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ベンゾジアゼピンと認知症発症との関連性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ベンゾジアゼピンの認知症発症リスク論文.jpg
先月のBritish Medical Journal 誌に掲載された、
ベンゾジアゼピン系の薬剤による、
認知症の発症リスクについての論文です。

ベンゾジアゼピン系の薬剤は、
脳のベンゾジアゼピンの受容体に結合することにより、
鎮静作用と睡眠導入作用を示します。

このため、
パニック発作などの不安障害の治療や、
不眠症に対する睡眠導入剤として、
このタイプの薬は使用されています。

ベンゾジアゼピンの受容体は、
GABAという抑制系の精神伝達物質の受容体と、
複合体を形成していて、
ベンゾジアゼピンの主な効果は、
このGABAが活性化することによりもたらされます。

主に大脳辺縁系と呼ばれる部分に作用するので、
鎮静作用と抗不安作用を示すものの、
睡眠作用は強くありませんが、
この系統の薬剤の睡眠作用を強めたものが、
所謂「睡眠導入剤」として使用されています。

商品名ではコンスタンやソラナックス、デパス、
ワイパックス、レキソタンやセニラン、
などが抗不安薬の代表で、
セルシンやリボトリールは、
抗けいれん剤としても使用されています。

より長期作用にしたものが、
メイラックスやレスタスです。

ここまでが抗不安薬で、
ベンゾジアゼピンには、
それ以外にその睡眠作用を強化した、
睡眠導入剤があります。

このグループの薬としては、
マイスリーやハルシオン、
アモバンやレンドルミン、
ユーロジン、リスミー、エバミール、サイレース、
ドラールなどがあります。

マイスリーやアモバンは、
非ベンゾジアゼピンと記載されることがありますが、
上記の文献においては、
ベンゾジアゼピンとして扱われていて、
一般論として、
欧米ではほぼ同一のものとして、
理解されているようです。
つまり、
この2種類の薬剤の副作用が、
他のベンゾジアゼピンとは違うとは、
考えない方が良さそうです。

ベンゾジアゼピンは効果が高く、
基本的には安全性の高い薬です。

ただ、
問題は長期間の使用により、
耐性が生じて薬の効果が減弱し易いことと、
依存性が生じるので、
長期間の使用後に、
薬を中断したりすると、
離脱症状が強く現れ、
結果としてその中断や中止が、
困難になる、
ということにあります。

このため上記の文献に引用されている、
ヨーロッパのガイドラインにおいては、
ベンゾジアゼピンの睡眠剤としての使用は、
原則4週間、
抗不安薬としての使用は、
原則8~12週間で、
中止することを検討する、
とされています。

患者さんには使用を継続することにより、
依存が形成されることや、
効果が減弱することを説明し、
睡眠剤としての使用であれば、
薬単独では充分な効果は得られず、
生活習慣の改善などと併用するように指導する、
とされています。

減量は段階的に行ない、
時間は掛かっても徐々に行ないます。
薬を変更することはせず、
そのまま減量することを原則とします。

長期作用の薬と短期作用の薬との、
どちらが安全性が高いかどうかについては、
議論のあるところで、
日本の本には概ね、
長期作用の薬の方が、
依存性が形成されずに良い、
との記載がされていますが、
上記のヨーロッパのガイドラインには、
そうした記載はなく、
むしろ長期作用型の薬は、
患者さんが時間を守らずに飲み、
過量になることが多いので、
チェックが必要だと書かれています。
また、長期作用型の薬を使用している場合には、
減量時に短期作用型の薬に変えてはいけない、
と書かれています。
これは離脱症状が生じ易くなるためです。

しかし、
現実にはこのガイドラインを守り、
短期間でベンゾジアゼピンを中止することは、
そう容易いことではありません。

これは日本でのみそうだ、
ということではなく、
上記の文献の序文によれば、
世界中の特に先進諸国においては、
多くの患者さんがベンゾジアゼピン系の薬剤を、
数年以上という期間、
持続的に使用しているとされています。

もう1つのベンゾジアゼピンの長期使用における危惧は、
特に65歳以上の高齢者に使用した場合の、
認知機能の低下についての悪影響です。

これも上記の論文の序文にあるものですが、
フランスでは65歳以上の人口の、
なんと3割がベンゾジアゼピンの使用者であるそうです。

ベンゾジアゼピンを高齢者に使用した場合、
短期的に問題になるのは、
大脳辺縁系の機能を抑えることによる、
ふらつきや意識レベルの低下と、
それに伴う転倒や骨折です。

そして、
長期的に使用した場合に問題になるのが、
認知症発症のリスクを増やすのではないか、
という危惧です。

ただ、この点については、
増やすという見解のある一方、
一部のベンゾジアゼピンが、
むしろ認知症のリスクを低下させる、
といような報告もあって、
その影響は確定したものではありません。

