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福島原発事故のWHO報告書を読む [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
WHO福島レポートの表紙.jpg
福島原発事故の健康面での影響について、
WHOの専門家チームがレポートを出し、
それについてのコメントも発表されています。

今日はその内容を、
僕なりに整理してご説明したいと思います。

まずこちらをご覧下さい。
区域毎の臓器線量の表.jpg
今回のデータ解析の基礎となる、
臓器毎の吸収線量を実効線量から換算した表です。

臓器毎の吸収線量を換算したもので、
所謂預託実効線量として記載される、
全身への影響を示す数値とは、
単位は同じでも別個の数値である点にご注意下さい。

被ばく線量は内部被曝と外部被爆を合わせたもので、
原発事故後4か月間の積算です。
当該の地域で、
基本的に通常の生活を行なった場合を想定しています。

Namie Townが最も多く、
1歳で被ばくした場合には、
大腸の吸収線量は、
その生涯に渡る影響としての換算で、
26mSvに達する可能性がある、
という概算です。
これが20歳時であれば、
22mSvになります。
組織の放射線感受性と、
その後の余命から、
こうした換算になるのです。

この表は大腸と乳腺と骨髄への影響を示し、
これ以外に甲状腺の吸収線量の表もあります。
ここにはお示ししませんが、
最も被ばく量の多かった地域で、
1歳時に被ばくした場合の甲状腺等価線量は、
122mSvと概算されています。
これが想定される最も大きな甲状腺の吸収線量です。

これを元にして、
その後の被ばくによる発癌のリスクを計算します。

次をご覧下さい。
福島の影響固形癌生涯の図.jpg
これは被ばくを受けた後、
その人の一生涯でどれだけの発癌リスクの上昇が、
可能性として考えられるのかを表にしたものです。
この部分は男性の固形癌全体と白血病のリスクです。

一番下に書かれているのが、
2004年の統計を元にした、
被ばくの影響のない場合の、
平均的な癌発症のリスクです。

1歳の男児が、
最も被ばく量の多いとされる地域で被ばくした場合、
固形癌全体のリスクはその後89歳までの換算で、
0.73%増加する可能性があります。
被ばくのない場合の想定される生涯リスクが、
40.6%ですから
(よく日本人の2人に1人は癌になるのだから…
という言説がありますが、
その元がこれです)、
それに0.73%が上乗せされる、
という意味合いです。

これを割り算すると、
1.8%程度の上昇の可能性、
ということになるのです。

同年齢での白血病の場合、
被ばくのない場合が0.6%で、
それが0.04%上乗せされるので、
7%弱の上昇ということになり、
WHOのコメントと、
それを紹介する報道記事に、
「1歳で被ばくすると白血病が7%上昇する可能性」
のように書かれているのは、
この数値を元にしています。

では次をご覧下さい。
甲状腺の15歳までの影響の表.jpg
これは最も問題になる可能性がある、
と考えられている、
小児の甲状腺癌への影響の表です。

この場合は生涯のリスクではなく、
15歳を超えるまでの甲状腺癌発症リスクを示しています。
オリジナルには勿論、
生涯のリスクを示した表もあります。

ただ、この場合15歳を超えるまでになっているのは、
小児の甲状腺癌の罹患率は少ないので、
それと対比させて考えた方が、
よりそのリスクを明確化し易い、
という考え方からです。

一番右端を見て頂きます。

1歳の女児が最も被ばく量の多い地域で被ばくした場合、
想定される甲状腺等価線量は122mSvで、
そこから換算すると、
甲状腺癌の被ばくによるリスク上昇は、
0.032%と換算され、
被ばくのない場合のリスクを0.004%
(10万人に4人という比率です)
とすると、
その発症リスクは8倍になる、
という計算になります。
繰り返しになりますが、
これは15歳を超えるまでに、
甲状腺癌を発症するリスクです。

これが今回の想定での、
最も大きなリスクの上昇と考えられます。

ただ、
勿論これは最も被ばく量の大きい想定をした場合なので、
実際にはこうしたお子さんは存在しない可能性も大きいのです。

WHOのコメントにおいては、
1歳の女児で最も被ばく量の多い地域で被ばくした場合、
甲状腺癌の発症率が被ばくを受けない場合の0.75%から、
0.5%被ばくの影響で上乗せされるので、
7割のリスクの上昇が起こる可能性がある、
という想定が記載されています。

これは15歳を超えるまでの発症リスクではなく、
生涯(89歳まで)の発症リスクを示したもので、
上記の報告書では、
被ばくのない場合の発症リスクが0.77%で、
被ばくによる上乗せのリスクが、
0.524%という数字が示されています。

