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5α還元酵素阻害剤は悪性度の高い前立腺癌を増やすのか? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
デュタストリドによる前立腺癌への影響.jpg
先月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
前立腺肥大症の治療薬と、
その使用による前立腺癌発症リスクとの関連性についての論文です。

これはまだ明確な結論の付いていない問題で、
今回のものはスウェーデンの大規模な疫学データの解析結果です。

5α還元酵素阻害剤、
と言うタイプの薬があります。

この薬は男性ホルモンの作用を、
部分的にブロックする薬です。

現行フィナストリドとデュタストリドという、
2種類の薬剤が日本でも使用されています。

乳癌が女性ホルモンの作用で増殖するように、
前立腺癌は男性ホルモンの作用で増殖します。
そのために、男性ホルモンを抑える薬が治療に使われます。
これを総称して「抗アンドロゲン剤」と呼んでいます。

「抗アンドロゲン剤」には確実な効果がありますが、
男性ホルモンを全く出ないようにしてしまう訳ですから、
女性の更年期障害と同じような、
不快な副作用が存在します。
元気がなくなり、発汗があったり、
筋肉の力が落ちたりします。
この副作用には個人差があり、
あまり気にならない方もいれば、
非常に苦痛に感じる方もいます。

それで、このような男性ホルモンの出なくなる副作用が存在せず、
前立腺を縮小し、
癌の増殖を抑える薬の開発が期待されたのです。

それが「5α還元酵素阻害剤」です。

男性ホルモンの代表と言えば、
精巣から分泌されるテストステロンです。

このテストステロンは、
細胞の中にある「5α還元酵素」という酵素により、
より活性のあるDHTに変換されます。
このDHTが、受容体と結合し、
前立腺の細胞を増殖させるのです。

この「5α還元酵素」には1型と2型の2種類があります。
このうち1型は癌に多く、
2型は通常の前立腺と前立腺肥大症に多いとされています。
このうち、まず2型だけを阻害する薬が開発されます。
これがフィナステリド(Finasteride )という薬です。

実はこの薬はもう既に日本で発売されています。
商品名は「プロペシア」。
ご存じの方も多いと思いますが、
男性の脱毛の薬です。
毛根の細胞にも「5α還元酵素」があり、
それが男性の脱毛の原因になっているのでは、
という考えで、その目的に使われているのです。
当然前立腺肥大症にも効果が期待出来ますが、
日本では前立腺疾患の適応はありません。

幾つかの臨床試験が行なわれ、
この薬が前立腺を小さくする作用があり、
その効果はそれ以前の「抗アンドロゲン剤」に比較すると、
やや弱いけれど、男性ホルモン低下による、
特有の副作用は格段に少ないことが確認されました。

そこで次に考えられたのが、
この薬を使うことで、前立腺癌の予防になるのではないか、
という考え方です。

そして、1993年から2003年に掛けて、
このフィナステリドに前立腺癌の予防効果があるかどうかの、
大規模な臨床試験が行なわれました。
勿論海外での話です。
通常脱毛でのこの薬の使用量は1日1mg以下 ですが、
前立腺癌の予防目的では、
1日5mg という高用量が使用されました。

これをPCPT(the Prostate Cancer Prevention Trial )試験と呼んでいます。

その結果、前立腺癌は飲まなかった人に比べて、
確かに少なかったのですが、
より悪性度の高い癌が、
飲んだ人に多かった、という予期せぬ結果が示されました。

この結果の解釈は様々で、
確証のある説明のある訳ではありませんが、
細胞の増殖を抑える薬は、
結局細胞の分化を抑える作用もあり、
全体としては癌は減るけれども、
却って癌細胞の分化も抑えられるので、
出来た癌はより悪性度の高い、
低分化のものになるという考え方に、
僕は説得力を感じました。
癌の予防というのは、決して一筋縄ではいかないのだな、
ということを今更ながらに考えさせられます。

次に開発された5α還元酵素阻害剤が、
デュタストリド(Dutasteride)という薬です。
商品名はアボルブです。
この薬は、
1型と2型の両方の「5α還元酵素」を抑える薬です。
従って、より強力な効果が期待出来る理屈です。

