抗生物質の下痢に対する乳酸菌の効果 [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のLancet誌の電子版に掲載された、
抗生物質の副作用としての下痢の予防のための、
乳酸菌やビフィズス菌の併用の効果についての論文です。
抗生物質の治療が、
副作用として下痢を生じることが多いのは、
良く知られた事実です。
通常その影響は一時的ですが、
クロストリジウム・デフィシル菌という細菌による、
偽膜性腸炎という病態は、
その中で深刻なものとされていて、
状態の悪い患者さんでは、
命に関わることも稀ではありません。
デフィシル菌の腸炎が起こる原因として、
多くの種類の細菌に有効性のある抗生物質を使用することにより、
腸の細菌叢のバランスが崩れ、
所謂善玉菌が減少して、
その代わりに抗生物質に耐性の悪玉菌が増加し、
その代表がデフィシル菌だと考えられています。
デフィシル菌は元々人間の腸の常在菌ですから、
いること自体は何ら問題はありません。
問題は大腸の菌叢のバランスで、
デフィシル菌が異常に増殖するような環境こそが問題なのです。
難治性で再発性のデフィシル菌の腸炎に対して、
健康な人の便を薄めて患者さんの腸に注入すると、
治療及び再発予防効果のあることが、
複数の研究で報告されています。
このデータの意味するところは、
善玉菌を注入して大腸の菌叢を正常に戻せば、
デフィシル菌の暴走も自然に治まる、
ということで、
ここから、広い範囲の細菌に効く抗生物質の使用時には、
善玉の腸内細菌を併用すれば良いのでは、
という発想が生まれます。
人体に良い影響を与える微生物、
つまりプロバイオティクスとしての、
腸内細菌製剤の使用です。
この目的で主に使用されるのはラクトバシラスや、
ビフィドバクテリウムなどの、
所謂「乳酸菌」です。
広域の抗生物質を使用する必要がある場合に、
その前後で乳酸菌製剤を、
比較的大量かつ持続的に、
抗生物質と併用します。
これにより抗生物質の使用による、
腸内の菌叢の乱れによる弊害を防ぎ、
抗生物質に起因する下痢症や、
デフィシル腸炎を予防しようと言うのです。
この目的で多くの臨床試験が行なわれ、
2012年にはその結果のメタ解析の論文が、
JAMA誌に掲載されました。
それがこちらです。
RCTと呼ばれる精度の高い臨床試験の結果を、
82種類まとめて解析したところ、
乳酸菌製剤の併用により、
抗生物質誘発性の下痢症は相対リスクで42%、
有意に低下した、と言う結果が得られました。
つまり、
抗生物質と乳酸菌製剤の併用により、
抗生物質による下痢症が、
一定レベル予防された、
というポジティブな結果でした。
ただし…
個々の文献を見てみると、
症例数は少ない物が多く、
使用されている乳酸菌製剤の種類にも、
かなりのばらつきがあります。
文献はお示ししませんが、
同年のAnn Intern Med誌に、
デフィシル腸炎の乳酸菌製剤による予防効果を、
検証したメタ解析の論文があり、
これによるとデフィシル腸炎は相対リスクで66%、
有意に抑制された、と言う結果でした。
しかし、こちらは更に症例数の少ない文献が多く、
多くても各群200例程度の検証に留まっています。
しかも殆どは単独の施設のデータです。
多施設の研究でもっと症例数が多く、
より精度の高い検証がなされた、
臨床試験の実施が望まれていたのです。
そこで今回の研究では、
イギリスの複数の施設において、
1400名を越える患者さんに乳酸菌製剤を使用し、
対照として矢張り1400名を越える患者さんに、
偽物の乳酸菌製剤を使用して、
抗生物質の使用前後で3週間の投与を行なうことにより、
乳酸菌製剤による、
抗生物質誘発性の下痢症と、
デフィシル腸炎、両者の予防効果を検証しています。
乳酸菌製剤は、
ラクトバシラスとビフィドバクテリウムを、
ミックスした製剤が使用されています。
どちらが使用されているのかは、
患者さんにも主治医にも分からない形で、
くじ引きで選択された、
最も厳密な方法による臨床研究です。
この分野では、
間違いなくこれまでで最も規模が大きく、
最も信頼性の高いデータとなるべき性質のものです。
その結果…
抗生物質誘発性の下痢症についても、
クロストリジウム・デフィシル腸炎についても、
偽薬と乳酸菌製剤との間で、
その発症率に有意な差は見られませんでした。
つまり、
乳酸菌製剤の予防効果が、
否定された、という結果です。
それでは昨年のメタ解析の結果は誤りだったのでしょうか?
