血圧自己コントロールの効果について [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のJAMA誌に掲載された、
血圧の自己コントロールの効果についての文献です。
高血圧が動脈硬化を進行させ、
心筋梗塞や脳卒中(特に脳出血)の危険性を高めることは、
多くの疫学データから確立された事実で、
生活改善や減塩、
降圧剤による治療などの介入によって、
そのリスクが軽減されることもまた、
ほぼ確立された診療行為です。
そのために、
高血圧の治療が保険診療として行なわれ、
多くの高血圧の患者さんが、
定期的に血圧の薬を飲んでいるのです。
ただ、問題は血圧をどのようにコントロールするのが、
最もそのリスクを軽減するのに適切か、
ということです。
血圧は時間により折々で変動する数値で、
緊張や運動、ストレスなどでも容易に変動します。
通常患者さんが診察室で測定する血圧を、
高血圧治療のガイドラインでは基準値としています。
多くの血圧治療の大規模臨床試験でも、
専らこの診察室血圧が、
血圧のコントロールの指標として使用されています。
血圧の目標値として主に使用されている、
収縮期血圧140mmHg未満、
拡張期血圧90mmHg未満という数値も、
診察室血圧を使用するのが決まりごとです。
ただ、血圧を測られた方ならお分かりのように、
診察室や健診で測定した血圧と、
家で自動血圧計で測定した血圧とが、
かなり食い違うことはしばしばあります。
また、血圧には日内変動があり、
朝の起きがけの血圧は昼間の血圧より高いことが多く、
その変動幅が大きいと、
心筋梗塞などの発症リスクを増加させることが知られていますが、
そうした違いは診察室の血圧には反映されていません。
大規模な疫学データにおいては、
収縮期血圧が115mmHgを越えるレベルから、
心筋梗塞などの発症リスクは増加するとされています。
それでは、血圧の目標値も収縮期血圧が120未満くらいに、
するのが望ましいのでは、と考えられますが、
一方でACCORDと呼ばれる、
糖尿病の患者さんを対象とした大規模臨床試験の結果では、
上の血圧を140未満を目標とするコントロールと、
120未満を目標とするコントロールとの間で、
心筋梗塞などの発症リスクについて、
明確な違いは認められていません。
この乖離の1つの原因として、
診察室で測定する血圧が、
実際の心筋梗塞などのリスクを、
しっかりと反映していない可能性が考えられます。
それでは、診察室の血圧の代わりに、
患者さんが自宅で測定した、
自己測定の血圧を使用することで、
より患者さんの病気のリスクを軽減可能な、
より精度の高い血圧コントロールが可能となるのではないでしょうか?
ただ、ことはそう単純ではありません。
高血圧と並ぶ慢性疾患である糖尿病では、
患者さんが血糖値を自己測定して、
時にはその数値によって治療薬の量を変更するなどの、
自己コントロールが導入されています。
特にインスリンの自己注射をされている患者さんでは、
スライディングスケールと言って、
測定した血糖値や運動量に合わせて、
インスリンの量を調整するような手法も、
応用されています。
これは叩き台は主治医が作るのですが、
それを運用するのは患者さん自身です。
このような自己コントロールは、
高血圧においても有効でしょうか?
糖尿病の場合には、
HbA1cという有用な指標があります。
これは2ヶ月くらいの血糖値が、
平均してどのくらいの状態にあったのかを、
おおよそ示す指標です。
これがあるので、
患者さんに自己コントロールによる治療薬の調節を任せても、
それが適切であったかどうかを、
主治医はHbA1cの定期的な測定により、
ある程度判断することが出来るのです。
しかし、血圧においては、
数ヶ月の血圧の数値が平均でどのくらいであったのかを示すような、
便利な指標は存在していません。
また、血圧は血糖値と同じように、
変動し易いものですが、
血糖値を糖尿病のない方の数値と比較するように、
血圧を高血圧のない方と比較することは出来ません。
たとえば、運動により血圧は正常な方でも上昇しますが、
むしろ適度な運動は健康に良い影響を与え、
心筋梗塞のリスクにはなりません。
つまり、血圧は測るタイミングにもよるので、
測定値のみで降圧剤の増減を患者さんの判断に任せるのは、
危険な可能性もあるのです。
血圧の自己コントロールは有用でしょうか?
