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現代の「死の本」の謎を考える [身辺雑記]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

明日から8月15日まで、
診療所は夏季の休診になります。
ご迷惑をお掛けしますがご了承下さい。

その間はメールのご返事も出来ませんので、
その点もご了承下さい。

今日は雑談です。

世の中には色々な人がいて、
色々な意見を発信したり、
作品にしたりしています。

そのこと自体は勿論、
何ら問題はないことだと思います。

ただ、
特に人間の生死に関わるような情報に関しては、
それを安易に多くの人の目に触れる場所に、
晒すようにして発信した場合、
そのことがそれを無防備に受け取る個人に、
どのような影響を与えるかという点についての、
想像力を持つことが、
発信者の義務である、
という言い方は出来るように思います。

勿論この点については、
僕自身も他人事ではありません。

1冊の本が、
それを読む人間に、
どのような影響を与えるでしょうか?

僕は読書は嫌いではありませんが、
本というもの、活字というものが、
勿論現在ですから電子メディアも含めてのことですが、
それを読む人間に与える影響については、
それほど大きなものであるとは、
考えてはいませんでした。

昔のミステリーに、
「死の本」というようなテーマがありました。

ある謎の本があり、
その本を読んだ人間には、
必ずほどなく死が訪れるのです。

一体その本には何が書かれていたのだろうか、
というような謎です。

本が人を殺す、
そんなことが本当にあるのでしょうか?

僕はこれまで、
そんなことはないと信じていました。

しかし、
そんな僕の信念を覆すような事実に遭遇したのです。

それが近藤誠医師(以下敬称略)によって書かれた、
「医者に殺されない47の心得」
という1冊の本です。

実際の事例をご紹介させて頂きます。

基本的に事実ですが、
その深刻さと守秘義務及び個人の特定を避ける観点から、
細部は敢えて変えて記載している部分のあることを、
予めお断りしておきます。

Aさんは60代の男性で、
肺癌が見付かり手術を受けました。
術後に内服の抗癌剤を使用しましたが、
生活が制限されるような副作用はなく、
その後4年間は趣味のスポーツも問題なく出来るまでに、
生活の質は改善していました。
ところが、4年目の定期検診で、
肺癌の再発が見付かりました。
慎重に検査を重ねたところ、
肝臓や脳にも転移が見付かり、
肺の転移巣を切除した後、
脳に放射線治療を行ない、
それから体力の回復を待って、
抗癌剤治療の方針となりました。

一旦退院して自宅に戻り、
歩行が困難となっていることにショックを受けると、
吐き気にも負けずに食事を摂り、
少しでも早く抗癌剤治療がスタート出来るようにと、
自宅でリハビリを続けました。

ある日、親戚がその家を訪れ、
今一番売れている本で、
とっても面白いから是非読んでみなさい、
と一冊の本を手渡されました。

その本が「医者に殺されないための47の心得」です。

奥さんはその親戚を駅まで送りに行き、
1人家に残されたAさんは、
その本を何の気なしに読み始めました。

1時間ほどして、
奥さんが家に戻って見ると、
Aさんはベッドの隅に枯れ枝のように蹲っていて、
その顔は蒼白で苦悶に満ちていました。
先刻の笑顔が嘘のような変わりようです。
全身の痛みを強く訴え、
モルヒネの屯服の錠剤を続けて飲みましたが、
あまり楽になったようには見えません。

Aさんの口からは、
自分の治療が無駄であったことを悔やむ言葉だけが、
あたかも奥さんへの非難のように、
ある種の呪詛のように溢れ出ました。
それまであれだけ前向きで、
病気と闘う決意を持ち、
自宅でリハビリに励んでいたAさんが、
別人のように変貌してしまったのです。

その2日後の早朝、
Aさんは全身の疼痛を訴え、
呼吸困難に陥ると、
苦悶の中で亡くなりました。
進行癌による死亡として、
解剖はされませんでしたが、
主治医の予想より、
遥かに早い急変でした。

