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結核ワクチンの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は終日レセプト作業の予定です。

それでは今日の話題です。

昨日はBCGの接種時期の話でしたが、
今日は結核ワクチンの話です。

結核は世界的にまだ流行を続けている感染症ですが、
その予防法としてのワクチンの開発は、
まだその道半ばの状況にあります。

現行、結核のワクチンとして使用されているのは、
BCGのみです。

BCGは牛の結核菌を元にして、
弱毒化した生ワクチンです。

その開発は1908年に始まり、
1920年代から皮膚に接種する方法が始まりました。

日本においては1949年に独自の手法により、
国産のBCGワクチンが誕生し、
1967年に現行の管針を用いた経皮接種法が導入されています。

ワクチンの接種は、
昔は今のツベルクリン反応の検査のように、
皮膚に針を刺して、
ワクチン液を注入して膨らませる、
皮内接種という方法が一般的でした。

BCGも最初はその方法で行なわれていたのですが、
皮膚は赤く大きく腫れ、
潰瘍を作ることもしばしばあります。
その痕はケロイドのように残ります。

そこで、
ワクチンの効果を保ったまま、
その皮膚の副反応を弱める目的で考案されたのが、
9本の針が付いたスタンプのようなものを、
皮膚に2回押し付けて、
傷を作ってそこからワクチンを浸み込ませる、
日本独自の方法です。

この方法は、
確かに接種部位の痛みや脹れは、
皮内注射の方法よりは軽いのですが、
方法がやや特殊なため、
接種する医師の手技によって、
効果が違ってしまったり、
副反応が強く出てしまったりし易い、
という欠点があります。
また、結構目立つ場所に、
9つもの接種痕が残る、
という点も美容上の問題です。

実際日本以外の殆どの国では、
BCGは通常のインフルエンザなどのワクチンと同じように、
皮下注射で行なわれていて、
日本のような方法は取られていません。

BCGワクチンは一時期は結核予防のスタンダードな方法でしたが、
現在アメリカでは定期接種の対象にはなっていません。

それは、
BCGワクチンは乳幼児期の結核感染の、
特に重症化の予防には、
大きな効果がありますが、
大人の感染の予防には、
限定的な効果しかないからです。

先日のNew England…の結核の総説によると、
トータルな結核予防効果は、
概ね5割程度と計算されています。

つまり、BCGワクチンは、
麻疹や風疹のワクチンのような、
効果を示すワクチンではありません。

その理由は、
人間の身体の免疫は、
そもそも結核菌を完全に身体から排除することは出来ず、
結核菌は細胞の中に寄生するので、
抗体により病原体を中和する、
液性免疫の有効性が乏しく、
細胞性免疫が防御の主体になるのですが、
BCGワクチンで細胞性免疫を賦活させても、
それは身体の結核菌に対する抵抗力が高まる、
というレベルに留まり、
完全に菌の侵入や増殖を予防したり、
菌を完全に排除するような、
そうした力がBCGにはないからです。

よくインフルエンザワクチンの効果などを説明するために、
「完全に罹らなくなるワクチンではなく、
罹っても軽く済むようなワクチンなんですよ」
というような言い方をすることがありますが、
これはインフルエンザワクチンの説明としては不正確ですが、
BCGワクチンの説明としては、
的を得たものです。

BCGはそうした限定的な効果のワクチンで、
しかもその効果は概ね10年~15年程度で減弱します。

以前には複数回のBCGワクチンの接種を、
ツベルクリン反応と組み合わせて行なっていましたが、
現在では乳児期に1回の接種のみを行ない、
ツベルクリン反応の施行も中止されました。

これは全身的に重篤な副反応も稀ですが生じることのある、
接種痕が長期間消えることのないワクチンを、
複数回接種することの意味合いが、
乏しいと考えられるようになったからです。