それとも却って危険なのでしょうか?
仮に有用であるとすれば、
どのような方法が適切なのでしょうか?
こうした臨床上の問題を解決するには、
精度の高い臨床試験の実施が不可欠です。
イギリスで2013年に発表された、
血圧自己コントロールの効果についての臨床試験では、
通常の診察と、
自己測定とその数値による、
患者さん自身の自己コントロールとの比較において、
1年間の経過観察で収縮期血圧が、
自己コントロールの方が有意に5.4mmHg低下した、
という結果になっています。
ただ、これは平均すると心筋梗塞などのリスクが、
それほど高い高血圧の患者さんではありません。
臨床的に血圧自己コントロールの悪い影響が、
可能性として考えられるのは、
心筋梗塞や脳卒中などを起こしたような、
リスクの高い患者さんなので、
こうした結果がそうしたリスクの高い患者さんにおいても、
同じように成り立つものなのかどうかが、
次に問題となります。
今回の研究はその点を明らかにしようとしたもので、
イギリスでプライマリケア医による高血圧の治療を受けている、
35歳以上の心血管疾患のリスクの高い男女、
トータル552名を対象としています。
患者さんは、
脳卒中や心筋梗塞、狭心症の既往があるか、
糖尿病や慢性腎臓病(3度以上)を持っていて、
登録時の診察室血圧が上が130、下が80を越えていることが要件で、
その時点で降圧剤を使用していてもいなくても良いのですが、
3剤以上の降圧剤を使用していたり、
血圧の上が180、下が100を越えるような方は除外されています。
患者さんをくじ引きで2つのグループに分け、
一方は通常の診察による診療を行ない、
もう一方は主治医により3段階の、
自己測定による処方の変更の取り決めをして、
それに基づいて血圧の自己コントロールを行ないます。
目標とする血圧は、
診察室で上が130で下が80、
自己測定では上が120で下が75に設定されています。
観察期間は1年間です。
その結果…
通常の診察と比較して、
自己コントロールによる処方の変更を行なったグループでは、
収縮期血圧が平均で9.2mmHg、
拡張期血圧が平均で3.4mmHg、
それぞれ有意に低下が認められました。
通常の診察群での平均の達成血圧は、
上が137.8で下が76.3であったのに対して、
自己コントロール群での平均の達成血圧は、
上が128.2で下が73.8でした。
両群で特に有害事象の差は認められませんでした。
要するに、
自己測定とそれに伴う自己コントロールを導入することにより、
患者さんの血圧に対する意識が高まるので、
より低い値に血圧を誘導し維持することが可能になる、
ということではないかと思います。
ただ、問題は自己コントロールの効果は、
敢くまで現時点では1年間の短期間で確認されているのみで、
しかも本来の血圧コントロールの目的である、
心筋梗塞や脳卒中の予防効果については、
それ自体として証明されたものではない、
という点にあります。
現状確認されたのは、
リスクの高い患者さんでも、
事例を選べば自己測定に基づく自己コントロールは、
それほどの危険なく行なえる、
ということと、
血圧の数値自体はより低くなる可能性が高い、
ということだけです。
更には血圧の適正値は、
今後変わる可能性があり、
低ければ低いほど良いとは限りません。
しかし、こうした自己管理のシステムを導入すると、
間違いなく目標より低めの血圧が誘導されるので、
自己コントロールの導入が、
本当に病気の発症を予防することに繋がるのか、
という点が証明されないと、
長期的には患者さんのメリットに繋がらない、
という可能性も存在しているのです。
いずれにしても、
かなり一般の臨床に近い環境で、
血圧自己コントロールの可能性が示唆された意義は大きく、
これはある意味僕のような末端の医者が、
不要であるという結論にも結び付きかねないので、
末端の臨床医としては、
目の前の患者さんに対して、
自分が出来ることは何かを、
問い直しながら診療に当たる必要があるように思いました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のJAMA誌に掲載された、
