有川浩集成(その4) [小説]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は日曜日なので、
診療所は休診です。
いつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから在宅診療に行って、
今PCに向かっています。
休みの日は趣味の話題です。
今日は有川浩さんの作品の感想の4回目です。
まず、こちらから。
⑫「キケン」
これはとある工科大学の、
機械制御研究部という部活の、
1年の活動のドタバタを綴った青春物です。
例によって雑誌の連載で、
連作短編のスタイルです。
ただ、卒業した主人公が、
妻に語る視点で描かれ、
最後に妻と共に、
かつての母校を訪ねる場面が用意されているのが、
これまでにない趣向です。
有川さんの旦那さんからの情報が、
何となく下敷きになっているようにも想像されます。
これは正直あまり乗れませんでした。
キャラも先輩の2人組は、
「図書館戦争」と同じで新味がありませんし、
起こる事件も学際の出店の騒動などですから、
盛り上がりにも欠けます。
マンガとコラボしているのも、
個人的には内容が薄く感じられて嫌ですし、
大学の構内で爆弾を爆発させたり、
途中でストップは入るものの、
武器を工作したりというエピソード自体も、
その適切さを疑問に感じます。
最も違和感があったのは、
先輩が少女の家に呼ばれて、
襲い掛かる場面で、
有川さんの男に対する見方に、
奇妙な感じを受けたのですが、
これは「ストーリー・セラー」を読んで、
何となく納得するような思いがありました。
⑬「ストーリー・セラー」
これは2008年に雑誌に掲載された、
「ストーリー・セラー」という企画物の中編に、
新たに書き下ろしの中編を併せて、
2010年に単行本化されたものです。
女性作家とその夫との関係を、
かなり赤裸々に描いていて、
前半では妻が死に至る病に倒れ、
後半では逆に夫が病に倒れます。
勿論フィクションですが、
私小説的な味わいもあり、
特に悪意のあるジャーナリストや批評家、
そりの合わない肉親への憎悪の念が、
非常に攻撃的に描かれている点にもびっくりします。
初期の所謂「自衛隊3部作」以降、
有川さんの作品は非常にウェルメイドなものになり、
悪党や悪意が殆ど描かれなくなります。
勿論設定上の敵は描かれますが、
かなり具体性を欠いていたり、
同情の余地があったりすることが殆どです。
ただ、今回の作品に登場する、
主人公の肉親やジャーナリストの悪意は、
救いようのないものとして描かれ、
作者は彼らを徹底して攻撃して、
許そうとは全くしません。
かつての「レインツリーの国」は、
有川さんと夫との交流のある部分を、
おそらく抽出して描いたものだったのだと思いますが、
今回の作品のヒリヒリするような感触は、
有川さんの今まであまり作品には反映させなかった、
闇の部分を表に出した、
という感があります。
メタフィクション的な要素もあり、
構成は複雑ですが、
完成度の高い作品を書こう、
という視点は端からなかったようで、
切迫感と混乱した印象のまま、
物語は終わりまで疾走します。
この作品の夫は、
特に前半においては非常に刹那的な感じで、
不意に感じた欲望のままに、
女性に襲い掛かりますが、
その違和感は「キケン」の先輩の描写にも通じるもので、
おそらくは有川さんにとって大切な何かを、
表現しているもののようにも思えます。
2011年に悪意のあるジャーナリストの論評に抗議して、
有川さんは本屋大賞の選考を辞退しますが、
そうした外部へのナイーブな姿勢と、
最高かつ唯一無二の読者である夫の視点を、
神聖視するような思いは、
過去から一貫するもののように感じました。
問題作ですが僕は好きです。
⑭「県庁おもてなし課」
新聞連載小説で映画化もされました。
最近の有川さんの作品の中でも、
色々な意味で成功した作品の1つです。
実在する高知県の県庁おもてなし課を、
フィクション化して、
高知県の観光とその行政についての、
情報小説的な側面もあり、
その中で2組のカップルが、
紆余曲折のうちに幸せを掴むという、
有川さん得意の、
大甘の恋愛小説の側面も併せ持っています。
これはなかなか読み応えがあります。
独立した長篇小説としては、
「空の中」以来の傑作という気もします。
そして、奇しくもこの2つの作品のみが、
有川さんの故郷の高知県を、主な舞台にしているのです。
特に前半が優れていて、
かつての「フリーター、家を買う。」のように、
主人公の青年が、
何も知らない状態から、
真に県民の目線に立った、
観光行政のあり方に目覚めて行くのですが、
その段取りが非常に巧みに出来ていて、
描写も軽く成り過ぎませんし、
有川さん自身をモデルにして男性化した、
小説家のキャラを含めて、
人物描写も冴えています。
ただ、後半はもう展開は見えてしまって、
