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インフルエンザ(H7N9)ウイルスの特徴について [インフルエンザ(H7N9)]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日は昨日に引き続いて、
今年の2月下旬より人間への感染の事例が、
中国において確認され、
ウイルスが同定された、
インフルエンザ(H7N9)についての話です。

このインフルエンザウイルスは、
これまでに人間への感染が確認された事例はなく、
他の動物においても、
全く同じウイルスの感染は、
確認されていませんでした。

ただ、
タイプとして同じH7N9のウイルスは、
鳥に感染するインフルエンザとしては確認されていて、
そのために、
おそらくは鳥インフルエンザのウイルスが、
変異したものが今回のH7N9ウイルスではないか、
と考えられているのです。

こちらをご覧下さい。
H7N9ウイルスの構造.jpg
昨日ご紹介した、
New England…の論文の中にある図です。

今回のH7N9ウイルスの遺伝子は、
既に解析されていますが、
鳥に感染する3種類のウイルスの遺伝子が、
少しずつ組み合わさったような内容になっています。

ウイルスの表面には、
幾つかの種類の蛋白質の突起が出ていて、
そのうち細胞に接着する時に使われる、
Hemagglutininと、
細胞の中で増殖したウイルスが、
細胞の外に出る時に使用される、
Neuraminidaseが、
それぞれHA抗原とNA抗原と呼ばれています。
このHAのタイプが7で、
NAのタイプが9であるというのが、
H7N9という呼称の由来です。

ちなみに2009年に流行した当時の「新型インフルエンザ」は、
H1N1というタイプのものでした。

H7N9というタイプのインフルエンザウイルスで、
これまでに知られていたのは、
図の左下に書かれている、
野生の鳥に感染するタイプのウイルスです。

このウイルスは、
鳥に感染しても、
殆ど症状は出しません。

しかし、
今回見付かったウイルスは、
タイプは同じH7N9ですが、
NA抗原はこのウイルスと同じものである一方、
HA抗原は別箇にアヒルに感染する、
H7N3というウイルスと相同性があります。
そして更にそれ以外の多くの遺伝子は、
H9N2というタイプの、
これも別箇の鳥に感染するウイルスと、
相同性を持っているのです。

今回見付かったウイルスが、
人間以外に検出されているのは、
家禽や野鳥ですが、
以前から鳥に感染していたウイルスであったのかどうかは、
現時点では分かりません。
このウイルスはまた、
構造からは豚への感染も可能ではないか、
という見解もあり、
仮にそうであれば、
現在想定されている感染経路は、
事実とは異なる可能性もあります。

鳥インフルエンザと言うと、
1997年に香港で発生が初めて確認された、
H5N1というタイプのものが有名です。

このウイルスによる感染は、
中国、インドネシア、エジプトなどで、
現在も患者さんが発生しています。

それでは、
この高病原性H5N1タイプの鳥インフルエンザウイルスと、
今回のH7N9タイプの、
おそらくは鳥インフルエンザを元とする、
インフルエンザウイルスとの間には、
どのような違いがあるのでしょうか?

まずこちらをご覧下さい。
H5N1の事例のまとめ.jpg
これは日本臨床内科医会インフルエンザ研究班編の
「インフルエンザ診療マニュアル(第7版)」
に載せられている図表です。
最近の高病原性H5N1ウイルスによる人間への感染の事例を、
まとめて図表にしたものです。

死亡事例が確定症例の58%に上っていますから、
致死率の高い非常に怖い感染症であることは分かります。
しかし、
例数自体は多くても1か国で50~60人程度です。

これはこのウイルスが、
鳥から人間へは感染しても、
人間から人間への感染は、
非常に起こし難い、
という性質を持っているからです。

濃厚な接触のある家族などにおいて、
限定的には人間から人間への感染の事例はあるのですが、
かなり特殊なケースに限られ、
継続的にそうした感染が起こることはありません。

従って、
大流行する、ということはない訳です。

このウイルスが怖いのは、
早期に下気道に感染して、
重症の肺炎を起こしたり、
敗血症を起こしたりすることがあるからですが、
この下気道へのウイルスの接着メカニズムは、
同時に鳥への感染のし易さとも関連しているので、
怖いけれど人間から人間へは感染はし難いのです。

その一方で今回のH7N9の感染は、
3月31日に報告されて以来、
1か月に満たない間に100例を超える感染の事例が、
比較的狭い地域で報告されています。
重症の事例が多く、
死亡率は2割程度に上っています。

そして、
家族内での感染の事例も、
疑いを含めれば複数報告されていて、
人間から人間への感染が、
それほど起こり易いとは思えませんが、
少なくとも高病原性H5N1と比較すると、
感染の拡大の仕方から見て、
より人間に感染し易いウイルスである、
ということは言えるように思います。

