ケタミンの抗うつ効果とそのメカニズム [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は病院へ行く予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のScience誌に掲載された、
うつ病のメカニズムとケタミンという薬剤の、
画期的な効果についてのレビューです。
ケタミンは麻酔薬として使用されている古い注射剤ですが、
幻覚作用のある麻薬として、
主に粉末の製剤が、
非合法にトリップの目的で使用され、
社会問題にもなっています。
ただ、
今回の記事はその麻薬としての使用ではなく、
抗うつ剤としての効果についての話です。
うつ病の治療薬には多くの種類があり、
それぞれ一定の効果が確認されていますが、
使用開始後その効果が得られるまで、
数週間から時に1ヵ月を要する上、
薬の効果があまり認められない、
治療抵抗性の患者さんが、
3分の1は存在する、
という統計もあります。
問題はうつ病のメカニズムが、
まだ明確には明らかになっていないことです。
現在の抗うつ剤は、
脳内の神経伝達物質を、
増加させることにより効果を示すと考えられていますが、
その増加は数時間で起こるにも関わらず、
何故抗うつ効果自体は、
数週間以上も掛かるのかについては、
未だクリアな説明がありません。
最近になり、
こうしたセロトニンなどの枯渇以外の、
うつ病発症のメカニズムが提唱され、
注目を集めています。
それが、
神経伝達のネットワークを形成する、
シナプスと呼ばれる連結部の異常です。
最近の画像診断や剖検の組織診断の進歩により、
うつ病の患者さんにおいては、
情動に関わる脳の部分である、
前頭前皮質や海馬と呼ばれる部分の、
容積が縮小していて、
それに伴い、
シナプスと呼ばれる連結部自体が、
その機能を失い、
減少していることが示されています。
つまり、
これまでの考え方では、
シナプスの伝達に働くモノアミンと呼ばれる物質が、
減少しているという考え方であったのが、
実はシナプスの数自体が減少し、
神経のネットワークが有効に活用されないために、
情動がコントロールされず、
うつや双極性障碍に、
結び付くのではないかと考えられるようになったのです。
ここでその病態の主体は、
セロトニンよりも、
シナプスの調整に働く、
グルタミン酸という伝達物質にあります。
ここまではただの仮説に過ぎません。
注目するべきは、
ケタミンという物質の使用により、
その減少が回復する、
という事実です。
ケタミンはそもそも麻酔剤の注射薬ですが、
NMDAと呼ばれるアスパラギン酸の受容体の拮抗薬で、
この使用により、
神経伝達物質のグルタミン酸の遊離が促進されます。
これが幾つかのシナプス内の物質を短時間で活性化させ、
そのことにより、
シナプスはその機能を回復させるのです。
電気回路の接続部が障害され、
電気が流れなくなっていたのが、
ケタミンの使用により、
電流が開通するようなイメージです。
実際に近年の幾つかの論文において、
たった1回のケタミンの注射により、
治療抵抗性のうつ病の患者さんにおいて、
数時間という短期間で抗うつ効果が現われ、
7~10日間持続した、
という報告があります。
双極性障碍や自殺企図についても、
同様に効果があったとする報告もあります。
こちらをご覧下さい。
小さな画像で見辛いかと思いますが、
うつ病のメカニズムの仮説と、
ケタミンの効果を図示したものです。
左は正常の状態のシナプスで、
真ん中の図は慢性のストレスに曝されて、
うつ病を来たした状態です。
比較的短期間で軽度の状態であれば、
この機能低下は自然にも改善することがありますし、
運動などの気分転換でも、
改善することがあります。
しかし、その状態が長期間に渡れば、
シナプスの機能自体が失われるので、
断線した回路は、
自然には回復が望めません。
通常の抗うつ剤は、
まだ機能している脳の部分の作用を増強はしますが、
こうした断線した部分を、
復活させることは出来ません。
そこでケタミンの使用を行なうと、
グルタミン酸の活性化から、
BDNFなどの増加が起こり、
シナプスの機能自体が回復するので、
断線部が繋がり、
うつ症状が回復するのです。
ケタミンは非合法に、
幻覚作用や高揚感をもたらす麻薬として、
使用されていますが、
考えてみればこれは、
脳のシナプスが過剰に働くために、
