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治療の横断的な見方と縦断的な見方について [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨日の高齢者の糖尿病治療の話とも関連することですが、
慢性の病気の治療には、
横断的な考え方と縦断的な考え方とが、
それぞれ存在するように思います。

高齢者の糖尿病の治療においては、
若年層の患者さんと比較して、
より高めの血糖値を目標とし、
血圧や脂質の目標値も、
高めに設定するのが望ましい、
と最近の解説書には書かれています。

ガイドラインと称するものにも、
概ねこうした記載がされています。

これは、
たとえば80歳の男性の糖尿病の患者さん、
という一種の記号としての存在が提示され、
その記号的存在に対応する治療法は、
これこれである、
というような考え方です。

この時、
ガイドラインに75歳を超える患者さんには、
SU剤は原則として使用するべきではない、
という記載があり、
実際に目の前の患者さんが、
80歳でSU剤を処方されていたとすれば、
処方した医者は藪医者で、
その処方は間違っている、
という理解になります。

これが僕の考える「横断的な見方」です。

ある瞬間にある病室やある診察室には、
その瞬間の存在としての患者さんが現れます。

その患者さんに最良の治療をしようと思い、
ガイドラインなどを紐解けば、
高齢者の治療というような項目を見て、
そこに沿った処方を行なう、
というようなことになる訳です。

しかし、
それで本当に良いのでしょうか?

いや、
勿論良いことはそれで良いのです。

ただ、
その80歳の患者さんは、
5年後には85歳になるのであり、
20年前には60歳だったのです。

同じ患者さんが20年前に現れれば、
60歳の患者さんとして、
その時点での「正しい」治療を受けることになるでしょう。

横断的な見方に立つと、
その20年前の60歳の患者さんと、
今の80歳の患者さんとは、
それぞれ別の患者さんです。

しかし、
実際にはその2人は、
同じ患者さんなのです。

短期間で治るような急性の病気であれば、
横断的な見方だけで大きな問題はありません。

これこれの年齢性別の患者さんで、
これこれの状態であれば、
これこれの治療が適切だ、
ということが比較的明確に言え、
その結果は短期間で出るので、
治療者も患者さん本人も、
迷うことはありません。

しかし、
60歳の患者さんがその時点で糖尿病を指摘されて、
その年齢として適切な薬物治療を始めたとしても、
その治療は80歳では誤りとされる治療である可能性もあるのです。

60歳で糖尿病の治療を始めた場合の、
その治療の効果は、
短期的には血糖値やその数か月間の指標である、
HbA1cの数値などで評価が可能ですが、
長期的な効果、
すなわち合併症の進展抑制や、
動脈硬化の進展抑制に関しては、
10年後20年後にならないと、
その本当の効果は分かりません。

やや単純化した言い方をすると、
その患者さんが、
80歳までお元気であれば、
60歳からの治療の効果はあった、
ということになりますし、
その間に心筋梗塞などを起こされたり、
脳卒中で後遺症が残ったりすれば、
その治療の効果は、
必ずしも充分ではなかった、
ということになります。

そこで同じように80歳の患者さんを診る場合、
その患者さんのそれまでの人生の経緯が、
どのような積み重ねの上に成立しているかによって、
その時点での糖尿病の治療の評価は異なる筈です。

その患者さんが全くそれまでは糖尿病ではなく、
80歳の時点で糖尿病になったのだとすれば、
より短期的な影響だけを考えて、
治療のプランを組む必要が出て来ます。
端的に言えば、
治療の必要性のないケースが、
非常に多い訳です。

一方で、
その患者さんが60歳から20年間、
投薬治療を続けられていたのであれば、
その時点での治療の考え方も、
自ずと違う、
ということになります。

このように、
患者さんの時系列に沿って、
治療を連続的に考えることが、
僕の考える「縦断的な見方」です。

しかし、
往々にしてこの当たり前でかつ重要なことが、
多くの教科書やガイドラインには、
書かれていません。

書いてあることは、
患者さんが高齢の場合には、
これこれの治療を行ない、
これこれはしてはいけない、
というようなことです。

ある医療従事者の方が、
アルバイトで老人病院に行ったところ、
高齢の糖尿病の患者さんに、
高齢者では原則使わないことが望ましいと、
マニュアル本に書かれていたSU剤という薬が、
ドシドシ出されているのを見付け、
「こうした酷い治療が行われている」
というような感想を述べられているのを読みました。

事実として、
それは酷い治療であったのかも知れません。

ただ、
その方は横断的な見方でしか評価はしておらず、
個々の患者さんに対する、
縦断的な見方をしていないという点には、
大きな問題があるように思います。

SU剤の使用を、
高齢者では慎重に行なうべきなのは、
腎機能などの内臓機能が低下していれば、
蓄積するリスクがあり、
そのため重症の低血糖を来し易いことと、
仮に重症の低血糖を起こした場合、
その脳などへのダメージと予後への影響が、
より高齢者では大きいからです。

