高血圧のカテーテル治療の効果について [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年の2月のLancet誌に掲載された、
カテーテル治療で半永久的に高血圧を治療するという、
特殊な治療法の長期的な効果についての文献です。
これを腎動脈デナベーションと呼んでいます。
腎動脈デナベーションというのはどのようなもので、
どのような利点があり、
また問題があるのでしょうか?
高血圧は言うまでもなく生活習慣病の代表で、
脳卒中や慢性腎臓病、心筋梗塞などの命に関わる病気の、
大きなリスクになることが知られています。
このため高血圧が持続し、
それが減塩や適度な運動、適正な体重の維持などの、
生活習慣の改善で正常化しない場合には、
降圧剤と呼ばれる薬物治療の適応となります。
薬物治療にはこれまでに多くの薬が開発され、
多くの患者さんで薬による血圧のコントロールが、
達成出来るようになっています。
しかし、それでも問題は残っています。
血圧の治療をされている患者さんから、
必ず訊かれるのは、
いつになったら薬を止められるのか、
ということです。
これは現時点では明確に答えることの出来ない質問で、
安定した血圧が少量の降圧剤で、
長期間持続していれば、
中止してもその後の血圧は殆ど上昇しない、
というような研究結果もありますが、
一般的には持続的な血圧上昇であれば、
薬は特に期限は設けずに継続するのが原則です。
それは要するに、
高血圧の薬物治療は、
敢くまで一時的に血圧を下げるだけの治療であって、
治すという治療でないことを意味しているのです。
ただ、本当に多くの高血圧の患者さんに望まれているのは、
一定期間の治療によって、
その後は薬を飲まなくても済むような、
「治す治療」なのではないかと思います。
更には多くの降圧剤が開発され使用されてはいますが、
そうした薬を何種類も組み合わせて強力に使用しても、
血圧が良好にコントロールされない、
というケースも存在しています。
つまり、薬の治療には限界があるのです。
薬以外の方法で血圧をコントロールし、
薬剤で抵抗性の高血圧にも効果があり、
薬を飲みことを止められるような治療は、
存在しないのでしょうか?
その1つの選択肢になるのでは、
と近年注目を集めているのが、
腎動脈デナベーションです。
高血圧の多くは本態性高血圧と呼ばれ、
単独の明確な原因が特定はされない病態です。
ただ、高血圧が持続する1つのメカニズムとして、
脳から始まる交感神経の緊張があります。
精神的な緊張で血圧の上がり易い人がいますね。
そうした人では交感神経の緊張が、
血圧の上昇に結び付き易くなっています。
血圧の上昇が腎臓へ影響を与えると、
腎臓の血流の低下などにより、
脳へと信号が送られて、
脳の緊張が更に高まって交感神経が緊張するという、
一種の悪循環のループを形成する、
という考え方があります。
これが仮に事実であるとすると、
腎臓の周囲の交感神経を、
何らかの方法で物理的に遮断することにより、
悪循環のループを切り、
血圧を低下させることが、
可能になる、ということになります。
この原理を活用した高血圧の治療法が、
腎動脈デナベーションです。
血管造影などと同じ手技で、
太腿の動脈からカテーテルを挿入し、
その先端を腎臓を栄養する動脈に進め、
電極カテーテルで通電して、
両側の腎動脈の交感神経を焼却して遮断します。
原理的にはこれにより、
交感神経の緊張が主因となっているような高血圧は改善し、
患者さんは薬を飲まなくても済むようになる、
ということになる訳です。
3種類以上の降圧剤を使用しても、
収縮期の血圧が160mmHg以上より下がらない、
高血圧の患者さん153名を対象として、
腎動脈デナベーションを行ない、
その1年後までの経過を観察した文献が、
2009年のLancet誌に掲載されています。
患者さんはアメリカとヨーロッパの専門施設でエントリーされています。
この文献においては、
腎動脈デナベーションは安全に施行され、
施行後1カ月から有意に血圧は低下し、
1年後にもその効果は持続していた、
とされています。
今回の文献はその臨床試験のより長期の結果をまとめたもので、
施行後3年間の経過観察が行なわれています。
脱落事例があるため、
実際に3年後まで経過を追えた事例は88例です。
経過を追えた患者さんの平均年齢は57歳で、
42%が女性です。
腎機能のGFRという数値の平均は85mL/min per 1.73㎡で、
要するに正常の腎機能の方を対象にしています。
処置前の血圧は平均で175/98mmHgになっています。
デナベーション治療後3年で、
収縮期血圧は平均で32.0mmHg低下し、
拡張期血圧は平均で14.4mmHg低下しています。
ただ、実際には3年後の時点でも、