今回の研究は、
1980年代に65歳以上であった、
その時点ではベンゾジアゼピンを使用していない、
1063名の男女をエントリーし、
その後15年間の経過観察を行なって、
その間の認知症の発症と、
その間に新たに使用された、
ベンゾジアゼピンの内服との関連性を、
検証したものです。
ベンゾジアゼピンは上記の薬剤が抗不安薬と睡眠導入剤とに関わらず、
全て含まれています。

非常に息の長い研究ですね。

15年の間に、
そのうちの95名がベンゾジアゼピンの服用を開始し、
253名が認知症を発症しています。
ベンゾジアゼピン服用者のうちの認知症の発症は30名で、
服用していない968名中の発症者は223名です。

このことより、
ベンゾジアゼピン以外の、
認知症に関わると思われる因子を補正した結果、
ベンゾジアゼピン服用者の認知症発症リスクは、
相対リスクで服用しない場合の、
1.62倍と有意に高いものになりました。

つまり、
高齢者における一定期間以上のベンゾジアゼピンの内服が、
認知症の発症リスクを上昇させることが、
裏付けられた、と言う結果です。

もう1つ、
経過中の発症のみならず、
全経過を通じて、
認知症群とそうでない群とで、
ベンゾジアゼピンの使用と認知症発症との関わりを解析すると、
概ね5割程度、
ベンゾジアゼピンの使用により、
認知症の発症が増加する可能性がある、
という結果が得られました。

この研究は非常に長期間にわたる経過が、
検証されている点が大きなポイントです。

ただ、実際に経過観察中にベンゾジアゼピンを開始した事例は、
全体から見ると少数であったので、
どのベンゾジアゼピンがリスクを高めているのか、
といった詳細は分析がされていません。

従って、
この結果のみで、
認知症とベンゾジアゼピンとの関わりを、
断定的に論じるのは適切ではないと思います。

ただ、
いずれにしても高齢者へのベンゾジアゼピンの使用は、
認知機能の少なからず影響を与えることは間違いがなく、
その使用にはより慎重であるべきである、
と言う点は、
臨床医が強く認識するべき点ではないかと思います。

最近の多くの研究により、
ベンゾジアゼピン系の薬剤が、
長期使用により多くの弊害のある薬であることは、
ほぼ間違いのない事実として、
認識されるようになりました。

ただ、たとえば高齢者の不眠や不安に関して言えば、
若年者とはまた別個の苦しみがあり、
その苦しみを緩和する意味で、
睡眠導入剤や抗不安薬の慎重かつ低用量での使用が、
患者さんの苦しみを軽減する意味で、
有用な場合が少なからずあることも事実です。

高齢者にはそうした薬は使用せず、
若年者においても、
その使用は最長でも12週間に留めるという方針は、
確かに世界中のガイドラインに明記されていますが、
実際には中止が困難な事例が多く、
フランスでは65歳以上の3割に使用されている、
というデータを見れば、
これが海外においても、
絵に描いた餅に過ぎないことは明らかです。

精神科や心療内科の医者は、
最近はベンゾジアゼピンの使用を控えていて、
「絶対に出すべきではない」
と公言するような先生もいらっしゃいますが、
その代わりに多く使用されている、
抗精神病薬や抗うつ剤や抗けいれん剤が、
果たしてベンゾジアゼピンより安全性において勝っているのか、
という点については、
左程の検証がなされていないように思います。
個人的な見解では、
むしろ長期的な悪影響は、
そうした代替薬にも少なからず存在するように考えます。

非ベンゾジアゼピン系の安定剤としてのセディールや、
メラトニン系を賦活させる働きのロゼレムが、
切り替えとして使用されることも多いのですが、
効果は不充分なことが多く、
課題を残しています。
またその長期的な影響は、
現時点では未知数です。

ベンゾジアゼピンの長期使用の研究は数多く、
その意味では慎重にそのリスクを考慮した上で使用すれば、
より安全な薬剤になり得る、
という言い方も出来るのです。

ベンゾジアゼピンはまた、
慢性疼痛などの領域では、
むしろ処方は増えていて、
慢性の肩こりや頭痛、原因不明の関節痛などで、
疼痛の専門医とされる先生を受診すると、
リリカと併用でデパスが投与されることが非常に多く、
長期処方がされているので、
こうした点にも矛盾と疑問とを強く感じます。

本来はガイドラインの趣旨を考えれば、
ベンゾジアゼピンは2週間を限度の処方に制限し、
ジェネリックも認可などすべきではないと思いますが、
実際には多数のジェネリックが発売され、
30日の長期処方も認められています。
これも甚だしい矛盾に感じますが、
格別問題視される方はいません。

ベンゾジアゼピンが有用性の高い薬であることは事実で、
それがある故に広範に使用され、
今も多くの患者さんが、
その使用により社会生活を送る助けになっていることも事実です。

ただ、
この薬の長期連用は、
特に高齢者では望ましくはなく、
今後はよりリスクの少ない代替治療を検討すると共に、
安全かつ患者さんにご負担の少ない形で、
薬を減量し中止する方向に進むべきだと思いますし、
そのための手法については、
最優先の課題として、
全ての臨床医が強力して努力するべき課題のように思います。

