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劇団チョコレートケーキ「親愛なる我が総統」 [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
朝からいつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
親愛なる我が総統.jpg
気鋭の硬派劇団「劇団チョコレートケーキ」が、
明日まで新宿のサンモールスタジオで公演中です。

今回の作品は再演ですが、
ノーカット完全版と銘打たれて、
台本にも手が入っているようです。

これはホロコーストを実行した、
初代アウシュビッツ収容所所長ヘースを主人公に、
その死刑宣告前の、
ポーランドにおける尋問の場面のみで構成された台詞劇で、
登場するのはヘースと、
尋問側のポーランド政府の2人、
そしてオブザーバーの精神科医の4人の男だけです。

前回公演の「サラエヴォの黒い手」と比べると、
かなり淡々としているので、
疲れていたこともあり
(整理番号で並んで入場は仕事帰りにはきついのです)、
途中はちょっと油断してしまったのですが、
ラス前の急展開でビックリすると、
ラストは極めて衝撃的かつ鮮やかな演出が冴え、
その奥行きの深さには非常な感銘を受けました。

この作品で韓国公演をした、
というところに凄い男気を感じますし、
次回作は半島との関係がテーマのようなので、
その扱いの微妙さには、
若干の危惧はありますが、
この人達がそうそう詰らないものを作る訳はないので、
信じて来年を待ちたいと思いました。

正直尋問をする2人の造形と、
そこへの精神科医の絡み方が、
やや平板で単調に流れるのが欠点と思いますが、
台本の古川健さんは、
イギリスやアメリカの一流の台詞劇、
たとえばオールビーやピンターに、
決して引けを取らない才能と思いますし、
演出の日澤雄介さんとのコンビが、
いつもながら抜群です。
日澤さんの演出は、
今年の8月の「密会」も悪くはありませんでしたが、
今回の舞台などを観ると、
矢張り古川さんとのゴールデンコンビで、
最もその真価を発揮するのだと思います。

今回も絶対のお勧めです。

以下ネタばれを含む感想です。

ちらしと同じ得体の知れない影のように、
ヘースが立っているのがオープニングで、
「ハイル・ヒットラー」という囁きがあり、
それからゆっくり尋問の席に付きます。
この意味ありげな始まりの意味が、
ラストに至って明らかになるのです。

静かに死刑を待つかのような、
感情を表に出さないヘースを、
直情型でヘースを人間ではないと詰り、
早く死刑にしろと感情を露にする、
岡本篤扮する尋問官と、
冷静で政府の指示を淡々とこなそうとする、
谷仲恵輔さんが演じる尋問官、
そしてただの事実ではなく、
何故こんなことが起こったのか、
ヘースの心の中にある真実に迫ろうとする、
西尾友樹さん演じる精神科医が、
それぞれの思惑でヘースを取り囲み、
密室での尋問が行われます。

アイヒマンの調書でもそうですが、
極めて淡々と、単なる1つの仕事として、
ユダヤ人の虐殺を計画し実行して行くのが、
人間の心理として極めて不可思議にも思えるのですが、
とは言え、絶対服従の命令であれば、
割り切って行なう存在こそ「人間」という気もします。

ヘースは淡々と事実を述べ、
それで簡単に尋問は終了するのですが、
ヘースを憎悪する尋問官が、
「お前は人間ではない」と言うのに対して、
「私も1人の人間です」
とヘースが答えた時の、ある種の様子に、
精神科医は疑問を感じ、
ヘースの淡々とした仮面の裏側にあるものに、
興味を覚えて、1人でヘースとの対話に臨みます。

その中で自伝を書くことを始めたヘースは、
自分が人間であるかどうかが分からなくなった、と言い、
自伝を1人でも多くの人に読まれるようにと、
精神科医に託します。

そして、死刑のためにポーランドから移送される当日、
最後になって、自伝の中に記録された、
抑え込まれた内面にある「ユダヤ人」への偏見と憎悪と、
それを正当化し浄化する存在としての「総統」が、
ヘースの内面にまだ生きていることが暴かれます。

