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人種差と慢性腎臓病の予後との関連性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
黒人腎臓病の悪化遺伝子変異.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
人種差と腎臓病の悪化との関連性についての論文です。

この論文そのものというより、
この話題そのものが非常に面白いのですが、
もし記事を読まれて大したことはないな、
と思われたとすれば、
それはもう僕の伝え方が悪いのです。

慢性腎臓病でも糖尿病でもCOPDでも、
複数の原因が絡み合って生じる、
慢性の経過の病気の多くがそうなのですが、
その病気の初期の時点で、
全く同じようなデータであり状態であり、
その後も同じような治療が継続されたのにも関わらず、
その予後が大きく違う、ということがあるものです。

たとえば糖尿病の場合、
同じような血糖コントロールで、
同じような治療をしていたのにも関わらず、
ある患者さんは殆ど合併症が進行しない一方で、
別の患者さんは眼底が出血して視力が落ち、
腎機能が低下し、
神経障害で足はしびれて痛い、
という合併症のつるべうち、
というようなことがあります。

慢性腎臓病でもそうしたことはあり、
同じような軽度の腎機能が見付かり、
血圧やおしっこの蛋白の量にも差がないのに、
患者さんによって急速に腎機能が低下したり、
それほどの低下がなく長期間機能が維持されることもあります。

こうしたことの起こる原因は、
その人の生まれ付きの体質による、
と考えるのが一番自然に思えます。

それが遺伝子の個人差のタイプのようなものです。

慢性腎臓病(CKD)は、
eGFRという腎機能の数値が、
60ml/分/1.73㎡未満の時に、
概ねそう呼ぶことになっています。
(尿の蛋白なども所見となるので、
実際にはもう少し複雑です)

これはごく軽度の機能低下を含んでいるのですが、
この基準を満たす人口が、
アメリカでは平均で成人の8.4%であった、
という疫学データがあります。

ちなみに日本のデータは不充分なものですが、
同じく成人の10.4%であった、というものがあり、
2012年のLancet誌に掲載された中国のデータでは、
10.8%という報告があります。

つまり、軽度を含む慢性腎臓病の頻度には、
それほどの人種差、地域差はないもののようです。

ところが…

アメリカで白人とアフリカ系アメリカ人とで比較すると、
軽症を含む慢性腎臓病の頻度は差がないのに、
その中で透析を必要とするような末期の腎不全へと進行する比率は、
3.5から5倍アフリカ系アメリカ人が多かった、
というデータがあります。

これは糖尿病性ではない腎機能低下で顕著で、
HIV関連腎症の発症頻度は、
白人の50倍アフリカ系アメリカ人で多い、
というデータも存在します。

ここまでの差が付いているのですから、
何らかの遺伝性の素因が、
その裏にあることは間違いがなさそうです。

白人とアフリカ系アメリカ人の遺伝子の差を解析し、
その中で腎臓病との関連を検証したところ、
染色体の22q12.3という部位にある、
APOL1という遺伝子がその候補として浮上しました。

そして、この遺伝子の部位と非糖尿病性の慢性腎臓病とは、
関連性が高いという報告が複数寄せられました。

APOL1というのはどのような遺伝子なのでしょうか?

これはアポリポタンパクL1という生体内の蛋白質を、
コードしている遺伝子です。

アポリポタンパクというのは、
コレステロールを運ぶ乗り物のような蛋白質で、
脂質とくっついた形態のものを、
リポ蛋白と呼んでいます。

善玉コレステロールと通称される、
HDL-コレステロールというのは、
高比重リポ蛋白(HDL)に乗ったコレステロール、
という意味合いです。

HDLを構成するアポリポタンパクの主体は、
アポリポタンパクA-1ですが、
それ以外に微量に存在する成分として、
近年同定された新たなアポリポタンパクが、
アポリポタンパクL1なのです。

アポリポタンパクL1の役割は不明の点が多いのですが、
この蛋白質は同時に、
アフリカ睡眠病の原因である、
トリパノソーマという寄生虫(原虫)から身体を守る、
トリパノソーマ溶解因子であることが分かっています。

その中枢神経への感染から、
睡眠の障害を来たすことより、
「眠り病」などと言われるアフリカ睡眠病は、
ツェツェ蠅により媒介されるアフリカの風土病ですが、
アポリポタンパクL1はトリパノソーマから身体を守る働きがあり、
特にアフリカ由来の人種に特有の遺伝子のタイプが、
流行型のトリパノソーマに対する、
活性を持っていることも明らかになっています。

そして、アメリカの疫学データからは、
このアポリポタンパクL1のアフリカ系アメリカ人に多い変異が、
慢性腎臓病の悪化と、
関連性が高いと報告されているのです。

アフリカ睡眠病から集団を守るために、
獲得された遺伝子のタイプが、
腎臓病の悪化を招き易い体質を同時に保有している、と言う点に、
この話の興味深い点があります。

さて、今回の研究は2つの慢性腎臓病に関しての、
大規模なコホート研究のデータを活用して、
このアポリポタンパクL1が持つ、
アフリカ系アメリカ人に多いG1とG2という2種類の変異と、
慢性腎臓病の予後についての関連性を検証したものです。