起こっている現象だと理解が出来ます。
シナプスの機能低下が起こっていない人に対して、
この薬を使用すれば当然そうしたことが起こるのです。
しかし、
それをうつ病でシナプスの断線の起こっている人に使用すれば、
断線部が繋がり、
正常化に結び付くという訳です。
難治性のうつ病に、
電気ショックが施行されて効果を示すことがありますが、
これも同様に、
薬剤ではなく、
電気的な刺激により、
断線部を繋げているのだと考えれば、
理解が可能です。
ただ、
ここまでお読みになった皆さんは、
まだケタミンの使用を、
うつ病の治療に活用するには、
幾つもの問題があることを、
お感じになるのではないかと思います。
ケタミンの効果は一時的なもので、
せいぜい1~2週間しか持続はしません。
それでは2週間毎に注射を繰り返せば良いのかと言えば、
その効果が持続するとの保障はありませんし、
依存性も形成されるでしょう。
長期的には効果のなくなる可能性が高いように思いますし、
この薬が多幸感に結び付くとすれば、
長期的には情緒的な不安定さから、
別個の病的な状態に、
結び付くようなリスクも考えられます。
そもそもシナプスの減少という知見は、
ある程度慢性のうつ状態に、
認められている所見です。
従って、
これがうつ病自体の特徴であるのか、
それとも抗うつ剤などの治療が、
持続されることにより生じる現象であるのかも、
明確にはなっていません。
仮に長期間の抗うつ剤の使用が、
こうした現象に結び付くとすれば、
そこでケタミンを使用するのは、
本末転倒のようにも思えます。
上記の文献においても、
臨床的にケタミンの使用を推奨する、
というような記述はされていません。
むしろ今回の知見の意義は、
うつ病のメカニズムの有力な仮説が新たに現われたことで、
シナプスの機能を活性化させるような、
新たなターゲットに特化した新薬の開発に結び付き、
うつ病の治療のブレイクスルーが、
そこにあるのではないか、
という点にこそあるのではないかと思います。
今日はうつ病発症の新たな仮説と、
ケタミンの効果についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は病院へ行く予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のScience誌に掲載された、
うつ病のメカニズムとケタミンという薬剤の、
画期的な効果についてのレビューです。
ケタミンは麻酔薬として使用されている古い注射剤ですが、
幻覚作用のある麻薬として、
主に粉末の製剤が、
非合法にトリップの目的で使用され、
社会問題にもなっています。
ただ、
今回の記事はその麻薬としての使用ではなく、
抗うつ剤としての効果についての話です。
うつ病の治療薬には多くの種類があり、
それぞれ一定の効果が確認されていますが、
使用開始後その効果が得られるまで、
数週間から時に1ヵ月を要する上、
薬の効果があまり認められない、
治療抵抗性の患者さんが、
3分の1は存在する、
という統計もあります。
問題はうつ病のメカニズムが、
まだ明確には明らかになっていないことです。
現在の抗うつ剤は、
脳内の神経伝達物質を、
増加させることにより効果を示すと考えられていますが、
その増加は数時間で起こるにも関わらず、
何故抗うつ効果自体は、
数週間以上も掛かるのかについては、
未だクリアな説明がありません。
最近になり、
こうしたセロトニンなどの枯渇以外の、
うつ病発症のメカニズムが提唱され、
注目を集めています。
それが、
神経伝達のネットワークを形成する、
シナプスと呼ばれる連結部の異常です。
最近の画像診断や剖検の組織診断の進歩により、
うつ病の患者さんにおいては、
情動に関わる脳の部分である、
前頭前皮質や海馬と呼ばれる部分の、
容積が縮小していて、
それに伴い、
シナプスと呼ばれる連結部自体が、
その機能を失い、
減少していることが示されています。
つまり、
これまでの考え方では、
シナプスの伝達に働くモノアミンと呼ばれる物質が、
減少しているという考え方であったのが、
実はシナプスの数自体が減少し、
神経のネットワークが有効に活用されないために、
情動がコントロールされず、
うつや双極性障碍に、
結び付くのではないかと考えられるようになったのです。
ここでその病態の主体は、
セロトニンよりも、
シナプスの調整に働く、
