SSブログ

新規不眠症治療薬スボレキサントの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
外は台風で大荒れです。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
スボレキサントの宣伝.jpg
メルク社が開発した、全く新しいメカニズムによる睡眠障害治療薬、
スボレキサント(Suvorexant:商品名ベルソムラ)が、
先月日本での販売承認を取得し、
11月下旬頃には発売予定となっています。

アメリカのFDAの承認が、
今年の8月のことですから、
時を置かずに承認となったことが分かります。

これは日本を含めた世界規模の臨床試験が行なわれ、
その同じデータを元に承認が行なわれたためで、
ドラッグラグをなくすという意味では、
この方針は誤りではないと思うのですが、
その一方で後述しますように、
今回提示された日本のこの薬の用法用量には、
かなり問題があるように思います。

それではまず、
スボレキサントとはどういう薬なのかについてから、
話を始めたいと思います。

現行の睡眠剤の主流は、
所謂ベンゾジアゼピン系の睡眠剤です。

GABAと言われる神経伝達物質があって、
それによって刺激を受ける神経が興奮すると、
催眠や不安の鎮静作用、
それから筋肉を緩めるような作用があることが、
分かっていました。
GABAは、主にレム睡眠を作り出す、
神経網に分布していますが、
別にそれが刺激されても、
必ずしも人がレム睡眠に陥る訳ではありません。
この辺が、脳の仕組みの一筋縄では行かないところです。

ベンゾジアゼピンは、そのGABAの代わりに、
その受容体にくっついて、
GABAに似た働きをする物質です。
その元になる物質が、
ジアゼパムで、
これはセルシンなどの商品名で、
今も使われています。
1960年代には既に使われていた古い薬で、
現在でも主に鎮静剤や抗痙攣剤として使われています。
催眠作用はない訳ではありませんが、
それほど強くはありません。

その後より睡眠導入作用を強化した、
ベンゾジアゼピン系の薬が次々と開発され、
睡眠剤の主流に位置するようになりました。
フルニトラゼパム(商品名、サイレース、ロヒプノール)は、
古い薬で、アメリカではその使用が中止されていますが、
日本ではまだ広く使用されています。
血液の濃度が半分になるまでの時間(半減期)が、
およそ1日で、
通常睡眠の出来る時間は6~7時間くらい。
1mgから2mgくらいが常用量です。

その後、これでは効いている時間が長すぎるのではないか、
という考えがあり、
効果時間を短くした薬が開発されました。
要するに、受容体に薬がくっついている時間を、
短くした訳です。
こうした短期作用型の薬の代表が、
多分皆さんもよくご存知の、
トリアゾラム(商品名、ハルシオン)です。

ベンゾジアゼピン系の薬は、
少なくともそれ以前の睡眠剤に比較すれば、
安全性の高い薬ですが、
それでも幾つかの問題点があります。

そのうちの1つは、
アルコールとの併用が危険である、
ということです。
これはアルコールとベンゾジアゼピンが、
そもそも似た構造を持ち、
同じ神経の働きに影響を及ぼす、
というところから来ているもので、
特に大量のアルコールと一緒に飲むと、
時に錯乱のような状態を起こすことがあります。

現実には併用を禁止することの、
困難なケースも多いのですが、
原則としては、アルコールとの併用は、
してはいけません。

それから、ベンゾジアゼピンには、
筋肉を緩める作用があり、
それが朝のふらつきなどの副作用の、
原因になっています。
1980年代にベンゾジアゼピンの受容体の構造が明らかになり、
ω1とω2と言われる、
2つの受容体の種類があり、
そのうちのω2が、
筋肉を緩める作用と、
不安を抑える作用を持っている、
ということが分かって来ました。
それに対して、
睡眠導入作用は、
ω1にくっついた時の効果なのです。

このため、ω2には殆ど作用しない薬が開発されました。
このうちベンゾジアゼピンとは別の構造で、
ω1にしか作用しない、
効きの短い薬が、
ゾルピデム(商品名、マイスリー)です。
現在ポピュラーに使われている薬です。
ただ、前評判とは異なり、
目覚めがすっきりしているかどうかは、
個人差が大きく、
明らかにハルシオンより優れている、
というほどは評価出来ません。
また、睡眠時の異常行動や幻覚を見たりする副作用が、
個人差が大きいのですが多いという特徴があります。