1つ目の試験はAASKと呼ばれ、
アフリカ系アメリカ人のみを対象として、
高血圧に由来する慢性腎臓病の、
血圧コントロールによる効果を観察したものですが、
それをアポリポタンパクL1の遺伝子変異の有無で解析したところ、
変異遺伝子を2個持っている人は、
それを0~1個持っている人と比較して、
末期腎不全になるリスクと、
血液のクレアチニンという数値が2倍になるリスクが、
1.88倍有意に高かった、という結果が得られました。
このリスクの増加は、血圧とは無関係に認められました。

もう1つの試験はCRICと呼ばれ、
白人とアフリカ系アメリカ人を両方含む集団で、
慢性腎障害の経過観察を行なったものです。
こちらでは糖尿病のあるなしに関わらず、
アフリカ系アメリカ人は、
白人と比較して腎機能の低下が急速で、
このうちアポリポ蛋白L1のの遺伝子の変異がある患者さんを、
アフリカ系アメリカ人の集団から除外して解析すると、
白人との間に腎機能低下の程度の差はなくなりました。

つまり、
白人よりアフリカ系アメリカ人で末期腎不全に至る頻度が高い、
というデータは、
人種そのものの差ではなく、
アポリポタンパクL1遺伝子の変異があるかどうかの差であって、
その影響を除外すると、
両者の差はなくなってしまう、
ということなのです。

ただ、今回発表された結果は、
これまでのデータと一致しない部分があります。

これまでの研究結果においては、
アフリカ系アメリカ人で腎臓病とアポリポタンパクL1との関連があるのは、
非糖尿病性の病変に限られていて、
糖尿病性腎症ではそうした傾向はない、
というデータになっていたのに、
今回のデータは糖尿病のあるなしに関わらず、
同様の結果が得られているのです。

今回のデータは自前のものではなく、
過去の疫学研究のデータを二次利用したものですから、
特に糖尿病との関連については、
今後の検証を待たなければならない部分が多くあります。

更にはアポリポタンパクL1の変異と、
腎臓病の増悪との間に関連のあることは事実として、
そのメカニズムは現時点では全く明らかではありません。

今後この遺伝子変異と腎機能の悪化との関連が、
因果関係として明確化されて初めて、
今回の結果の意味合いが決まる、
というような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 5

モカ

石原先生こんにちは。

今回もとても興味深く拝見しました。

アポL1とアフリカ睡眠病の関係は、鎌状赤血球貧血症とマラリアに似ているかなと思いました。

たとえ高血糖などの異常があっても、合併症が起きなければいいわけですが、そこには遺伝素因が関係することもあるのですね。

ありがとうございました。
by モカ (2013-12-12 11:40) 

fujiki

モカさんへ
コメントありがとうございます。
こうした点がもう少しクリアになり、
人種差というあやふやなものが、
明確になることを期待したいと思います。
by fujiki (2013-12-12 19:16) 

心配ママ

はじめまして。いきなりメールを送ってしまい申し訳ありません。
妊娠中の医療被曝について調べているうちに、こちらのブログに辿り着きました。
是非、先生にご相談したい事があるのですが、ご意見頂けませんでしょうか。

私は妊娠9ヶ月の時に諸事情で胸部CTを撮りました。その時はお腹にプロテクターを着用しました。先日、無事に出産を終えたのですが胸部CTの影響を心配しております。
生まれてきた赤ちゃんを見ていると、自己嫌悪と不安で涙がでてきます。やはり、赤ちゃんは将来、小児がんや白血病等になってしまうのでしょうか。
どうか、ご意見お願い致します。

by 心配ママ (2013-12-12 20:30) 

fujiki

心配ママさんへ
妊娠中の医療被ばくの影響は、
あくまで腹部の被ばくの影響ですから、
プロテクターをされて胸部CTを撮られたのだとすれば、
その影響は極めて少なく、
問題になることはないと、
お考えになって頂いて良いと思います。
by fujiki (2013-12-12 20:34) 

心配ママ

お返事ありがとうございます。先生が以前書かれた【妊娠中の放射線被爆による小児癌死亡リスクを考える】というブログを拝見し、妊娠中に放射線を受けると小児がんリスクが上がると理解していたので、大変不安になっていました。
実は先日、生まれてた赤ちゃんがクレチン症の疑いがあると先天性代謝異常の検査にひっかかり、再検査をしまさした。今は再検査の結果待ちなのですが、胸部CTの影響は関係ありませんでしょうか。毎日自分を責めてしまい、大変辛いです。
by 心配ママ (2013-12-12 20:52) 

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