血圧の自己コントロールの効果についての文献です。
高血圧が動脈硬化を進行させ、
心筋梗塞や脳卒中(特に脳出血)の危険性を高めることは、
多くの疫学データから確立された事実で、
生活改善や減塩、
降圧剤による治療などの介入によって、
そのリスクが軽減されることもまた、
ほぼ確立された診療行為です。
そのために、
高血圧の治療が保険診療として行なわれ、
多くの高血圧の患者さんが、
定期的に血圧の薬を飲んでいるのです。
ただ、問題は血圧をどのようにコントロールするのが、
最もそのリスクを軽減するのに適切か、
ということです。
血圧は時間により折々で変動する数値で、
緊張や運動、ストレスなどでも容易に変動します。
通常患者さんが診察室で測定する血圧を、
高血圧治療のガイドラインでは基準値としています。
多くの血圧治療の大規模臨床試験でも、
専らこの診察室血圧が、
血圧のコントロールの指標として使用されています。
血圧の目標値として主に使用されている、
収縮期血圧140mmHg未満、
拡張期血圧90mmHg未満という数値も、
診察室血圧を使用するのが決まりごとです。
ただ、血圧を測られた方ならお分かりのように、
診察室や健診で測定した血圧と、
家で自動血圧計で測定した血圧とが、
かなり食い違うことはしばしばあります。
また、血圧には日内変動があり、
朝の起きがけの血圧は昼間の血圧より高いことが多く、
その変動幅が大きいと、
心筋梗塞などの発症リスクを増加させることが知られていますが、
そうした違いは診察室の血圧には反映されていません。
大規模な疫学データにおいては、
収縮期血圧が115mmHgを越えるレベルから、
心筋梗塞などの発症リスクは増加するとされています。
それでは、血圧の目標値も収縮期血圧が120未満くらいに、
するのが望ましいのでは、と考えられますが、
一方でACCORDと呼ばれる、
糖尿病の患者さんを対象とした大規模臨床試験の結果では、
上の血圧を140未満を目標とするコントロールと、
120未満を目標とするコントロールとの間で、
心筋梗塞などの発症リスクについて、
明確な違いは認められていません。
この乖離の1つの原因として、
診察室で測定する血圧が、
実際の心筋梗塞などのリスクを、
しっかりと反映していない可能性が考えられます。
それでは、診察室の血圧の代わりに、
患者さんが自宅で測定した、
自己測定の血圧を使用することで、
より患者さんの病気のリスクを軽減可能な、
より精度の高い血圧コントロールが可能となるのではないでしょうか?
ただ、ことはそう単純ではありません。
高血圧と並ぶ慢性疾患である糖尿病では、
患者さんが血糖値を自己測定して、
時にはその数値によって治療薬の量を変更するなどの、
自己コントロールが導入されています。
特にインスリンの自己注射をされている患者さんでは、
スライディングスケールと言って、
測定した血糖値や運動量に合わせて、
インスリンの量を調整するような手法も、
応用されています。
これは叩き台は主治医が作るのですが、
それを運用するのは患者さん自身です。
このような自己コントロールは、
高血圧においても有効でしょうか?
糖尿病の場合には、
HbA1cという有用な指標があります。
これは2ヶ月くらいの血糖値が、
平均してどのくらいの状態にあったのかを、
おおよそ示す指標です。
これがあるので、
患者さんに自己コントロールによる治療薬の調節を任せても、
それが適切であったかどうかを、
主治医はHbA1cの定期的な測定により、
ある程度判断することが出来るのです。
しかし、血圧においては、
数ヶ月の血圧の数値が平均でどのくらいであったのかを示すような、
便利な指標は存在していません。
また、血圧は血糖値と同じように、
変動し易いものですが、
血糖値を糖尿病のない方の数値と比較するように、
血圧を高血圧のない方と比較することは出来ません。
たとえば、運動により血圧は正常な方でも上昇しますが、
むしろ適度な運動は健康に良い影響を与え、
心筋梗塞のリスクにはなりません。
つまり、血圧は測るタイミングにもよるので、
測定値のみで降圧剤の増減を患者さんの判断に任せるのは、
危険な可能性もあるのです。
血圧の自己コントロールは有用でしょうか?