現状はまだ、色々な意見があります。
メタ解析はあくまで、
これまでのデータをまとめて解析したものですから、
単独の研究で症例数が多いものがあれば、
その結果の方がより信頼性が高い、
という考え方も出来ます。
ただ、今回の研究では、
予想より乳酸菌群でも偽薬群でも、
抗生物質誘発性下痢症の頻度も、
デフィシル腸炎の発症頻度も、
いずれもかなり低い結果になっているので、
発症頻度が少ない群で検討したことにより、
予防効果が明確に現れなかった、
と言う可能性もあります。
同じ紙面に載っている解説記事では、
これまでのデフィシル腸炎の予防効果のメタ解析に、
今回の結果を仮に加えた場合の結果が示されていますが、
その結果は元の66%の低下が、
61%のリスク低下に変化しているだけで、
有意なリスク低下事態は維持されています。
つまり、
実際の下痢症の発症事例が少ないので、
全体の症例自体は多くても、
それほど全体に影響を与えていないのです。
従って、今回のデータのみで、
抗生物質の副作用としての腸炎の、
乳酸菌製剤による予防効果は、
完全に否定されたものとは言えないと思います。
日本においては、
抗生物質に耐性の乳酸菌製剤が、
R製剤として主に使用されていますが、
今回の文献でも昨年のメタ解析の論文においても、
そうした議論は全くされていません。
乳酸菌製剤の併用の効果は、
栄養素の代謝などの変化や、
細菌の腸管への付着の抑制などにもあるので、
連日充分量の乳酸菌が供給されれば、
それが抗生物質耐性ではなくても、
あまり違いがない、という考え方もあります。
また、耐性菌と呼ばれるものの臨床的な効果を見てみると、
実際には結構抗生物質への感受性があり、
あまり臨床的な意味合いは大きくはなかった、
というような内容の文献もあります。
R製剤の使用を重視する、という常識は、
かなり日本に限定された知見のようです。
上記の文献の考察においては、
抗生物質誘発性の下痢症やデフィシル腸炎の原因を、
短絡的に抗生物質による善玉菌の減少、
と捉えるのは誤りで、
個々の抗生物質において、
それぞれ別個の原因が存在する可能性もあり、
こうした下痢の発症メカニズムの解明が、
より有効性の高い予防法の開発に繋がるのでは、
という見解が述べられています。
確かに抗生物質による下痢症の発症を、
僕達は単純に考え過ぎている、
と言う側面はあり、
当たり前のように思えるこの現象を、
もう一度無心な目で、
見直す必要があるのかも知れません。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のLancet誌の電子版に掲載された、
抗生物質の副作用としての下痢の予防のための、
乳酸菌やビフィズス菌の併用の効果についての論文です。
抗生物質の治療が、
副作用として下痢を生じることが多いのは、
良く知られた事実です。
通常その影響は一時的ですが、
クロストリジウム・デフィシル菌という細菌による、
偽膜性腸炎という病態は、
その中で深刻なものとされていて、
状態の悪い患者さんでは、
命に関わることも稀ではありません。
デフィシル菌の腸炎が起こる原因として、
多くの種類の細菌に有効性のある抗生物質を使用することにより、
腸の細菌叢のバランスが崩れ、
所謂善玉菌が減少して、
その代わりに抗生物質に耐性の悪玉菌が増加し、
その代表がデフィシル菌だと考えられています。
デフィシル菌は元々人間の腸の常在菌ですから、
いること自体は何ら問題はありません。
