前立腺癌に対する間欠的ホルモン抑制療法について [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は主に事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
前立腺癌の治療のオプションについての論文です。
前立腺癌は高齢の男性に多い癌の代表ですが、
その増殖には男性ホルモンの関与が大きく、
全身に転移したような進行癌においても、
男性ホルモンを抑制する治療により、
その進行が抑えられ、
予後を改善する効果のあることが知られています。
その発見は1941年のことですから、
驚くほど昔のことです。
全身に転移を来たし、
痛みを訴える前立腺癌の患者さんが、
睾丸の切除や女性ホルモンの使用により、
痛みから劇的に解放されることが報告されたのです。
この業績は後にノーベル賞の受賞に結び付きました。
その後1971年になって、
LHRHと呼ばれる、
視床下部のホルモンの構造が解明され、
LHRHアゴニストという薬が開発されます。
これは性ホルモンを刺激する作用を持つ筈ですが、
間欠的に増加する場合にはそうでも、
持続的に上昇することにより、
男性ホルモンの分泌を強力に抑制します。
1ヶ月に一度、
場合によっては数ヶ月に一度の注射で、
男性ホルモンはほぼ100%抑制され、
その状態が持続します。
1980年代にはその効果判定に、
PSAという血液検査の有用性が確認され、
LHRHアゴニストの注射でホルモンを抑制し、
その効果をPSAの測定で確認する、
という治療の流れが確立します。
時には単独の治療として、
また手術などの治療と併用する形で、
このホルモン抑制療法は広く利用されています。
しかし…
この治療は有用性のある反面、
幾つかの問題点も指摘されるようになって来ています。
1つの問題は、
男性ホルモンを強力に抑えることにより、
患者さんによっては多くの弊害が生じる、
ということです。
患者さんはご高齢の方が多いので、
さほどの問題にはならないと、
当初は考えられましたが、
その自覚症状にはかなりの幅があり、
人によっては、
抑うつ状態や頭痛、発汗、
全身倦怠感など、
多くの一種の男性更年期症状が出現します。
また男性ホルモンの抑制が長く続くことにより、
筋肉量が減少し、
それがインスリン抵抗性を惹起して、
内臓脂肪の増加から、
動脈硬化の進行に繋がるリスクや、
骨減少症に繋がるリスクも指摘されています。
以前記事にしましたように、
筋肉は一種のホルモン臓器で、
脂肪組織に影響を与えているので、
こうしたことが起こるのです。
当初の男性ホルモン抑制療法は、
全身に転移を来たし疼痛のある患者さんが対象ですから、
間違いなくその効果が、
副作用や有害事象に勝っている、
と言えるのですが、
現在では比較的軽症の患者さんでも、
この治療が行なわれているので、
そうなると、
ホルモン療法の副作用が、
患者さんによっては無視出来ず、
却って使用しない方が、
トータルな患者さんの人生を考えると、
苦痛や制限が少ない、
というケースも考えられるのです。
もう1つの問題は、
この治療を長期間継続すると、
一定の割合の患者さんでは、
男性ホルモンを抑制し続けていても、
再発したり進行したりする患者さんが、
存在するという事実です。
つまり、
元々は男性ホルモンに依存していた癌細胞が、
男性ホルモンとは無関係に増殖するように、
その性質を変えてしまうことがあるのです。
仮にその方の癌が軽症で、
放っておいても、
それほど問題のない性質のものであったのに、
男性ホルモン抑制療法を継続することで、
腫瘍の性質が変わり、
ホルモン療法が無効になってしまうとしたら、、
治療はそのことにより却って困難となり、
ホルモン療法はむしろ行わない方が良かった、
という結果になる可能性も皆無ではありません。
そこで、
男性ホルモン抑制療法を、
より効果的に、
より副作用の少ないものとし、
男性ホルモン抵抗性の腫瘍になることも防ぐような、
そうした治療法の改良が、
検討されるようになります。
この観点から注目されているのが、
男性ホルモンの間欠的抑制、
という考え方です。
男性ホルモンの刺激により、
腫瘍は増大し、
ホルモンをゼロにすることにより、
その進行が抑えられるのですから、
継続的に薬を使い、
継続的にホルモンをゼロにし続けるのが、
