SSブログ

脂質メディエイター プロテクチンD1のインフルエンザへの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
プロテクチンD1の効果.jpg
今年の3月のCell誌に掲載された、
インフルエンザの新薬の可能性についての、
新しいアプローチを示した論文です。

秋田大学や東大、阪大などの共同研究で、
今月のNew England…にも解説が載りましたし、
引用も多く、
世界的に非常に注目されている研究です。

日本人の研究者の論文については、
メディアでは提灯持ち的な記事が多いのですが、
これは本物です。

インフルエンザは研究も進み、
診断も一般臨床の現場で可能となり、
タミフルのような抗ウイルス薬も開発されている、
と言う点では、
ウイルス疾患としては、
恵まれている分野ですが、
それでも人間にとっての脅威であることは、
間違いがありません。

一番の問題はインフルエンザウイルスが、
常に変異を繰り返し、
人間に免疫のない、
新型インフルエンザが出現すると共に、
タミフルのような抗ウイルス剤に対しても、
すぐに耐性を獲得し、
治療がいたちごっこになる、
という事実です。

また、
現行の有効な治療とされるものは、
病気の初期でなければ効果が期待出来ませんが、
実際には重症化するような患者さんは、
医療機関を受診した時点で、
既に初期ではなくなっている、
というジレンマもあります。

ここにおいて、
治療の発想を変える必要があるのでは、
という疑問が生まれます。

インフルエンザウイルスは、
人間の身体の細胞を利用して、
細胞の中でその遺伝子を複製し、
増幅させて仲間を増やします。

そのメカニズムは、
ウイルスの変異に関わりなく一定なのですから、
そのメカニズムを阻害するような、
治療の可能性はないのでしょうか?

上記の文献の著者らは、
人間の身体の細胞において、
細胞の内部でのウイルスの遺伝子の複製を、
妨害する物質があるのではないか、
という仮説を持ち、
その候補として、
脂質メディエイターを想定しました。

脂質メディエイターとは、
どのようなものでしょうか?

食品中に含まれる脂肪酸という脂は、
人間の体内で酵素の働きにより分解され、
その分解産物が、
炎症や免疫の調節に関わる、
重要な働きをすることが分かっています。

このように身体の反応の仲介をする、
脂質由来の物質のことを、
脂質メディエイターと呼んでいます。
この場合のメディエイターというのは、
仲介役のことです。

脂質メディエイターには多くの種類がありますが、
このうち魚、特にサバやイワシなどの青身魚に多く含まれる、
DHA(ドコサヘキサエン酸)という、
多価不飽和脂肪酸、という種別に含まれる脂質が、
12/15-LOXという酵素の働きより、
代謝されて生じるメディエイターが、
プロテクチンD1(ProtekutinD1)です。

このプロテクチンD1は、
今回の研究以前にも、
抗炎症作用のある脂質メディエイターとして、
難治性の喘息の治療薬としても、
その開発が期待されています。

今回の研究においては、
培養細胞をインフルエンザウイルスに感染させ、
そこに、このプロテクチンD1を含む、
多くの脂質メディエイターの候補を付加することで、
インフルエンザウイルスの感染細胞内での遺伝子の複製を、
どのメディエイターが妨害するかを、
検証しています。

その結果DHAから誘導されたプロテクチンD1が、
最も強力にウイルス遺伝子の複製を、
ブロックする作用のあることを突き止め、
今度はネズミの感染実験において、
インフルエンザウイルスに感染させたネズミに、
注射でプロテクチンD1を投与することにより、
実際にウイルスの増殖を抑え、
ネズミの予後を改善することを確認しています。

注目すべき点は、
ネズミが感染して症状を発現させた48時間後においても、
抗ウイルス剤であるペラミビル(商品名ラピアクタ)との併用により、
プロテクチンD1はそのままでは致死的な、
ネズミのインフルエンザ感染を回復させていることと、
インフルエンザウイルスによる肺組織の障害も、
回復をさせていることで、
つまり従来の治療にプロテクチンD1 を併用することにより、
これまでは手遅れと考えられた重篤な病態においても、
治療の選択肢として使える可能性が示唆されたのです。

プロテクチンD1の作用を示し図が、
こちらになります。
プロテクチンD1の効果の図.jpg

このプロテクチンD1は元々体内で生成される脂質メディエイターですから、
重篤な副作用も想定はされ難く、
かつウイルスの遺伝子の構造とも無関係に、
その遺伝子複製阻止効果を示しますから、
全てのタイプのインフルエンザウイルスに有効で、
かつ耐性も誘導しないと考えられます。

ね、凄いでしょ。

これが想定通りのパワーと安全性とを持ち、
臨床応用されたとすれば、
最強のインフルエンザ治療薬となることは、
ほぼ間違いがありません。

まだこれはネズミの実験レベルの話で、
これまでにもネズミの実験では、
画期的な作用の筈の薬が、
人間では効果を示さなかったり、
想定外の重篤な副作用を惹起したり、
といった例は枚挙に暇がありません。

従って、
まだ今後の経緯を見守る必要がありますが、
世界中の注目を集めているのも、
むべなるかなと思いますし、
願わくば日本発の新薬の誕生を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(34)  コメント(4)  トラックバック(0) 

nice! 34

コメント 4

テツ

おはようございます。

すごいですね!

インフルエンザって罹患すると本当にしんどいし、できればこの世から無くなってほしいものですが、こういう新薬につながる報告は嬉しいです。
僕としては、一刻も早く万能ワクチンが実用化されればと願っている次第です。
by テツ (2013-07-19 08:43) 

うさぎおやじ

はじめまして
94才の婆さん(7年前心原因性の脳塞栓、右半身不随、失語症、3週間前胃ろう造設)の在宅介護をしております
日頃疑問に思っていた事の答えが沢山ありました
通院困難な在宅介護では、医療との繋がりはほぼ全てが往診医になり、介護事業者への指示書、緊急時の入院斡旋、紹介状等、直接的な医療以外の依存もとても高くなります
ですので、素人故の疑問や方針に対する意見があっても残念ながら中々言えないのが現状です
訪問医が少ない地域だと尚更なのです
先生の分かり易い親切な解説は本当にありがたいです
今後の記事も楽しみにしております
by うさぎおやじ (2013-07-20 01:07) 

fujiki

テツさんへ
コメントありがとうございます。
期待は持てますが、
まだまだハードルは高いのではないかと思います。
こうした報告で実際に創薬に結び付くのは、
100に1つあれば良い、
というくらいではないでしょうか。
by fujiki (2013-07-20 08:11) 

fujiki

うさぎおやじさんへ
コメントありがとうございます。
訪問診療は個人的は色々と問題を抱えていて、
このままの形で普及することは、
必ずしも医療を良い方向に向けないのではないか、
というようにも思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-07-20 08:13) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0