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直接レニン阻害剤の2型糖尿病の予後への影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
何もなければ午後は少しゆっくりする予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アリスキレンと糖尿病.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
直接レニン阻害剤という、
新しいメカニズムを持つ高血圧治療薬の、
糖尿病予後改善効果を検討した論文です。

この研究の中間報告の結果については、
以前にも何度か記事にしたことがあります。
ALTITUDE試験と呼ばれる大規模臨床試験です。
これは結果的に中間解析後に早期の終了となりました。

患者さんへのメリットよりも、
有害事象の方が大きくなる可能性が示唆されたからです。

ただ、その時点では解析結果の詳細は明らかにされず、
今回がその取りまとめの結果、
ということになります。

まずこの新薬のメカニズムと、
今回の研究の背景について、
おさらいしておきます。

ラジレス(一般名アレスキレン)は、
直接レニンを阻害するという、
それまでにない画期的な作用の新薬で、
2009年に日本でも発売され、
主に高血圧や心不全の治療に使用されています。

レニンというのは、
レニン-アンジオテンシン系という、
身体の体液を維持する、
非常に重要なホルモンメカニズムの、
その大元に位置する物質です。

それを何故阻害するのかと言えば、
多くの高血圧の患者さんでは、
レニン-アンジオテンシン系が過剰に活性化していて、
それが身体に悪影響を及ぼしている、
という考え方があるからです。

レニンの活性化は、
最終的にアルドステロンというホルモンを上昇させます。

このアルドステロンが塩分を貯留し、
高血圧や心不全の増悪因子となっていることは、
ほぼ立証された事実です。

それで、アルドステロンと、
その手前にあって血管を収縮させる、
アンジオテンシンⅡという物質を、
抑えるタイプの薬剤が開発され、
高血圧治療の主力として使用されています。
その代表がアンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE阻害剤)と、
アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)です。

この両者の薬剤は非常に有用性が高く、
特にACE阻害剤が心不全や虚血性心疾患、
腎疾患の進行抑制などにも、
効果のあることはほぼ確立した事実です。

ただ、この薬はいずれもレニンより下位で、
その作用をブロックする薬なので、
その結果としてレニンは却って増加する、
という結果が生じます。

このレニンの増加が、
単独でも心不全などの悪化の要因である、
という知見があり、
これが事実とすると、
せっかく薬でアルドステロンやアンジオテンシンⅡを下げても、
その効果の一部はレニンの上昇で相殺されてしまう、
というジレンマが起こるのです。

そこで、
ラジレスという、
レニンを低下させる薬が2009年に発売され、
その効果が期待されたのです。

その降圧効果は上限の使用量の1日300mgで、
上の血圧が平均14mmHgの低下ですから、
比較的マイルドな効果です。

つまり、単独で中等度以上の高血圧を治療するには、
やや覚束ないものがあります。

そこで他の薬剤とラジレスとの併用が、
検討されることになります。

最初に検討されたのが、
カルシウム拮抗薬というタイプの薬剤で、
そのメカニズムから言っても、
理に適った選択肢です。

次に検討されたのが、
今回の臨床試験の、
他のレニン-アンジオテンシン系に作用点を持つ、
ACE阻害剤やARBとの併用です。

これは強力にレニンそのものと、
レニンの下位にあるアルドステロンやアンジオテンシンⅡとを、
共に抑制するという点で、
レニン-アンジオテンシン系を、
トータルに抑え込める、
という可能性があります。

ARBを使用してレニンが上昇する弊害があるなら、
それにラジレスを組み合わせれば、
より強力にレニン-アンジオテンシン系を抑えられると共に、
副作用を帳消しに出来て一石二鳥と考えます。
製薬会社サイドから考えると、
ARBもラジレスも、
共に高い薬なので、
両者を併用することで、
より収益に繋がるメリットもある訳です。

こちらをご覧下さい。
ラジレスと心不全効果.jpg
これはラジレスの宣材にあるものですが、
ALOFTと呼ばれる試験が紹介されています。
これは心不全の患者さん302例に対して、
通常の治療へのラジレスの上乗せ効果を検討したものです。
心不全の治療では、
ACE阻害剤かARBは基礎薬として使用しますから、
これは両者とラジレスの併用の試験になるのです。
今読むと副作用の発症率は、
ラジレス使用群で2倍近くになっていますから、
有意差はなくても、
おや…という感じはします。
使用量は1日150mgという少なめの使用量です。
BNPが低下した、というのは、
心不全の改善を示唆するものですが、
数値だけの改善は、
必ずしも患者さんにとって、
はっきりとしたメリットになっているかどうかは分かりません。

では次をご覧下さい。
ラジレスの腎保護作用.jpg
同じ宣材に、
AVOIDという試験が紹介されています。
これは599名の糖尿病の患者さんに、
ロサルタンというARBの上乗せに、
ラジレス150~300mgを追加したものです。
それにより腎臓の低下による、
おしっこの蛋白量が低下した、
というものです。
これは要するに追加により、
糖尿病の腎機能低下の進行が抑えられるのでは、
という結論になっています。
安全性には差がない、という結果ですが、
今読むと矢張りラジレス群では、
副作用の頻度は高い傾向はあるのです。

