SSブログ

心肺蘇生後の脳低温療法の有効性についての新知見 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
脳低温療法の効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
一度心臓が停止して血流が再開した患者さんに対して、
その後一定時間低体温を保つことで、
患者さんの予後が改善するかどうかを検討した論文です。

脳低温療法というのは、
一時期テレビなどでも盛んに取り上げられましたし、
お聞きになったことのある方も、
多いのではないかと思います。

脳の障害の急性期において、
脳を通常の体温より冷やすことによって、
その患者さんの予後を改善することが出来るのではないか、
という考え方があります。

AED(心臓電気ショック)の機器が普及し、
医療機関の外においても、
急に病気や外傷で心臓が停止した人に対して、
心肺蘇生が迅速に行なわれる事例が増えました。

しかし、心臓停止後数分で脳のダメージは進行するので、
AEDなどの処置によって、
停止した心臓が再び動き出しても、
病院に搬送された後に植物状態になったり、
脳に重い後遺症の残るケースも、
増えているという現状があります。

多くの病気は予防の方が治療より有効なケースが多いのですが、
急な心臓の停止は、通常は予防することは困難なので、
心肺蘇生により心臓が再度動き出した直後の時期に、
その後の経過に良い影響を与えるような治療があれば、
それこそが最も医療者に求められている治療だ、
ということになります。

その意味で、
心肺蘇生後の早期に脳を低体温に維持することにより、
その後の脳の障害の進行が予防され、
脳の蘇生にも繋がるではないか、という知見は、
世界的にも大きな注目を浴びたのです。

1980年代の後半くらいから、
日本を含む世界中で試行錯誤的な試みが多く行なわれました。

それが1つの結論を見たのが、
2002年にNew England…に掲載された、2編の論文においてです。

そのうちの1つは、
心室粗動という重度の不整脈で心停止となり、
心肺蘇生後に心拍が再開した患者さんを、
その後の急性期の体温管理を行なわない群と、
24時間体内温度を32度から34度に保つ群とで比較したところ、
その後半年の死亡率に明確な差が付いた、
というものです。
勿論低体温群の方が予後が良かったのです。
トータルな症例数は273例です。

もう1つの論文は、
心停止を来して蘇生後も意識が戻らない患者さんに対して、
体温管理を行なわない群と、
12時間33度にコントロールした群とを比較したところ、
低体温にした方が予後の改善率が5倍以上良かった、
というものです。
トータルな症例数は77名です。

日本でも多くの結果が報告されていますが、
多くは単独施設のもので、
事例数ももっと少なく、
患者さんの振り分けも厳密には行なわれていないものが殆どです。

この2編の文献を主な根拠として、
現行の国際的なガイドラインにおいても、
心肺蘇生後の脳障害に対する、
脳低温療法は推奨される治療となっています。

しかし…

この治療を推奨する意見がある一方で、
2002年の文献の結果は、
事例がかなり限定されていて例数も少なく、
これで急性脳障害の多くに低体温療法を推奨する、
という裏付けとしては、
不充分なものではないのか、
という意見も根強くありました。

そこで今回の研究では、
ヨーロッパとオーストラリアの複数の施設で、
心肺停止後に蘇生したものの意識の戻らない患者さん、
トータル950名をくじ引きで2つの群に分け、
一方は体温36度を目標とし、
もう一方は体温33度を目標とした温度管理を、
36時間に渡って行ない、
その後の6ヶ月の予後を比較しました。

間違いなくこれまでで、
最も大規模な脳低温療法の検証のための臨床試験です。

その結果…

体温を33度に下げても、
36度に維持しても、
両群の生命予後に全く違いは認められませんでした。

つまり、
これまでの脳低温療法の効果を、
真っ向から否定するような結果です。

脳低温療法は有効ではないのでしょうか?

論文の著者と、
New England…の専門家の解説のニュアンスは、
それとは違います。

2002年の試験と今回の試験との明確な差は、
2002年の試験は低体温に管理した群と、
体温管理をしなかった群との比較であるのに対して、
今回の試験は、
36度に体温管理した群と33度に体温管理した群との比較である、
という点にあります。

つまり、
体温管理は予後の改善に有効なのですが、
それは必ずしも36度未満に下げる必要はない、
ということなのです。

心肺蘇生後には高体温になるケースが多く、
脳低温療法の効果というのは、
実は低体温の効果ではなく、
発熱の予防をしたことによる効果であったのではないか、
という推測です。

実際今回の試験における生命予後は、
体温36度維持群においても、
2002年の低体温群と同等かそれを上回っているのです。

勿論この10年の救急医療の進歩も大きいのですが、
問題は低体温にすることではなく、
発熱を起こさないように急性期の体温を維持する、
ということにあるのは、
今回のデータからはほぼ間違いのない結論のように思えます。

まだ、今後の知見の蓄積を待たなければいけませんが、
脳低体温療法という言葉や概念自体が、
今回の知見をきっかけにして、
今後見直される可能性は高いように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(35)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 35

コメント 2

心配ママ

昨日はお返事ありがとうございました。最後にもう一つだけ教えて頂けないでしょうか。
私自身が昨年から体調が悪く、度重なる検査をしてしまいました。
発がん性等健康被害を心配しているのですが、大丈夫なのでしょうか。
度重なる検査とは、昨年8月、10月、今年2月、今年10月の計4回胸部CTを撮っています。いずれもプロテクターは着用しています。
by 心配ママ (2013-12-13 20:12) 

fujiki

心配ママさんへ
体調がお悪くて必要な検査だったのであれば、
特にご心配は要らないと思います。
ただ、後からご心配をされるのは、
良いことではありませんので、
今後の検査については、
その必要性について、
良くご相談の上、
必要性の高い検査に限って、
受けて頂くのが良いと思います。
CTによる医療被ばくの影響については、
様々な意見があり、
まだ統一されたものではありません。
ですので、個人的な意見としては、
必要性の高い検査であれば、
被ばくの影響を気にされる必要はないと思います。
by fujiki (2013-12-14 13:22) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0