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西加奈子集成(その2) [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

いつも起きるのは5時過ぎなので、
丁度オリンピックの決まるところだけ見て、
それから、いつものように駒沢公園まで走りに行って、
ちょっと雨に打たれて、
戻って来てから、
今度は在宅診療に行って、
それから今PCに向かっています。

休みの日は趣味の話題です。

今日は西加奈子さんの作品を、
年代順にまとめてご紹介する2回目です。

まずこちらから。
④「通天閣」
通天閣.jpg
これはこれまでの作品より、
文学に少し傾斜したような作品になっています。
2人の主人公が登場し、
その人生が交互に語られます。
一方はスナックのチーフをしていて、
同棲していた男の子に振られる女の子で、
これは「あおい」の主人公を彷彿とさせます。
もう1人は家庭を捨てた孤独な中年男で、
その2人の人生が、
ラストになって微妙なシンクロを見せます。

構成は非常に巧みに出来ています。
ただ、ちょっと技巧的過ぎるような気もします。

主人公達の見た夢が、
時々挟み込まれるのですが、
そう意味のある趣向のようには思えません。
こういうやや無駄な凝り方が、
これ以降の西さんの作品には、
一時期目立つようになります。

エッセイによれば、
西さん自身がスナックのチーフをしていたそうなので、
これまでの作品の中で、
最も彼女の等身大に近いものが、
少女のパートには描かれているように思います。
その部分は非常に良いのですが、
中年男のパートは、
女性の目から見ている男性像なので、
何となくしっくりしません。

文体もこれまでの作品とは少し変化していて、
より通常の、よく新聞記者から作家に転身された方が書かれるような、
僕には大嫌いな第三者的な文章に近付いています。

その一方で独特の修飾句や、
弾むような文章のリズムが、
失われつつあるのが、
残念に思えました。

⑤「しずく」
しずく.jpg
西加奈子さんの最初の短編集で、
小説宝石に定期的に掲載された5編に、
書き下ろしの1編を加えた内容になっています。

個々の作品に関連性はないのですが、
全て2人の女性(追加の1編は雌猫です)の、
関係を描いている点が一貫しています。
内容は様々でサリンジャーみたいな感じのものもありますし、
僕の嫌いな女流作家のある方が盛んに書くような、
キャリアウーマンの女性が、
1人で旅に出て、ウジウジ悩むような感じのものもあります。

まさかそんな方向に進むつもりなのではないかしら、
と思うと、実はそうのようで、
「窓の魚」「うつくしい人」と、
どんより暗い作品が続くことになります。
実際この作品集の「影」と、
長編の「うつくしい人」はほぼ同じ話です。

最後の「しずく」と「シャワーキャップ」の2編は、
初期作品のタッチに近い作品で、
これを読むとホッとしますし、
とっても泣けます。

⑥「こうふく みどりの」
こうふく みどりの.jpg
小学館のホームグラウンドに戻って、
連作の書き下ろしの形で刊行された作品の第一部です。

これは14歳の少女が主人公で、
女性ばかりの訳ありの家族の、
盛り沢山の日常が描かれます。

「さくら」の再来かと思わせて、
ワクワクするのですが、
どうも「さくら」のようには盛り上がりません。

展開がそれほどダイナミックになりませんし、
過去の秘密や恋愛模様などもあるのですが、
いつもの緻密な技巧や盛り上がりに欠けるのです。

「あおい」や「さくら」のように書こうとしながら、
西さん自身以前ほどの思い入れを、
主人公に持つことが出来てはいないように思います。

随所に主人公以外の女性の独白が挟み込まれるのですが、
それがあまり効果的に作品に機能していませんし、
ラストがアントニオ猪木の「この道を…」の台詞になる、
というのもどうかなあ、という気がします。

⑦「こうふく あかの」
こうふく あかの.jpg
「こうふく みどりの」と対になる作品として刊行されました。

ただ、そう思って読むと、
ちょっとおやおやと言う感じです。

主人公は39歳の中年男性で、
それまで大人しく自己表現しなかった妻から、
いきなり別の男性の子供を宿したことを告げられます。

その話と近未来のプロレスの話とが、
交互に語られるというユニークな構成です。

ただ、その構成が以前の作品のように、
クライマックスの衝撃や感動に結び付くのかと言うと、
あまりそうはなっていないように思います。

西加奈子さんの語り口は、
以前から筒井康隆さんに似たところがありますが、
今回の作品は一人称も「俺」ですし、
その雰囲気はより強いものになっています。

ただ、筒井さんの作品ほど、
語り口はどぎつくはありませんし、
その展開も破天荒ではありません。
更には西さんは男性のロマンチストの部分を、
多くの女流作家の方と同じく、
理解してはくれないので、
男性の女性から見て不快な部分のみが、
グロテスクに拡張されて描写されていて、
男性の端くれとしては、
読んでいてかなり辛いのです。

前作の「こうふく みどりの」との関連性も、
もっと効果的なものであることを期待したのですが、
関連はあるもののあまり有機的なものではなく、
これで連作として出す意味が、
果たしてあったのだろうか、
と言う点も非常に疑問に思いました。

⑧「窓の魚」
窓の魚.jpg
西さんのここまでの作品の中で、
最も純文学に傾斜した作品です。

2組の互いに知り合いの男女が、
温泉に出掛けるのですが、
その翌日旅館で1人の女性の死体が見付かります。

作品はその登場人物4人それぞれの視点から、
同じ温泉旅館の1夜の出来事が語られ、
4人目の人物の独白の最後になると、
死体として見付かった女性が誰で、
何のために死んだのかが、
ほぼ明らかになります。

ミステリーにもありがちな設定で、
多くの伏線も張られて、
なかなか巧妙に構成されていますが、
ラストにミステリー的なカタルシスや意外性があるかと言うと、
そうしたことは殆どなくて、
読み終わっても、
最初のモヤモヤとした気分は、
そのままに残ります。

文体も装飾過多がところがなくなり、
別人のような冷徹なタッチですし、
関西弁の浮き立つような台詞もありません。

これはこれで悪くはないのですが、
こうした作品は西加奈子さんでなくても良いのでは、
と思いますし、
この作品を書かねば、というパッションのようなものが、
あまり感じられないように思います。

西さんが本当に書きたい作品を、
世に送り出すまでには、
もう少し時間が必要だったようです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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