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ロタウイスルワクチンによる腸重積の発症リスクについての新知見 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はロタウイルスのワクチンによる、
主たる有害事象である、
腸重積という病気のリスクについて、
今月the New England Journal of Medicine誌の電子版に同時に掲載された、
2つのアメリカの疫学データをご紹介します。

文献をご紹介する前に、
まずロタウイルスのそのワクチンについて、
基礎的な事項をおさらいしておきましょう。

ロタウイルスは特に2歳未満のお子さんにおいて、
急性の下痢症の大きな原因となるウイルスです。

このウイルスの予防のためのワクチンが、
初めて使用されたのは、
1998年のことです。
アメリカで開発され、
ロタシールドという名称で、
2ヶ月から6ヵ月のお子さんに、
接種が開始されました。

このワクチンは猿のロタウイルスを元にして、
そのVP7という抗原の遺伝子を、
人間のものに組み替える、
という技術で作成されました。
4種類の抗原型を含む4価のワクチンです。

ところが…

その接種は1年で中止されました。

腸重積という小さいお子さんに多い腸の病気が、
1万人に1人という高率で、
ワクチン接種後に起こることが分かったためです。

その原因は不明ですが、
初回の接種後に多く、
特に初回の接種が生後60日以降の接種で、
高率であることが分かっています。

その後、新しいロタウイルスワクチンが開発され、
そのうちの2種類が、
現在世界的に広く使用されています。
2006年のNew England Journal of Medicine 誌に、
その臨床試験の結果が同時に掲載され、
その中で両者のワクチンとも、
腸重積の副反応は見られず、
その効果も重症の下痢を減らす点については、
有用性が高いことが確認されたのです。

それが、メルク社のロタテックというワクチンと、
グラクソ社のロタリックスという2種類のワクチンです。

このうちのロタテックは、
遺伝子再集合という遺伝子技術で作られたワクチンで、
5種類の人間に感染する主な抗原型を、
1つのウイルス粒子にしてしまった、
という特殊なワクチンです。
つまり、1種類で5価に対応しているのです。
元はウシのロタウイルス株で、
そこに人間の抗原5種類が、
埋め込まれている訳です。

その一方でグラクソのロタリックスは、
人間に感染するG1P[8]という流行株を、
弱毒化して作られた、
1価の古典的な製法のワクチンです。

これでは、人間に流行する他の型のワクチンには、
効かないのではないかと思いますが、
実際にはメルク社のワクチンに、
決して劣らない効果が確認されていて、
昨日お話したように、
ロタウイルスの免疫は、
決して型毎にのみ生じる訳ではないことが、
この事実から確認出来るのです。

この両者とも、
現行のポリオワクチンと同じ、
経口のタイプの生ワクチンです。

そして、日本においては、
ロタリックス、ロタテックが両方とも認可されていて、
使用が可能です。
ただ、定期接種の扱いではなく、
自治体によっては補助があるものの、
高額なワクチンなので、
ご負担の問題で接種をされない保護者の方も、
現実的には多いと思います。

国際的にはアメリカとオーストラリアは、
両者のワクチンが採用され使用されていますが、
それ以外の多くの国では、
どちらか一方のみが採用されているケースが多いようです。

世界的なその予防効果については、
現時点で50以上の国でその有効性が確認されています。
アメリカでは2006年から定期接種が開始され、
接種を受けたお子さんの、
ロタウイスル感染症による救急受診や入院が、
未接種に比較して8割以上低下した、
というデータが報告されています。

また、メキシコにおいては、
ワクチンの定期接種開始後、
下痢症を原因とするお子さんの死亡が、
4割減少したとするデータが発表されています。
これは現時点で唯一の、
ロタウイルスワクチンによる死亡リスク減少を示したデータです。

ただ、このワクチンの効果は、
国民の所得の高い国で大きく、
所得の低い国では小さい、
という不思議な傾向が認められます。
そして、低所得の国では腸重積は殆ど報告がない一方、
高所得の国ではその報告は接種人数が増えるにつれ、
増加しています。

先にご説明したように、
2006年の臨床試験においては、
ロタリックス、ロタテック両者のワクチン共、
腸重積の発症は有意に増加はしていません。

しかし、これはあくまで臨床試験のレベルの話ですから、
実際に接種を開始してからのデータとは、
自ずと異なる可能性があるのです。

そこで今回ご紹介する2種類の文献では、
アメリカでの2種類の小児の集団における、
ロタウイルスワクチン接種とその後の腸重積の発症との関連性を、
ロタリックスとロタテック両者を比較して検証しています。

