SSブログ

選択的SGLT2阻害剤の薬理メカニズムのパラドックス [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は体調最悪で、
1日まっとう出来る自信がありませんが、
そんなことを言っても仕方がないので、
どうにか踏ん張りたいと思います。

それでは今日の話題です。

今の糖尿病治療薬の話題と言えば、
選択的SGLT2阻害剤と呼ばれる新薬のことでもちきりです。

欧米では2年以上前からその使用が行なわれていますが、
日本の臨床に登場したのは、
先日発売されたイプラグリフロジン(商品名スーグラ)が最初です。

しかし、今後短期間のうちに、
ダバグリフロジン(商品名フォシーガ)、
ルセオグリフロジン(商品名ルセフィ)、
トホグリフロジン(商品名デベルザ)、
そしてカナグリフロジン、エンパグリフロジンが、
次々と発売の予定です。

このうちダバグリフロジンとエンパグリフロジンが、
今のところ最もデータの蓄積は多いと思いますが、
そうでない薬の方が発売が先行することも良くある話で、
その辺りがきちんと説明されないのも、
いつものことですが日本の臨床の良くない点の1つです。

選択的SGLT2阻害剤とはどのような薬で、
どのような特徴があるのでしょうか?

糖尿病という名前は、
尿にブドウ糖が出ることから名付けられています。

血液には一定の濃度のブドウ糖が含まれていますが、
糖尿病のない人ではおしっこにはブドウ糖は出ません。

これはどうしてかと言えば、
一旦腎臓の糸球体という濾紙のような場所を通過した尿の元が、
尿細管という管を通過する際に、
殆どのブドウ糖が再び吸収されて血液に戻るからです。

これを尿細管におけるブドウ糖の再吸収と呼んでいます。

このブドウ糖の再吸収を行なっているのが、
SGLT(ナトリウムイオン/グルコース共輸送体)です。

SGLTにはSGLT1とSGLT2の2種類があり、
尿細管にはその両方が分布していますが、
主に働いているのはSGLT2で、
SGLT1は尿細管でも弱い働きをしていると共に、
主に小腸でブドウ糖の吸収に大きな働きをしています。

糖尿病のない方では、
血液中のブドウ糖のほぼ100%が、
SGLT2とSGLT1の働きで、
尿細管から再吸収されるので、
殆ど尿には糖は出ません。
平均で大人の場合、
1日に180グラムのブドウ糖が、
糸球体で濾過された後に再吸収されるのです。
血糖値はせいぜい140mg/dLくらいです。

それが糖尿病により血糖値が上昇し、
血液の濃度が170から180mg/dLくらいを越えると、
濾過された全てのブドウ糖を再吸収することは出来なくなり、
その余分が尿に出るのです。
これが尿糖で、
糖尿病と言われる所以です。

糖尿病の薬として今回注目されているのは、
選択的SGLT2阻害剤です。

SGLT2は尿細管でのブドウ糖の再吸収をしているので、
それが阻害されるということは、
結果として尿のブドウ糖の量が増えることになります。

確かに通常より余計ブドウ糖が尿から排泄されれば、
それだけ血糖値も下がるように思います。

しかし、必要なブドウ糖が身体で利用されないのが、
糖尿病の病態ですから、
これは何か本質的なことではないような気がします。

本当にこうした薬を使うことで、
糖尿病の患者さんを治療したと言えるのでしょうか?

これについては幾つかの知見があります。

まず、SGLT2の遺伝子を働かなくしたネズミの実験のデータがあります。

SGLT2のないネズミでは、
尿量が通常の3倍になり、
尿糖は通常の500倍に増加します。
このネズミは過食になり水分も沢山とって良く動きますが、
糖尿病にはならず、
低血糖にもなりません。
つまり、SGLT2のないネズミは、
そう不健康ではないようです。

人間にもこれに似た病態があります。
腎性尿糖と呼ばれる状態です。

健康診断などで尿糖が出ているのに、
血糖値が正常で糖尿病のない人がいます。
これは生まれつきの体質で、
こうした人は別に糖尿病にはなりませんし、
寿命が短い、というようなこともありません。

実はこの腎性尿糖は、
SGLT2をコードする遺伝子の変異です。
SGLT2が部分的に阻害されているので、
尿に出るブドウ糖が増えるのです。

従って、簡単に言えば、
選択的SGLT2阻害剤というのは、
腎性尿糖にする薬なのです。

完全に尿細管のブドウ糖の再吸収が止まってしまったら、
それはそれで大きな問題ですが、
実際にはSGLT1が代償的に働くので、
再吸収の抑制はせいぜい全体の5割から6割程度に留まります。
つまり、SGLT2が働かなくなると、
それを補うためにSGLT1の働きが高まるので、
一定レベルのブドウ糖は、
SGLT1の働きで再吸収され、
選択的にSGLT2を阻害することは、
そう大きな健康上の問題にはならないのです。

それでは、
糖尿病の患者さんにおける、
選択的SGLT2阻害剤の意義は何処にあるのでしょうか?

