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身体的ストレス時のステロイド代謝を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

今週の木曜日(25日)は、
石原が整形外科受診のため、
午後の診察は3時半受付終了となります。
ご注意下さい。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ステロイドの代謝論文.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
ストレス時のステロイドホルモンの代謝についての文献です。

結局学会発表止まりで、
論文にはなりませんでしたが、
同じような研究を一時期していたので、
もう少し身を入れてやれば良かったなあ、
と複雑な思いで読みました。

ステロイドホルモン(糖質コルチコイド)は、
ストレスホルモンと呼ばれ、
腎臓の上にくっついたように存在している、
副腎という小さな腺組織から分泌され、
身体にストレスが掛った時に、
それに順応して身体の代謝を守る上で、
大きな働きを果たすと考えられています。

そのことを示す所見として、
重症感染症などの状態では、
血液中のステロイドホルモンである、
コルチゾールの数値は上昇しますし、
副腎不全と言って、
色々な原因で副腎からのステロイドの分泌が、
充分でない状態では、
感染症に弱いなどの影響が、
その患者さんに見られることが知られています。

ただ、
それでは重症感染症などの時に、
薬としてステロイドを使用すれば、
患者さんの予後が改善するのか、
という点については、
必ずしも明瞭な結論が得られていません。

つまり、
強力に炎症を抑えたり、
免疫を抑制したりという点については、
ステロイドの効果は確立されたものですが、
ストレス状態のコントロールという点については、
その薬としての効果は、
まだ未確立のものなのです。

副腎からのステロイドホルモンの分泌は、
主に脳の下垂体という場所からの、
ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)というホルモンの刺激により、
調節されています。
そして更にこのACTHは、
脳の視床下部という場所からの、
CRH(コルチコトロピン放出ホルモン)というホルモンの刺激により、
より高次の調節がされています。

コルチコトロピンとACTHは同じものです。

一般的な考えでは、
身体がストレスに曝されると、
CRHが増加し、それがACTHを増加させ、
その刺激により副腎からコルチゾールが分泌される、
という一連の流れが想定されています。

通常の状態では、
コルチゾールが少し増加すると、
それに反応してACTHは抑制され、
それによりコルチゾールの増加が抑えられる、
という調節系が働いています。

しかし、
ストレス状態では、
その調節系は一旦解除され、
より高次の刺激により、
コルチゾールが大量に分泌される、
と想定されているのです。

ところが…

実際にはストレス状態で測定を行なうと、
特に重症の感染症などのケースでは、
コルチゾールは上昇しているのに、
ACTHは抑制されている、
というパターンが、
意外に多いということが複数報告されています。

これが事実とすると、
ストレス時にステロイドが上昇するのは、
脳からの刺激によるものではなく、
副腎の自律した機能によるものか、
もしくは別個に副腎を刺激する因子が、
ACTH以外にある、ということになります。

今回の研究は集中治療室の患者さんにおいて、
ストレス時のコルチゾールの上昇の原因を、
多角的に検討したものです。

対象は集中治療室で治療中の患者さん158名で、
年齢などをマッチングさせた、
64名の高度のストレス状態にはない患者さん64名を、
対照群として選択しています。

まず入院中のコルチゾールとACTHの測定を、
経時的に行なうと、
コルチゾールは通常よりストレス時では上昇し、
ACTHは抑制されています。

パターンとしては、
入院直後にはコルチゾールのレベルは増加し、
数日後には減少に転じますが、
7日間くらいの経過では、
通常より高いレベルを維持しています。
その一方で、
ACTHは入院直後の抑制から、
じわじわ上昇に転じています。

つまり、
この群の解析に限った話ですが、
ACTHはコルチゾールに伴って、
通常時のバランスを取るように動いており、
ACTHの上昇が、
ストレス時のコルチゾール上昇の、
原因ではないことが分かります。

それでは、
コルチゾールの上昇の原因は何でしょうか?

10名程度の患者さんの解析ですが、
放射能で印を付けたステロイドを使用して、
身体におけるステロイドの代謝を分析します。

すると、
身体で使用されているステロイドは、
ストレス時では通常の3.5倍に増加していましたが、
実際に産生が増えているのは83%程度で、
2倍にも達してはいません。

つまり、
この差はステロイドホルモンの分解が、
減少しているために、
ステロイドがそれだけ長い期間、
身体に残っていることを示唆しています。

更に外から身体から分泌されるのと同じステロイドホルモンを注射して、
その後の分解のスピードを計測すると、
これも通常より分解が遅延していました。
具体的には通常の2倍程度に遅延しています。

そして、
肝臓や腎臓での、
ステロイドの分解酵素の活性を測定すると、
これもストレス時では低下していました。

つまり、
集中治療室の患者さんでは、
何らかの原因により、
コルチゾールの分泌が83%程度増加しますが、
それに加えてコルチゾールの分解酵素の活性が低下し、
分解が2倍程度に伸びることで、
結果として3.5倍という、
コルチゾールの増加が認められることが確認されたのです。
この現象には、
脳下垂体や視床下部は、
関与していない可能性が高いと考えられます。

今回の結果をどのように考えれば良いのでしょうか?