割とダラダラと段取りめいた描写が続くので、
正直ダレる感じはあります。
後半はもっとバッサリ切って、
全体を短く刈り込んだ方が、
より優れた作品になったような気はします。
この作品は実際に高知の観光のPRに役立ちましたし、
実際のおもてなし課の活動にも、
影響を与えました。
更には「おもてなし」という言葉自体、
オリンピック招聘でも話題になったように、
この作品を契機としてその重みを増しました。
このように1つの小説作品が、
外の世界に拡散し、
そのメッセージが直接的に外の世界で活かされる、
という点が、
これまでの小説にはない膨らみで、
それが出版社の戦略主導ではなく、
有川さんの主導で行なわれている、
という点が非常にユニークです。
長過ぎるのは難点ですが、
お薦めです。
⑮「空飛ぶ広報室」
自衛隊の広報室を扱った作品で、
有川さんが久しぶりに自衛隊物に回帰した、
という言い方も出来そうです。
ドラマ化もされて話題になりました。
これは有川さんでなければ、
描けない作品であることは間違いがありません。
実際に自衛隊の広報室に取材して、
そのお墨付きの元に、
虚実をないまぜにして書かれている、
という点は、
「県庁おもてなし課」と同じです。
現実の自衛隊をこのような形で取り上げることは、
非常にスタンスが難しい行為ですが、
それを「東日本大震災」まで取り込んで軽やかに成し遂げ、
実際に広報室の協力の元に、
あのTBSでドラマ化が実現する、
という展開は、
まさしく作品で描かれた事項が、
有川さんの魔法の指先で、
現実化したのですから、
小説の新たな可能性を示したと言って、
過言ではないと思いますし、
小説家冥利に尽きるとはこのことです。
ただし…
作品としてはいつもの連作短編の形式で、
新味はありませんし、
登場するキャラは、
殆どがかつての自衛隊ラブコメものの短編の焼き直しです。
作品自体も、
全体としての盛り上がりには欠け、
端的に言えば人物紹介のみでお終い、
という印象です。
つまり、この作品は単独というより、
ドラマと対にして初めて完成するような作品で、
こうした形もありかな、とは思いながら、
小説好きとしては、
やや釈然としないものを感じるのも事実です。
しかし、
現実でのインパクトを考えれば、
企画としては大成功で、
有川さんの力を知らしめるような作品であることは確かです。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は日曜日なので、
診療所は休診です。
いつものように、
駒沢公園まで走りに行って、
それから在宅診療に行って、
今PCに向かっています。
休みの日は趣味の話題です。
今日は有川浩さんの作品の感想の4回目です。
まず、こちらから。
⑫「キケン」
これはとある工科大学の、
機械制御研究部という部活の、
1年の活動のドタバタを綴った青春物です。
例によって雑誌の連載で、
連作短編のスタイルです。
ただ、卒業した主人公が、
妻に語る視点で描かれ、
最後に妻と共に、
かつての母校を訪ねる場面が用意されているのが、
これまでにない趣向です。
有川さんの旦那さんからの情報が、
何となく下敷きになっているようにも想像されます。
これは正直あまり乗れませんでした。
キャラも先輩の2人組は、
「図書館戦争」と同じで新味がありませんし、
起こる事件も学際の出店の騒動などですから、
盛り上がりにも欠けます。
マンガとコラボしているのも、
個人的には内容が薄く感じられて嫌ですし、
大学の構内で爆弾を爆発させたり、
途中でストップは入るものの、
武器を工作したりというエピソード自体も、
その適切さを疑問に感じます。
最も違和感があったのは、
先輩が少女の家に呼ばれて、
襲い掛かる場面で、
有川さんの男に対する見方に、
奇妙な感じを受けたのですが、
これは「ストーリー・セラー」を読んで、
何となく納得するような思いがありました。
⑬「ストーリー・セラー」
これは2008年に雑誌に掲載された、
「ストーリー・セラー」という企画物の中編に、
新たに書き下ろしの中編を併せて、
2010年に単行本化されたものです。
女性作家とその夫との関係を、
かなり赤裸々に描いていて、
前半では妻が死に至る病に倒れ、
後半では逆に夫が病に倒れます。
勿論フィクションですが、
私小説的な味わいもあり、
特に悪意のあるジャーナリストや批評家、
そりの合わない肉親への憎悪の念が、
非常に攻撃的に描かれている点にもびっくりします。
初期の所謂「自衛隊3部作」以降、
有川さんの作品は非常にウェルメイドなものになり、
悪党や悪意が殆ど描かれなくなります。
勿論設定上の敵は描かれますが、
かなり具体性を欠いていたり、
同情の余地があったりすることが殆どです。
ただ、今回の作品に登場する、
主人公の肉親やジャーナリストの悪意は、
救いようのないものとして描かれ、
作者は彼らを徹底して攻撃して、
