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新規アルツハイマー病関連遺伝子Klc1の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から書類など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アルツハイマー病とKLC1遺伝子.jpg
今月のPNAS誌に掲載された、
新しいアルツハイマー病関連遺伝子についての文献です。
大阪大学の研究グループによるものです。

アルツハイマー病になり易い体質が分かる、
というような触れ込みの遺伝子検査が、
良く宣伝されていますし、
広く行なわれています。

医療機関で行なわれるより、
直接ネットなどで「商品」のように購入される方が、
多いかも知れません。

この中で認知症のなり易さの指標とされているのが、
APOE遺伝子の変異と呼ばれるものです。

APOEというのはアポリポ蛋白Eのことで、
これはコレステロールを運ぶ乗り物のような蛋白質ですが、
脳におけるAPOEは、
脳細胞の健康を保つために、
多くの働きをしていることが確認されていて、
その役割の1つが、
脳細胞の余分なゴミを、
運び出すような働きです。

アルツハイマー病とアルツハイマー型認知症においては、
脳細胞にアミロイドβ(Aβ)という異常な蛋白質が沈着していて、
まだ人間では証明されていませんが、
その蛋白の沈着が予防出来れば、
アルツハイマー病の予防に繋がると考えられています。

そして、このアミロイドβの排泄にも、
APOEが関わっていることが想定されるので、
4型という変異型のAPOE遺伝子を持っている人は、
アミロイドβの排泄がスムーズに行なわれず、
結果としてその神経への沈着が起こり易い、
ということになるのは理屈も通っているのです。

この変異を持っていると、
その変異遺伝子の数により、
アルツハイマー病の発症リスクが高まることは事実です。

色々なデータがありますが、
この遺伝子を2個持っていると、
全く持っていない人と比較して、
生涯にアルツハイマー病を発症するリスクは、
少なくとも5倍以上に高まると考えられています。

ただ、勿論この変異がアルツハイマー病の単独の原因、
ということはありません。

家族性アルツハイマー病と言って、
40代のような若年に発症する遺伝性の強いアルツハイマー病があり、
この場合は主にプレセニリンという、
前駆物質から、アミロイドβを産生させる酵素に関わる遺伝子や、
アミロイドβの前駆物質自体の遺伝子が、
その原因遺伝子として同定されています。

一部のこうした病気においては、
単独の遺伝子の異常により、
アルツハイマー病になるかどうかはほぼ決定されます。

ただ、そうした方でも、
APOEの変異のあるなしによって、
その発症の年齢などが異なる可能性が指摘されていて、
両者は決して無関係とは言えないのです。

上記の文献の記載によれば、
APOEの変異の発見以来、
1300を越える遺伝的な研究が行なわれ、
10000近い数の遺伝子が、
アルツハイマー病との関連性を指摘されています。

しかし、その全ての影響を加味しても、
アルツハイマー病の遺伝性の要素の、
60から80%しか説明は出来ていません。

端的に言えば、
極一部の遺伝性の強い家族性アルツハイマー病を除いて、
それ以外の多くの「普通の」アルツハイマー型認知症の遺伝的な原因は、
まだ完全には解明されていないのです。

今回の文献においては、
アルツハイマー病のモデル動物であるネズミにおいても、
その遺伝的な系統によって、
アルツハイマー病の発症のし易さが異なる点に着目し、
アルツハイマー病になり易いネズミとなり難いネズミの、
遺伝子の差を解析して、
新たなアルツハイマー病の関連遺伝子である、
Klc1(kinesin light chain-1)という遺伝子を、
まずネズミで同定し、
次にそれが人間でも維持されている遺伝子で、
矢張りアルツハイマー病と関連がありそうなことを、
少数の事例の検討ではありますが、
確認をしています。

ポイントは人間では環境要因の関与が大きく、
遺伝子の変異も様々なので、
特殊な遺伝病などの家系を除いては、
病気の原因に対する特定の遺伝子の役割を、
解析することは非常に難しいのですが、
特定の病気のモデル動物のケースでは、
交配も計画的に行なっているので、
遺伝子の分布も明確ですし、
飼育環境にも大きな差はないので、
遺伝の関与をより明確にし易いのです。

勿論ネズミと人の遺伝子は同一ではありませんから、
この手法には限界があるのですが、
共通する遺伝子が関与している可能性が高いケースでは、
まずネズミで解析して、
同じ遺伝子を人間で探す、
というやり方の方が効率的なのです。

それではKlc1というのはどのような遺伝子で、
その遺伝子とアルツハイマー病との間には、
どのような関連性が想定されるのでしょうか?

キネシン(kinesin)というのは、
細胞の細胞質の中に含まれる「運び屋」の蛋白質です。
細胞の中での色々な物質の反応のためには、
それを適切な場所に移動させる、
というメカニズムが必要です。
この工場で材料を運ぶトラックのような役割をしているのが、
キネシンで、その中で初めて見付かった蛋白質に、
キネシン1という名前が付けられています。

Klc1というのは、
このキネシン1を構成する遺伝子の1つで、
荷物をトラックに積み込んだり、
それを運んだりする働きの調節に、
必要な部分をコードしています。

この遺伝子にEと呼ばれる変異があると、
その変異遺伝子はアミロイドβの蓄積を増す方向に働き、
変異がないとアミロイド蓄積は起こり難くなります。

ネズミのアルツハイマー病モデル動物のケースでは、
この遺伝子の変異の差が、
アルツハイマー病の発症のし易さに、
関連のあることが確認されました。

また腫瘍細胞を使った研究において、
神経芽細胞由来の細胞で、
変異型の遺伝子の発現を増加させると、
それに伴ってアミロイドβの産生は増加することも確認されました。

それでは人間ではどうなのでしょうか?

今回の文献では10名のアルツハイマー病の患者さんと、
14名のそうでない方の、
脳の組織とリンパ球における、
変異遺伝子の発現レベルを比較したところ、
アルツハイマー病の患者さんで、
有意に変異遺伝子の発現が増加している、
という結果が得られました。
変異型でない遺伝子の発現には差はありませんでした。

従って、
文献の著者らの結論としては、
Klc1はアミロイドβ産生の調節因子であり、
この遺伝子の変異により、
アミロイドβの蓄積が多くなり、
アルツハイマー病の発症に結び付くのでは、
という推論となっていています。

ただ、現時点でこの遺伝子の変異が、
人間のアルツハイマー病において、
どのような位置付けを持つものなのか、
その関わりはAPOEの変異やプロセニリンの変異と、
どのような関係にあるのか
というような点については分かってはいません。

要はネズミの家族性アルツハイマー病の遺伝子の1つが同定され、
それが人間でも一定の関与を持っている可能性がある、
というのが今回の文献の主な内容なのです。

今後の研究の進捗を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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