まずこちらです。
ロタリックスによる腸重積の発症.jpg
これはアメリカのCDCが主導で行なった、
VSDと呼ばれる疫学データで、
結論としてはグラクソ社のロタリックスにおいて、
未接種と比較して相対リスクで8.4倍、
接種後7日間以内の腸重積の発症が多かった、
という結果になっています。
その一方でメルク社のロタテックは、
腸重積の有意な増加が見られなかった、
としています。

つまり、有害事象のリスクを考えると、
ロタリックスよりロタテックが安全性が高い、
というグラクソ社がしゅんとするような結果です。

ただし、もう1種類の文献は結論が異なります。
それがこちらです。
ロタテックと腸重積のリスク.jpg
こちらはFDAが主導した、
PRISMと呼ばれる疫学データからの解析です。

こちらでは、ロタテックの初回接種10万回当たり、
1.5件のワクチンによる腸重積が発症する、
という結果が得られています。
ロタリックスに関しては、
統計的に意味のある結果は得られませんでした。

つまり、ロタテックの方が、
僅かながら腸重積のリスクの増加に繋がっている、
という真逆の結果です。

一体この2つの相反する結果を、
どのように考えれば良いのでしょうか?

まず、アメリカではロタテックの導入から2年遅れて、
ロタリックスが採用された、と言う経緯があるため、
接種の症例数は圧倒的にロタテックの方が多い、
という違いがあります。
この点でロタリックスのデータは、
ロタテックと比べると例数が少なく、
データの意義が不充分である可能性があります。
更には接種後どの程度の期間に生じた腸重積を、
ワクチンとの関連がありとするのかについても、
文献においての違いがあります。

実際的には、
まず最初の論文においては、
ロタリックス207955接種中に6件の腸重積が認められ、
ロタテック1301810接種中で8件の腸重積が認められています。
ただ、これは接種後7日以内の数値で、
これを接種後30日に広げると、
ロタリックスは10件に対して、
ロタテックは38件と増加しています。

2番目の論文においては、
ロタリックス103098接種中に腸重積が3件認められ、
ロタテックで10万接種当たり1.5件の腸重積というのは、
初回接種507874件の接種後21日間で、
8件の腸重積が認められた、
というのがその元になっているデータです。
これを接種後7日間に限ると、
1.1件となって有意な差ではなくなります。

興味深いことは、
2番目の文献において、
ロタテック接種後の腸重積は、
初回接種後のみで有意差が付いていて、
接種後30日で見るとかなり広い範囲に分布していますが、
ロタリックスの接種後の腸重積は、
接種後7日以内に多く、
しかも初回ではなく2回目の接種後に多くなっています。
2番目の文献においても、
ロタリックスの2回目の接種後7日以内では、
腸重積の発症が有意に多くなっています。

両者の文献を解説した同じNew England…の解説記事では、
現時点でどちらのワクチンがリスクが少ないかは、
判断は困難だというニュアンスになっています。

現時点でこの問題をどう考えれば良いのでしょうか?

ロタリックスによる腸重積は、
接種後7日以内に集中して発生しており、
10万接種当たりの頻度は、
概ね1から5件の幅で推移しています。
初回接種で生じ易いとの見解がありましたが、
今回のデータを見る限りはそうではなく、
初回接種で問題なくても、
むしろ2回目の接種で生じ易いので、
その点はお母さんへのご説明などでは注意が必要です。

要するに、
「1回目に問題がなかったので、
2回目の今回はそう心配は要らないですよ」
というような説明は誤りの可能性が高いのです。

一方でロタテックによる腸重積は、
ワクチンとは無関係の可能性もありますが、
接種後30日以内に幅広く分布しており、
初回でも3回目の接種でも、
統計により差はありますが、
いずれの機会でも生じる可能性があります。
仮に接種後7日以内の発症以外は無関係で自然発症と考えると、
ロタテックと腸重積は無関係の可能性が高いのですが、
これは現時点では何とも言えません。
接種回数が多い分、
それだけトータルのリスクは増加する可能性もあります。

現状診療所においては、
接種スケジュールの関係上、
ロタリックスのみを採用していますが、
今後知見の積み重ねにより、
明確にロタテックの方が安全性が高いのであれば、
その選択を考え直す必要がありますし、
腸重積についての説明も、
より慎重なものを心掛けたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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