全体の93%に当たる82名の患者さんは利尿剤を使用し、
80%に当たる70名の患者さんはカルシウム拮抗薬を、
86%に当たる76名の患者さんはβブロッカーを、
それぞれ使用継続しています。
つまり、デナベーション治療後に、
完全に降圧剤から卒業された患者さんは殆どいません。
デナベーション治療後、
10mmHg以上の収縮期血圧の低下は、
治療後1ヶ月では患者さんの69%に認められ、
半年では81%に、1年では85%に、
そして2年で83%、3年で93%に認められています。
つまり、デナベーション治療後の降圧は、
数年を掛けてジワジワと生じ、
少なくとも3年間は持続することが分かります。
デナベーション治療の長期の影響として、
危惧されるのは腎臓の血管に起こる狭窄などの変化や、
その後の腎機能の低下ですが、
今回のデータでは腎動脈の閉塞が1例のみで、
術後の腎機能の低下も有意なものは認められませんでした。
この結果は概ね腎動脈デナベーション治療の、
安全性と有効性を実証するものです。
日本においても腎動脈デナベーションの承認のための、
臨床試験が進行していて、
数年のうちには一般の臨床においても施行可能となることが、
今年の1月まで確実視されていました。
ところが…
このデナベーション治療の機具を開発販売するメドトロニック社は、
その後のより大規模な臨床試験の中間結果が、
当初の目標を達成出来なかったため、
当面日本における臨床試験も登録を中断することになった、
と今年の1月に発表しました。
これはどういうことかと言うと、
上記の文献の臨床試験は、
敢くまでコントロールはなしに、
治療を行なった患者さんの治療前後の血圧を比較して、
その効果を判定していたのですが、
今回行なわれた試験は、
デナベーション治療を行なう患者さんと行なわない患者さんをくじ引きで決め、
その両者を比較したもので、
例数もトータルで535名とより大規模なものです。
こうした厳密な試験を行なってみると、
必ずしも治療群と未治療群との間に、
明瞭な血圧の差が認められなかった、
ということのようです。
個人的な見解としては、
腎動脈デナベーション治療は、
治療抵抗性の高血圧の患者さん全てに、
無作為に行なって有用だという性質のものではなく、
たとえば血液のノルエピネフリンの反応など、
ある程度交感神経の緊張の指標を元に、
より効果の期待出来る患者さんを選別して、
行なうのが望ましいのではないか、
と考えます。
問題は矢張り半永久的に降圧剤が止められるか、
と言う点にあり、
そうでなければこの治療に、
コストや侵襲に見合った価値はないのではないでしょうか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年の2月のLancet誌に掲載された、
カテーテル治療で半永久的に高血圧を治療するという、
特殊な治療法の長期的な効果についての文献です。
これを腎動脈デナベーションと呼んでいます。
腎動脈デナベーションというのはどのようなもので、
どのような利点があり、
また問題があるのでしょうか?
高血圧は言うまでもなく生活習慣病の代表で、
脳卒中や慢性腎臓病、心筋梗塞などの命に関わる病気の、
大きなリスクになることが知られています。
このため高血圧が持続し、
それが減塩や適度な運動、適正な体重の維持などの、
生活習慣の改善で正常化しない場合には、
降圧剤と呼ばれる薬物治療の適応となります。
薬物治療にはこれまでに多くの薬が開発され、
多くの患者さんで薬による血圧のコントロールが、
達成出来るようになっています。
しかし、それでも問題は残っています。
血圧の治療をされている患者さんから、
必ず訊かれるのは、
いつになったら薬を止められるのか、
ということです。
これは現時点では明確に答えることの出来ない質問で、
安定した血圧が少量の降圧剤で、
長期間持続していれば、
中止してもその後の血圧は殆ど上昇しない、
というような研究結果もありますが、
一般的には持続的な血圧上昇であれば、
薬は特に期限は設けずに継続するのが原則です。
それは要するに、
高血圧の薬物治療は、
敢くまで一時的に血圧を下げるだけの治療であって、
治すという治療でないことを意味しているのです。
ただ、本当に多くの高血圧の患者さんに望まれているのは、
一定期間の治療によって、
その後は薬を飲まなくても済むような、
「治す治療」なのではないかと思います。
更には多くの降圧剤が開発され使用されてはいますが、
そうした薬を何種類も組み合わせて強力に使用しても、
血圧が良好にコントロールされない、
というケースも存在しています。
つまり、薬の治療には限界があるのです。
薬以外の方法で血圧をコントロールし、
薬剤で抵抗性の高血圧にも効果があり、
薬を飲みことを止められるような治療は、
存在しないのでしょうか?
