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今野敏「隠蔽捜査」シリーズ [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から片付けなどして、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日のなので趣味の話題です。

テレビドラマも放映中の、
今野敏(こんのびん)さんの警察小説、
「隠蔽捜査」シリーズをご紹介します。

これは長編では5作品が刊行されています。
ただ、個人的な感想としては、
1作目と2作目はまずまずなのですが、
それ以降はかなり質が落ちます。
3作目は僕には脱力的にしか感じませんでしたし、
4作目はラスト近くでようやく面白くなるのですが、
それまでは散漫で読むのが辛く、
5作目は取って付けたようなどんでん返しに、
呆然としました。

内容はまあ、
通勤電車で読むのには丁度良いかな、
というような性質のものです。
勿論読書をしなければ寝ている、
という前提での話です。

今野敏さんは非常に多作の娯楽小説作家で、
西村京太郎さんなどと同じように、
作品の出来不出来が非常に大きく、
気合いの入った作品は、
あれ、この人はこんなに良いものが書けるんだ、
と思わず姿勢を正すようなところがあるのですが、
時間のない中どうにか仕上げた、
というような如何にも手抜きというものも多く、
比率的には良いものが1に対して、
手抜きが10くらいの感じです。

「隠蔽捜査」シリーズで言うと、
2作目の「果断」が、
間違いなく最良の作品です。

シリーズの成功は、
主人公の竜崎というキャラクターにあります。

彼は警察庁のキャリア官僚で、
組織防衛を何より優先に考える、
くそ真面目の権化のような人物です。

普通に考えると、こんな人物を主人公にして、
読者の共感などとても得られないように思います。

しかし、意外にそれがそうでもない、
というところに、今野さんの冴えたところがあります。

このキャラクターの設定と、
その巧みな活用法を見出したところで、
このシリーズの成功は既に決まった、
と言って良いかも知れません。

ドラマ版の「隠蔽捜査」は、
演出的には「半沢直樹」をパクッたようなところがありますが、
両者のスタンスには意外に似通ったところがあります。

「半沢直樹」はメガバンクの変わり者の社員が、
組織を防衛しながら反逆する話ですが、
「隠蔽捜査」も変わり者の警察官僚が、
警察という組織は防衛しながら、
自己保身に走る上役などに反逆する話です。

一昔前のこうした話は、
主人公が組織自体を壊してしまったり、
主人公が組織からはじかれてしまったり、
組織自体が変革されたりしたのですが、
それに比較すると、
基本的な部分では保守的で穏当な展開になっています。
本来のメガバンクも警察組織も、
基本的には良い組織なのだ、
という前提があり、
その存在自体が疑問視されることはありません。
また、主人公自身も、
その組織の中にいるからこそ、
生き甲斐を感じることの出来る存在として描かれます。

実際には現代はもっと不安定な時代で、
所属していた組織が、
それが大企業であれ国家であれ、
いつ消滅するかわからないのですが、
そうした現実から逃避したい気分もあるので、
昔の終身雇用の大企業に憧れるように、
こうした物語が好まれるのかも知れません。

個人的にはテレビドラマならこれで良いように思いますが、
小説がこうした意識で大甘であるのは、
ちょっと問題があるようにも思います。

良い大人が、
「この小説で組織との戦い方を学んだ」
とか、
「仕事に立ち向かう勇気をもらった」
などと書いているのを読むと、
それはちょっと違うのではないかしら、
という感じがするのです。
もうどうにか勝ち逃げ出来る、
と考えている大人が、
そうした感想を持つ傾向が大きいと思います。

これは全く徹頭徹尾の絵空事で、
しかも現実逃避的な傾向が強いのですが、
この嫌な嫌な社会で、
日本でなくても生きていけるという自信のある人だけが、
暗い将来予想を垂れ流して悦にいっている現状では、
昔からある組織を信じよう、という、
素朴な夢が人気を集めるのは、
ある意味当然のことなのです。

それでは、個々の作品をご紹介します。
大きなネタばれはありませんが、
先入観なくお読みになりたい方は、
読了後にお読み下さい。

①「隠蔽捜査」
隠蔽捜査1.jpg
シリーズの第1作で、
警察庁の堅物のキャリアである竜崎伸也が、
真っ当過ぎる仕事をしていたのに、
職場と家庭の両方で、
意図せずに絶体絶命の危機に陥ります。

同級生で社交的な伊丹刑事部長が、
主人公の竜崎と対比され、
そのコントラストが物語を盛り上げます。

文章は簡潔で美文ではありませんが、
惹き込まれるリズムがあります。

主人公のキャラクターのワンアイデアで押し切った、
その切り口の冴える小気味の良い小説ですが、
捜査される事件自体は、
特に謎らしい謎もなく、
あっさり解決されてしまう点は、
ミステリー好きには物足りなく感じます。

②「果断 隠蔽捜査2」
隠蔽捜査2.jpg
シリーズの第2作で、
前作で降格人事を受けた竜崎は、
所轄の大森署の署長になります。
これ以降のシリーズは、
階級が上の署長に右往左往する、
所轄中心のドラマになります。

この作品では立てこもり事件が描かれますが、
その思いがけない展開には意外にミステリー的な奥行きがあり、
所轄の人間関係を、
外様の竜崎が次第に掌握してゆくドラマと共に、
シリーズ中間違いなく最も読み応えがあります。

日本推理作家協会賞を取ったのも、
納得のゆく出来栄えで、
竜崎が吹っ切れるきっかけが、
DVDで「ナウシカ」を見たことだった、
という赤面してしまうような趣向を除けば、
安心してお薦め出来る力作です。

③「疑心 隠蔽捜査3」
隠蔽捜査3.jpg
シリーズ第3作は、
アメリカ大統領の来日にテロが絡んで、
そこにまた竜崎が巻き込まれる上、
秘書として配属された女性キャリアに、
竜崎が恋としてしまう、
という唖然とするような展開が待っています。

これは個人的には脱力しました。

設定にリアルさが欠片もありませんし、
大仕掛けの割に内容にも工夫が感じられません。

余程の興味のある方以外にには、
あまりお薦めが出来ません。

④「転迷 隠蔽捜査4」
隠蔽捜査4.jpg
シリーズ4作目は外務省のキャリアに、
厚労省の麻薬取り締まり官、
それに警察官僚が三つ巴に絡んで、
幾つかの事件が複合的に絡む殺人事件に、
竜崎が巻き込まれる物語です。

こう書くとスケールが大きく魅力的な物語に感じますが、
竜崎の性格がかなり崩れて来ていて、
物語がいきあたりばったりにしか進行しないので、
イライラとしてしまいます。

物語は矢張り奥行きが乏しく、
何だそうか、というくらいの内容しかありません。

ラストになり3つの事件の捜査本部を、
竜崎が1人で全て束ねるというビックリの展開には、
確かにある種のカタルシスがありますが、
そこまで耐えるのはかなりの忍耐が必要です。

⑤「宰領 隠蔽捜査5」
隠蔽捜査5.jpg
シリーズ5作目は国会議員の失踪が発端で、
3作目と4作目の大風呂敷は少し後退して、
2作目に近い事件中心のドラマになります。

ただ、2作目には良く出来たミステリーの持つ緻密さがありましたが、
今回の作品ではストーリーがあまり練れておらず、
竜崎の推理もただの思い付きで、
たまたまそれが的中する、と言う感じなので、
ラストのディーヴァーみたいなどんでん返しを含めて、
脱力感のみが残ります。

そんな訳で、
何となく5作目まで読んでしまいましたが、
多分もう続きは読まないと思います。

新味のある警察小説として、
2作目まではお薦めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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