ストレス状態と言っても、
実際にはその原因も病態も様々で、
一律に論じることは出来ませんが、
重症感染症のような病態においては、
炎症によるサイトカインの上昇が、
コルチゾールを直接的に上昇させることを示唆する所見も、
上記の文献とは別個にあり、
今回のデータにおいても、
ACTHが抑制されていることは明瞭なので、
コルチゾールの上昇が、
ACTHの刺激とは無関係に生じる現象であることは、
ほぼ間違いがなさそうです。

ただ、それが実際にどのような意味を持っているのか、
どの程度の反応があれば身体にとって充分であるのか、
というような点については、
まだ未解明の部分が多いと思いますし、
メンタルなストレスやうつ病などにおいては、
CRHやACTHの上昇が、
認められるという複数の所見がありますから、
重症感染症のような身体的なストレス状態と、
メンタルなストレスとの間には、
ストレスホルモンの分泌においても、
違いのある可能性が高く、
そうした点についても、
今後より実証的な研究が、
必要なように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

Jake

ステロイド関連の研究をしているもので、先生のブログのこの記事に偶然出会い大変感銘を受けました。
ストレス下でコルチゾールが上昇するのに一方でACTHが低値という辺りは内分泌機能がまだまだ未知の領域であることを強く実感しました。このあたりの引用文献や情報などをお持ちでしたら紹介して頂けますと嬉しいのですが、ご存知でしょうか?
またこの報告についてはステロイド代謝の奥深さを改めて感じます。
コルチゾールはアルドステロンのように代謝の最終産物ではなく、B1からの産生系の他に、11βHSDの制御で調節されており、単純ではないですね。分解系の抑制が結果なのか、ストレス応答による生体のフィードバック系の一部なのかたいへん気になるところです。
先生のお考えなどを聞かせていただけますと大変ありがたく存じます。
by Jake (2013-05-07 23:47) 

fujiki

Jake さんへ
コメントありがとうございます。
上記の文献の載っているNEJMのEditorialは、
簡潔にまとまっていて、
面白かったです。
そこに引用されているものですが、
ACTHとコルチゾールの乖離については、
Am J Respi Crit Care Med 2006;174:1319-26
サイトカインがステロイドの受容体に影響を与える点については、
Proc Natl Acad Sci USA 2001;98:6865-70
炎症と副腎不全との関与については、
Endocrinology 2013;154:1181-9
が紹介されていました。

もう研究から離れて久しいので、
研究をされている方を本当に羨ましく思います。
是非ワクワクするような知見を見付けて頂ければと思います。
研究頑張って下さい。
by fujiki (2013-05-08 22:11) 

Jake

早速ご回答を頂きましてありがとうございます。
教えて頂いた引用文献は早速読んで勉強いたします。
ところで、先生はコルチゾールがアルドステロンの受容体であるMRに作用することを信じられていますか?
世の中にはそれらしい論文はいくつかあるものの、その殆どは限られた条件下での動物実験の報告です、
ただ、なんらかの欠損症や両副腎を全摘したようなアルドステロンもコルチゾールも存在しない患者さんにはコルチゾールの補充だけで大部分の作用が補われると聞いたことがあり、コルチゾールがある程度、MRを介して作用しているのかとも考えるようになっています。
もし先生が何らかの見解をお持ち、もしくは参考になるような文献をご存知でしたらご教授願います。
臨床を続けつつも他分野の論文を深く読まれて見識を深めていらっしゃる先生に出会うたびに感動致します。
by Jake (2013-05-09 23:02) 

fujiki

Jakeさんへ
僕が昔内分泌の教室にいた頃には、
コートリルには若干の電解質コルチコイド作用がある、
と教わりました。
実際に両側副腎切除や術後などの汎下垂体機能低下でも、
通常はコートリル単独で電解質異常が起こることは、
あまりありません。
稀に電解質コルチコイドを少量追加した方が良いケースがあり、
地方会レベルでそうした発表をしたこともありました。
従って、
そうしたことはある程度あるのではないかと思いますが、
あまりしっかり文献検索などをしたことはありません。
by fujiki (2013-05-10 08:29) 

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