それとも却って危険なのでしょうか?
仮に有用であるとすれば、
どのような方法が適切なのでしょうか?
こうした臨床上の問題を解決するには、
精度の高い臨床試験の実施が不可欠です。
イギリスで2013年に発表された、
血圧自己コントロールの効果についての臨床試験では、
通常の診察と、
自己測定とその数値による、
患者さん自身の自己コントロールとの比較において、
1年間の経過観察で収縮期血圧が、
自己コントロールの方が有意に5.4mmHg低下した、
という結果になっています。
ただ、これは平均すると心筋梗塞などのリスクが、
それほど高い高血圧の患者さんではありません。
臨床的に血圧自己コントロールの悪い影響が、
可能性として考えられるのは、
心筋梗塞や脳卒中などを起こしたような、
リスクの高い患者さんなので、
こうした結果がそうしたリスクの高い患者さんにおいても、
同じように成り立つものなのかどうかが、
次に問題となります。
今回の研究はその点を明らかにしようとしたもので、
イギリスでプライマリケア医による高血圧の治療を受けている、
35歳以上の心血管疾患のリスクの高い男女、
トータル552名を対象としています。
患者さんは、
脳卒中や心筋梗塞、狭心症の既往があるか、
糖尿病や慢性腎臓病(3度以上)を持っていて、
登録時の診察室血圧が上が130、下が80を越えていることが要件で、
その時点で降圧剤を使用していてもいなくても良いのですが、
3剤以上の降圧剤を使用していたり、
血圧の上が180、下が100を越えるような方は除外されています。
患者さんをくじ引きで2つのグループに分け、
一方は通常の診察による診療を行ない、
もう一方は主治医により3段階の、
自己測定による処方の変更の取り決めをして、
それに基づいて血圧の自己コントロールを行ないます。
目標とする血圧は、
診察室で上が130で下が80、
自己測定では上が120で下が75に設定されています。
観察期間は1年間です。
その結果…
通常の診察と比較して、
自己コントロールによる処方の変更を行なったグループでは、
収縮期血圧が平均で9.2mmHg、
拡張期血圧が平均で3.4mmHg、
それぞれ有意に低下が認められました。
通常の診察群での平均の達成血圧は、
上が137.8で下が76.3であったのに対して、
自己コントロール群での平均の達成血圧は、
上が128.2で下が73.8でした。
両群で特に有害事象の差は認められませんでした。
要するに、
自己測定とそれに伴う自己コントロールを導入することにより、
患者さんの血圧に対する意識が高まるので、
より低い値に血圧を誘導し維持することが可能になる、
ということではないかと思います。
ただ、問題は自己コントロールの効果は、
敢くまで現時点では1年間の短期間で確認されているのみで、
しかも本来の血圧コントロールの目的である、
心筋梗塞や脳卒中の予防効果については、
それ自体として証明されたものではない、
という点にあります。
現状確認されたのは、
リスクの高い患者さんでも、
事例を選べば自己測定に基づく自己コントロールは、
それほどの危険なく行なえる、
ということと、
血圧の数値自体はより低くなる可能性が高い、
ということだけです。
更には血圧の適正値は、
今後変わる可能性があり、
低ければ低いほど良いとは限りません。
しかし、こうした自己管理のシステムを導入すると、
間違いなく目標より低めの血圧が誘導されるので、
自己コントロールの導入が、
本当に病気の発症を予防することに繋がるのか、
という点が証明されないと、
長期的には患者さんのメリットに繋がらない、
という可能性も存在しているのです。
いずれにしても、
かなり一般の臨床に近い環境で、
血圧自己コントロールの可能性が示唆された意義は大きく、
これはある意味僕のような末端の医者が、
不要であるという結論にも結び付きかねないので、
末端の臨床医としては、
目の前の患者さんに対して、
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健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣
- 作者: 石原藤樹
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2014-09-02 08:04
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