日本においても、
BCGワクチンの接種を定期接種としては、
行なうのを止めよう、
という意見もあります。

しかし、
それが継続されているのは、
日本の乳幼児の結核感染の比率は、
トータルな感染者の数と比較すると極めて少なく、
それがBCGワクチンの効果として、
判断されているためです。

BCG接種のためだけに、
日本ビーシージー製造株式会社、
という会社が存在していますから、
中止しづらいという理由も、
おそらくはあるように思います。

BCG以外のより効果のある結核ワクチンが、
世界中で研究され、
30以上のワクチンが開発の途上にあり、
12種類のワクチンが臨床試験には入っています。

ただ、まだ実際に使用される段階にあるものはありません。

2010年に全細胞型の不活化ワクチンの、
臨床試験の結果が論文になっていますが、
これはHIVの大人の患者さんで、
まずBCGで免疫を付け、
それから新しいワクチンを接種して、
免疫の増強を図るもので、
それでも39%の効果に留まっていますから、
まだ実用にはある程度の時間が必要と考えられます。

BCG接種は乳児の結核の予防に、
一定の効果のあるワクチンですが、
その施行法の特殊さや、
特有の副反応の存在などを考慮すると、
もう少し対象を絞り込むなど、
接種方法には再検討が必要なように思います。

ただ、開発中のワクチンが、
BCGとの相乗効果を期待しているように、
今後より有効性の高いワクチンが開発されたとしても、
それでBCGの役割がすぐになくなる、
ということはないように、
現時点では思われます。

HIVやEBウイルス感染症もそうですが、
細胞内に寄生する病原体の、
ワクチンによる予防は、
そう簡単なものではなく、
まだまだハードルは高いのです。

今日は結核ワクチンの総説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

あい。

はんこ注射(BCG)の跡のあまりの醜さに、子供たち3人には接種をさせませんでした。
また、松田聖子が白いパラソルをうたってる時、腕にその跡を見つけてしまい、ショックを受けたことが思い出されました。タレントさんも、所詮普通の人間なんだな~。
by あい。 (2013-03-06 22:58) 

fujiki

あいさんへ
コメントありがとうございます。
あの跡が付くワクチンというのは、
矢張りちょっとまずいと思います。
ただ、より良い方法に変更されるには、
まだ時間は掛かりそうです。
by fujiki (2013-03-07 08:08) 

シャニー

こんにちは。大分前の記事ですが質問させてください。
現在生後3ヶ月の子がいます。
主人が他国出身ですが日本で子育てを行っているため子供にハンコの跡が残ってしまうといつも口にしています。
海外では普通の注射なのに日本ではハンコ注射だと。
それについて、日本では独自のBCG生ワクチンを作っていてそもそも海外のワクチンと効力が違うのか?
または、ワクチン自体の効力は同じだけど、日本では開発が遅れていてハンコ注射でないと効果がでないと言うことなのでしょうか?
教えていただけたら幸いです。
よろしくお願いします。
by シャニー (2013-09-21 10:33) 

fujiki

シャニーさんへ
ハンコ注射は日本独自の方法で、
当初は他のワクチンと同じように、
皮下接種を行なったところ、
腫れが酷くてびらんになるような事例が多発したため、
複数の針で接種することより、
副作用を和らげる目的で開発されたものです。
誤って皮下接種がなされたケースがあり、
矢張り重症化しているので、
現状ではその方が望ましいように思います。
ただ、これには専門家の間でも、
異論はあります。
海外でも腫れ自体は強いようですが、
それほどそのことが問題視はされていません。
それがBCGワクチン自体の差によるものか、
人種差のようなものが存在するのか、
そもそも感じ方の問題なのか、
というような点については何とも言えません。
おそらくあまり検証されたようなこともないと思います。
日本のBCGは日本で作られていて、
基本的には海外のものと同一と思いますが、
差のある可能性はあります。

日本では現状はハンコ注射しか認められていません。
by fujiki (2013-09-24 08:22) 

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