桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」 [小説]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日の2本目の記事は、
土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
最近まとめ読みしている、
桜庭一樹さんの代表作の1つ「赤朽葉家の伝説」です。
これは2006年に刊行された作品で、
評判になったので、
発刊当時もちょっと気にはなったのですが、
マルケスの「百年の孤独」をモロにパクったように感じたので、
あまり読もうという気が起きませんでした。
ただ、最近意外にそうでもないのかな、
と思ったので、
読んでみることにしました。
読後の感想としては、
確かにマルケスの「百年の孤独」や、
アジェンデの「精霊たちの家」、
アーヴィングの「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」などの、
影響は明確にあるのですが、
こうした作品に影響を受けた映画の「フォレスト・ガンプ」や、
ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」の影響の方が、
より大きいように感じました。
桜庭さんの作品全てに共通することですが、
オープニングの魅力が抜群で、
いきなりの場外ホームランで、
これは物凄いぞ、と思うのですが、
最終的にはちょっと途中で凡打も混じるので、
トータルな感想はボチボチ、という感じになります。
今回の作品は後半でいきなりミステリータッチになるので、
その辺りをどう評価するかで作品の好き嫌いが分かれると思うのですが、
着地はかなり奇麗に決まっているので、
多くの方は一定の満足を感じたのではないかと思います。
以下ネタばれがあります。
必ず読了後にお読みください。
鳥取の旧家である赤朽葉家の女系3代の物語が、
幻想と現実をないまぜにした、
所謂「マジックリアリズム」を意識したタッチで描かれます。
オープニングは戦後すぐくらいから始まり、
未来を幻視することの出来る、
古代の山の民の末裔の捨て子の女性が、
旧家のカリスマ的女主に見染められて、
嫁入りをする、というところから始まるので、
ああ如何にもマジックリアリズム、という印象です。
ただ、中段にその娘の時代になると、
レディースのトップが売れっ子漫画家に転身する、
という話になるので、
これは桜庭さんがそれまでにも多く描いていた、
アウトローの少女もののパターンになり、
大分タッチが変わるので違和感があります。
そして現代に繋がる3代めになると、
何も決めずにモラトリアムでウジウジしているだけなのですが、
祖母の時代の謎を解くという、
ミステリーのタッチになり、
それが比較的奇麗に着地すると、
オープニングに繋がるという、
叙事詩的なラストが待っています。
文庫版のあとがきを読むと、
当初は3つのパートを、
全然別のタッチで描き分けるという趣向だったようで、
中段の部分はモロにアウトロー少女物であったのが、
編集との話し合いにより、
「百年の孤独」的な雰囲気で、
作品に軸を通す、という方針に変わったということのようです。
ただ、それでも矢張り中段のレディースの部分が、
明らかに他とタッチが異なるので、
何となく無理矢理に部品を1つにしたような、
辻褄の合わなさを感じることも事実です。
美点としては、
骨太の構成に乱れがないのが第一で、
桜庭さんの作品としては珍しく、
大長編であるのに比較的着地が綺麗に決まっています。
リーダビリティは充分にあり、
描写も後の「私の男」ほど詩的ではありませんが、
絵画的でなかなか達者です。
更にはこれまでの作品に多くある、
かなり刹那的で暴力的でダークな感じが、
相当抑えられているので、
広い読者層に受け容れられやすい内容になっています。
