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コミュニケーションとその限界について [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

今日は雑談です。

僕のような仕事は、
患者さんへの説明が、
大きな比重を占めているのですが、
どんなに努力をしても、
超えられない溝というのは、
矢張り存在するように思います。

ちょっと事例をご紹介します。

実際にあった事例を元にしていますが、
守秘義務及び患者さんの特定を避ける観点から、
敢えて細部は事実を変えて、
記載している部分のあることを、
ご了承下さい。

以前ある患者さんが、
自分は最近体調が悪く、
急激に衰弱してしまったので、
これは間違いなく癌になっていると、
強い確信を持ってお話になりました。

ただ、
その患者さんのご様子を拝見する限り、
半年くらい前に、
健診でお出でになった時と比べて、
特に衰弱しているようには見えません。
診察の所見も特に問題はありません。

半年前の健診結果を見ても、
レントゲンも異常はありませんし、
貧血もありません。

急激に体重が減った、
と言われるので、
体重を測定してみましたが、
実際には半年前の測定と、
殆ど違いはありませんでした。

それでも、
強いご不安を訴えられるので、
血液の検査とおしっこの検査をしました。

検査の結果内臓の機能に異常はなく、
貧血もありませんでしたが、
腫瘍マーカーの数値が、
正常で35以下程度のところ、
80くらいに上昇していました。

このマーカーは膵臓や胆道の疾患で上昇することが多いので、
まず超音波の検査を行ないました。

ほぼ問題なしの結果でしたが、
膵臓の描出は充分ではなかったので、
ご本人と相談の上、
腹部のMRI検査を行ないましたが、
特に異常は認めませんでした。

それで、
しばらく経過を観察するという方針としました。

その時点では、
患者さんも僕の方針に納得して頂いたように思いました。

その1カ月後に患者さんは再び受診され、
前回から更に体重が減って、
衰弱が進行し、
身体がだるくて食欲もない、
と言われました。

ただ、
診察上は特に1カ月前とお変わりのあるようには思えません。
体重も敢えてもう一度測定することはしませんでしたが、
お変わりはなさそうでした。

腫瘍マーカーのことが心配だと言われたので、
再度マーカーのみ再検としました。

こうしたケースでは健康保険は適応になりませんが、
診療所の持ち出しになっても仕方がありません。

すると、
マーカーの数値は110まで上昇していました。

数値自体は前回と、
大きな変化はない、とも言えるのですが、
矢張り前回より更に上昇しているのが気になります。

それで、
この数値が上がっていても、
癌ではない場合もしばしばあるので、
MRIも撮ってありますし、
大きな心配はない可能性が高いけれど、
念のため大きな病院でも診てもらった方が良い、
とお話をして、
患者さんのご希望を聞いた上で、
近隣の大学病院に、
患者さんをご紹介しました。

その2か月後くらいに病院からご返事が来て、
「大腸内視鏡検査等、検査を追加で行なったけれど、
特に異常な所見は見付からなかった」
との内容でした。

ご返事には、
その患者さんは大学病院を昨年にも受診し、
矢張りマーカーの数値に異常があったので、
画像診断を施行、
結果として問題はなく、
マーカーのみ再検査の予定で患者さんにお話をしたけれど、
その後お見えにならず、
今回のマーカーの数値は、
その1年前のものと変わりはなかった、
という内容も添えられてありました。

そんなお話は、
患者さんからは全く聞いてはいなかったので、
僕は驚きました。

それからほどなくして、
その患者さんが診療所を再度受診され、
「体調は如何ですか?」
とお聞きすると、
「元気ですよ」
とやや憤然としたご様子でお答えになり、
「先生はわたしを癌だと言いましたね」
と言われました。

僕はそれはそうではなく、
患者さんが「自分は衰弱していて癌だと思う」
と言われたので、
そのための検査をして、
腫瘍マーカーが少し上昇していたので、
その二次検査のために、
ご紹介したのだ、
と説明しました。

腫瘍マーカーが上昇している、
ということと、
癌がある、ということとは同じではないので、
そうした説明を患者さんにはしたつもりですし、
「あなたは癌です」
などという話をしたことは決してありませんでした。

しかし、患者さんのお怒りは収まりません。

「先生に癌だと脅かされたので病院へ行ったんです。
そうしたら癌ではないと言われました。
これは誤診ですね」
と言われたので、
僕も腫瘍マーカーが上がっていた、
という話はしましたが、
癌だという言い方はしていません、
と再度言いました。

すると患者さんは、
「でも先生は私が癌なのですね、と聞いた時、
首を縦に振りましたね」
と再度言われたので、
確かに患者さんは再三、
「私は衰弱していて癌に違いない」
と言われたのは覚えていますが、
それに対して肯定的に発言したことはありません、
と言いました。

