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携帯電話の使用と乳癌の発症との関連性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプト作業などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
乳がんと携帯電話.jpg
今年のCase Reports in Medicineという、
耳慣れないウェブ雑誌に掲載された、
ブラジャーに携帯電話を長時間挟んで生活していた若い女性に、
乳癌が発症した4事例を報告した文献です。

内容の衝撃性からあちこちで取り上げられ、
アメリカではニュースにもなっています。

Case Reports in Medicineというのは、
エジプトの医学誌だそうですが、
今年の7月30日に投稿されて、
8月19日には既に採用されていますから、
査定はあっても、まあ、殆どは通る性質のものだと思います。

執筆されているのも、
アメリカの開業医や小さな病院の先生のようですから、
信頼性のそれほど高いものとは言えません。

ただ、テレビのニュースでは、
実際に癌になった21歳や39歳の女性が、
実名で登場していますから、
架空の事例をでっち上げたようなものでは、
ないように思います。

一読した印象としては
内容はそれなりに筋が通っていて、
おそらく殆ど査読をされていない割には、
引用文献も多くは適切なものだと思いますし、
同じ携帯電話の電磁波との関連を指摘されている、
脳腫瘍の文献についての考察なども、
公平な姿勢が感じられます。

ここには4事例が報告されていますが、
事例1と2は21歳の女性で、
事例3は33歳、事例4は39歳の女性です。

40歳未満の乳癌は稀ですが、
ないという訳ではありません。

ただ、遺伝性乳癌ではなく21歳の発症というのは、
かなり稀だとは思います。

33歳と39歳の事例については、
一緒にして議論することが妥当であるのか、
やや疑問に感じますが、
おそらく最初に21歳の事例が目に留まり、
さすがに2例のみでは報告にならないので、
年齢の範囲を広げて無理矢理に4例にしたようにも思えます。
4事例のうち画像が添付されているのは事例1だけで、
組織所見の画像は1枚ありますが、
どの事例のものかも明確に書かれていません。
この辺りが、ちょっとこの文献の信頼性を、
低いものにしているように思います。

事例1は21歳の女性で、
左のブラジャーに毎日数時間、
携帯電話を挟み込んでいました。
左の乳腺にしこりを作らないタイプの、
範囲の広い非浸潤性の乳癌が見付かり、
手術を受けています。

事例2は21歳の女性で、
左のブラジャーに携帯電話を挟み込んで、
6年間に渡り1日8時間以上装着していた、
と書かれています。
左の乳腺の上の部分に複数の癌が見付かり、
診断時にはリンパ節の転移が、
その後には骨への転移も見付かっています。

事例3、4も年齢は違いますが、
ほぼ同様の経過です。

この乳癌は遺伝性の乳癌のマーカーである、
BRCA1とBRCA2はいずれも陰性で、
女性ホルモンの受容体は陽性です。

このため、21歳という若年の発症には、
長時間の携帯電話の使用が、
影響しているのではないか、
と上記の文献の著者らは考えている訳です。

そんなことが果たして有り得るのでしょうか?

携帯電話の出す電磁波と癌の発症との関連というと、
以前何度かご紹介したことのある、
脳腫瘍のリスクとの関連が有名です。

携帯電話は耳に当てて使うことが多いので、
その影響が脳に及び、
脳腫瘍を発症したのではないか、というような、
上記の文献のような症例報告がまずあり、
それから近年になって、
国際癌研究機関が、世界中で疫学調査を行ないました。
その結果が2011年に討議され発表されています。

これによると、
トータルにはあまり影響は見られないけれど、
累積の通話時間が2000時間を超えると、
神経膠腫という種類の脳腫瘍が、
使用しない人との比較で最大で3.2倍増加した、
という結果が得られました。

それを前提にして今回の報告を見ると、
ブラジャーに昼間中入れっぱなしで、
電源は入れたまま、
ハンズフリーで通話もしているのですから、
累積2000時間という脳腫瘍のリスクを高める基準も、
簡単に突破してしまいます。

つまり、仮に携帯電話の電磁波で、
僅かながら脳腫瘍の発症が増えることが事実とすると、
同様のことが乳腺に起こったとしても、
あながち絵空事とは言い切れません。

こんなことで癌になるなら、
手の癌やお尻のポケット下の皮膚の癌が、
増えなければおかしいじゃないか、
というようなことを言われる方がいます。

ただ、それはちょっと筋が違うように思います。

乳腺の組織というのは、
放射線やホルモン、機械的な圧迫など、
多くの外部の刺激に対して、
発癌の感受性の高い部位であることは、
間違いがありません。

妊娠出産の際には、
乳汁分泌ホルモンと女性ホルモンの働きによって、
乳腺は著明に増殖して母乳を出します。

これはつまり、ホルモンや他の増殖因子の刺激に対して、
乳腺という組織は敏感に反応して、
細胞が増殖するように出来ている、
ということを意味しています。

簡単に外部の刺激で増殖する組織というのは、
癌の出来易い組織でもあります。

手や足の皮膚は、
様々な刺激を食い止めるために存在しているので、
同じ刺激を受けても、
そう簡単に増殖するようなことはありません。

従って、そうした敏感な組織に、
年間2000時間以上電磁波を密着して照射し続ける、
という行為が、
他の場所に同じことをするより、
より大きな影響を与える可能性がある、
ということは、
可能性の範囲では認めても良いのではないかと思います。

ただ、問題は携帯電話レベルの電磁波で、
発癌が誘発されるようなメカニズムが、
明確には証明されていないことで、
今回の症例報告は、
単純に若年の乳癌があり、
携帯電話の長期間の病変への接触が事前にあった、
というだけのことに過ぎないので、
ここから何らかの結論や推論を引き出すことは、
出来ないと考えるのが現状では妥当です。

今後脳腫瘍と同様に、
大規模な疫学研究が、
この分野でも行われる必要があるように思いますし、
その結果を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
コメントでご指摘を受け、
携帯電話で脳腫瘍が増加する、との部分を、
修正しました。
(2013年午前11時45分修正)
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コメント 2

植田武智

いつも貴重な情報をありがとうございます。いろいろと勉強させてもらっています。携帯電話などの電磁波の健康影響について長年取材しているものです。
この乳癌との関連のお話、的確なご指摘だと思います。

1点だけ、脳腫瘍の疫学調査の件で、誤解されている様だと思いメールさせていただきました。
先生ご指摘の2000時間以上の使用で3.2倍というデータは、2011年のレナート・ハーデル博士たちのこの論文(http://www.spandidos-publications.com/ijo/38/5/1465)
かと思いますが、
この2000時間というのは1年間で2000時間ではなく、蓄積通話時間です。
多い人で10年以上使っているので、1日に直すと30分程度となり、現在ではざらにいる人たちということになります。

by 植田武智 (2013-10-04 09:38) 

fujiki

植田さんへ
ご指摘ありがとうございます。
脳腫瘍の疫学は以前記事にして、
それを参考にしたのですが、
間違えました。
取り急ぎ不充分ではありますが、
修正させて頂きました。
by fujiki (2013-10-04 11:45) 

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