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アスピリンによる大腸癌の発症抑制効果とBRAF遺伝子変異との関係について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は終日レセプト作業の予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アスピリンの使用とBRAF変異大腸癌.jpg
先月のJAMA誌に掲載された、
アスピリンによる大腸癌の発症抑制効果と、
BRAFという遺伝子の変異との関連についての論文です。

アスピリンを代表とする消炎鎮痛剤に、
癌の発症予防と予後改善の効果がある、
とする報告は以前からありました。

そのメカニズムは、
必ずしも全て分かっている、
という訳ではありませんが、
消炎鎮痛剤の炎症を抑えるメカニズムの一部が、
癌の増殖に関わるシグナルを、
同時に抑えているためと、
概ね考えられています。

最も研究が進んでいるのはアスピリンで、
最近の幾つかの大規模臨床試験の結果として、
癌の組織型のうち、
腺癌というタイプの癌については、
間違いなくその予後を改善する効果があり、
より明確なのは、
特に大腸癌の転移の抑制効果です。

以前ご紹介した、
2012年のLancet 誌の論文では、
メタアナリシスの結果として、
大腸癌の転移のリスクを、
74%低下させた、
という画期的な効果が得られています。

2009年のJAMA誌の論文では、
大腸癌関連の死亡を29%抑制していますし、
今年のBritish Journal of Cancer誌の論文でも、
大腸癌の患者さんの全死亡リスクを、
23%有意に低下させる効果が得られています。

このように、
複数の一流の医学誌に、
別々の研究グループから、
同様の結果が集積されているのですから、
これはほぼ科学的事実なのです。

さて、
アスピリンの継続的な使用が、
大腸癌の予後を改善する効果のあることは分かりました。

ただ、
それでは全ての大腸癌に効果があるのか、
という点については、
まだ明らかではありません。

大腸癌の治療についての最近のトピックは、
その癌組織の持つ遺伝子変異の種類によって、
抗癌剤や分子標的薬の効果に差がある、
という知見です。

たとえば、
抗上皮成長因子受容体抗体という薬があり、
この薬はKRASという遺伝子の変異があると、
その効果が期待出来ないことが分かっています。
従って、
この薬を使用する際には、
癌の組織の遺伝子の検査をして、
この変異の有無を確認してから、
適応の患者さんに限って行なうようになっています。

こうした事例と同じように、
アスピリンの効果も、
特定の遺伝子変異のある大腸癌に限って、
効果のあるものではないだろうか、
というのが、
最近の考え方です。

2012年の10月に掲載された、
New England…の論文では、
医療関係者健康調査のデータより、
964名の大腸癌の患者さんを解析し、
PIK3CAという、
癌細胞の増殖に関わる遺伝子の変異のある、
大腸癌の患者さんでは、
大腸癌の診断後にアスピリンを継続的に使用することにより、
その後の10余の大腸癌関連の死亡リスクが、
82%有意に低下しました。
その一方で遺伝子変異のない患者さんでは、
そうしたアスピリンによる予後改善効果は、
全く認められませんでした。

ちょっとびっくりするようなクリアな結果です。

このデータが間違いのないものであるとすると、
アスピリンはこのPIK3CAの遺伝子変異のある場合にのみ、
特異的な効果のある薬剤だ、
ということになります。

しかしこの研究では、
PIK3CAの遺伝子変異があって、
アスピリンを使用している大腸癌の患者さんは、
実際には66名に過ぎません。
このデータは患者さんをエントリーして、
その経過を追ったものではないので、
それでこの症例数では、
まだ信頼のおけるデータとは言い難いのです。

そうした点を、
この論文の著者らも問題として捉えていたのだと思います。

今回の文献は同じグループによる続編的な性質のもので、
解析されたデータも基本的には同じものです。
今回は12万人あまりの医療従事者の健康調査の中で、
経過中に1226事例の大腸癌の事例が発症していることから、
その癌の発症リスクと、
アスピリンの使用歴、
そして癌の遺伝子変異や、
アスピリンのターゲットの1つとして考えられる、
COX-2という酵素活性を、
癌の組織が持っているかどうかとの関連性を検討しています。