良いのではないか、
と普通はそう考えます。
しかし、
動物実験や培養細胞のデータでは、
持続的にホルモンをゼロにし続けると、
高率にホルモン抵抗性の癌細胞が増加しますが、
間欠的にゼロにして、
ホルモン値が元に戻るような期間を設けてやると、
細胞のホルモン反応性が維持されるので、
ホルモン抵抗性の細胞が増加し難い、
という知見があります。
そして、
癌細胞にも一定の増殖の周期があるので、
一旦ホルモンをゼロにして、
完全に叩いてしまうと、
その周期が過ぎるまでは、
その効果は維持されるのです。
更には、
間欠的な使用であれば、
男性更年期症状も、
より軽度に留まる可能性があります。
つまり、
間欠的なホルモン抑制療法を選択することにより、
その効果がより多くの患者さんに、
長期的に期待出来ると共に、
薬の使用量が減るので、
医療費の削減にもなり、
副作用も軽減される可能性があるのです。
これが事実であるなら、
間違いなく間欠療法の方が優れている、
ということになります。
この間欠治療にも様々な方法が試みられていて、
それぞれ一定の効果が報告されていますが、
現時点で格段に持続的な治療に勝る、
という結果はないようです。
今回の文献は、
この治療のパイオニア的な研究者の1人である、
Crook先生のグループによるもので、
これまでにも多くのデータを出していますが、
転移のない前立腺癌で、
放射線治療を行ない、
それから1年以上が経過して、
血液のPSAの数値が3ng/mlを超えている患者さん、
トータル1386例を、
持続的なホルモン抑制療法群と、
間欠的ホルモン抑制療法群との2群に割り付け、
その後の経過を平均6.9年間観察しています。
これはあくまでその必要性の高い患者さんに、
治療を行なっている、という点がポイントです。
間欠療法は原則8か月間の治療を行ない、
その後に治療を中止して、
休薬期間を置きます。
休薬期間中はPSAを2か月ごとに測定し、
PSAが10を超えれば、
再度治療を再開して、
8か月行なってまた休薬期間を置く、
というプロセスのものです。
その結果はどのようなものだったのでしょうか?
患者さんの生存期間の中央値は、
持続的な治療で9.1年で、
間欠的な治療では8.8年でした。
つまり、殆ど差はありませんが、
少なくとも間欠的な治療が、
明確に良い、と言える結果ではありません。
男性更年期に係わる症状は、
間欠的な治療の方が少ない傾向にはありましたが、
その調査のタイミングも、
必ずしも適切ではなかったと思われ、
明確な差は出ていません。
ホルモン抵抗性の癌の出現は、
間欠投与群の方がやや少なく、
その出現時期も遅れる傾向にありました。
しかし、これもそれほどの差ではありません。
端的に言えば、
持続的な治療に劣ることはありませんが、
思ったほどの効果ではなかったのです。
持続的な治療に決して劣らない効果があり、
副作用はやや少なく、
医療費も削減出来ますから、
その意味では意義のある治療法ですが、
頻回に血液検査をするなど、
経過を見て調節が必要になる点は煩雑ですし、
患者さんも何となく不安定な気分で、
治療を続けるような形になります。
理論が正しければ、
もっと明確な差が付いても良い筈で、
この治療が今後主流になるものかどうかは、
その使用法を含めて、
まだ研究途上のものと考えた方が良さそうです。
今日は前立腺癌の間欠的ホルモン抑制療法の話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は主に事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
前立腺癌の治療のオプションについての論文です。
前立腺癌は高齢の男性に多い癌の代表ですが、
その増殖には男性ホルモンの関与が大きく、
全身に転移したような進行癌においても、
男性ホルモンを抑制する治療により、
その進行が抑えられ、
予後を改善する効果のあることが知られています。
その発見は1941年のことですから、
驚くほど昔のことです。
全身に転移を来たし、
痛みを訴える前立腺癌の患者さんが、
睾丸の切除や女性ホルモンの使用により、
痛みから劇的に解放されることが報告されたのです。
この業績は後にノーベル賞の受賞に結び付きました。
その後1971年になって、
LHRHと呼ばれる、
視床下部のホルモンの構造が解明され、
