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松尾スズキ「マシーン日記」 [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

妻がまた入院中で、
今日はアンテナの修理があったりして、
色々と落ち着きません。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
マシーン日記.jpg
松尾スズキがプロデュース公演として、
1996年に初演した作品を、
キャストを一新して、
先月池袋で再演しました。

小規模ながらパリ公演もあるとのことです。

この作品はこれまでに何度か再演されています。
僕は1996年の初演を観ていますが、
片桐はいりの圧倒的な怪演は素晴らしかったのですが、
それ以外は作品構成を含めて、
どうも乗り切れませんでした。

1994年の「愛の罰」の初演は、
非常に衝撃的で、
コロリと大人計画ファンになったのですが、
「嘘は罪」、「カウントダウン」、「ちょん切りたい」と続いて、
1995年の「オウム真理教事件」後、
どうも様相は変わります。

僕自身も、
あの事件の直後は、
「これでもうフィクションは終わったな」
という強い危機感のようなものを覚えました。

丁度カッツェンバックの
「真夏の処刑人」というミステリーを読んでいて、
何だこの程度の事件だったら、
現実の方が余程小説的じゃん、
と思ったら何かとても悲しくて、
現実の底が抜けた感じとでも言うのか、
想像力が犯されたとでも言うのか、
もうしばらくは小説など読むのは止めよう、
と思ったことを今でも鮮明に覚えています。

1996年の松尾スズキの作品は、
「ファンキー!」、
「悪霊」そしてこの「マシーン日記」と、
翌年の「洞海湾」を含めて、
僕の感じたのと同様の絶望感が、
今思うと明瞭に刻印されていたように思います。

要は設定は非常にドラマチックであったり、
尋常ではないような登場人物が現われるのですが、
展開はドラマ的にはならず、
悲惨な結末が訪れても、
その悲劇が相対化されないので、
観ていても「他人事」のようにしか見えないのです。

「マシーン日記」もまさにそうした作品で、
登場人物は4人だけで、
極めてエキセントリックで魅力的な造形なのですが、
強姦されたり、殺されたり、足を切り落とされたりと、
悲惨で残酷な事件が次々と起こるのにも関わらず、
登場人物達がそうした事件自体を、
何か他人事のように処理してしまうので、
ドラマとしての集束感や盛り上がりには欠けるのです。

そうした点がどうも初演時には、
僕にはすっきり来なかったのですが、
今回改めて作者自身の演出による舞台を再見すると、
これは矢張り意図的なスタンスなのであって、
フィクションに対する絶望と、
ドラマなき世界の中で、
新たなドラマを創造しようと模索しながら、
挫折する登場人物達の姿こそ、
作者の意図であったように、
改めて感じました。

もう公演は終わっていますが、
以下ネタばれを含む感想です。

下町の小さな機械工場が舞台で、
工場主の兄とその弟、兄の妻の3人家族に、
初演では片桐はいりが演じた、
謎の「巨大な女」が絡む、という4人のみの物語です。

弟は兄の妻を強姦して、
そのためにプレハブ小屋に、
足を鎖で繋がれて幽閉されています。
妻は実際には弟の方に恋心を寄せていて、
兄は日々妻に暴力を振るっています。
その不安定な状況に、
かつて妻の体育教師であったという、
謎の大女がパートのおばさんとして、
工場にやって来ます。

この女性が、
全てを数学的に理解することに執念を燃やし、
自らは機械になって、
他人に奉仕することを最善の人生と考えていて、
弟の子供を身ごもると、
幽閉された弟の命令により、
彼を昔いじめた友達を、
殺してまわります。

主役は基本的には兄の妻なのですが、
その存在は弱く、
後半ではあっさりと大女に殺されてしまいます。

初演ではあまり一般には名前が知られていなかった、
小劇場の女優さんがこの妻役を演じたので、
余計に印象が弱くなり、
失敗であったように思います。

今回の再演では、
鈴木杏が同役を演じ、
全身痣だらけの熱演で、
「ここまでしなくてもな…」という、
ちょっと気の毒な感じはありましたが、
彼女の演技のおかげで、
作品の構造はより明瞭になったような気がします。

自分が主役の物語を夢想して、
悲惨な現実を耐え忍んでいた主人公が、
即物的に殺されてしまうという虚無感が、
作品の基調音のように思えるからです。

この死の直前に、
彼女が夢想していた「オズの魔法使い」の主役の夢が、
一瞬即物的に叶う、
という極めて印象的な場面があり、
松尾スズキの数ある舞台の中でも、
最も秀逸かつ残酷な場面の1つだと思います。

この芝居の初演時の魅力は、
何と言っても大女役の片桐はいりの怪演にあったのですが、
はいりさんが出演しない今回は、
ナイロン100℃の峯村リエがこの難役に挑みました。

まあ確かに、
今の女優さんの中でこの役を演じられるとすれば、
峯村リエさん以外には、
南海キャンディーズのしずちゃんくらいのように思いますが、
しずちゃんは演技力的に不可ですから、
今回のキャストはなるほどと思いました。

ただ、実際の感想としては、
峯村さんをもってしても、
かなりハードルは高かったな、
というのが正直なところで、
悪くはないのですが、
迫力を出そうと力んでいる感じが見えて、
辛そうに感じたことも事実です。

今回のパリ公演はおまけのようなものなのだと思いますが、
「大女」というのは、
フェリーニの映画などでもお馴染みの、
ヨーロッパ的なキャラですから、
この作品は意外に海外で、
評価される要素があるように思いますし、
松尾スズキの代表作の1つとして、
意外に残る作品になるのではないか、
と今回は見直す契機になりました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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