また、こんな事例もあります。

Bさんは70代の女性で、
矢張り肺癌で手術を受けました。
名医の出るテレビ番組を見て、
ここなら大丈夫と確信し、
そこで説明を受け、
納得の上手術を受けたのです。

手術のリスクやその後の再発の可能性などについても、
その時点では納得の行く説明を受けました。

手術後1か月は良好でしたが、
3ヶ月後の検査で、
肺内の再発と肝臓の転移が見付かりました。

その時点で主治医の説明は、
リスクはあるけれども、
この段階では抗癌剤による治療しか、
残された道はない、
という話でした。

Bさんもご家族も、
その時点では主治医の説明に納得し、
リスクも高いという説明には不安を抱きながらも、
少しでも前向きに癌と闘いたい、
という希望を持つことを心に決めました。

ところが…

その日例の本を片手に、
日頃は疎遠にしていた親戚がやって来て、
これを読んでみろ、さあ読めと、
体調の悪いBさんに迫り、
絶対に抗癌剤の治療などするべきではない、
と口角泡を飛ばして言い募ります。

その本に書かれていることによれば、
そもそも進行癌の可能性が高いのに、
最初に癌の手術をしたのが、
取り返しのつかない誤りで、
そのために全身に転移して、
癌の進行が早くなってしまったのだから、
その上に死期を早めるだけと書かれている抗癌剤を、
使用するなどもっての外だ、
と言うのです。

その場で主治医との交渉で中心となっていた家族と、
普段は疎遠にしていた家族とが、
Bさんを挟んで口論となり、
お前が悪い、いやお前が…
と収拾のつかない有様です。

Bさんは自分の治療方針を、
どちらとも決めることが出来ず、
気持ちが折れるように体調を崩し、
衰弱と脱水のために近隣の病院に運ばれ、
数日後に亡くなりました。
点滴のみで経過観察中に、
意識レベルが低下して、
そのまま心肺停止となったのです。

この2つの事例に共通することは、
患者さん自身はその「死の本」を、
読もうという気はなかったのに、
親戚や友達などが良い本だからと無理に勧め、
そこに書かれている事項によって、
自分が癌と闘っている、というイメージ、
闘いに生きる希望を持つ、というイメージが、
無残に打ち砕かれ、
自分が命懸けで選択しやっていたことが、
無駄であるばかりか逆効果であったことを突き付けられ、
更に第2の事例においては、
誤った道を選択することを促したのも、
それを手遅れになってから誤りだと指摘したのも、
どちらも同じ自分の近しい人で、
その近しい人同士が、
そのことで罵り合う様を目にすることで、
全ての希望を失い、
絶望の中で体調を崩した、
ということです。

この本は同じ作者のこれまでの同種の本と比較すると、
意外にその主張は穏当なもので、
「医療などに執着して時間を割かれることなく、
これも運命と受け入れて平穏に死ぬことが一番ではないか」
という、ある程度の年齢の方なら、
誰でも一度は考えそうで、
多くの著名な方がエッセイなどでも書かれているような、
ある意味凡庸な思想が展開されています。

医療は勿論万能ではなく、
無理な治療のために却って命を縮めることもあり、
また適切な治療により助かる方もいます。

問題はこの資本主義の世の中においては、
医療は決して公平ではなく、
特定の恵まれた人だけが、
医療の恩恵を受け、
それ以外の多くの人は、
医療にすがっても、
無残に裏切られることがしばしばだということです。

従って、
やや不穏当な表現をお許し頂ければ、
この資本主義の世界において、
ある命に関わる病気から、
生還出来るかどうかは、
それ自体が一種の戦いであって、
他人を押しのけ自分だけが助かるために、
情報を集めコネを頼り、お金に頼って、
「生の闘争」を続けなければなりません。

しかし、
病気と闘う多くの人にとって、
この状態は非常に辛く消耗することです。
治療そのものの苦痛もさることながら、
ある種のエゴイズムが必要となるので、
人間性を喪失するという危機に、
心が揺らぐのです。

