SSブログ

2種類の降圧剤の併用のリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプトや健診結果などで、
バタバタして、
それから合間に今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
レニンの二重遮断論文.jpg
先月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
レニン・アンジオテンシン系と呼ばれる、
ホルモンを介した血圧上昇システムを、
抑制するタイプの薬を、
2種類以上併用した場合の、
影響についての文献です。

この雑誌に多い、
自分達で苦労して集めたデータではなく、
これまでの他人の文献をまとめて解析した、
「他人の褌で相撲を取る」メタ解析の論文です。

レニン・アンジオテンシン系というのは、
身体の塩分と血圧を維持するためのシステムで、
腎臓から分泌されたレニンが、
幾つかの工程を経て、
アンジオテンシンⅡという血管を収縮させる物質と、
アルドステロンと呼ばれる、
塩分を身体に貯留させる物質を、
産生させます。

血管が縮んで塩分が蓄積すれば、
当然血圧は上昇しますから、
この2つの物質は、
強力な昇圧物質でもあるのです。

高血圧においては、
概ねこのアンジオテンシンⅡやアルドステロンは、
過剰に産生されている、
という知見があり、
またこうした物質が過剰であると、
動脈硬化や心肥大、腎機能の低下など、
身体全体に悪影響が及ぶことが分かっているので、
高血圧の治療のために、
このアルドステロンやアンジオテンシンⅡを、
抑制するような薬が使用されます。

アルドステロンの作用をブロックする薬は、
以前から利尿剤として使用されていて、
それからACE阻害剤と呼ばれる、
アンジオテンシンⅡの産生を抑える薬が次に開発され、
それからアンジオテンシンが作用する、
受容体への結合を妨害する、
アンジオテンシン受容体拮抗薬(略してARB)が開発されて、
これは世界的にも、
最も広く使われている、
降圧剤となっています。
更には直接レニン阻害剤と、
最初のアルドステロン拮抗薬の改良版とでも言うべき、
副作用の少ないアルドステロン拮抗薬も発売されています。

こうした薬は、
単独で使用するのが原則ですが、
たとえばACE阻害剤で充分に血圧が低下しないような時には、
より強い効果を期待して、
それにARBを追加で併用する、
というような処方も行なわれています。

この組み合わせは理屈の上では、
アンジオテンシンⅡの産生も、
その受容体への結合も共に妨害することになり、
より強くアンジオテンシンⅡの影響を、
抑え込める、という利点があります。

こうした組み合わせ以外に、
直接レニン阻害剤を、
ACE阻害剤やARBと2者もしくは3者で併用する、
という考え方もあります。

これはACE阻害剤やARBを使用すると、
アンジオテンシンⅡが減ることにより、
レニンが増加するので、
それを同時に抑え込むことにより、
これもより強力な効果が期待出来る、
という理屈が成立します。

ただ、
以前にも何度かご紹介しましたように、
直接レニン阻害剤と他の薬との併用は、
あまり上乗せの効果が確認出来ない上に、
高カリウム血症や低血圧などの有害事象が増加し、
あまり推奨出来るような結果が得られていません。
(代表的な知見は糖尿病の患者さんに限ってのものです)

今回の文献では、
より幅広く2種類以上の薬を併用した、
これまでの大規模な臨床試験の結果をまとめて解析しています。

その結果…

1種類のみの薬の使用に比べて、
2種類以上の薬の併用は、
有意な全ての原因による死亡リスクの低下や、
心筋梗塞や脳卒中の死亡リスクの低下に、
結び付いてはいませんでした。

唯一心不全による入院のリスクは18%低下させましたが、
高カリウム血症のリスクを55%有意に上昇させ、
低血圧のリスクを66%、
更には腎不全のリスクも41%増加させていました。
有害事象による中止のリスクも、
結果として27%有意に増加していました。

つまり、
レニン・アンジオテンシン系に関わる薬を、
どの組み合わせであれ、
2種類組み合わせて使用することは、
単独の使用に比べて、
有害事象は明確に増加しますが、
その上乗せ効果は、
現時点で明確に確認されるものはあまりない、
ということになります。

直接レニン阻害剤と他の薬との併用は、
これはほぼ間違いなく推奨されませんし、
現在よく行なわれている、
ARBとACE阻害剤との併用は、
ACE阻害剤の単独と比較して、
有益だと明言出来るような知見は、
あまりないと考えた方が良さそうです。

