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ジェネリック薬品とインドの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インドのジェネリック.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌の巻頭に掲載された、
医療についての解説記事です。

これはどういうものかと言うと、
今年の4月に、
インドの裁判所において、
自国の特許法を厳密に解釈し、
世界的な製薬メーカー、ノバルティス社の訴えを、
棄却した、というものです。

ノバルティス社はインドにおいて、
グリベックという抗癌剤の特許を申請したのですが、
インドの裁判所はこの薬が、
以前にある特許に載っている化合物の、
構造を少し変えただけのものなので、
インドの特許法による新薬とは認められない、
という判断をして、グリベックの特許を認めなかったのです。

この問題は医療系のニュースとしては報道もされ、
ネットでもこれについての解説記事がありますが、
その多くが内容の本質的な部分を、
しっかり理解していない文面になっています。

グリベックの特許の何が認められなかったのか、
と言う点についても、
ある記事では
「既存の薬剤の吸収のされ方を変えただけ、と言う判断で」
のように書かれていて、
これを読むとグリベックそのものではなく、
その口腔内崩壊錠のようなものの特許が否定されたかのようですし、
その一方でグリベックそのものが否定された、
という趣旨の記事もあり、
内容があやふやで一定していません。

今日はその点を含めて、
僕の理解の範囲でご説明したいと思います。

日本においても、
ジェネリック薬品をもっと積極的に使うべきだ、
という論調が支配的です。
全ての薬品をジェネリックにしてしまえば、
医療費は大幅に削減されて、
膨大する社会保障費の節約に役立つ、
という極論を言われる、
国会議員と称する方もいらっしゃいます。

ただ、この問題はそう単純ではありません。

薬品には特許があるので、
新薬が発売されると、
一定の期間、通常10年くらいは、
その特許を持つ製薬会社が、
独占的にその薬を販売します。

そして、その特許期間が切れると、
今度は同じ薬を、
他の製薬会社でも自由に作り売ることが可能となるのです。
これがジェネリック医薬品です。

1つの薬を開発するには、
莫大な費用が掛かります。

従って、
その薬を独占的に販売する製薬会社は、
その開発費を回収してかつ利益を上げるために、
より高い値段を付けます。

特許に関係しないジェネリック薬品は、
材料費に利益を載せれば良いので、
より安い値段で薬を販売し、
それで利益を出すことが可能です。

これは上記の記事にある記載ですが、
あるHIVの治療薬は、患者さんにとって、
年間1万ドルの費用が掛かりましたが、
ジェネリック薬品に代わることにより、
それが150ドル以下になるという、
劇的な変化が起こったのです。

これはインドのジェネリックメーカーの話です。

日本においては、
厚生労働省が薬の値段を全て決めているので、
概ね新薬がジェネリックになる場合、
最初は新薬の値段の7割程度の価格が、
ジェネリックに付けられることになります。

これはインドの例を考えれば、
ジェネリックとしてはとんでもなく高い値段ですが、
日本ではこのようにして、
高止まりのするジェネリック薬品の薬価を付け、
ジェネリックメーカーに莫大な利益をもたらす仕組みを作り、
それによってジェネリックへの誘導を図ろうとしているのです。

勿論これも医療費の削減にならない訳ではありませんが、
ある意味ジェネリックメーカーに、
利益を過剰に分配しているという側面がありますし、
新薬のメーカーにも利益をもたらすために、
新薬の処方を推進するように、
官民を挙げて宣伝に努めている、
という側面もあります。
ディオバンの論文捏造事件も、
そうした新薬の宣伝強化という背景があるのです。
これは1メーカーの不正というレベルの話ではなく、
薬剤の利益を何処に廻すかという、
官民一体となった利益分配の構造が、
その裏に存在しています。

今TPPの交渉が行なわれていますが、
その中でアメリカは、
新薬の特許の適用期間を、
より延長することを加盟国に求めている、
というような報道がありました。

アメリカはジェネリックの先進国のように言われますが、
実際には自国の製薬メーカーの新薬の価格は高く維持して、
海外にはなるべく高い薬を買ってもらい、
特許の適用期間も長くしたいのです。