グルタミン酸という伝達物質にあります。
ここまではただの仮説に過ぎません。
注目するべきは、
ケタミンという物質の使用により、
その減少が回復する、
という事実です。
ケタミンはそもそも麻酔剤の注射薬ですが、
NMDAと呼ばれるアスパラギン酸の受容体の拮抗薬で、
この使用により、
神経伝達物質のグルタミン酸の遊離が促進されます。
これが幾つかのシナプス内の物質を短時間で活性化させ、
そのことにより、
シナプスはその機能を回復させるのです。
電気回路の接続部が障害され、
電気が流れなくなっていたのが、
ケタミンの使用により、
電流が開通するようなイメージです。
実際に近年の幾つかの論文において、
たった1回のケタミンの注射により、
治療抵抗性のうつ病の患者さんにおいて、
数時間という短期間で抗うつ効果が現われ、
7~10日間持続した、
という報告があります。
双極性障碍や自殺企図についても、
同様に効果があったとする報告もあります。
こちらをご覧下さい。
小さな画像で見辛いかと思いますが、
うつ病のメカニズムの仮説と、
ケタミンの効果を図示したものです。
左は正常の状態のシナプスで、
真ん中の図は慢性のストレスに曝されて、
うつ病を来たした状態です。
比較的短期間で軽度の状態であれば、
この機能低下は自然にも改善することがありますし、
運動などの気分転換でも、
改善することがあります。
しかし、その状態が長期間に渡れば、
シナプスの機能自体が失われるので、
断線した回路は、
自然には回復が望めません。
通常の抗うつ剤は、
まだ機能している脳の部分の作用を増強はしますが、
こうした断線した部分を、
復活させることは出来ません。
そこでケタミンの使用を行なうと、
グルタミン酸の活性化から、
BDNFなどの増加が起こり、
シナプスの機能自体が回復するので、
断線部が繋がり、
うつ症状が回復するのです。
ケタミンは非合法に、
幻覚作用や高揚感をもたらす麻薬として、
使用されていますが、
考えてみればこれは、
脳のシナプスが過剰に働くために、
起こっている現象だと理解が出来ます。
シナプスの機能低下が起こっていない人に対して、
この薬を使用すれば当然そうしたことが起こるのです。
しかし、
それをうつ病でシナプスの断線の起こっている人に使用すれば、
断線部が繋がり、
正常化に結び付くという訳です。
難治性のうつ病に、
電気ショックが施行されて効果を示すことがありますが、
これも同様に、
薬剤ではなく、
電気的な刺激により、
断線部を繋げているのだと考えれば、
理解が可能です。
ただ、
ここまでお読みになった皆さんは、
まだケタミンの使用を、
うつ病の治療に活用するには、
幾つもの問題があることを、
お感じになるのではないかと思います。
ケタミンの効果は一時的なもので、
せいぜい1~2週間しか持続はしません。
それでは2週間毎に注射を繰り返せば良いのかと言えば、
その効果が持続するとの保障はありませんし、
依存性も形成されるでしょう。
長期的には効果のなくなる可能性が高いように思いますし、
この薬が多幸感に結び付くとすれば、
長期的には情緒的な不安定さから、
別個の病的な状態に、
結び付くようなリスクも考えられます。
そもそもシナプスの減少という知見は、
ある程度慢性のうつ状態に、
認められている所見です。
従って、
これがうつ病自体の特徴であるのか、
それとも抗うつ剤などの治療が、
持続されることにより生じる現象であるのかも、
明確にはなっていません。
仮に長期間の抗うつ剤の使用が、
こうした現象に結び付くとすれば、
そこでケタミンを使用するのは、
本末転倒のようにも思えます。
上記の文献においても、
臨床的にケタミンの使用を推奨する、
というような記述はされていません。
むしろ今回の知見の意義は、
うつ病のメカニズムの有力な仮説が新たに現われたことで、
シナプスの機能を活性化させるような、
新たなターゲットに特化した新薬の開発に結び付き、
うつ病の治療のブレイクスルーが、
そこにあるのではないか、
という点にこそあるのではないかと思います。
今日はうつ病発症の新たな仮説と、
ケタミンの効果についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2012-10-10 08:17
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