これは逆に言えば、
高齢の患者さんであっても、
腎機能などが、より年齢の若い方と同等で、
それまでに同じSU剤の使用において、
低血糖の発症がなく、
血糖値も安定した状態であるなら、
殊更その処方を、
年齢が上だからと言って、
不適切だとか、
すぐに変更するべきだ、
ということにはならない、
ということにもなります。

この世の中には多くの医者がいますが、
同じ患者さんを20年以上診続けているような医者は、
そう多くはないと思いますし、
医療が細分化され専門化され、
施設や病院をその役割によってグループ分けするようなこの社会では、
今後はより少なくなるように思います。

ただ、
僕が最近思うことは、
本当に患者さんにとって役立つ治療とは、
その治療が行なわれなかった場合と比較して、
その方の人生全体を俯瞰した時に、
トータルにメリットのある治療のことで、
それは患者さんの人生に長く寄り添い、
縦断的な見方を持って治療というものを捉える目がなければ、
決して実現することはないのではないか、
ということなのです。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

川口京子

いつも鋭い示唆と発見に富んだ記事、興味深く感嘆しながら拝読しております。今日のお話もなるほどなあと思いました。
二日前の記事の様な困った患者もいて本当にたいへんなお仕事ですが、どうかめげないでください。私は先生を信頼しています。川口
by 川口京子 (2013-01-12 11:00) 

仲田浩之

先生のおっしゃる通りだと思います。開業して20年近くになると治療が順調に行っている(合併症を併発していない)慢性疾患の患者さんの中には、今の治療ガイドラインには合わない方がいらっしゃいます。例えば高血圧症でβブロッカーを使用中の高齢者の方が僅かですがまだ居られます。しかし、血圧コントロールが順調に行っており、副作用も無ければ、コスト面からもこのままで良いと思っています。大学病院にでも紹介するようになったら藪医者扱いされるかもしれませんが・・・。
by 仲田浩之 (2013-01-13 06:07) 

5103

先日の税理士です。

会社が産声を上げると、法人と個人(社長)を長きにわたり
診ることになります。

それは世代が渡り半世紀になることもあり、
もちろん一瞬で終わることもあります。

ただ、ほとんどの場合が数十年のお付き合いになり、
法人の設立から個人の相続まで、すべてを診ます。

私たちも会社の成長ステージに合わせ処方箋は異なり、
ましてや社長の性格・個性によって診かたは変わります。

法人をどの程度の規模にしたいのか、
個人資産はどのくらいにして、誰に引き継ぐのか。

それはそれは多種多様です。

今回、先生がおっしゃることは、
まさに私たちには必要不可欠な考え方であり、
横断的、縦断的診方ができていないと
経営の素人を路頭に迷わせることになります。

私は、顧客を引き継ぎましたが、
引き継いだ会社の歴史と理念の理解が浅いまま応対し、
教科書的な回答で先代に怒鳴りつけられました。

まさに縦断的な診かたが欠落していたのです。

故に今回の記事は共感致しました。
by 5103 (2013-01-13 19:50) 

あい。

患者は、患者自身がガイドラインを持つべきだと思います。
医者は、患者といっしょにそのガイドラインを作ったり、実行の
お手伝いをする立場にあると思います。
(あえて治療という言葉は使いません。なぜなら、治すばかりが医者
ではないし、治らない病気もあるからです。)

無駄であっても、無理であっても、患者の思いに沿ってくれるような
お医者さん、っていいな。
by あい。 (2013-01-14 03:22) 

fujiki

川口京子様
いつもお読み頂きありがとうございます。
診療の限界は意識しつつ、
慎重に診療に当たりたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-01-14 17:18) 

fujiki

仲田浩之先生
コメントありがとうございます。
ガイドラインの改訂をされる先生も、
20年前の指針により治療を継続された患者さんのことも念頭に、
継続して意味のあるものを、
作って頂きたいな、
とはいつも思います。
by fujiki (2013-01-14 17:21) 

fujiki

5103さんへ
コメントありがとうございます。
他業種のお話大変参考になります。
どのお仕事も、
他の方の人生に責任を持つという意識が芽生えた時点で、
同じ問題を抱えるような気もします。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-01-14 17:23) 

fujiki

あいさんへ
ご指摘の通りだと思います。
ただ、僕もどうしても、
思うようにならないとイライラしてしまうことはあります。
心に刻みたいと思います。
by fujiki (2013-01-14 17:24) 

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