許そうとは全くしません。
かつての「レインツリーの国」は、
有川さんと夫との交流のある部分を、
おそらく抽出して描いたものだったのだと思いますが、
今回の作品のヒリヒリするような感触は、
有川さんの今まであまり作品には反映させなかった、
闇の部分を表に出した、
という感があります。
メタフィクション的な要素もあり、
構成は複雑ですが、
完成度の高い作品を書こう、
という視点は端からなかったようで、
切迫感と混乱した印象のまま、
物語は終わりまで疾走します。
この作品の夫は、
特に前半においては非常に刹那的な感じで、
不意に感じた欲望のままに、
女性に襲い掛かりますが、
その違和感は「キケン」の先輩の描写にも通じるもので、
おそらくは有川さんにとって大切な何かを、
表現しているもののようにも思えます。
2011年に悪意のあるジャーナリストの論評に抗議して、
有川さんは本屋大賞の選考を辞退しますが、
そうした外部へのナイーブな姿勢と、
最高かつ唯一無二の読者である夫の視点を、
神聖視するような思いは、
過去から一貫するもののように感じました。
問題作ですが僕は好きです。
⑭「県庁おもてなし課」
新聞連載小説で映画化もされました。
最近の有川さんの作品の中でも、
色々な意味で成功した作品の1つです。
実在する高知県の県庁おもてなし課を、
フィクション化して、
高知県の観光とその行政についての、
情報小説的な側面もあり、
その中で2組のカップルが、
紆余曲折のうちに幸せを掴むという、
有川さん得意の、
大甘の恋愛小説の側面も併せ持っています。
これはなかなか読み応えがあります。
独立した長篇小説としては、
「空の中」以来の傑作という気もします。
そして、奇しくもこの2つの作品のみが、
有川さんの故郷の高知県を、主な舞台にしているのです。
特に前半が優れていて、
かつての「フリーター、家を買う。」のように、
主人公の青年が、
何も知らない状態から、
真に県民の目線に立った、
観光行政のあり方に目覚めて行くのですが、
その段取りが非常に巧みに出来ていて、
描写も軽く成り過ぎませんし、
有川さん自身をモデルにして男性化した、
小説家のキャラを含めて、
人物描写も冴えています。
ただ、後半はもう展開は見えてしまって、
割とダラダラと段取りめいた描写が続くので、
正直ダレる感じはあります。
後半はもっとバッサリ切って、
全体を短く刈り込んだ方が、
より優れた作品になったような気はします。
この作品は実際に高知の観光のPRに役立ちましたし、
実際のおもてなし課の活動にも、
影響を与えました。
更には「おもてなし」という言葉自体、
オリンピック招聘でも話題になったように、
この作品を契機としてその重みを増しました。
このように1つの小説作品が、
外の世界に拡散し、
そのメッセージが直接的に外の世界で活かされる、
という点が、
これまでの小説にはない膨らみで、
それが出版社の戦略主導ではなく、
有川さんの主導で行なわれている、
という点が非常にユニークです。
長過ぎるのは難点ですが、
お薦めです。
⑮「空飛ぶ広報室」
自衛隊の広報室を扱った作品で、
有川さんが久しぶりに自衛隊物に回帰した、
という言い方も出来そうです。
ドラマ化もされて話題になりました。
これは有川さんでなければ、
描けない作品であることは間違いがありません。
実際に自衛隊の広報室に取材して、
そのお墨付きの元に、
虚実をないまぜにして書かれている、
という点は、
「県庁おもてなし課」と同じです。
現実の自衛隊をこのような形で取り上げることは、
非常にスタンスが難しい行為ですが、
それを「東日本大震災」まで取り込んで軽やかに成し遂げ、
実際に広報室の協力の元に、
あのTBSでドラマ化が実現する、
という展開は、
まさしく作品で描かれた事項が、
有川さんの魔法の指先で、
現実化したのですから、
小説の新たな可能性を示したと言って、
過言ではないと思いますし、
小説家冥利に尽きるとはこのことです。
ただし…
作品としてはいつもの連作短編の形式で、
新味はありませんし、
登場するキャラは、
殆どがかつての自衛隊ラブコメものの短編の焼き直しです。
作品自体も、
全体としての盛り上がりには欠け、
端的に言えば人物紹介のみでお終い、
という印象です。
つまり、この作品は単独というより、
ドラマと対にして初めて完成するような作品で、
こうした形もありかな、とは思いながら、
小説好きとしては、
やや釈然としないものを感じるのも事実です。
しかし、
現実でのインパクトを考えれば、
企画としては大成功で、
有川さんの力を知らしめるような作品であることは確かです。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2013-09-29 11:38
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