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東京・春・音楽祭「ニュールンベルグのマイスタージンガー」 [オペラ]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は診療日ですが土曜日なので、
ちょっと趣味の話題です。

今日はこちら。
マイスタージンガーちらし.jpg
東京都が主催で始まった、
「東京オペラの森」が、
数年前からは東京都が主催から外れ、
それでも多くの企業からの後援を受け、
毎年桜の時期に、
なかなか質の高い上演を行なっています。

2010年からはワーグナーのオペラを1作品ずつ、
「演奏会形式」で上演しています。
2010年はワーグナーの遺作の「パルジファル」で、
これは素晴らしくて涙が出ました。
翌年は震災のために中止になり、
昨年の「ローエングリン」は何となく足が向きませんでしたが、
それ以外は大体聴いています。

2009年までは小澤征爾さんが音楽監督でしたが、
小澤さんのことは嫌いなマニアの人が複数いて、
出て来るだけでブーイングが起こるので、
気分が悪くて落ち着きません。
体調を崩されての休演も多く、
色々とガタピシした感じでした。

最近はむしろ、
誰のお力なのか
このご時勢にも関わらず、
歌手陣も非常に豪華ですし、
オケはNHK交響楽団で申し分がないですから、
日本に数あるオペラの催しの中でも、
演奏会形式ではありますが、
非常に充実したものではないかと思います。

特に最近は2日間だけの公演なので、
東京のオペラ好き全員集結、
と言っても良いような凝縮度のある客席で、
雰囲気は悪くありませんでした。

これがもっと高額な引っ越し公演のようなものだと、
マニアの比率は減って、
ご招待の方が増えてざわざわした感じになりますし、
日本のオペラ団体の公演は、
サポーターのような方が多くて、
不気味なブラボーの絶賛の嵐になって、
却って居心地が悪い感じですし、
新国立劇場の公演は、
値段は手ごろですが、
高齢者の比率が高く、
客席の一体感や盛り上がりは、
滅多に見られることはありません。
良くても悪くても、
同じようにお行儀の良い拍手があるだけですし、
カーテンコールなど無視して、
そそくさと帰るお客さんの比率も、
非常に高くてガッカリするのです。

その点で今回は、
舞台は充実していて、
客席も「聴きたい人だけが来ている」
という感じがあって、
非常に心地良く思いました。

こちらがキャスト表になります。
マイスタージンガーキャスト.jpg
一番の注目はテノールのフォークトで、
彼は何度か来日していますが、
来るたびにその評価が世界的に上がり、
ワーグナーのテノールとしては、
世界でも指折りの存在です。

今後はもう滅多に来日はしないだろう、
と言われていますから、
皆フォークトの出番は、
本当に息を詰めて聴いている、
という感じでした。

ただ、残念なことにフォークトの調子は今一つで、
彼は本当に極め付けの美声なのですが、
今回はその声の純度はやや落ち、
いつもは楽々という感じのパッセージが、
ちょっと苦し気に感じました。

演目の「ニュールンベルグのマイスタージンガー」は、
ワーグナー円熟期の傑作で、
通常の全幕上演では6時間を越えることもある大作です。

おそらく通常上演されるオペラの中では、
同じワーグナーの「神々の黄昏」と並んで、
最も長い部類だと思います。

ただ、ワーグナー作品の中では、
意外に初見の方にも抵抗なく受け入れられ、
滅多に上演されないのですが、
2005年に新国立劇場のシーズンオープニングとして上演された時も、
かなり好評でした。

内容はワーグナーとしては、
珍しく「世話物」的な雰囲気で、
特段笑える、ということはないのですが、
ワーグナー唯一の喜劇、
という評もあります。

しかし、
その一方でワーグナーが自分の藝術観を、
最も率直かつ哲学的に、
表明した藝術論、という側面もあります。

更には、
ラストにはかなり国粋主義的な部分があり、
ヒットラーやゲッペルスが、
最もドイツ的な作品として推奨した、
という今では不本意な歴史もあります。
この作品の上演史は、
一時期はナチスと密接な関係にありました。

要するに、非常に多面的で複雑な作品なのです。

今回の上演は演奏会形式ではありましたが、
この作品の真価を充分に示すもので、
「目覚めよ!」の合唱など、
もっと仰々しくても良いのにな、
というような気がしましたが、
トータルには観客の熱気に、
十全に応えるものだったと思います。

尚、オケより1段高い位置にソリストが並び、
段差を付けたちょっと特殊な構成で、
フットマイクが露骨に仕掛けられていたのは、
生音好きにはちょっとガッカリで、
僕の耳が確かなら、
キャストに合わせて、
薄くPAは使われていたと思います。
ソリストは声量はそれほどでない方が多かったので、
ソリスト側からの要請なのかも知れませんし、
大人数の舞台なので、
音のバランスの調整に使われたのかも知れませんが、
トータルな音のバランスは、
そう良いとは思えませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

michelangelo

fujiki様

こんばんは。沢山のオペラ歌手を拝聴してこられたfujiki様のご感想を心待ちにしていました。「ロベルト・デヴェリュー」「ローエングリン」そして今回の「マイスタージンガー」、そして日本の演奏会に纏わるお話など、楽しく読ませて頂きました。

PAが入っておりましたか。それでも、フォークト氏はご自身の声で披露なさっていたと私個人は思っています。シューベルトのドイツ・リートと楽劇での声量や音圧は、(ホールの規模と作品が違えど)同質の感触を得ました。

やはり自分の印象だけでは見落としているものが多く、今回もfujiki様のご感想を拝読し又一つ勉強になりました。ありがとう御座います。
by michelangelo (2013-04-13 21:22) 

fujiki

michelangelo さんへ
コメントありがとうございます。
今回の公演は良かったですね。
PAはおそらく、
音を大きくすると言うより、
全体のバランスを取る意味合いで、
使用されたように思います。
普通客席に見える位置のマイクは隠すことが多いのですが、
割と露骨に置いていました。

フォークトは新国立の「ローエングリン」の時と比較すると、
僕は不調に感じましたが、
そう感じただけかも知れません。
歌手の好不調は、
一旦そう感じてしまうと、
先入観のようなものが生まれるので、
なかなか客観的に判断し辛いところがありますね。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-04-15 08:32) 

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