認知症の攻撃的言動に対するシタロプラムの効果 [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJAMA誌に掲載された、
アルツハイマー型認知症の問題行動に対する、
SSRIと呼ばれる抗鬱剤の効果を検証した論文です。
アルツハイマー型認知症の経過の中で、
患者さんが情緒的に不安定となり、
他人に対して非常に攻撃的な言動を取ったり、
相手にとってはとても理不尽に思えるような、
怒りの感情をぶつけることがあります。
そうした言動の裏には強い不安があり、
それを緩和して、
本人にとって安らぐような環境を作ることにより、
そうした攻撃性が和らぐこともあり、
また患者さんの残存している理性に働きかけることにより、
症状が緩和することもあるとされていますが、
現実的にはそうした忍耐強い対応は、
困難なことが多く、
家族ではまともに受け止めて暴力沙汰になる、
というような事態も稀ではなく、
また介護スタッフが限られた時間の中で、
対応が困難となることもしばしばです。
従って、必要悪としての薬物の使用が、
現実的には医療と介護の現場で不可欠となります。
こうした認知症の患者さんの攻撃的な言動に対しては、
ベンゾジアゼピン系の安定剤は、
逆効果となることが多く、
主体として用いられるのは抗精神病薬という、
元は統合失調症の治療薬です。
しかし、認知症の患者さんの多くは高齢者で、
脳の働きのみならず、
内臓の機能も多くの点で低下しているので、
こうした薬剤の使用による副作用などの弊害も生じ易く、
実際にこうした薬の使用により、
患者さんの生命予後が悪化する、
という複数のデータが存在しています。
近年比較的新しいタイプのSSRIと呼ばれる抗鬱剤の1つである、
シタロプラム(日本未発売光学異性体レクサプロ)に、
認知症の攻撃的な言動の抑制効果があるのではないか、
という臨床的な知見が幾つか報告されています。
シタロプラムは純粋に脳内のセロトニンのみを増加させる、
という作用を持つ薬剤で、
高齢者にも比較的安全に使用出来る抗鬱剤と考えられています。;
しかし、そうしたシタロプラムの有効性を示すデータの多くは、
対象となった患者さんの人数も少なく、
RCT(無作為介入試験)というような、
精度の高い試験の結果ではありませんでした。
そこで今回の研究では、
認知症の攻撃的言動に対するシタロプラムの効果を、
より厳密なデザインの試験で検証しています。
対象となった患者さんは、
アメリカとカナダの専門施設において、
アルツハイマー型認知症で治療を受けていて、
攻撃的な言動を含む問題行動のある患者さん186名で、
ほぼ90名ずつの2つの群にくじ引きで振り分け、
一方は通常の治療に加えてシタロプラムを使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
それが患者さんにも主治医にも分からないようにして、
9週間の経過観察を行なっています。
シタロプラムは1日10㎎が初期量で、
段階的に30㎎まで増量します。
ちなみに、日本で使用されている、
光学異性体のエスシタロプラム(商品名レクサプロ)の使用量は、
1日10mgから20mgです。
その結果…
シタロプラムの使用により、
攻撃的な言動などの問題行動は明確に減少し、
介護者の負担も軽減しました。
その効果はシタロプラム使用で40%が著明に改善したのに対して、
偽薬での改善率は26%に留まりました。
ただ、記憶など認知機能の指標については、
軽度の低下を認めました。
これは過去に抗精神病薬を使用した試験と、
同等のレベルの低下です。
副作用に関しては、
QT延長という、
こうした薬剤にしばしば認められる心臓への影響が、
偽薬では4.3%であったのに対して、
シタロプラム群では12.5%に達していました。
ただ、これは心電図が解析されているのが、
各群24例ずつのトータル48例のみですから、
3例と1例の比較で、
これでそのリスクを云々するのは、
難しいように思います。
現状でシタロプラムの認知症の問題行動への使用を、
どのように考えれば良いのでしょうか?