実は高血糖になると、
SGLT2の活性が高まり、
通常より多くのブドウ糖が、
再吸収を受けることが分かっています。

これは食事にも影響を受け、
糖質を多く摂るとSGLT2の活性が高まり、
糖質を制限するとSGLT2の活性は低下します。

つまり、血糖値があるレベルを越えて上昇すると、
おしっこに出るブドウ糖の量も抑制されてしまうので、
尚更に血糖値が下がらない、
という悪循環が生じるのです。

そう考えると、
選択的SGLT2阻害剤を使用するということは、
糖尿病の悪循環のメカニズムのうち、
その一部を解除する効果が期待出来る、
ということになります。

糖尿病の専門家の先生が、
この薬に注目するのは、
そうした点があるからなのです。

ただ、問題は矢張りありそうです。

現状問題として指摘されているのは、
脱水症状の出現や、
尿糖の増えることによる性器や尿路感染症の併発などですが、
それ以外に、
2型糖尿病の患者さんにこの薬を使用した際に、
実際にどのようなブドウ糖代謝の変化が、
身体で起こるのか、と言う点については、
人間でのデータはまだ乏しいのが実際です。

その疑問を埋めるものとして、
今月のJournal of Clinical Investigation誌に、
別々の研究グループより興味深い知見が報告されました。

まずこちらです。
SGLT-2阻害剤によるブドウ糖産生刺激効果.jpg
この文献ではダパグリフロジンという選択的SGLT2阻害剤を、
12名の2型糖尿病の患者さんに使用し、
偽薬を使用した6名の患者さんと、
治療前及び使用2週間後に、
人工膵臓を用いたチェックを行なっています。
これは定時的に血糖値をモニタリングしながら、
それを一定に保つように、
ブドウ糖やインスリンの注入を行ない、
その注入量からブドウ糖の身体での動態を解析するもので、
僕も以前少しお手伝いしたことがありますが、
結構大変で手間の掛かる検査です。

その結果によると、
ダパグリフロジンの使用により、
尿中に出るブドウ糖は増加し、
空腹時血糖は低下します。
筋肉へのブドウ糖の取り込みは増加し、
インスリン抵抗性の改善が確認されました。
しかし、同時に不思議なことに、
肝臓からのブドウ糖の放出は増加し、
グルカゴンの血液濃度も増加していました。

同様の結果を別個の研究手法で検討した文献が、
同じ医学誌面に載っています。
それがこちら。
SGLT-2阻害剤の代謝効果.jpg
こちらの文献においては、
エンパグリフロジンというまた別個のSGLT2阻害剤を用いて、
66名というより例数の多い2型糖尿病の患者さんを対象に、
治療前と1回のみの使用時、
そして4週間の治療継続時における、
ブドウ糖代謝の状態を、
食事と一緒に摂取した、
微量の放射能を付けたブドウ糖を利用して解析しています。

こうした検証に放射能を使用するというのは、
倫理的にどうなのかと思います。
これはイタリアでの臨床研究です。

その結果…

エンパグリフロジンの使用により、
たった1回の投与においても、
尿中のブドウ糖は著明に増加し、
それに伴って血液のブドウ糖は低下、
インスリンの感受性も改善して、
筋肉へのブドウ糖の取り込みは増加しています。
しかし、その一方で血液のインスリンの濃度自体は低下し、
相対的にグルカゴンの比率が増加しています。

そして、最初の文献と同じように、
肝臓からのブドウ糖の放出は増加しています。
そして患者さんの身体では、
ブドウ糖の利用から、
脂質の利用へとエネルギー代謝はシフトしています。

別個の手法を用いて、
使用されている薬も別個でありながら、
ほぼ同じ結論が出ているということから、
この結果は選択的SGLT2阻害剤の特徴であると考えて、
それほどの間違いはないもののように思います。

これまでの考えにおいては、
選択的SGLT2阻害剤を使用することにより、
尿に出るブドウ糖の量が増え、
血糖値が低下するので、
血糖が上昇していることによる「糖毒性」が解除され、
インスリンの感受性も改善すると考えられています。

そうなれば相対的なグルカゴンの増加によって生じる、
肝臓からのブドウ糖の放出も減る、と考えるのが通常です。

しかし、実際には血糖が低下してインスリン感受性も良くなっているのに、
グルカゴンが増加してその効果を部分的には相殺しているのです。

何故こうしたことが起こるのか、
現時点ではそのメカニズムは不明です。

この薬は欧米の場合はメトホルミンに上乗せされていますから、
そこにインクレチン関連薬を追加すると、
グルカゴンの増加作用が相殺されて、
より選択的SGLT2阻害剤の有効性が高まるのでは、
という見解が上記の文献には記載されています。

ただ、そのようにして高価な薬を次々と上乗せすることが、
本当にトータルに考えて、
患者さんのためになることであるのかは、
現時点では何とも言えません。

しかし、
選択的SGLT2阻害剤でグルカゴンが増加するとすれば、
今後この薬の適応は、
より慎重に考慮する必要があるのではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(18)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 18

コメント 2

さすらいの、、、

先生、ご不調の時は無理をなさらないでください。
by さすらいの、、、 (2014-04-28 10:00) 

やまんば@糖尿病

SGLT2阻害剤を使用することによりブドウ糖は尿に出るので、
血糖値が低下するわけで、グルカゴンの出番となり肝臓細胞はグリコーゲンをブドウ糖に変えて血中に放出して血糖値を回復させ、脂肪細胞は蓄えていた脂肪を血中に放出します。
文中に
「SGLT2阻害剤でグルカゴンが増加するとすれば、
今後この薬の適応は、
より慎重に考慮する必要があるのではないかと思います。」
が此れのどこが要注意なのですか?
血糖値が低下しすぎないようにグルカゴンが出るのでは?
もし、グルカゴンが出なかったら重大な低血糖になるのでは?
そう考えるとグルカゴンが増加が、悪い働きではなく、必須の生理バランスと思えてきます。
by やまんば@糖尿病 (2015-09-24 09:04) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0