそうですね。
by fujiki (2014-10-25 08:05) 

fujiki

Silvermacさんへ
コメントありがとうございます。
入る入らないは運という面もあるので、
問題はその後の早期対応かも知れません。
by fujiki (2014-10-25 08:06) 

三人の子持ち母

とても参考になり少し気持ちも楽になりました。
エボラウイルスは皮膚についただけでは感染しませんか?接触感染というのは口や目鼻から感染という認識で大丈夫でしょうか?
エボラ出血熱の感染に必要なウィルス数3~4個という情報や、検査の感度はどうなのでしょうか?
ノロウイルスに似ているとなると吐瀉物の乾燥で感染の可能性があるのか?
アビガンが効果的との記事をよく見るにのアメリカの罹患者では使用してない感じだったので、本当に効果的なのかな?など
テレビからだと情報にバラツキがあり、よくわからずやはり不安なところです。。
by 三人の子持ち母 (2014-10-28 08:46) 

fujiki

三人の子持ち母さんへ
まだ情報は錯そうしている部分があるので、
少しずつ記事にしたいと思います。
またお読み頂ければ幸いです。
アビガンはまだ未知数という感じがあります。
by fujiki (2014-10-30 08:27) 

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