「あの状態であれば、君もユダヤ人と同じ行為をした」
と言う精神科医に対して、
「我が民族を愚弄するな!」と、
ヘースがいきなり憎悪の牙を剥く一瞬は、
それまで、抑えに抑えた演出が成されているだけに、
強烈に観客に衝撃を与えます。

そして、最後に1人にされたヘースは、
自分の心の中に棲む悪魔と、
初めて対面して苦しみ、
それと対決しようとした刹那、
総統に救いを求め、
オープニングと同じ影となって、
「ハイル・ヒットラー」と囁いて終わります。

本当の敵は人間の心の最も奥に潜んでいて、
それを正当化し、人間であることを時に止めることを可能とするのが、
「親愛なる我が総統」なのです。
現実に存在したヒットラーなど、
それに比べれば単なる影のような存在にしか、
過ぎないものなのかも知れません。

僕は正直に言うとこの考え方には賛同は出来ませんが、
英米の一流の台詞劇に匹敵する密度と内容を持った作品で、
テーマは極めて普遍的であり、
世界に通用する戯曲ではないかと思いました。

ただ、1時間20分という上演時間の割に長く感じるのは、
ヘースを取り巻く3人の考え方の違いとその対立が、
あまりくっきりと描かれていないことと、
演技が全体に平板で硬いので、
尋問が一旦終了した後の展開が、
少しダレるためのように思います。
実際には谷仲さん演じる冷静な尋問官が、
最も闇を知った上でそれを隠そうとしたのだと思いますが、
それもあまり明確にはなりませんでした。

抜群なのは矢張り演出で、
これはケチの付けようがありません。

牢獄の壁などを部分的に作ったセットも、
極めてセンスの良いものですし、
照明がまた非常に美しく、
ラストの衝撃まで抑えに抑えた音響効果も抜群です。

特にラストのヘースの苦悩の処理は、
表現主義の映画を観るようで、
壁の影が揺らぎ、巨大な影がそそり立って、
それと対峙しようとした瞬間に消え去る、
という一連のシークエンスは、
演劇の醍醐味とカタルシスに満ちていました。

照明のプランをしたAさんは、
多分大学時代の後輩で、
一緒に芝居をしていた人だと思うのですが、
当時音効のオペレーターをしてもらったら、
ミスだらけで酷かったのですが、
それがこんな見事な照明を見せてくれるのですから、
本当に頭が下がります。

上演は明日までですが、
お時間があれば是非。
素晴らしいですよ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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コメント 3

midori

明日、観てきます!
(以前の先生の記事で興味持ちました。
今日の記事は、観終わってから拝見しますね)
by midori (2014-09-14 12:57) 

fujiki

midori さんへ
多分midoriさんには気に入ってもらえるように思うのですが。
感想またお待ちしています。
by fujiki (2014-09-15 06:42) 

midori

観てきましたー。
予想に違わず素晴らしい作品でした。
無駄な台詞や動き・過剰な演出や音楽もなく、微かに聞こえる時計の振り子と雨の音、そして裸電球の僅かな灯りのなか、最初から最後までずっと緊張しながら(席も最前列だし)見入ってしまいました。
登場人物四人の立場も気持ちも各々すごくわかるし、戦争でみんなズタズタに傷ついていて、それぞれがそれぞれのやり方で生きのびて(あるいは死を受け入れて)いくしかないんだなと、その不条理を思いました。
アイヒマン裁判とそれを傍聴して客観的意見を述べたユダヤ人哲学者を描いた映画『ハンナ・アーレント』を最近観たところでもあり、「同じ人間としての過ち」というテーマは人類にとって永遠の課題なのかなあと思いました。
次作もぜひとも観たいですね、ご紹介ありがとうございました。
長々と失礼しました。
by midori (2014-09-15 15:55) 

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