問題の癌予防については、
「フィナステリド」と同様のタイプの試験が行われ、
その結果が論文の形で発表されたのが、
2010年の4月です。

この試験はREDUCE(Reduction by Dutasteride of Prostate Cancer Events)試験、
と呼ばれています。

この試験では、
前立腺癌のない50~75歳の男性8000人余を対象とし、
デュタストリド1日0.5mg使用群と偽薬の使用群とに割り付けて、
4年間の観察を行なっています。

その間にどれだけの前立腺癌が発症したかを見て、
デュタストリドの前立腺癌予防効果を検証したのです。

2010年の4月当初の発表では、
前立腺癌の発症リスクは、
デュタストリド使用群で、
有意に23%低下しています。

つまり、トータルで見ると、
前立腺癌の発症予防効果が認められたのです。

ただ、その悪性度をグリソンスコアという指標により検証すると
(この分類では数値が高いほど悪性度が高いのです)、
その8~10という最も悪性度の高いグループにおいては、
4年間のトータルで、
デュタストリド群が29例(0.9%)の癌を発症したのに対して、
未使用群の発症は19例(0.6%)でした。

つまり、事例の数でみると、
予防薬を使用した方が、
却って悪性度の高い癌が増加した、
という結果でした。

ただ、これは有意差はついていません。

この時点では当該の製薬会社も、
デュタストリドは前立腺癌の発症予防効果があり、
悪性度の高い癌を増やすこともない、
という見解でした。

ただ、アメリカのFDAは専門家に再検討を指示し、
再度論文にある事例の組織所見の検証が行われました。

フィナステリドに行われた同様に試験においては、
デュタストリドとは少し異なるグリソンスコアが使用されていたため、
その摺合せも当時に行ないました。

それにより得られた結果がこちらです。
アボルブとプロペシアの前立腺癌予防効果.jpg
REDUCE試験におけるグリソンスコアの、
8~10という悪性度の高い癌の発症率は、
当初の0.9%より上昇して、
1.0%になっています。
未使用群が0.5%でこの差は統計的に有意とされました。

つまり、デュタストリドもフィナストリドと同様に、
全体としては前立腺癌の予防効果があるけれど、
特に悪性度の高い癌に限って言えば、
むしろその発症を治療により増加させる可能性がある、
ということです。

この結果を受けてアメリカのFDAは2011年に、
5α還元酵素阻害剤は悪性度の高い前立腺癌のリスクを、
増やす可能性がある、
という声明を発表しています。

しかし…

この臨床試験のデータには、
癌を見付けようと精査を繰り返したための、
バイアスが掛かっているのではないか、
という意見もあります。
通常では発見されないような、
グリソンスコアの高い小さな腫瘍を、
重要視する結果になっているのではないか、
というのです。

そこで今回の研究では、
国民総背番号制を敷いているスウェーデンで、
2007年から2009年に掛けて、
前立腺癌の診断を受けた、
トータル26735の事例を、
133671例の対照群と比較して、
5α還元酵素阻害剤の使用と、
前立腺癌の発症リスク及び、
その悪性度について検証しています。

5α還元酵素阻害剤の使用は、
処方記録から割り出したもので、
フィナストリドとデュタストリドの両方が含まれています。
実際に前立腺癌の事例のうち1499例がその処方を受けており、
対照群では6316例が処方を受けていました。

その結果…

3年以上5α還元酵素阻害剤の処方を受けている男性は、
そうでない場合と比較して、
トータルでは前立腺癌の発症リスクが、
相対リスクで28%有意に低下していました。

これはREDUCE試験とほぼ同じ結果です。

この前立腺癌をグリソンスコアに分けて検討すると、
グリソンスコアが2~7までの癌については、
同様のリスクの低下が認められましたが、
最も悪性度の高い8~10の癌については、
発症リスクの低下は認められず、
その使用期間が長いほど、
有意差はありませんが、
発症リスクは上昇する傾向を示しました。

上記の文献の著者の結論としては、
グリソンスコア2~7の癌については、
明確に5α還元酵素阻害剤の使用により、
前立腺癌の予防効果があり、
8~10の癌についても、
予防効果はないものの、
リスクの有意な上昇は示さなかった、
という記載になっていて、
どちらかと言えば、
こうした薬剤の安全性を強調する内容になっています。

