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甲状腺癌の頻度の年次推移を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は午前中に石原が病院受診のため、
診療所は午前中は代診になります。
午前10時頃からの開始になるかと思いますので、
どうかご了承下さい。
予約の胃カメラと健康診断は、
通常通りに行ないます。

午後は通常通りの診療になりますので、
可能であれば午後のご受診をお願いします。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺癌の年次推移.jpg
2007年のEuropean Journal of Cancer誌に掲載された、
甲状腺癌の頻度の年次推移に関する論文です。
フランスでの疫学研究です。

甲状腺癌の統計では、
国内外を問わず、
その発症率は増加しているのですが、
その原因の解釈については、
大きく分けて2つの立場があります。

1つ目の立場は、
医療放射線や原発事故、核実験などの放射線の被曝が、
その原因になっているのではないか、
という考え方で、
チェルノブイリの原発事故後に、
小児甲状腺乳頭癌が増加したことが、
その1つの傍証になっています。

もう1つの立場は、
超音波検査の導入や、
穿刺細胞診などの治療法の進歩により、
以前であれば診断されなかった癌が、
より多く発見されたことによる増加で、
実際にはその頻度自体は変わりはないのではないか、
という考え方です。

甲状腺癌が即命に関わる病気であれば、
こうした議論は起こらないのですが、
実際には多くの微小な甲状腺癌は、
放置していてもそれほどの影響を、
全身には与えないことが多く、
他のご病気で亡くなった方を解剖すると、
そうした未発見の甲状腺癌が多く見付かる、
という知見もあり、
現象の理解を複雑にしています。

誤解のないように補足しますが、
甲状腺癌は決して放置して良い病気ではなく、
その中には命に関わる経過を取るものもありますし、
早期の診断と慎重な経過観察が、
必要であることは他の多くの癌と同じです。

今回ご紹介する文献では、
フランスにおいて1983年から2000年の期間に、
診断され治療された、
3381例の甲状腺癌について、
その年次的な推移を検証しています。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
甲状腺癌トータルの年次推移の図.jpg

年次毎に、
1990年を基準にして、
男女別、癌の組織型別に、
その例数の年次的な推移から、
癌の相対リスクを図にしたものです。

甲状腺癌には幾つかの組織型があり、
その代表は乳頭癌と濾胞癌です。

この図でPapillaryと書かれているのは乳頭癌で、
Follicularと書かれているのは濾胞癌です。

図を見て頂くとお分かりのように、
乳頭癌は年を追う毎に増えていて、
その一方濾胞癌は一定の傾向がありません。

ただ、
実際に診断される甲状腺癌の多くは、
乳頭癌です。

トータルな例数で見ると、
乳頭癌が2901例(男性576例、女性2325例)に対して、
濾胞癌は480例(男性112例、女性368例)です。
年齢分布は15歳以上で、
所謂小児癌は含まれていません。

また、その早期診断は、
乳頭癌が甲状腺の超音波検査と穿刺細胞診により、
いずれも特徴的な所見があり、
ほぼ確定診断に近い術前診断が可能なことが多いため、
微小癌の診断の事例が増加しているのに対して、
濾胞癌は良性のしこりとの鑑別が難しく、
穿刺細胞診でも診断が困難なので、
その多くがある程度進行した段階で手術されます。

ただ、
上記の文献の記載を読むと、
4センチ以下でほぼ半数の濾胞癌が診断されていて、
これはフランスでは、
5ミリを超える結節は、
診断の困難な事例であっても、
かなり積極的に手術が行なわれているということを、
示唆するもののように思われます。

通常4センチ以下の濾胞癌を、
手術の前に確実に診断することは、
非常に困難と考えられているからです。
微小な濾胞癌の診断は、
あくまで術後のものと思われます。

1センチ以下の結節が、
積極的に発見され診断されるようになったことが、
甲状腺癌の増加に繋がっているのではないか、
という意見があることは、
最初にご紹介しました。

診断のし易さから、
当然この大きさの癌は、
濾胞癌より乳頭癌の方が多く見付かりますから、
年次的な増加が乳頭癌のみに見られることは、
診断の精度によるバイアスであるという見解と矛盾はしません。