そんな時に、
「何もしないのが一番」
という甘い囁きは、
患者さんの心に強く響きます。

従って、
ある種の達観を求めている人にとって、
こうした本があることは一定の意義があると思いますし、
こうした本を読んで人生の選択を考えることは、
僕は個人的にはもっと別の人の本を読んだ方が良いと思いますが、
誤りとも思いません。

しかし…

一旦は癌と闘うことを人生の目標として定め、
ご家族のサポートと共に、
医療を信じて戦っている患者さんにとっては、
上記の事例でお分かりのように、
この本は非常に強い負のインパクトを持ち、
その人の人生を終わりにしかねない危険を孕んでいるように、
僕には思えます。

その危険は特に、
半ば他人事としてその患者さんに接している、
「遠い親戚」のような方から強制された場合に、
より大きな影響を持ちます。

世の中には多くの本があり、
似たようなことが書かれている本も少なくはありません。

しかし、
この本が別格的なインパクトを持っているのは、
幾つかの理由があるからです。

まず著者の慶應病院放射線科講師、
という権威の効果です。

著者はこれまでの文筆活動により、
非常に著明な方ですし、
慶應病院も日本の医療の最先端というイメージがあります。

医療に詳しくない方が、
「癌は放置するのが一番」と言っても、
専門家ではないから…
と思いますが、
慶應病院講師と言えば、
その大先生がこうしたことを言われているのだから、
という権威により、
その浸透の仕方が大きく違います。

次にこの本の構成ですが、
これまでの同じ著者の本と明確に違う点は、
読者に内容を考えさせるのではなく、
考えさせないように書かれている、
という点にあります。

これは新興宗教の書籍や自己啓発本と同じ趣向で、
「考えるな、信じろ、私に従え」
というメッセージを植え付けるように、
内容が巧みに仕組まれているのです。

そう思ってこの本を読み直してみると、
新興宗教の本に瓜二つで、
「医者に行くと殺される」というアジテーションは、
「○○をすると地獄に堕ちる」というような表現とまるで同じで、
そうならないためには、
「我を信じよ」という主張に繋がるのです。
宗教本では有名人の体験談や、
過去の出来事に対する薀蓄などが、
説得力を増すための仕掛けとして、
間に挟まれますが、
この本ではその代わりに、
「ランセットの論文にこんなのがあった」
という話や、
「癌の有名人は手術したために命を縮めた」
というような話があるのです。

医療従事者がこの本を読むと、
表現は扇情的で下品だけれど、
意外に間違ったことは書かれていない、
というように思います。

全ての癌は手術で治らない、
と言っているのではなく、
その項目に書かれているのは、
あくまで「スキルス胃癌」の話なので、
スキルス胃癌に限定すれば、
その表現は決して誤りとは言い切れません。

しかし、
その合間合間に、
「癌などは切らない方が長生きする」
というような、
全ての癌を一括りにしたとしか思えない、
放言めいたセンテンスが挟み込まれるので、
知識のない方が読めば、
これは全ての癌についての話だ、
と読めてしまいます。

上記の2人の患者さんも肺癌で、
実際にはこの本には肺癌の話など、
殆ど出て来ないのですが、
それでも自分や家族の病気に、
結び付けて読んでしまうのです。

おそらくはかなり意図的な、
文章のトリックが使われているのです。

治る癌は勿論沢山あるのです。

本来は本を読む全ての方のことを考えれば、
治らない癌の話だけではなく、
治る癌の話も一緒に書くべきです。

しかし、
それではインパクトが弱く、
「全ての日本の医療の権威め、地に堕ちろ!」
というようなこの本に籠められた、
作者の裏の意図である呪詛のようなものが、
希薄になってしまうので、
敢えてそうはしていないのです。

知識のない方が読めば当然誤読するように、
全ては仕組まれているのです。

僕が言いたいことは、
どのような本をどのように書き、
どのように売ることも自由ですが、
人間は「希望」がなければ生きていけない生き物なので、
極少数ではあれ、
癌と闘っている方の、
希望を根こそぎ奪うような表現は、
慎むべきではないかと思いますし、
少なくとも実現可能な選択肢を、
提示するような表現に留め、
真実を伝えたい、という作者の気持ちは分かりますが、
今の医療に対しても、
何らかの希望を残すような書き方をするべきではないか、
ということです。