最後にベンゾジアゼピンを現在飲まれている方で、
上記の記事を読まれて、
服用にご不安を持たれた方は、
決して独断で飲むのを止めることなく、
主治医の先生にしっかりとご相談下さい。

よく、
「医者にはロクでもない奴もいる」
のような悪態を、
平気で書かれるようなスーパードクターの方がいますが、
僕は下の下に属する医者として、
そうした考えは絶対に持ちたくはありません。
色々な医者がいますが、
誤解を招く言動があるとしても、
心の奥では目の前の患者さんの、
少しでも助けになりたいと、
思っていることだけは同じと信じています。

医者は個人としての医者ではありますが、
その一方でユングの言うペルソナとしての、
1つの職種としての医者でもあり、
基本的には全ての医者を代弁する、
という意識を持つことが、
非常に重要でありながら、
実は欠けている部分のような気がします。

開業医が悪いとか、
医師会が駄目だとか、
3世代のセフェムを安易に使う馬鹿がいるとか、
ヒトパピローマウイルスワクチンにリスクがあるように言うから阿呆だとか、
確かに個別には、
ある時点の常識からすれば真実かも知れませんが、
そういうのはあまり良くないと思います。

どうしてそうした発言が、
外部の本物の悪党にしめしめと利用され、
医療は更に悪い方向に向かうのが分からないのでしょうか?

皆それなりに目の前の患者さんに対しては真剣である筈で、
それをまずは信じることが、
重要なことではないでしょうか?

すいません。
話が脱線しました。

ベンゾジアゼピンを現在飲まれている患者さんは、
主治医の先生と、
ベンゾジアゼピンの現時点でのメリットとデメリットについて、
良く相談して下さい。
その上で将来的な減量と中止に向けて、
先生の考えを聞き、
共通の目標を持って、
治療を続けて下さい。
それが最良の選択であると僕は信じています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

chima

>外部の本物の悪党にしめしめと利用され、
>医療は更に悪い方向に向かうのが分からないのでしょうか?
私には悪党の存在が分からないのですが、
色々あるんだなと言う事はわかりました。
センセーショナルな話題や声の大きな人に流されないで、
目の前のお医者様とよく相談していこうと思います。
ありがとうございます。

by chima (2012-10-10 11:23) 

taniyan

石原先生

今晩は、本日も診療業務お疲れ様でした。

久しぶりの書き込みです、PC初期化でID/PW失念で。

この記事、相当気になって読ませていただきました。

血圧動揺(精神)防止にデパス0.5mg×2、眠剤にロフィプノール1mg、ハルシオンン0.25mg、RLSでリボトリール0.5mg。

もうどうでも良い年齢ですが気になります、でも止めれそうになし。

最近物事の読み出しができなかったり、時間を要するのは薬剤性?。
ま、加齢もあるので明確にはできませんが。

愚話になり済みません。

               taniyan


by taniyan (2012-10-10 18:23) 

fujiki

chima さんへ
コメントありがとうございます。
あまり深い意味はありませんので、
軽く読み流して頂ければと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2012-10-10 22:59) 

fujiki

taniyan さんへ
コメントありがとうございます。
ベンゾジアゼピンは必要な方も多くいらっしゃいますし、
上記の記事はまだ確定した、
という性質のものではありません。
ご心配はし過ぎないようにして下さい。
ただ、可能であれば減量を、
という意識は持って頂いて、
うまく薬と付き合って頂くのが良いのではないかと思います。
by fujiki (2012-10-10 23:02) 

石井雅之

以前ベンゾジアゼピンについて質問させて頂いた石井と申します。その節は大変お世話になりました。
自分で調べて行くうちにセディールという抗不安薬は依存性や
耐性がないとのことですが、先生の記事でセディールはあまり
効果がでにくいと知りました。セディールには抗不安作用は
あまり期待できないのでしょうか。
また、ベンゾジアゼピンは睡眠薬としては2週間、抗不安薬として
は12週間とありますが、この期間を越えてしまうと減薬や薬の中止
は困難なのでしょうか。不安です。
by 石井雅之 (2013-12-19 13:23) 

たた

どうして日本は短時間作用型のが依存が多いとしているのでしょう
日本のみの主張なのですか?
by たた (2017-03-15 23:54) 

fujiki

たたさんへ
これはよく分かりませんが、
日本でも色々なお考えの先生があるようです。
離脱時には長期型の方が減量しやすい、
と言う点に関しては見解は一致していると思います。
by fujiki (2017-03-16 07:44) 

たか

そうでしたか、わたしも昔、大きなショックを受ける出来事のあとにメイラックスとレンドルミンを三年程飲んでいましたが、それから10年経って初めて問題の可能性をインターネットでたまたま見ました。私は何一つ問題がなく普通に飲みながら仕事をしていましたし、一気にダンヤクもしましたがなにもなかったので、世間で何故こんなに騒がれているのだろう?と不思議に思いましたので。それで長期作用型だから??と思いましたので。まあ、いまも元気ですがちょっときになりましたので質問しました、回答ありがとうございます。
by たか (2017-03-17 22:47) 

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