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冲方丁「天地明察」 [小説]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
天地明察.jpg
昨年映画化もされた、
冲方丁(うぶかたとう)の歴史小説
「天地明察」です。

これは今更僕などが言うこともありませんが、
非常に清冽な作品で、
主役の造形が、
必ずしも一貫していない点が惜しくて、
途中で何度も素晴らしい場面があって、
心が揺さぶられるのですが、
ラストに至ると、
何となく少しボルテージの落ちるのが、
点晴を欠く、
という感じで残念でなりません。

ただ、
歴史小説としては、
最近でこれほど面白いと思ったものはありませんし、
素材も意表を突いて素晴らしく、
文体も悪くありませんし、
見事な力作だと思います。
特に前半は本当にワクワクします。

そして、
何より自分の生き方を深く考えさせられます。

これは読む方によって、
感じ方は自ずと違うのだと思いますが、
僕は人間として生きている以上、
矢張り誰かを心の底から尊敬して、
その人と共に同じ時代を生きている、
ということを、
生涯の幸せと思うことが必要だ、
ということを強く感じました。

尊敬する師を持つことが、
生の根本だ、
という認識です。

僕はこれまで、
殆ど他人を尊敬するということがなく、
他人の意見に「なるほど」と思うこともなく、
ある種自分の考えだけで生きて来たのですが、
それでは矢張り駄目なのだと
この本を読んで思ったのです。

他人を尊敬出来ない人は、
勿論尊敬出来なくなった経緯は、
色々とあり、
思い出したくないような経験も、
色々とあるのですが、
何処か欠陥があるのです。

ただ、
こうした考えを持つのは、
僕にそうした欠陥があるからで、
そうでない人がこの本を読むと、
また別の感想を持ち、
おそらくは別の人生の指針に出会うと思います。

そうしたプリズムのような魅力を、
この本は持っています。

以下、作品及び映画の内容に少し踏み込みます。

予備知識なく読み観たい方は、
読後鑑賞後にお読み下さい。
決して損はないと思います。

作品は殿様と碁を打つことを許された碁打ちでありながら、
日本独自の暦を作り上げた、
渋川春海の生涯の物語です。

渋川春海は碁よりも数学に興味があり、
神社に奉納された数学の問題を、
解こうとするところから物語は始まります。

「江戸時代の数学」をテーマにする、
というのが、
前例がない訳ではないと思いますが、
なかなか意表を突いています。

特にこの作品では、
武芸者のように数学者が問題を出し合い、
道場破りの果し合いのようなことをするのですから、
楽しくなってしまいます。

渋川春海は碁打ちなので、
これとは別に碁の対決もあり、
そこにも宿敵のようなライバルがいる、
という趣向です。

ひょんなことから春海は日本全国を旅して、
北極星の緯度を測るという、
北極出地というお役目に選ばれ、
その旅をきっかけとして、
日本が古来から使用していた暦の誤謬を知って、
それを日本独自の暦に改暦するという、
国家規模の事業に携わるようになるのです。

その成功までには紆余曲折がありますが、
最終的に成功して、
春海は初代の天文方の役職に就きます。

渋川春海は実在の人物ですが、
同時代の数学者であった関孝和を登場させて、
その交流を描いているのが、
この作品のフィクションとしての肝です。

関孝和は天才肌の数学者ですが、
暦にも興味を持っていたとされています。

ただ、
実際にはおそらくは交流のなかっただろう2人を、
「数学の問題の絵馬」で結び付け、
ある種純粋な子弟関係として、
昇華させているのがこの作品の巧みさです。

春海は関孝和の「天才」に畏怖の念を抱き、
逢える機会が何度か存在しながら、
敢えて逢うことをしないのですが、
春海が改暦の試みに挫折し、
どん底にある時に初めて対面し、
そこで改暦成功のヒントを得ます。

この場面の感動は、
ちょっと筆舌に尽くし難いものがありますし、
作品のオープニングで既に強く結び付けられていた2人を、
物語の3分の2を過ぎたところで、
初めて対面させる、
という構成の巧みさが生きています。
2人を結び付けるのが春海の妻である、
という点も緻密です。

この物語は、
1つの大きな目標に、
生涯を懸けて邁進する姿を描きながら、
むしろ人生の師を、
見出すことの幸福を、
裏のテーマをしているように、
僕は理解しました。

ただ、不満も少しあります。

まず、
生き生きとした前半に比べると、
後半はどうもフレッシュさに欠けます。

問題は主人公の年齢が上になっても、
そのための変化が、
あまり読んでいて感じられないことです。
そのため、
行動だけがまどろっこしくなったようで、
何となくイライラするのです。

特に白眉である関孝和の対面以降については、
かなりボルテージが下がりますし、
老獪な政治的な手法で、
最後に改暦を勝ち取る件も、
違和感が残ります。

それから、
最初に数学の設問が具体的に出て来るので、
これは面白いと思うのですが、
その設問が具体的に解かれたりするプロセスが描かれないので、
理系の読み手としては、
肩すかしにあったような気分になります。

本来設問を具体的に見せるのであれば、
その回答のプロセスも、
具体的に読ませる方が、
より良かったのではないでしょうか?

映画はまずまず忠実に原作をなぞっていて、
特に北極出地の旅の場面は、
映画ならではの躍動感があって、
非常に面白く観ました。
旅の師匠格2人に笹野高史に岸部一徳というのも、
非常に豪華です。

ただ、
主役が岡田准一さんですから、
結局年齢不詳で原作と同じように、
後半が何歳なのかまるで分からず違和感があります。

斬った張ったのない、
映画としては地味な素材なので、
途中で無理矢理、
得体の知れない集団が襲い掛かるという、
入れ事をしているのですが、
これは明らかに失敗でしたし、
ラストの改暦を成功するためのイベントの場面は、
安っぽくてガッカリしました。

一番の失望は、
関孝和役の市川猿之助丈で、
これではいけません。
猿之助丈には、
歌舞伎に専念して頂きたいと、
改めて思いました。

ただ、
原作との比較なので点が辛くなるのですが、
トータルには悪くありませんでしたし、
実際の測量の風景などの描写には、
映画ならではの魅力がありました。

また、
宮崎あおいさんの芝居は、
ある種のエロチックな幻想性があって、
見掛けとは違う、
深い沼を覗き込んでいるような趣があります。
その経験がさせるのかもしれませんが、
彼女は独特の女優さんになったと思います。

前半に慣れない帯刀に四苦八苦する岡田准一に寄り添い、
刀を直す所作など、
これは絶対に活字では描けないな、
という不思議な情感がありました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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