攻撃的言動などに対して、
一定の有効性のあることは、
今回のデータからも示唆されます。
ただ、認知機能自体にはむしろ負の影響を与え、
必ずしも患者さんの予後に、
良い影響を与えるとは言えません。
1日10mgから20mgという比較的低用量では、
より副作用や有害事象が少なく、
有効性のある可能性が、
今回のデータの部分解析では示唆されますが、
まだ充分なデータの裏付けはありません。
今後の研究の蓄積を待ちたいと思いますし、
完全に同等とは言い切れないのですが、
現状ではアルツハイマー型の認知症で、
攻撃的な言動のコントロールが困難な患者さんでは、
レクサプロを少量から、
心電図所見には留意しつつ慎重に使用することは、
一定の意義があるのではないかと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
(付記)
シタロプラムとエスシタロプラムを混同していたミスがあり、
その部分をコメントでご指摘を受け修正しました。
(2014年2月24日午後4時半診療合間に修正)
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJAMA誌に掲載された、
アルツハイマー型認知症の問題行動に対する、
SSRIと呼ばれる抗鬱剤の効果を検証した論文です。
アルツハイマー型認知症の経過の中で、
患者さんが情緒的に不安定となり、
他人に対して非常に攻撃的な言動を取ったり、
相手にとってはとても理不尽に思えるような、
怒りの感情をぶつけることがあります。
そうした言動の裏には強い不安があり、
それを緩和して、
本人にとって安らぐような環境を作ることにより、
そうした攻撃性が和らぐこともあり、
また患者さんの残存している理性に働きかけることにより、
症状が緩和することもあるとされていますが、
現実的にはそうした忍耐強い対応は、
困難なことが多く、
家族ではまともに受け止めて暴力沙汰になる、
というような事態も稀ではなく、
また介護スタッフが限られた時間の中で、
対応が困難となることもしばしばです。
従って、必要悪としての薬物の使用が、
現実的には医療と介護の現場で不可欠となります。
こうした認知症の患者さんの攻撃的な言動に対しては、
ベンゾジアゼピン系の安定剤は、
逆効果となることが多く、
主体として用いられるのは抗精神病薬という、
元は統合失調症の治療薬です。
しかし、認知症の患者さんの多くは高齢者で、
脳の働きのみならず、
内臓の機能も多くの点で低下しているので、
こうした薬剤の使用による副作用などの弊害も生じ易く、
実際にこうした薬の使用により、
患者さんの生命予後が悪化する、
という複数のデータが存在しています。
近年比較的新しいタイプのSSRIと呼ばれる抗鬱剤の1つである、
シタロプラム(日本未発売光学異性体レクサプロ)に、
認知症の攻撃的な言動の抑制効果があるのではないか、
という臨床的な知見が幾つか報告されています。
シタロプラムは純粋に脳内のセロトニンのみを増加させる、
という作用を持つ薬剤で、
高齢者にも比較的安全に使用出来る抗鬱剤と考えられています。;
しかし、そうしたシタロプラムの有効性を示すデータの多くは、
対象となった患者さんの人数も少なく、
RCT(無作為介入試験)というような、
精度の高い試験の結果ではありませんでした。
そこで今回の研究では、
認知症の攻撃的言動に対するシタロプラムの効果を、
より厳密なデザインの試験で検証しています。
対象となった患者さんは、
アメリカとカナダの専門施設において、
アルツハイマー型認知症で治療を受けていて、
攻撃的な言動を含む問題行動のある患者さん186名で、
ほぼ90名ずつの2つの群にくじ引きで振り分け、
一方は通常の治療に加えてシタロプラムを使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
それが患者さんにも主治医にも分からないようにして、
9週間の経過観察を行なっています。
シタロプラムは1日10㎎が初期量で、
段階的に30㎎まで増量します。
ちなみに、日本で使用されている、
光学異性体のエスシタロプラム(商品名レクサプロ)の使用量は、
1日10mgから20mgです。
その結果…
シタロプラムの使用により、
攻撃的な言動などの問題行動は明確に減少し、
介護者の負担も軽減しました。
その効果はシタロプラム使用で40%が著明に改善したのに対して、
偽薬での改善率は26%に留まりました。
ただ、記憶など認知機能の指標については、
軽度の低下を認めました。
これは過去に抗精神病薬を使用した試験と、
同等のレベルの低下です。
副作用に関しては、
QT延長という、
こうした薬剤にしばしば認められる心臓への影響が、
偽薬では4.3%であったのに対して、
シタロプラム群では12.5%に達していました。
ただ、これは心電図が解析されているのが、
各群24例ずつのトータル48例のみですから、
3例と1例の比較で、
これでそのリスクを云々するのは、
難しいように思います。
現状でシタロプラムの認知症の問題行動への使用を、
どのように考えれば良いのでしょうか?
攻撃的言動などに対して、
一定の有効性のあることは、
今回のデータからも示唆されます。
ただ、認知機能自体にはむしろ負の影響を与え、
必ずしも患者さんの予後に、
良い影響を与えるとは言えません。
1日10mgから20mgという比較的低用量では、
より副作用や有害事象が少なく、
有効性のある可能性が、
今回のデータの部分解析では示唆されますが、
まだ充分なデータの裏付けはありません。
今後の研究の蓄積を待ちたいと思いますし、
完全に同等とは言い切れないのですが、
現状ではアルツハイマー型の認知症で、
攻撃的な言動のコントロールが困難な患者さんでは、
レクサプロを少量から、
心電図所見には留意しつつ慎重に使用することは、
一定の意義があるのではないかと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
(付記)
シタロプラムとエスシタロプラムを混同していたミスがあり、
その部分をコメントでご指摘を受け修正しました。
(2014年2月24日午後4時半診療合間に修正)
2014-02-24 08:19
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レクサプロはエスシタロプラムで、シタロプラムはセレクサ(本邦未承認)ですね。セレクサは光学分割前ですから、使用量もレクサプロより多いのかもしれません。
by かわぞえ (2014-02-24 15:37)
かわぞえさんへ
ご指摘ありがとうございます。
凡ミスで申し訳ありません。
上記文献の記載では、
アメリカでも現在は60歳以上の患者さんで、
セレクサの上限量は20㎎とされているようです。
by fujiki (2014-02-24 16:35)