今回の論文で取りまとめられている臨床研究は、
ALTITUDE試験と言って、
糖尿病で腎障害もしくは腎機能低下を有する、
8606人以上の患者さんに対して、
ACE阻害剤もしくはARBへの、
ラジレス1日300mgの、
上乗せ効果を見たものです。
患者さんにも主治医にも分からない形で、
一方にはラジレスを使用し、
他方には偽薬を使用して、
その後の経過を観察しています。

これまでの試験では、
腎臓の蛋白尿の量や、
心臓への負担の指標であるBNPという数値の増減で、
その効果を見ていました。

しかし、
これは直接腎機能の低下や腎不全への進行、
心筋梗塞などの発作の出現などを、
見ている訳ではないので、
本当の意味で糖尿病の患者さんの予後を、
検証しているとは言えないのです。

試験の内容は基本的にAVOIDに似ていますが、
例数はグッと多く、
心臓病のリスクの高い患者さんを対象としているので、
より病状が進行した方が、
対象となっている、
という特徴があり、
更に直接心臓病や腎臓病の予後を観察している、
という違いがあるのです。

その結果…

平均の観察期間が32.9ヵ月後の時点で、
2回目の中間解析を行なったところ、
腎機能の低下や心疾患の発症に関しては、
偽薬とラジレスとの間で、
統計的に有意な差はなく、
むしろ、
ラジレス群で心疾患の発症は、
やや多い傾向にありました。
更には、高カリウム血症や低血圧、
といった有害事象の発症率は、
ラジレス上乗せ群で有意に高く、
こうした結果を受けて、
試験は中途で中止されました。

この試験においては、
ACE阻害剤やARBに対する、
ラジレスの上乗せが患者さんにとってメリットがある、
という予測が否定されたのです。

この結果を受けて、
当該製薬会社は声明を出し、
糖尿病を合併している患者さんについては、
ラジレスとACE阻害剤もしくはARBとの併用は、
しないように注意喚起を行なっています。

通常に考えると、
レニン-アンジオテンシン系の一番上流にある、
レニンを抑制すれば、
一番高率が良いように思います。

しかし、
実際にはその単独の効果は限定的ですし、
併用にはあまり良い結果が得られていません。
ARBの発売時には、
ACE阻害剤とARBとの併用が、
より有用性が高いのではないか、
と考えられましたが、
それも高カリウム血症のような副作用が増える割に、
相乗効果が確認はされていません。

レニン-アンジオテンシン系の抑制の効果というのは、
それほど単純なものではなさそうです。

現時点でACE阻害剤の単独の使用は、
糖尿病の患者さんにおいて、
腎疾患や心臓病の予後改善効果がありますが、
それ以外の使用に関しては、
その効果はまだ未知数の部分を残していると、
そう考えた方が良さそうです。

製薬会社の「新薬押し」を取捨選択しつつ、
患者さんにとっての最善を、
常に第一に考えたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

むず。

初めまして。

いつも興味深く、拝見しております。

高血圧についてご意見を伺いたく思っております。

当方、
40歳、女性、会社員。中肉中背。
親類に高血圧はいません。

2年ほど前に別件で病院へ行ったところ、高血圧を
指摘(上が180、下が140!!)され、直ぐにディオバンを
服用し始めると同時に血液検査を受けました。
もともと少し血圧が高く(上が130、下が90くらい?)で毎年
会社の健康診断では注意されていたのですが、一年弱で
そんなに血圧が上がったことに驚き、先生も危険だから
すぐに薬を服用しなさいとのことでした。

血液検査の結果は
ANP 正常値
ノルアドレナリン 正常値
レニン、アンジオテンシン 正常値
(↑但し、安静などはせず、その場でささっと採血されました。)

ちなみに毎年している健康診断でも、尿検査も、腹部エコーも
異常はありません。

お医者さまの見解でも結局原因が分からず、薬は飲み続けて
います。
現在はタナトリル5mg/日で、血圧は110、70くらいと、安定
しております。

私としましては原因がわかれば治療をしたいのですが、少量
の薬で十分効いているのでそれはそれで問題ないのか、
非常に悩んでおります。

あと既往症で、10年ほど前に軽いIgA腎症の疑いがあり、
暫くコメリアンを服用しておりましたが、扁桃腺が
腫れて熱が出る度に血尿が出るので、扁桃腺を切除しました。
その後は、熱が出ることもなくなり尿検査でも異常はでなく
なりました。

専門病院の先生に精密検査を受けるべきかどうか、また薬が
効いているのでそれはそれでよいのか?アドバイス、もしくは
ご意見を伺えましたら幸いです。

異常、よろしくお願い申しあげます。
by むず。 (2012-12-12 22:26) 

fujiki

むずさんへ
一般論で言えば、
副腎疾患等の可能性は、
ないと言い切れないのですが、
タナトリル5mgで安定しているようであれば、
ご様子を見て頂いても、
大きな問題はないように思います。
お薬を使用していても、
血圧のコントロールが困難になったような場合や、
おしっこに微量アルブミンが出るなど、
高血圧による臓器障害が示唆されたような場合に、
精査をされる方針で、
良いように考えます。
by fujiki (2012-12-14 08:15) 

むず。

ご丁寧なご意見ありがとうございます。
今後も血圧に注意をしながら、まずはこのまま
薬を飲み続けることにします。

それにしても、人の体って、複雑なのですね。
by むず。 (2012-12-14 23:56) 

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