個人的にあまり乗れなかったのは、
オープニングが「百年の孤独」のような、
大風呂敷を期待させるのに、
時代が移るにつれ尻すぼみ的になることです。
「百年の孤独」は、
ラテンアメリカの庶民の歴史を描いているのですが、
現実の出来事をそのままで描写するのではなく、
一種の幻想的な出来事に置換させる形で、
想像力を駆使して描いています。
伝説や民話というのは、
要するに昔の出来事が想像力で変容した姿ですから、
そうした変容を今に繋がる時代にも応用しよう、
というのがマジックリアリズムの1つの趣旨です。
「百年の孤独」では、
鉄の貞操帯を付けられた女性や、
空に舞い上がって消えてしまう人間、
妖しい物売りや物忘れの奇病などが登場しますが、
それはそのままで描かれながら、
実際の出来事が置換された姿でもあるのです。
現実を幻想化して歴史を語る、
というのがこうした物語の魅力です。
一方で「フォレスト・ガンプ」という映画があって、
これはアメリカの戦後史を、
マジックリアリズム的な雰囲気で描いた物語ですが、
現実のニュースフィルムを多用したりして、
歴史的出来事自体を、
想像力で置換しているのではありません。
「赤朽葉家の伝説」は、
如何にも「百年の孤独」っぽい感じで始まるのですが、
実際にはその手法は「フォレスト・ガンプ」に近くて、
鳥取にある紅緑村という架空の村を舞台としていながら、
東京オリンピックや石油ショック、
バブルとその崩壊、受験戦争やいじめなどの世相が、
大新聞の解説みたいな口調で、
随所で並行して語られます。
「あの頃の人は愚かなので、こうしたことに気付きませんでした」
のような「少年H」的な解説もあります。
それでいて、
山の上にそそり立つ、
赤い大邸宅が製鉄業を営み、
山の民の末裔の女性が、
未来を見通す千里眼を持っている、
というような伝奇的な設定で物語は展開されるので、
幻想的な物語と現実の戦後の歴史が、
非常にちぐはぐな感じになって、
読んでいると違和感があります。
たとえば、相続の問題などは、
旧家の存続に関わる筈ですが、
完全にスルーされていて、
リアルさが皆無です。
それでいて、時代の説明などは具体的でリアルなものなので、
どうもへんてこな感じになるのです。
更には伝奇的な部分に、
あまり面白みがありません。
主人公の1人の万葉という女性には、
千里眼があって、
最初の生んだ子供が生まれた瞬間に、
その死までの一生を全て見通してしまい、
その子が20歳余で早逝することに苦悩するのですが、
謎めいた感じで未来が見える割には、
それが「謎」として物語に絡むのは、
最初に登場する「飛ぶ男」だけで、
後は別に未来の情景が現実化しても、
何の驚きもなければ謎もないのでガッカリします。
「未来視」や「予言」というものの持つ、
ワクワクするような感じがまるでないのです。
山や旧家の持つ神秘的なパワーのようなものが、
もっと魅力的に描写され、
それが無くなって行く経緯も、
もっと説得力を持って示されないと、
こうした設定を作った意義が乏しいように思います。
端的に言えば、
今回の作品のようなストーリーラインであれば、
別に幻想的な要素や神秘的な要素は必要なく、
もっとリアルな田舎の旧家の話にした方が、
より良いように思われるのです。
現実と不可分の幻想を描くことに、
桜庭さんはあまり長けていないように、
個人的には思いました。
もう1つ読んで強く感じたのは、
前半に濃厚に漂うジブリ作品の影響で、
得体の知れない丸顔のおばあさんとか、
たたら場としての製鉄の描写とか、
山の神との対立とか、
山の裾からボンボリが点灯して行くところとか、
ジブリ映画そのものです。
どうも懐かしい日本というようなイメージは、
ジブリに汚染され刷り込まれてしまって、
他のイメージは滅んでしまったかのようです。
戦後は映画の黄金時代で、
幾らでも当時の画像は残っているのですから、
もっと別箇のイメージが、
あるべきではないでしょうか?