ゾピクロン(商品名、アモバン)など、
他にも同種の薬剤が数種類発売されています。

以上とはやや異なり、
ベンゾジアゼピンの構造は持ちながら、
ω1にしか効かない薬が、
クアゼパム(商品名、ドラール)です。
これはやや長めの効きの薬ですが、
矢張り副作用は確実に少ないとは言えません。

また、不安は不眠の原因になっていることが多いのですが、
ω2は不安を抑える効果を持っているので、
そうした意味で不安の強い不眠の患者さんには、
むしろ古いタイプの薬の方が、
よく効くことが多いのです。

以上の比較的新しい薬剤は、
非ベンゾジアゼピン系と言われることがありますが、
実際にはベンゾジアゼピンの改良版と言うべきもので、
基本的な傾向は同じであることは間違いがありません。

現在の睡眠剤の全般的な問題点は、
軽度ではあるものの、
依存性のあることと、
自然な眠りにはならない、
ということです。
睡眠剤で誘導された眠りは、
脳波のパターンは変化し、
レム睡眠は減り、
ノンレム睡眠は浅くなる、
という共通の異常があります。
要するに、
作り出された、人工的な眠りなのです。

そのために、もっと自然の眠りに近い効果の薬剤がないか、
と開発が進められ、
日本では2010年に発売されたのがラメルテオン(商品名ロゼレム)で、
これはメラトニンという睡眠と覚醒のリズムを調節するホルモンの、
受容体にくっついて、
その作用を刺激する、
新しいタイプの睡眠導入剤です。
効果は抜群とは言えませんが、
ベンゾジアゼピンに認められる有害事象の多くが、
殆ど認められない点が大きな利点です。

近年このラメルテオンと、
ゾルピデムのような、
非ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤に、
不眠症の治療薬を限定し、
古典的なベンゾジアゼピンは極力使用しないようにしよう、
というのが世界の医学の流れです。

ベンゾジアゼピンによる依存症や常習性の問題、
また特に高齢者では生命予後に悪影響を与えるのでは、
という疫学データが複数得られているのが、
その主な理由です。

ただ、ゾルピデムのような非ベンゾジアゼピンとされる薬でも、
生命予後などへの悪影響は少なからず認められた、
とする報告もあります。

そこで求められているのが、
より自然な眠りを誘導し、
依存や常習性の少ない薬剤の開発です。

今回発売となるスボレキサントは、
その有力な候補とは成り得る薬です。

スボレキサントはオレキシン受容体拮抗薬です。

睡眠のメカニズムは複雑で、
その全てが解明されている訳ではありませんが、
視床下部の覚醒中枢の抑制が、
自然な眠りのためには大きな役割を果たしています。

つまり、人間が眠りに入るためには、
鎮静作用と共に、覚醒が抑制されることが必要なのです。

オレキシンというのは視床下部の神経細胞から分泌される、
一種の神経伝達物質で、
その分泌による神経の刺激が、
人間が覚醒を維持するために必要と考えられています。

ただ、この覚醒刺激が過剰であれば、
睡眠には入り難くなり、
不眠症の原因となることが想定されます。
一方でナルコレプシー(過眠症)においては、
その9割においてオレキシンの分泌が不充分である、
というデータも存在しています。

今回のスボレキサントは、
このオレキシンのくっつく受容体の拮抗薬で、
オレキシンによる神経細胞への刺激を抑制することにより、
自然な眠りを誘導しよう、
というコンセプトの薬です。

それではこの薬の効果と安全性は、
現時点でどの程度のものと考えられているのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
スボレキサントのシステマティックレビュー.jpg
これは今年のthe International Journal of Clinical Practice誌のレビューで、
これまでに公表されたこの薬についてのデータをまとめたものです。