問題は大腸の菌叢のバランスで、
デフィシル菌が異常に増殖するような環境こそが問題なのです。
難治性で再発性のデフィシル菌の腸炎に対して、
健康な人の便を薄めて患者さんの腸に注入すると、
治療及び再発予防効果のあることが、
複数の研究で報告されています。
このデータの意味するところは、
善玉菌を注入して大腸の菌叢を正常に戻せば、
デフィシル菌の暴走も自然に治まる、
ということで、
ここから、広い範囲の細菌に効く抗生物質の使用時には、
善玉の腸内細菌を併用すれば良いのでは、
という発想が生まれます。
人体に良い影響を与える微生物、
つまりプロバイオティクスとしての、
腸内細菌製剤の使用です。
この目的で主に使用されるのはラクトバシラスや、
ビフィドバクテリウムなどの、
所謂「乳酸菌」です。
広域の抗生物質を使用する必要がある場合に、
その前後で乳酸菌製剤を、
比較的大量かつ持続的に、
抗生物質と併用します。
これにより抗生物質の使用による、
腸内の菌叢の乱れによる弊害を防ぎ、
抗生物質に起因する下痢症や、
デフィシル腸炎を予防しようと言うのです。
この目的で多くの臨床試験が行なわれ、
2012年にはその結果のメタ解析の論文が、
JAMA誌に掲載されました。
それがこちらです。
RCTと呼ばれる精度の高い臨床試験の結果を、
82種類まとめて解析したところ、
乳酸菌製剤の併用により、
抗生物質誘発性の下痢症は相対リスクで42%、
有意に低下した、と言う結果が得られました。
つまり、
抗生物質と乳酸菌製剤の併用により、
抗生物質による下痢症が、
一定レベル予防された、
というポジティブな結果でした。
ただし…
個々の文献を見てみると、
症例数は少ない物が多く、
使用されている乳酸菌製剤の種類にも、
かなりのばらつきがあります。
文献はお示ししませんが、
同年のAnn Intern Med誌に、
デフィシル腸炎の乳酸菌製剤による予防効果を、
検証したメタ解析の論文があり、
これによるとデフィシル腸炎は相対リスクで66%、
有意に抑制された、と言う結果でした。
しかし、こちらは更に症例数の少ない文献が多く、
多くても各群200例程度の検証に留まっています。
しかも殆どは単独の施設のデータです。
多施設の研究でもっと症例数が多く、
より精度の高い検証がなされた、
臨床試験の実施が望まれていたのです。
そこで今回の研究では、
イギリスの複数の施設において、
1400名を越える患者さんに乳酸菌製剤を使用し、
対照として矢張り1400名を越える患者さんに、
偽物の乳酸菌製剤を使用して、
抗生物質の使用前後で3週間の投与を行なうことにより、
乳酸菌製剤による、
抗生物質誘発性の下痢症と、
デフィシル腸炎、両者の予防効果を検証しています。
乳酸菌製剤は、
ラクトバシラスとビフィドバクテリウムを、
ミックスした製剤が使用されています。
どちらが使用されているのかは、
患者さんにも主治医にも分からない形で、
くじ引きで選択された、
最も厳密な方法による臨床研究です。
この分野では、
間違いなくこれまでで最も規模が大きく、
最も信頼性の高いデータとなるべき性質のものです。
その結果…
抗生物質誘発性の下痢症についても、
クロストリジウム・デフィシル腸炎についても、
偽薬と乳酸菌製剤との間で、
その発症率に有意な差は見られませんでした。
つまり、
乳酸菌製剤の予防効果が、
否定された、という結果です。
それでは昨年のメタ解析の結果は誤りだったのでしょうか?