ただ、
今度は言葉にはしなくても、
そうした態度は示しましたね、
と話されたので、
もうそれ以上返す言葉はありませんでした。

それから数日はあまり眠れませんでしたし、
もう仕事は辞めようかと思いました。

明確に見落としがあったり、
誤診があったりしたのであれば、
ショックは受けても、
ある種の理解が出来るので先に進めるのですが、
こうした問題は純粋にコミュニケーションの問題なので、
遡って考えても、
どうすれば良かったのかが見えて来ません。

最初に何らかの理由から、
患者さんは自分が癌ではないか、
と疑ったのです。

経験的にはそれは、
良くお聞きしてみると、
友達やしばらくぶりに会った親戚が、
「あんた、ちょっと見ない間に痩せたね。
最近癌で死んだおじさんにそっくりだよ」
というような一言であったり、
テレビの医療系のコメンテーターが、
「○○のような症状が最近急に起ったら、
それは癌の可能性がありますよ」
というような、
不用意な一言であったりすることが多いようです。

そうした確信を持たれて受診をされた患者さんに、
どのように説明してどのような検査をするべきか、
というのは、
正直物凄く難しく今でも結論が出ていません。

シンプルに考えれば、
患者さんは明確に否定されることを望んでいるのです。

それは明らかですが、
僕の立場としては、
一目見て癌ではありません、
というような言い方は出来ません。

どうしても曖昧で限定的な言い方にならざるを得ないのです。

「この検査の範囲では…」とか、
「診察の所見からは可能性は低いですね」
というような言い方になるのですが、
それは患者さんの希望しているものとは違うので、
百万語を費やしても、
その説明は患者さんの頭には入らないのです。

患者さんは「あなたは癌です」
という魔法を掛けられたので、
その呪いを解いて欲しいと診療所を受診されたのです。

しかし、
この検査の結果からはこうこうです、
というような説明や、
その検査についての説明を、
如何に山のように積み重ねても、
その呪いを解く役には立たないのです。

中途半端に検査で数値が上がっている、
というような結果で不安を煽り、
結果として何もないことを病院で告げられたのですから、
患者さんが立腹され、
呪いを解くこともなく不安を煽るだけの僕を、
怒りの対象とされたのは、
当然の帰結であったようにも思えます。

最近では無理なものは無理と、
割り切るように考えていますが、
それでも患者さんがみえる毎に、
その患者さんと同じ土俵に立って、
患者さんとお話が出来ているかどうかを考え、
常に緊張感を持ちながら、
日々の診療には当たりたいと思っていますし、
今は回答が得られなくても、
こうした問題の僕なりの正解を探したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 20

midori

それはおつらかったですね。
でも辞めないでくださいね。
とっても困ります。
by midori (2013-01-10 12:47) 

オレンジ

答えにはなっていませんが、先生のような誠実なお医者さんにかかりたいと思います。

ぜひお辞めにならないで下さいませ。

病気は命に関わることですからナーバスになってしまいます。
その患者さんは「あの時ああしてれば」という後悔したくない気持ちが強くなっていらっしゃって先生にそういう態度をとられたのでしょうね。
by オレンジ (2013-01-10 14:54) 

NK

お優しい先生ですね。
私は、受診した目的以外のことで問題点を指摘され、他の病院で聞いたらそれはそれほど気にしなくてもといわれて、最初の先生に嫌がらせをされたような気持ちになってしまったことがあります。
頭では、見逃されるよりずっと良心的だと思うのですが、何となく苛められたような気持ちになってしまいました。同じ先生で2回それを経験したので、相性が悪いのかもしれません。
患者はそう思ったら自分で受診先を変えることもできますが、お医者様のほうは勝手に来ちゃうわけですから大変ですね。。。
by NK (2013-01-10 15:20) 

fmata

いつもブログで勉強させて頂いております。
思い込みの強い患者さんなのでしょうか?このような事を言われるとモチベーションが下がりますね・・・・
「腫瘍」マーカーをルーチンに使うと結果の解釈に混乱を招くだけなので、患者さんが癌を疑っているときはあえてしないようにするしかないですね。

by fmata (2013-01-10 20:17) 