この薬の臨床試験は、
現行1年間までの使用が試みられていて、
2つのほぼ同じデザインの第3相臨床試験において、
3ヵ月の継続使用が偽薬と比較されています。

その結果としては、
偽薬との比較において、
有意に眠りに入るまでの時間(睡眠潜時)を短縮し、
総睡眠時間を増加させた、とされています。

ただ、ゾルピデム(マイスリー)10ミリグラムの、
同様のデータでは、
施行よりそれほど時間を置かずに、
20分くらいの睡眠潜時の短縮が認められているのに対して、
このスボレキサントでは、
偽薬との比較では、
平均ではせいぜい6分程度の差しかついていません。
(試験の種類によっても若干の効果の違いはあります)

使用からの短期の効果について言えば、
ラメルテオン(ロゼレム)と同じくらいの効果です。

もっとも、3ヵ月の継続使用においては、
睡眠の状態自体は改善に向かっています。
しかし、偽薬でも今回はそうした傾向があるので、
その差は矢張り6分程度に留まっています。

つまり、この薬の単独での効果は、
ベンゾジアゼピン系の薬剤及びゾルピデムなどと比較して、
かなり弱いということは間違いなさそうです。

ただ、長期使用により、
より眠りの質が改善するという可能性はありますし、
より自然の眠りに近くなる、と言う可能性もあります。

効果の持続は7時間は越えず、
使用後9時間の時点での認知機能の低下はない、とされています。
効果は食後すぐでなければ、
ほぼ30分以内で現れます。
従って、睡眠に入る直前での内服が推奨されます。

この薬の臨床試験での用量設定は、
18歳以上65歳未満で1日20ミリグラムもしくは40ミリグラム、
65歳以上では1日15ミリグラムもしくは30ミリグラムで施行されました。

高用量では翌日の眠気などの副作用が多く、
その効果にはそれほどの違いがなかったことより、
日本においてはこの臨床試験通りの、
65歳未満で1日20ミリグラム、65歳以上で1日15ミリグラムが、
常用量として設定され、
特に適宜増減などの文言は付加されていません。

臨床試験の結果としては、
65歳未満と以上において、
明確な効果や安全性の差は認められなかったのですが、
当初の臨床試験の用量を、
そのまま守った格好になっているのです。

一方でアメリカのFDAは、
基本的な開始量をより少ない1日10ミリグラムにする、
という独自の判断をしています。
これは10ミリグラムを越える用量において、
有用性がリスクを上回らない可能性がある、
という判断があったためです。

従って、個人的には10ミリグラムからの開始を、
基本方針としたいと考えていますが、
割線のない製剤で割ることが困難な上、
20ミリグラム錠を半錠で出すような処方は、
意地悪な査定では引っ掛かる可能性もあります。

以前にも書きましたように、
最近の新薬の添付文書の記載は、
原則として臨床試験の用量をそのまま使用して、
増減を認めない、という記載が殆どで、
この「臨床試験原理主義」が、
大きな問題であるように思います。

今回もアメリカは臨床試験後に用量を独自に変更して、
減量するような判断をしているのに、
日本においては臨床試験そのままの用量が、
変更を認めない形で採用となっているのです。

この薬の安全性は、
今の時点では悪い情報はないのですが、
実際にはまだ一般臨床に登場してから時間が経たないと、
何とも言えない面があります。

ただ、色々と問題の多いベンゾジアゼピン以外の、
睡眠障害治療薬の選択肢が増えることは、
朗報であることに違いはなく、
今後のデータの蓄積を期待して待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
  • 発売日: 2014/05/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





nice!(31)  コメント(3)  トラックバック(0) 

nice! 31

コメント 3

Silvermac

so-netブロガー、81歳です。
私も永年便秘に悩まされています。
検索していたらこのブログにたどり着きました。新薬「ルピプロストン」は先週放送の「ためしてガッテン」で知りました。
日常生活に支障はありませんが、多病で生きています。
お気に入り登録し、参考にさせて頂きます。
宜しくお願い致します。
by Silvermac (2014-10-06 10:31) 

ひでほ

不眠症、肝硬変のひでほです。
とても参考になりました。
次回の精神科外来で主治医に聞いてみようと思います。
ありがとうございました。
by ひでほ (2014-10-06 11:20) 

立花

お伺いします。寝つきが悪くリボトリールを服用しています。
リボトリールは半減期が比較的長いですが、薬のやめ易さはいかがなものでしょうか?やめられないのではと危惧しております。
by 立花 (2014-10-06 14:56) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0