その結果…

PIK3CAとは異なるBRAFという、
これも増殖に関わる遺伝子の変異が、
ないタイプの大腸癌だけを抽出すると、
大腸癌発症リスクは、
アスピリンの使用により、
相対リスクで27%有意に低下が認められましたが、
BRAFの変異のある腫瘍のみで解析すると、
有意なリスクの低下は認められませんでした。

このBRAFの変異のない癌のリスクの低下は、
アスピリンの使用期間が長いほど大きくなり、
PIK3CAの変異とは独立していて、
COX2の発現のある癌で、
より強い傾向がありました。

これはちょっとややこしいのですが、
これまでの多くの疫学研究は、
大腸癌と診断されて以降に、
アスピリンを使用した場合の、
予後や再発、転移の予防効果を主に見ていたのに対して、
今回の研究では、
アスピリンを使用していた人のうち、
大腸癌が発症するリスクを検討している、
という点に違いがあるのです。

つまり、こういうことです。

大腸癌のなり易さに関して見ると、
アスピリンの使用により、
BRAFの変異のないタイプの癌では、
その発症が予防されるのですが、
BRAFの変異のある癌では、
細胞の増殖がCOX-2とは無関係に進行するので、
アスピリンでは予防が困難となり、
一旦生じた癌の再発や転移の抑制という観点で見ると、
アスピリンがPI3Kというシグナル伝達を抑制して、
癌細胞の細胞死を誘導するので、
PI3Kの変異のある癌には有効だけれど、
変異のない癌には効果がない、
というのが、
2012年と今回の同じグループによる、
2編の論文を繋ぎ合わせた結論になります。

何となく理屈は通るような気もしますが、
PI3KもBRAFも、
同じ細胞の増殖経路の部分を見ているので、
それでこのようなややこしい話が、
本当に成立するのか、
と言う点については疑問も残ります。

遺伝子変異の解析は、
切除した癌の組織で行なわれているので、
診断後の再発予防効果については、
分かり易いのですが、
発症予防ということになると、
実際にどれだけの方の身体の中で、
遺伝子の変異が起こり、
潜在的な癌がどの程度存在するのか、
というような点は、
全くの仮定に過ぎないので、
同一に論じられるような結果にはなりません。
これは健康調査の結果であって、
大腸癌の健診が、
同一の基準の元に施行されている、
という訳ではないからです。

そもそも同一の疫学データを、
あれこれこね回して出た結論なので、
それなら最初から1つの論文として、
完成させるべきだというようにも思いますし、
また別個の独立した疫学データでも、
同じ結論が出て初めて、
一定の信頼が置けるものになるような気がします。

アスピリンの使用が、
大腸癌の発症予防においても、
再発予防においても、
一定の効果のあることは間違いのないことですが、
全ての癌に効果がある、
ということも考え難く、
どのようなタイプの癌に有効性が高いのか、
と言う点については、
色々な知見がありながら、
まだ確立したものとは言えないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

ぞうさんママ

子供が毛様性星細胞腫という脳腫瘍で2度手術しているのですが、色々調べているうち、BRAF遺伝子の変異が多くみられる、ということを知りました。MAPK シグナル伝達経路に異常がある、と。
素人でよく分からないのでまた調べているうち、こちらのブログに行きあたったのですが、BRAF遺伝子に変異があるということは、大腸がんやメラノサイトーマなど他のがんにもかかりやすいということでしょうか?
主治医は「ほとんど再発もないし、転移もない」と言うものの、同じ病気で30年後に再発した例などをネットで見聞きする度、不安にかられます。
もしよろしければ先生のご見解をお聞かせ下さいませ。
診療ではないことは重々承知しておりますし、あくまでも先生のお考えで構いませんので、お時間のある時に教えて頂けますと幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。
by ぞうさんママ (2014-06-18 10:00) 

fujiki

ぞうさんママさんへ
BRAFの変異は多くの癌組織に共通の遺伝子の変異の1つで、
あくまでその癌の組織においてのみ、
変異が認められるという意味合いだと思います。
遺伝性の癌はまた別個の異常によるもので、
脳腫瘍にBRAF変異があったからと言って、
他の癌にもなり易いということはないと思います。
by fujiki (2014-06-18 18:19) 

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