この系統の薬では、
矢張りACE阻害剤が間違いなく良い薬なのです。
直接レニン阻害剤とアルドステロン拮抗薬は、
病態によってはACE阻害剤に勝りますが、
一般的に第一選択になる処方ではありません。

ただし、
日本においては、
このACE阻害剤が、
欧米の2分の1から4分の1という、
極端に少ない用量でしか使用出来ない、
という理不尽な状況があり、
このため現時点ではより劣った薬の可能性が高い、
ARBの方を優先して使用せざるを得ない、
という奇怪な状況があります。

ACCOMPLISHという大規模臨床試験で使用された、
ベナゼプリルというACE阻害剤は、
試験用量は1日40mgですが、
日本での最大用量は10mgです。
こんな馬鹿な話があるでしょうか?

本当に医療費を削減し、
患者さんには最良の医療を提供しよう、
という観点に立つのなら、
ACE阻害剤の使用量の上限を欧米なみにして、
高いだけでより効果の劣るARBなど、
全て使用中止にすれば良いのです。

しかし、
上限の量を変更するには、
臨床試験が必要で、
その臨床試験には巨額のお金が必要ですが、
製薬会社はもっと利益のある薬にしか、
興味がないので、
そうした臨床試験は行なわれないのです。

ACE阻害剤の多くはもうジェネリックが主体ですから、
大物俳優を使って垂れ流されるCMの費用を、
大手のジェネリックメーカーが臨床試験に振り向ければ、
その方が間違いなく世のため人のためになり、
医療費も削減される筈なのですが、
そうした本当に役に立つ改革は、
実際にはなされることはなく、
元は健康保険料がCMに化け、
娘をコネでテレビ局に入れたような偉そうな俳優の懐に、
そのお金が転がり込む仕組みが続くのです。

個人的には、
比較的低用量で、
血圧のコントロールの可能な患者さんでは、
ACE阻害剤を優先して使用していますが、
どうしても用量の問題があり、
頭を悩ませているのが実状です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(25)  コメント(6)  トラックバック(0) 

nice! 25

コメント 6

テツ

先生、先日はありがとうございました。

ACE阻害薬が使われなくなったのは、副作用の空咳のことが影響しているのでしょうか?
先生、Ca拮抗薬のほうが安全なのでしょうか?
僕は、血圧は正常なのですが、弟は若いころから血圧が高く2種類の降圧剤を服用しているみたいです(薬剤は分かりません)。
by テツ (2013-02-07 14:35) 

まれすけ

ACE阻害薬とARBが同時に出ている処方はまだ受けた事が無かったので、興味深く読ませてもらいました。

ACE阻害薬の後に鳴り物入りで登場したARBですが、実際はACE阻害薬の方が切れ味のいい良い薬なのですね。本当に勉強になります。

大物俳優の娘さんは、ちょっと他にいない強烈なキャラクターが面白いと思っているので、コネで入ったとしても正解だと個人的には思います。
by まれすけ (2013-02-07 14:51) 

今野祥山

何をやってもなかなか下がらなかった血圧がアンジオテンシン受容体拮抗薬を処方してもらったところ130前後に安定するようになりました。今まで飲んでいたCa拮抗薬を2錠から1錠に減らし最終的にはアンジオテンシン受容体拮抗薬1錠のみにする予定です。
高血圧と言っても個人ごとに原因も異なり、効果の出る薬が異なることが良く判りました。毎日データーを取り、そのデーターを元にして医師と話をすることの大切さも良く判りました。
by 今野祥山 (2013-02-07 22:04) 

fujiki

テツさんへ
ACE阻害剤は日本人にはあまり合わない、
という意見もあります。
ただ、そのしっかりした検証はされていないと思いますし、
用量が少なくしか使えず、
中途半端な使用しかされなかった、
という側面もあります。
僕は個人的には、
最近は副作用のリスクは考えながら、
むしろACE阻害剤を優先して使用しています。
by fujiki (2013-02-09 08:10) 

fujiki

まれすけさんへ
コメントありがとうございます。
ACEとARBの併用は結構多いのではないかと思います。
アナウンサーの件は、
スルーして頂ければ幸いです。
by fujiki (2013-02-09 08:12) 

fujiki

今野祥山さんへ
コメントありがとうございます。
コントロールが安定して良かったですね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-02-09 08:13) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0