総じて非常な力作で意欲作だと思いますし、
僕自身も久しぶりに一気読みしました。
ただ、家族劇としての密度も、
西加奈子さんの「さくら」に遠く及ばないような気がしますし、
過激さを抑えて万人向けのテーマを展開したことで、
何処か借りて来た猫のような作品になったことも、
否めないように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。
六号通り診療所の石原です。
今日の2本目の記事は、
土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
最近まとめ読みしている、
桜庭一樹さんの代表作の1つ「赤朽葉家の伝説」です。
これは2006年に刊行された作品で、
評判になったので、
発刊当時もちょっと気にはなったのですが、
マルケスの「百年の孤独」をモロにパクったように感じたので、
あまり読もうという気が起きませんでした。
ただ、最近意外にそうでもないのかな、
と思ったので、
読んでみることにしました。
読後の感想としては、
確かにマルケスの「百年の孤独」や、
アジェンデの「精霊たちの家」、
アーヴィングの「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」などの、
影響は明確にあるのですが、
こうした作品に影響を受けた映画の「フォレスト・ガンプ」や、
ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」の影響の方が、
より大きいように感じました。
桜庭さんの作品全てに共通することですが、
オープニングの魅力が抜群で、
いきなりの場外ホームランで、
これは物凄いぞ、と思うのですが、
最終的にはちょっと途中で凡打も混じるので、
トータルな感想はボチボチ、という感じになります。
今回の作品は後半でいきなりミステリータッチになるので、
その辺りをどう評価するかで作品の好き嫌いが分かれると思うのですが、
着地はかなり奇麗に決まっているので、
多くの方は一定の満足を感じたのではないかと思います。
以下ネタばれがあります。
必ず読了後にお読みください。
鳥取の旧家である赤朽葉家の女系3代の物語が、
幻想と現実をないまぜにした、
所謂「マジックリアリズム」を意識したタッチで描かれます。
オープニングは戦後すぐくらいから始まり、
未来を幻視することの出来る、
古代の山の民の末裔の捨て子の女性が、
旧家のカリスマ的女主に見染められて、
嫁入りをする、というところから始まるので、
ああ如何にもマジックリアリズム、という印象です。
ただ、中段にその娘の時代になると、
レディースのトップが売れっ子漫画家に転身する、
という話になるので、
これは桜庭さんがそれまでにも多く描いていた、
アウトローの少女もののパターンになり、
大分タッチが変わるので違和感があります。
そして現代に繋がる3代めになると、
何も決めずにモラトリアムでウジウジしているだけなのですが、
祖母の時代の謎を解くという、
ミステリーのタッチになり、
それが比較的奇麗に着地すると、
オープニングに繋がるという、
叙事詩的なラストが待っています。
文庫版のあとがきを読むと、
当初は3つのパートを、
全然別のタッチで描き分けるという趣向だったようで、
中段の部分はモロにアウトロー少女物であったのが、
編集との話し合いにより、
「百年の孤独」的な雰囲気で、
作品に軸を通す、という方針に変わったということのようです。
ただ、それでも矢張り中段のレディースの部分が、
明らかに他とタッチが異なるので、
何となく無理矢理に部品を1つにしたような、
辻褄の合わなさを感じることも事実です。
美点としては、
骨太の構成に乱れがないのが第一で、
桜庭さんの作品としては珍しく、
大長編であるのに比較的着地が綺麗に決まっています。
リーダビリティは充分にあり、
描写も後の「私の男」ほど詩的ではありませんが、
絵画的でなかなか達者です。
更にはこれまでの作品に多くある、
かなり刹那的で暴力的でダークな感じが、
相当抑えられているので、
広い読者層に受け容れられやすい内容になっています。
個人的にあまり乗れなかったのは、
オープニングが「百年の孤独」のような、
大風呂敷を期待させるのに、
時代が移るにつれ尻すぼみ的になることです。