次にこちらをご覧下さい。
H5N1の年齢分布.jpg
これはWHOの報告書から取ったものですが、
高病原性H5N1鳥インフルエンザの患者さんの、
年齢と性別の分布を見たものです。

ご覧頂けるとお分かりのように、
年齢は15歳~39歳の若い層に明瞭に多く、
性差は見られません。

次にこちらをご覧下さい。
H7N9の年齢分布.jpg
同じ報告書にある、
今度は今回のH7N9感染者の4月16日時点での、
年齢と性差の分布を見たものです。

全体の62%は60歳以上で、
性別は7割が男性です。

何故このような差が現れているのかは、
現時点では明確ではありません。

ただ、
H5N1で若年者が多い理由は、
その時点では若年者の方が、
鳥との接触の機会が多いためではないか、
という説明になっていましたから、
今回の結果を見ると、
その説明は考え直す必要がありそうです。

勿論医療機関で補足された、
重症の事例のみが、
現時点では報告の対象になっているので、
そのバイアスは当然掛かってはいるのですが、
それでもこれだけ明確な差がついているという点からは、
同じ鳥由来のインフルエンザではあっても、
両者には明確な差があることは、
間違いがなさそうです。

こうした差は、
両者のウイルスの遺伝子の解析の結果からも、
確認することが出来ます。

HAという抗原の性質を見ると、
H5N1は人間の下気道への接着がし易い性質があるのですが、
今回の変異型のH7N9は、
哺乳類の上気道に、
より接着し易い性質を持っていることが推測されています。

上気道に接着し易いということは、
それだけ容易に感染が成立し易いことを示しています。

また、
これは高病原性のH5N1にも認められている変異ですが、
PB2という蛋白に、
それまでの同種のウイルスより哺乳類に適合し、
飛沫による感染が成立し易くなる変異が認められています。

このように、
今回の変異型H7N9ウイルスは、
これまでの鳥インフルエンザウイルスよりも、
哺乳類に適合してその感染を来し易い性質があり、
その重症化の程度は、
高病原性H5N1と比較すると低いのですが、
それでも所謂季節性インフルエンザや、
2009年のH1N1(新型インフルエンザ)と比較すると、
遥かに致死率も重症化率も高く、
その感染のし易さも、
季節性インフルエンザのようには移りませんが、
H5N1の鳥インフルエンザと比較すれば、
人間から人間への感染も、
より起こり易い可能性が高いのです。

もう1つ重要なことは、
このウイルスは鳥に感染しても、
病気の症状は出さないので、
症状から感染している鳥を見分けることが出来ず、
感染源の管理が非常に難しいという点にあります。
現実にはこのウイルスに感染した鳥が、
もう世界中に広まっている可能性もあるのです。

今後の状況を注意深く見守りたいと思いますし、
中国から日本に来られて1~2週間の間に、
発熱や咳などの症状が出現すれば、
常にその可能性を頭に入れて、
日々の診療に当たりたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

テツ

おはようございます。
以前にもコメントさせていただいた者です。

このウイルスについて世間が一番危惧していることは、「パンデミックになるのか?」ということだと思います。
現在、WHOの調査チームが中国入りして、中間報告もなされましたが、「持続的なヒトーヒト感染の証拠はないが、限定的なヒトーヒト感染は可能性がある。今後、ウイルスの変異の可能性もあるので注視していかねばならない」と発表されましたね。

中国の医療事情を考えると、重篤な状態に至った人だけが把握されていて、病院にも行かず、非常に軽症で治癒した人もいるのかもしれないですね。

結局、感染源も分からないままWHO調査団は帰国するのでしょうか。
2009年の新型インフルエンザの際に、パンデミック宣言したことにより、欧州ではかなりの批判を受けたWHOとしては、今回は、「将来、パンデミックに発展するかもしれない」という含みを持たせた表現しか出来ないままになりそうですね。

今回、中国はSARSの際の世界中の批判を学習して情報を隠すことはなかなか出来ないのでWHOの発表も「嘘」は無いとは思います。

うつ病などの持病を抱える僕としては非常に怖いウイルスです。
頼むからパンデミックにならないよう毎日神様に祈っている今日この頃です。
by テツ (2013-04-24 09:41) 

fujiki

テツさんへ
コメントありがとうございます。
所謂パンデミックは、
現状では起こりません。
ただ、将来的には何とも言えません。
それはそれとして、
2009年と同じように、
このタイミングでゴールデンウィークになりますから、
日本での事例の発症も、
近い将来には起こり得ると思いますし、
実際にはもう起こっているかも知れません。
今後の経過を注視したいと思います。
by fujiki (2013-04-25 08:22) 

テツ

お忙しい中、お返事ありがとうございました。
by テツ (2013-04-28 15:19) 

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