現状はまだ、色々な意見があります。
メタ解析はあくまで、
これまでのデータをまとめて解析したものですから、
単独の研究で症例数が多いものがあれば、
その結果の方がより信頼性が高い、
という考え方も出来ます。
ただ、今回の研究では、
予想より乳酸菌群でも偽薬群でも、
抗生物質誘発性下痢症の頻度も、
デフィシル腸炎の発症頻度も、
いずれもかなり低い結果になっているので、
発症頻度が少ない群で検討したことにより、
予防効果が明確に現れなかった、
と言う可能性もあります。
同じ紙面に載っている解説記事では、
これまでのデフィシル腸炎の予防効果のメタ解析に、
今回の結果を仮に加えた場合の結果が示されていますが、
その結果は元の66%の低下が、
61%のリスク低下に変化しているだけで、
有意なリスク低下事態は維持されています。
つまり、
実際の下痢症の発症事例が少ないので、
全体の症例自体は多くても、
それほど全体に影響を与えていないのです。
従って、今回のデータのみで、
抗生物質の副作用としての腸炎の、
乳酸菌製剤による予防効果は、
完全に否定されたものとは言えないと思います。
日本においては、
抗生物質に耐性の乳酸菌製剤が、
R製剤として主に使用されていますが、
今回の文献でも昨年のメタ解析の論文においても、
そうした議論は全くされていません。
乳酸菌製剤の併用の効果は、
栄養素の代謝などの変化や、
細菌の腸管への付着の抑制などにもあるので、
連日充分量の乳酸菌が供給されれば、
それが抗生物質耐性ではなくても、
あまり違いがない、という考え方もあります。
また、耐性菌と呼ばれるものの臨床的な効果を見てみると、
実際には結構抗生物質への感受性があり、
あまり臨床的な意味合いは大きくはなかった、
というような内容の文献もあります。
R製剤の使用を重視する、という常識は、
かなり日本に限定された知見のようです。
上記の文献の考察においては、
抗生物質誘発性の下痢症やデフィシル腸炎の原因を、
短絡的に抗生物質による善玉菌の減少、
と捉えるのは誤りで、
個々の抗生物質において、
それぞれ別個の原因が存在する可能性もあり、
こうした下痢の発症メカニズムの解明が、
より有効性の高い予防法の開発に繋がるのでは、
という見解が述べられています。
確かに抗生物質による下痢症の発症を、
僕達は単純に考え過ぎている、
と言う側面はあり、
当たり前のように思えるこの現象を、
もう一度無心な目で、
見直す必要があるのかも知れません。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2013-08-26 08:32
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コメント(4)
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私は抗生物質で下痢しやすいので、
参考になります。
主治医は基本、出来る限り抗生物質は使わない方針で
いてくれるので、膀胱炎のたびに・・・ということには、
ならずに済んでいますが。
by A・ラファエル (2013-08-26 09:12)
A・ラファエルさんへ
コメントありがとうございます。
今後は抗生物質の種類ごとに、
もう少しきめ細かい副作用への対応が、
可能になるのではないかと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-08-27 08:35)
抗生物質と下痢の関係を調べていて辿り着きました。
自分は抗生剤を使うと高頻度で水様下痢になり、飲み終わると一旦治るのですが、数週間経った頃に必ず水様便と熱が出る腸炎に罹ります。
抗生剤と整腸剤は一緒に飲んでいるのですが、あまり効果はないようです。
整腸剤の種類を変更しても変化はありませんでした。
抗生剤を極力使用しないのが良いのですが、使用せざるを得ない時に自分でも何か予防策を考えられないかと思っていたのですが、なかなか難しいようですね…。
この記事を見て、とても勉強になりました。
by こま (2014-07-15 20:44)
こまさんへ
コメントありがとうございます。
この問題は結論が出ていないと思います。
ご参考になる点があれば嬉しいです。
by fujiki (2014-07-16 08:10)