その1つの選択肢になるのでは、
と近年注目を集めているのが、
腎動脈デナベーションです。
高血圧の多くは本態性高血圧と呼ばれ、
単独の明確な原因が特定はされない病態です。
ただ、高血圧が持続する1つのメカニズムとして、
脳から始まる交感神経の緊張があります。
精神的な緊張で血圧の上がり易い人がいますね。
そうした人では交感神経の緊張が、
血圧の上昇に結び付き易くなっています。
血圧の上昇が腎臓へ影響を与えると、
腎臓の血流の低下などにより、
脳へと信号が送られて、
脳の緊張が更に高まって交感神経が緊張するという、
一種の悪循環のループを形成する、
という考え方があります。
これが仮に事実であるとすると、
腎臓の周囲の交感神経を、
何らかの方法で物理的に遮断することにより、
悪循環のループを切り、
血圧を低下させることが、
可能になる、ということになります。
この原理を活用した高血圧の治療法が、
腎動脈デナベーションです。
血管造影などと同じ手技で、
太腿の動脈からカテーテルを挿入し、
その先端を腎臓を栄養する動脈に進め、
電極カテーテルで通電して、
両側の腎動脈の交感神経を焼却して遮断します。
原理的にはこれにより、
交感神経の緊張が主因となっているような高血圧は改善し、
患者さんは薬を飲まなくても済むようになる、
ということになる訳です。
3種類以上の降圧剤を使用しても、
収縮期の血圧が160mmHg以上より下がらない、
高血圧の患者さん153名を対象として、
腎動脈デナベーションを行ない、
その1年後までの経過を観察した文献が、
2009年のLancet誌に掲載されています。
患者さんはアメリカとヨーロッパの専門施設でエントリーされています。
この文献においては、
腎動脈デナベーションは安全に施行され、
施行後1カ月から有意に血圧は低下し、
1年後にもその効果は持続していた、
とされています。
今回の文献はその臨床試験のより長期の結果をまとめたもので、
施行後3年間の経過観察が行なわれています。
脱落事例があるため、
実際に3年後まで経過を追えた事例は88例です。
経過を追えた患者さんの平均年齢は57歳で、
42%が女性です。
腎機能のGFRという数値の平均は85mL/min per 1.73㎡で、
要するに正常の腎機能の方を対象にしています。
処置前の血圧は平均で175/98mmHgになっています。
デナベーション治療後3年で、
収縮期血圧は平均で32.0mmHg低下し、
拡張期血圧は平均で14.4mmHg低下しています。
ただ、実際には3年後の時点でも、
全体の93%に当たる82名の患者さんは利尿剤を使用し、
80%に当たる70名の患者さんはカルシウム拮抗薬を、
86%に当たる76名の患者さんはβブロッカーを、
それぞれ使用継続しています。
つまり、デナベーション治療後に、
完全に降圧剤から卒業された患者さんは殆どいません。
デナベーション治療後、
10mmHg以上の収縮期血圧の低下は、
治療後1ヶ月では患者さんの69%に認められ、
半年では81%に、1年では85%に、
そして2年で83%、3年で93%に認められています。
つまり、デナベーション治療後の降圧は、
数年を掛けてジワジワと生じ、
少なくとも3年間は持続することが分かります。
デナベーション治療の長期の影響として、
危惧されるのは腎臓の血管に起こる狭窄などの変化や、
その後の腎機能の低下ですが、
今回のデータでは腎動脈の閉塞が1例のみで、
術後の腎機能の低下も有意なものは認められませんでした。
この結果は概ね腎動脈デナベーション治療の、
安全性と有効性を実証するものです。
日本においても腎動脈デナベーションの承認のための、
臨床試験が進行していて、
数年のうちには一般の臨床においても施行可能となることが、
今年の1月まで確実視されていました。
ところが…
このデナベーション治療の機具を開発販売するメドトロニック社は、
その後のより大規模な臨床試験の中間結果が、
当初の目標を達成出来なかったため、
当面日本における臨床試験も登録を中断することになった、
と今年の1月に発表しました。
これはどういうことかと言うと、
上記の文献の臨床試験は、
敢くまでコントロールはなしに、
治療を行なった患者さんの治療前後の血圧を比較して、
その効果を判定していたのですが、
今回行なわれた試験は、
デナベーション治療を行なう患者さんと行なわない患者さんをくじ引きで決め、
その両者を比較したもので、
例数もトータルで535名とより大規模なものです。
こうした厳密な試験を行なってみると、
必ずしも治療群と未治療群との間に、
明瞭な血圧の差が認められなかった、
ということのようです。
個人的な見解としては、
腎動脈デナベーション治療は、
治療抵抗性の高血圧の患者さん全てに、
無作為に行なって有用だという性質のものではなく、
たとえば血液のノルエピネフリンの反応など、
ある程度交感神経の緊張の指標を元に、
より効果の期待出来る患者さんを選別して、
行なうのが望ましいのではないか、
と考えます。
問題は矢張り半永久的に降圧剤が止められるか、
と言う点にあり、
そうでなければこの治療に、
コストや侵襲に見合った価値はないのではないでしょうか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2014-03-28 08:29
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