そこで、
増加している乳頭癌に限って、
大きさに分けての増加の仕方が、
検討されています。

こちらをご覧下さい。
甲状腺乳頭癌の頻度の図.jpg
女性の甲状腺乳頭癌の発症リスクを、
その診断時の大きさに分けて検討したものです。
横軸はその患者さんの出生年齢です。

出生年齢が低いほど、
乳頭癌の発症リスクは増加しています。
診断の精度が上がったためだけと考えると、
微小癌のみが増加しても良さそうですが、
実際には4センチを超えるような、
大きな癌も増加しています。

ただ、実際の事例の内訳を見ると、
例数として増えているのは、
圧倒的に1センチ以下の微小癌が多く、
年次的な増加の主体はあくまで微小癌であって、
それが増加したのは診断技術の進歩のためだ、
という言い方も勿論可能です。

この文献の結論は、
最近の甲状腺乳頭癌の頻度の増加は、
概ね診断精度の上昇で説明可能であるが、
それ以外の要因が関与している可能性も、
否定は出来ない、
というものです。

この辺は非常に難しいところで、
甲状腺乳頭癌の増加の主因が、
超音波検査や細胞診の進歩によるものであることは、
ほぼ事実と思われますが、
ではそれ以外に原因はないのかと言うと、
必ずしもそうではないように思います。

隈病院の先生が書かれた昔の本では、
医療被曝の増加により、
甲状腺乳頭癌が増加している、
という見解が、
臨床医の経験的な実感として、
明確に書かれていました。
今もそうした記載が残っているかどうかは分かりませんが、
そうした感触というものは、
確かにあったのです。

チェルノブイリ事故後の小児甲状腺癌の増加も、
診断のバイアスによるものだ、
という見解も未だに存在しますが、
これも最初は臨床医の、
「これは絶対におかしい」
という感覚から始まっていることは事実で、
こうした事例の場合、
蓄積された症例のデータから、
検査等によるバイアスを取り除くことは、
実際には非常に困難です。

病気ですから、
医者は早期に診断したいと思いますし、
1人でも多くの患者さんを発見したいと思うので、
当然そのことによるバイアスは大きくなり、
その影響を取り除いて、
有意な差を出すことは難しくなります。

上記の文献を見ても、
内容はそうクリアではないのです。

診断法の進歩による増加と比較すると、
仮に放射線被曝による増加があったとしても、
その影に隠れてしまうことは、
充分に考えられるからです。

そうした意味で、
現在福島で行なわれている大規模な甲状腺超音波検診も、
その結果の解釈はそう簡単なものではなく、
僕達は近視眼的な立場に立つことなく、
あらゆる可能性を視野に入れて、
慎重にその経過を見守る必要が、
あるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

そろそろ出掛けます。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
濾胞癌と乳頭癌の診断の違いについて、
若干の補足を行ないました。
(2012年9月22日午後10時追加)
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とし

いつもブログを拝見させて頂いております。
福島のとなりの県に住んでおり、4歳の子供がおります。
いまだに線量はそこそこあります。
質問なのですが、小児の甲状腺癌は、
素人が触診してもわかるものなのでしょうか?
私の県では甲状腺のエコー検査でのスクリーニングをしていないので、一応子供ののど仏の下の部分をさわっているのですが、
今のところしこりなどはないと思うのですが。
触診法のコツがあれば教えて頂きたいのですが、
よろしいでしょうか?
by とし (2012-09-22 08:23) 

fujiki

としさんへ
お首を少し上に向けて、
ゴクンと唾を飲むと、
甲状腺は咽喉仏と一緒に上に移動するので、
見易くなります。
触診は固いしこりであれば、
ある程度経験のある医者で、
2センチくらいからは判断可能と思いますが、
難しいと思います。
むしろ唾を飲んで移動する皮膚の盛り上がりがあれば、
それを見て頂く方が役立つと思います。

勿論そうしたことは物凄く稀ですが、
未分化な癌は不用意な触診によって、
悪化するケースもあり、
あまり強くお首を押すようなことは、
されない方が良いのではないかと思います。

比較的急激に大きくなるしこりであれば、
痛みや違和感を伴いますし、
食事を飲みこんだ時などに、
おかしな感じを訴えることが多いと思います。
そうした所見があれば、
ご相談頂くのが良いように思います。

端的にいえば、
今問題になっているような、
1センチ程度かそれ以下のしこりを、
触診で判断するのは無理だと思います。
by fujiki (2012-09-22 22:15) 

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