微妙に違うのは多分この文書以降に、
計算値の異動があったためと考えられます。

WHOのコメントは最初に言い訳のような文言があり、
原発事故の影響は極めて小さく、
問題になることは殆どない、
という内容が述べられ、
その後に今度は比較的詳細に、
上記の報告書の内容が説明されています。

その内容は基本的には公正なものですが、
たとえばリスクの評価で言えば、
小児甲状腺癌のリスク上昇は、
最大で8倍になる可能性がある、
という言い方も出来るのですが、
それを生涯リスクの方の数字で、
7割の上昇という表現に留めています。

おそらく被災地の方の心情を優先するために、
かなりの配慮が働いたものと考えられ、
この穏当な内容でさえも、
「危険を煽っている」というような意見が、
日本のあちこちで見られる点には、
勿論一方で無用に危険を煽る言説が、
あること自体は事実ですが、
どうも両極に分かれた考え方が対立する状況が、
穏当で平均的な言説を、
常に排除する方向に進んでいるように、
個人的には思えてなりません。

もう1つ強く指摘をしたいことは、
上記の文書では原発事故で、
その収束に尽力している作業員の方の、
被ばく量の推定と今後の発癌リスクの検証に、
大きな紙幅が割かれている、
ということです。

福島の住民の方の被ばくによるリスクを、
最大限高く見積もって対策を講じる、
という方針に対しては、
「無用に不安を煽り差別を助長し、
精神的なストレスから、
却って悪影響を及ぼす可能性が高い」
という意見が寄せられることは、
僕は個人的には賛成はしませんが、
理解は出来ます。

しかし、
これを原発作業員の方に関して考えれば、
最大限リスクを大きく見積もって、
将来に渡り最大限の対策を講じる、
という方針に、
反論される方は少ないのではないかと思います。

発癌のリスクに対する議論も、
もとより住民の方の健康管理を軽く考える、
という意味ではありませんが、
もっとそうした作業員の方のリスク軽減のためにも、
労力が割かれるべきだと思いますし、
報道もそうした側面にも、
より力を注ぐべきではないかと考えます。

今回の報告書の内容を、
僕なりに要約すれば、
最大限にリスクを高く見積もった場合に、
小児の甲状腺癌の発症率が数倍になる可能性があることを除けば、
概ね他の癌の発症リスクの上昇は、
現実の対策の範囲では、
無視出来るレベルに留まると思いますが、
原発労働者ではその要素も最大限に見積もって、
最大限の対策を講じるべきですし、
僅かながら甲状腺癌以外の癌の発症も、
一般住民においても増える可能性は想定した上で、
その経過は慎重に見守る必要があるのではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
元記事には、
被災者の方と原発の作業員の方を、
直接比較するような表現がありましたので、
コメントでご指摘を受け、
不適切と考え表現を改めました。
(2013年3月5日6時修正)
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コメント 6

うさき

詳細解説および素人にも分かりやすいご説明に感謝いたします。
by うさき (2013-03-04 11:51) 

人力

いつもながら、極めてニュートラルな立ち位置で、データを説明して下さるので、非常に勉強になります。ありがとうございます。

福島のお子様達の間で、甲状腺ガンが見つかっていおる事が話題になっていますが、このデータなども、大規模なスクリーニング検査によって、本来統計上に現れない甲状腺ガンを洗い出した可能性もあるのではと思っています。特に年齢の高い子供の発症例が多い様ですし。

ここら辺のデータがセンセーショナルに扱われる事を防ぐ為に、原発事故の影響を受けない地域で、同規模の検査を実施して比較するなどの対策は、国としては出来ないのかと思うのですが・・・やはり、強制的な検査は難しいのでしょう。
by 人力 (2013-03-04 12:16) 

差別の大小とは何ですか?

原発事故関連死(11)102歳の母「診察拒否」 被ばくを疑った医師 | 東日本大震災 | 福島民報
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2013/03/post_6416.html
by 差別の大小とは何ですか? (2013-03-05 01:17) 

fujiki

うさきさんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-03-05 06:13) 

fujiki

人力さんへ
コメントありがとうございます。
全員に検査するということ自体が、
これまでにないかなり特殊なことなので、
対象を取ると、
また別個の問題が生じるように思います。
疑陽性の多さから、
アメリカでは乳癌検診の有効性も、
懐疑的に受け止められるようになっていますから、
こうした事項は、
「検診」というものそのものの、
問題点なのかも知れません 。
by fujiki (2013-03-05 06:18) 

fujiki

差別の大小…さんへ
ご指摘ありがとうございます。
確かに差別の大小を比較するような文言は、
不適切と思いますので、
取り急ぎ削除、修正を加えました。
今後より慎重な表現を心掛けたいと思いますので、
どうか寛容にお読み頂ければ幸いです。
by fujiki (2013-03-05 06:22) 

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