ただ、
それでも有意差はないものの、
使用期間が長ければ、
悪性度の高い癌は増加している傾向は認められ、
この問題はどうもまだ、
未解決な部分を残している、
と言えそうです。

現状多くの前立腺肥大の症状のある患者さんにおいては、
5α還元酵素阻害剤が、
その症状の改善に結び付くことは間違いがなく、
悪性度の中等度までの前立腺癌については、
その抑制効果もあることも、
ほぼ間違いがありません。
ただ、その使用に当たっては、
若干ながら悪性度の高い癌を、
増やす可能性は完全には否定出来ず、
その点は充分患者さんに説明の上、
こうした薬は使用される必要があると思います。

しかし、
現状で患者さんの生命予後が、
薬の使用により悪化した、
と言う明確な根拠はありません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
フィナステリドの常用量に誤りがあり、
コメント欄でご指摘を受け修正しました。
(2014年8月29日修正)
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コメント 5

masa1972

遅くにすみません。こちらの記事も脱毛症治療において通常2mgとあるようです。細かい話で申し訳ありません。ところで現在フィナステリド1mgを週5日、脱毛症治療のために服用している(昨年7月より服用開始、7分割からスタートし徐々に用量を増やし今年5月中旬から平日5日1mg服用、土日は休薬)のですが、副作用の為か、はたまた只の加齢なのか射精量が激減(目分量で以前の1/4~1/5程度)し悩んでいます。また射精の勢いも全くなくなり流れ出るような感じで快感もかなり弱まりました。フィナステリドの副作用だとすると、原因はジヒドロテストステロンの減少が直接の理由だと思われますか?それともフィナステリドの作用によりジヒドロテストステロンに変換出来なくなったフリーテストステロンがアロマ化され、女性ホルモンに転換されたためなのでしょうか?ご見解をお聞かせいただければ幸いです。
by masa1972 (2014-08-29 01:34) 

fujiki

masa1972さんへ
すいません。
この部分はコピペしているので、
一緒になっていました。
精子数は減ることが多いようですが、
女性化はあまりないと思いますので、
ジヒドロテストステロンの減少が主因と考えますが、
しっかりとした根拠がある訳ではありません。
実際には1ミリグラムの使用で、
そうしたことは多いようです。

by fujiki (2014-08-29 06:23) 

masa1972

早速のご返答ありがとうございます。ジヒドロテストステロンの減少が直接関与しているというご見解ですか…。芳香化が原因ならばノルバテックスの服用で解決できるのではと考えたのですが…。日本におけるプロペシアの治験では精液減少は、ごく少数(記憶では2%以下位?正確ではありません)で、性欲減退や女性化乳房など男性機能低下に関する副作用全てを含めても5%に満たなかったと思います。つまり残り95%には何の問題もなかったと…。しかし育毛掲示板などの書き込みを見る限り、感触として半数以上の人は何らかの副作用をきたしているように思います。なぜこのような乖離が見られるのでしょうか?治験がいい加減なものだったのか、認可ありきで意図的に改ざんされたものなのか?1年も治験をおこなって副作用全て含めても5%未満という結果は有り得ないものとは思われませんでしょうか?育毛と男性機能維持の両立は不可能なのでしょうか?女性不妊症に処方されるクエン酸クロミフェンが男性不妊症や男性更年期に使用されることもあるそうなので、試してみようかと考えています。
by masa1972 (2014-08-29 09:11) 

fujiki

masa1972さんへ
捏造ということではなく、
新薬の製薬会社による承認時の臨床試験というのは、
そうしたものではないかと思います。
有害事象については、
あまり当てにならないと考えた方が良いと思います。
個人的な経験的印象としても、
軽度を含む性欲減退は、
半数近くはあると思います。
by fujiki (2014-08-29 21:15) 

masa1972

なるほどそういうものなのですね。利害関係のなき第三者が客観的な目で厳密に判定すべきものだと思うのですが、現実はそうではないようですね。お忙しい中、度々のくだらない質問にも関わらず、ご丁寧にお答え頂き感謝いたします。ありがとうございました。またコメントさせていただくこともあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。
by masa1972 (2014-08-29 22:27) 

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