個々の国は医薬品の特許の制度を、
個別に持っているので、
特許の適用期間も国毎に違いますが、
WTO(世界貿易機関)が一定の枠組みを作っているので、
WTOの加盟国では、
医薬品の特許は守られているのです。

インドは世界のジェネリック薬品の工場と言われています。

これは何故かと言うと、
インドは2005年まで薬品の特許を認める法律がなく、
どんな薬もある意味勝手にジェネリックを販売していたのです。
(正確に言うと、完全になかった、と言う訳ではありませんが、
実質的にはないのと同じ状態でした)
そのため、薬によっては新薬が出て1年も経たないうちに、
インド経由でジェネリックが出回るという事態になっていました。
その価格は新薬の10分の1以下だったりしています。

それではあんまりだ、ということで、
WTOの指示により、
2006年以降は医薬品の特許を保護するようになりました。

ただ、問題は何処までの特許を認めるかです。

元の薬の構造を少し変えたり、
その吸収のされ方や投与法を変更して、
そこに新たな特許を設定することは、
日本でもアメリカでも一般的に行なわれていることです。

画期的な新薬というものは、
そう簡単に開発出来るものではありません。

従って、多くの製薬会社は、
こうした二次的な特許を連発して、
新薬開発の繋ぎにしているのです。

こうした点については、
これまでにも多くの批判が存在してます。

ただ、今回の事例はそうしたことではなく、
日本でもヨーロッパでもアメリカでも、
れっきとした新薬として特許が認められている、
グリベック(イマチニブ メシル酸塩)そのものの特許が、
インドの法律では認められない、という解釈になっているのです。

何故そんな理屈があるのかと言うと、
この薬の元になっているイマチニブという化合物自体は、
他のアメリカの特許に記載があるので、
そのメシル酸塩もその構造を少し変えただけのものなので、
独立した特許ではない、
という判断なのです。

しかし、
多くの新薬というのは、
たとえば酵素の阻害剤であれば、
それまでに生成された化合物や自然にある物質の中から、
その酵素の阻害活性を持つものを複数検索し、
その中で有望な物質の構造を少しいじったりして、
より活性を高めて製品化する、
というようなことが常道です。

インドの司法の理屈によれば、
そうした化合物は全て特許が認められない、
ということになり、
その明確な線引きは法律上は存在しないので、
幾らでも恣意的に不認可に出来ることになってしまいます。

こうしたことが認められれば、
インドで薬品の特許が申請出来るようになっても、
実際にはこうした理屈で不認可となってしまいますから、
申請出来ないのと何ら変わりのないことになってしまうのです。

今回のインドの事例は、
インドの特許法の解釈において、
アメリカや日本では新薬とされている薬の特許を、
インドの裁判所が認めない決定をして、
自国ではその薬をジェネリックとして販売出来るように、
してしまったということになります。
(実際にそれ以前からグリベックのジェネリックは、
インドではじゃんじゃん販売されています)

ノバルティス社の立場からすれば、
日本でのディオバンの捏造事件に、
インドの特許不認可と踏んだり蹴ったりですが、
このように国によって特許が認められたり、
認められなかったりすることが、
WTOの加盟国間でも起こるということは、
あまり整合性のあることとも思えません。

ただ、インドがジェネリックの工場であるために、
HIVの治療薬などの高額な薬剤が、
安価に発展途上国の患者さんに、
使えるようになったことは事実で、
国境なき医師団などは、
当初から反ノバルティスの立場で訴訟にも関わり、
このインドの決定を歓迎する意見を表明しています。

TPPというのも、
こうした特許に関する決まりを、
統一する試みという側面があり、
アメリカはこうしたインドのようなことがないように、
加盟国にたがを嵌めようとしている訳で、
その方向によっては、
僕達の生活に直結するものとなることに、
注意を払う必要があるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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