上記のような患者さんがこの本を読むこともあるのですから、
そうした患者さんにとって、
全ての希望を奪うような書き方だけは避けて頂きたいのです。

また、仮にこの本に共感を持ち、
他人に薦めようと思う方は、
どうかこの本の記載が、
その薦める方の人生の希望を奪うことがないかどうか、
今一度思案してから、
それでも有益だと思う時のみ、
他人に薦めて頂きたいと思うのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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Liu

コメントの・・・・人間は希望がないと生きてゆけない動物・・・・という主張に賛同します。

私は婦人科系の転移性癌で5年前に右肺、昨年左肺、今年7月にはは腹部を手術で、切除しました。抗がん剤も放射線治療も効かないタイプのがんなので・・・。65才です。

医療技術など、ネットや書籍で、簡単にうけとることができる情報は、私達患者も、日々変わりうるものという、認識をもつべきですが、その上で希望を簡単にそがれる人々も出るかもしれない表現はすべての医療本で止めてほしいと思います。
私自身は、この病気に対しては年季?がはいっておりますので、その本を読んで、あ、そんな考えもあるのね、ぐらいです。

病気の対処の方法はいろんな側面があります。私は希望や、笑いを
作り出そうとおもいます。時には明るく戦うことも。


by Liu (2013-08-10 10:24) 

いっぷく

私がブログで近藤氏の疑問や批判を書くと
必ずと言っていいほど炎上します。
がんで生還できなかった家族などを持つ人が
その怒りや悲しみの持っていき場がないので
現在のがん治療に対して現役医師の立場で
異論を述べる近藤氏を
ナイーブに信奉しているようにも思います。
by いっぷく (2013-08-10 13:29) 

yuuri37

残暑お見舞い申し上げます。
私もこの本、買って読んでしまいました。そして、彼に「どう思う?読んでみて」と薦めてしまいました(^^);
その後、社会心理学関連の本を3冊も読みあさってしまいました。
by yuuri37 (2013-08-10 15:42) 

あさがお

ブログ仲間が、今年ガンで亡くなりました。
抗がん剤治療に関しては、船瀬俊介さんの講演会の映像を見ていたので、その副作用についてよく知っていたのですが、そのブログ仲間は外科手術後に、抗がん剤治療に望みをかけていて治療のスケジュールも決まっていたので、こちらは何も言いませんでした。
結果的には、抗がん剤は効果がなく、その後他の臓器に転移してというよくあるパターンでした。
もしあの時、抗がん剤治療をしていなかったら、もっと長く生きられたのではないかと勝手に思っていますが、実際にどうなったかは、誰も確かめる術を持ちません。
どんなに努力しても、何をやってもダメな人もいるし、治療が効を奏して克服できる人もいる。それを、各人に授けられた運命と、割り切って生きていくしかないのかなあと思っています。

by あさがお (2013-08-12 00:11) 

fujiki

Liu さんへ
貴重なご意見ありがとうございます。
非常に難しい問題で、
医療者もより慎重であるべきだと考えます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-08-12 06:19) 

fujiki

いっぷくさんへ
コメントありがというございます。
近藤先生は非常に賢い方だと思いますが、
自分と異なる意見への寛容さが皆無なので、
お読みになって賛同される方も、
自然と不寛容になるように、
個人的には思います。
by fujiki (2013-08-12 06:21) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。
医療者に心理学は必須かも知れませんね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-08-12 06:22) 

fujiki

あさがおさんへ
コメントありがとうございます。
お辛い経験をされたのですね。
非常に微妙な問題ですが、
もっとオープンに議論の余地があるように思います。
近藤先生のお考えも、
一石を投じるという意味が大きいと思うのですが、
問題の深刻さから考えると、
今回の本のようなマニュアル本的な趣向は、
問題が大きいように思います。
by fujiki (2013-08-12 06:25) 

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