5103

いつも文章の勉強に読ませて頂いてます。
有益な情報もありがとうございます。

私ども税理士も税務署に通る通らないで
同様なことが多々起きます。

やはりコミュニケーション不足で招くことでありますが
ガチガチのやりとり履歴を残しても良好な関係は築けません。

これは「限界」とするのが正しい表現なのかと
考えさせられました。

私も同様に何日も寝れず、やめようかと思いました。

でも人に精一杯尽くしたなら
終わりがそれでもいいと割り切ることが
できるようになってからは楽になりました。


by 5103 (2013-01-10 20:36) 

fujiki

midori さんへ
お気遣いありがとうございます。
大丈夫です。
by fujiki (2013-01-10 23:06) 

fujiki

オレンジさんへ
コメントありがとうございます。
コミュニケーションは難しいな、
とはつくづく思います。
by fujiki (2013-01-10 23:09) 

fujiki

NKさんへ
コメントありがとうございます。
まあ、相性というのは間違いなくあって、
人間はなかなかそれを越えることは難しいですね。
by fujiki (2013-01-10 23:10) 

fujiki

fmata さんへ
コメントありがとうございます。
腫瘍マーカーは色々な意味で曲者ですね。
ただ、その存在に助かったこともあります。
by fujiki (2013-01-10 23:12) 

fujiki

5103さんへ
そうですね。
僕も原点は日々精一杯することしか、
ないような気がします。
貴重なご意見ありがとうございます。
by fujiki (2013-01-10 23:14) 

お名前(必須)

こんばんは。
先生のご苦労が目に浮かぶようです。
私の職場でも、そのような事があります。コミュニケーションの過不足・・というか、立場の違いが食い違いを生むのだと私は解釈していますが。。。語弊があるかも知れませんが、プロと素人では、見えているものも見る方向も解釈も違うので、どれだけ言葉を重ねたとしても、受け取り方が違ってしまう事を皆無には出来ない・・ように思います。だからこそ、このような時に深く思いを巡らせて下さる先生は、とても貴重な存在だと感じました。先生のようなDr.が長く臨床に携わって頂ける事を切に願っております。
by お名前(必須) (2013-01-12 01:01) 

fujiki

お名前…さんへ
コメントありがとうございます。
色々なお仕事で、
こうしたすれ違いというのは、
あるものなのですね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-01-12 08:16) 

MRT

医療系です。
私も毎日めげそうになります。
患者さんは何と言ってほしいのだろうか?と悩みます。
十人十色ですし、難しいです。
こちらに非が無いケース(と私は確信している)でも、
怒鳴られたり胸ぐらつかまれたり。
それでも次は笑顔で接するという。。
どんな仕事もそうですが、大変ですよね。

by MRT (2013-01-13 01:21) 

烏賊の眼

昔、「風邪みたいです」って症状を伝えただけで「何だ君は医者か?自分で診断出来るなら診る必要はない!帰れ!」と、かかりつけの医師から怒られた理由が氷解しました。その時は「プロとしてのプライドが高い人だなぁ」程度の認識でしたが、あれは自分自身に呪いをかけることへの戒めだったのではないかと、先生のブログを拝見してそんな気がしてきました。
by 烏賊の眼 (2013-01-13 23:22) 

ただのナース

先生のご心労、お察しいたします。

患者さんのお気持ちも理解できます。

病気というものは人を変えてしまうものですね。

先生のように一生懸命に対応なさっても

満足できない方も多いですね、私も経験しております。

でも理解してくださる方もいらっしゃるので

その方々のために日々、がんばっておりますm(_ _)m

お身体ご自愛くださいませ( ̄▽ ̄*)ゞ
by ただのナース (2013-01-13 23:33) 

fujiki

MRTさんへ
コメントありがとうございます。
矢張り人間ですから、
完全に無色透明で中立にもなれませんし、
最終的には何を信じて、
何を仕事の中で大切に守るか、
ということかも知れませんね。
by fujiki (2013-01-14 17:26) 

fujiki

烏賊の眼さんへ
コメントありがとうございます。
それはひょっとしたら、
その先生もその時心に余裕がなかったからかも知れませんね。
それが合っているかどうかはともかく、
相手の心を察しようとすることは、
大切なことだとは思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-01-14 17:29) 

fujiki

ただのナースさんへ
コメントありがとうございます。
お互いに頑張れる範囲で頑張りたいですね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-01-14 17:30) 

nyanko

昔は顔色を診て「大丈夫大丈夫」と先生がおっしゃっただけで、元気になる患者さんも多かったとは聞いています。
でも今の時代、万一の見落としがあったらと慎重にならざるを得ない現場はとても大変と推察申し上げます。
知人の臨床医も、「診断よりも手術よりも人間関係のコミュニケーションが一番難しい」と常々おっしゃっていました。
先生のお人柄がブログからもうかがえるだけに、そのお気持ちが皆に通じますように、とお祈りするぐらいしかできませんが、どうか頑張ってください。
by nyanko (2013-01-15 17:04) 

fujiki

nyanko さんへ
コメントありがとうございます。
色々なことはあるのですが、
自分の出来る範囲で、
最善を尽くしたいと思っています。
by fujiki (2013-01-16 08:24) 

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