「百年の孤独」は、
ラテンアメリカの庶民の歴史を描いているのですが、
現実の出来事をそのままで描写するのではなく、
一種の幻想的な出来事に置換させる形で、
想像力を駆使して描いています。
伝説や民話というのは、
要するに昔の出来事が想像力で変容した姿ですから、
そうした変容を今に繋がる時代にも応用しよう、
というのがマジックリアリズムの1つの趣旨です。
「百年の孤独」では、
鉄の貞操帯を付けられた女性や、
空に舞い上がって消えてしまう人間、
妖しい物売りや物忘れの奇病などが登場しますが、
それはそのままで描かれながら、
実際の出来事が置換された姿でもあるのです。
現実を幻想化して歴史を語る、
というのがこうした物語の魅力です。
一方で「フォレスト・ガンプ」という映画があって、
これはアメリカの戦後史を、
マジックリアリズム的な雰囲気で描いた物語ですが、
現実のニュースフィルムを多用したりして、
歴史的出来事自体を、
想像力で置換しているのではありません。
「赤朽葉家の伝説」は、
如何にも「百年の孤独」っぽい感じで始まるのですが、
実際にはその手法は「フォレスト・ガンプ」に近くて、
鳥取にある紅緑村という架空の村を舞台としていながら、
東京オリンピックや石油ショック、
バブルとその崩壊、受験戦争やいじめなどの世相が、
大新聞の解説みたいな口調で、
随所で並行して語られます。
「あの頃の人は愚かなので、こうしたことに気付きませんでした」
のような「少年H」的な解説もあります。
それでいて、
山の上にそそり立つ、
赤い大邸宅が製鉄業を営み、
山の民の末裔の女性が、
未来を見通す千里眼を持っている、
というような伝奇的な設定で物語は展開されるので、
幻想的な物語と現実の戦後の歴史が、
非常にちぐはぐな感じになって、
読んでいると違和感があります。
たとえば、相続の問題などは、
旧家の存続に関わる筈ですが、
完全にスルーされていて、
リアルさが皆無です。
それでいて、時代の説明などは具体的でリアルなものなので、
どうもへんてこな感じになるのです。
更には伝奇的な部分に、
あまり面白みがありません。
主人公の1人の万葉という女性には、
千里眼があって、
最初の生んだ子供が生まれた瞬間に、
その死までの一生を全て見通してしまい、
その子が20歳余で早逝することに苦悩するのですが、
謎めいた感じで未来が見える割には、
それが「謎」として物語に絡むのは、
最初に登場する「飛ぶ男」だけで、
後は別に未来の情景が現実化しても、
何の驚きもなければ謎もないのでガッカリします。
「未来視」や「予言」というものの持つ、
ワクワクするような感じがまるでないのです。
山や旧家の持つ神秘的なパワーのようなものが、
もっと魅力的に描写され、
それが無くなって行く経緯も、
もっと説得力を持って示されないと、
こうした設定を作った意義が乏しいように思います。
端的に言えば、
今回の作品のようなストーリーラインであれば、
別に幻想的な要素や神秘的な要素は必要なく、
もっとリアルな田舎の旧家の話にした方が、
より良いように思われるのです。
現実と不可分の幻想を描くことに、
桜庭さんはあまり長けていないように、
個人的には思いました。
もう1つ読んで強く感じたのは、
前半に濃厚に漂うジブリ作品の影響で、
得体の知れない丸顔のおばあさんとか、
たたら場としての製鉄の描写とか、
山の神との対立とか、
山の裾からボンボリが点灯して行くところとか、
ジブリ映画そのものです。
どうも懐かしい日本というようなイメージは、
ジブリに汚染され刷り込まれてしまって、
他のイメージは滅んでしまったかのようです。
戦後は映画の黄金時代で、
幾らでも当時の画像は残っているのですから、
もっと別箇のイメージが、
あるべきではないでしょうか?
総じて非常な力作で意欲作だと思いますし、
僕自身も久しぶりに一気読みしました。
ただ、家族劇としての密度も、
西加奈子さんの「さくら」に遠く及ばないような気がしますし、
過激さを抑えて万人向けのテーマを展開したことで、
何処か借りて来た猫のような作品になったことも、
否めないように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
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