LHRHアゴニストという薬が開発されます。
これは性ホルモンを刺激する作用を持つ筈ですが、
間欠的に増加する場合にはそうでも、
持続的に上昇することにより、
男性ホルモンの分泌を強力に抑制します。
1ヶ月に一度、
場合によっては数ヶ月に一度の注射で、
男性ホルモンはほぼ100%抑制され、
その状態が持続します。
1980年代にはその効果判定に、
PSAという血液検査の有用性が確認され、
LHRHアゴニストの注射でホルモンを抑制し、
その効果をPSAの測定で確認する、
という治療の流れが確立します。
時には単独の治療として、
また手術などの治療と併用する形で、
このホルモン抑制療法は広く利用されています。
しかし…
この治療は有用性のある反面、
幾つかの問題点も指摘されるようになって来ています。
1つの問題は、
男性ホルモンを強力に抑えることにより、
患者さんによっては多くの弊害が生じる、
ということです。
患者さんはご高齢の方が多いので、
さほどの問題にはならないと、
当初は考えられましたが、
その自覚症状にはかなりの幅があり、
人によっては、
抑うつ状態や頭痛、発汗、
全身倦怠感など、
多くの一種の男性更年期症状が出現します。
また男性ホルモンの抑制が長く続くことにより、
筋肉量が減少し、
それがインスリン抵抗性を惹起して、
内臓脂肪の増加から、
動脈硬化の進行に繋がるリスクや、
骨減少症に繋がるリスクも指摘されています。
以前記事にしましたように、
筋肉は一種のホルモン臓器で、
脂肪組織に影響を与えているので、
こうしたことが起こるのです。
当初の男性ホルモン抑制療法は、
全身に転移を来たし疼痛のある患者さんが対象ですから、
間違いなくその効果が、
副作用や有害事象に勝っている、
と言えるのですが、
現在では比較的軽症の患者さんでも、
この治療が行なわれているので、
そうなると、
ホルモン療法の副作用が、
患者さんによっては無視出来ず、
却って使用しない方が、
トータルな患者さんの人生を考えると、
苦痛や制限が少ない、
というケースも考えられるのです。
もう1つの問題は、
この治療を長期間継続すると、
一定の割合の患者さんでは、
男性ホルモンを抑制し続けていても、
再発したり進行したりする患者さんが、
存在するという事実です。
つまり、
元々は男性ホルモンに依存していた癌細胞が、
男性ホルモンとは無関係に増殖するように、
その性質を変えてしまうことがあるのです。
仮にその方の癌が軽症で、
放っておいても、
それほど問題のない性質のものであったのに、
男性ホルモン抑制療法を継続することで、
腫瘍の性質が変わり、
ホルモン療法が無効になってしまうとしたら、、
治療はそのことにより却って困難となり、
ホルモン療法はむしろ行わない方が良かった、
という結果になる可能性も皆無ではありません。
そこで、
男性ホルモン抑制療法を、
より効果的に、
より副作用の少ないものとし、
男性ホルモン抵抗性の腫瘍になることも防ぐような、
そうした治療法の改良が、
検討されるようになります。
この観点から注目されているのが、
男性ホルモンの間欠的抑制、
という考え方です。
男性ホルモンの刺激により、
腫瘍は増大し、
ホルモンをゼロにすることにより、
その進行が抑えられるのですから、
継続的に薬を使い、
継続的にホルモンをゼロにし続けるのが、
良いのではないか、
と普通はそう考えます。
しかし、
動物実験や培養細胞のデータでは、
持続的にホルモンをゼロにし続けると、
高率にホルモン抵抗性の癌細胞が増加しますが、
間欠的にゼロにして、
ホルモン値が元に戻るような期間を設けてやると、
細胞のホルモン反応性が維持されるので、
ホルモン抵抗性の細胞が増加し難い、
という知見があります。
そして、
癌細胞にも一定の増殖の周期があるので、
一旦ホルモンをゼロにして、
完全に叩いてしまうと、
その周期が過ぎるまでは、
その効果は維持されるのです。
更には、
間欠的な使用であれば、
男性更年期症状も、
より軽度に留まる可能性があります。
つまり、
間欠的なホルモン抑制療法を選択することにより、
その効果がより多くの患者さんに、
長期的に期待出来ると共に、
薬の使用量が減るので、
医療費の削減にもなり、
副作用も軽減される可能性があるのです。
これが事実であるなら、
間違いなく間欠療法の方が優れている、
ということになります。
この間欠治療にも様々な方法が試みられていて、
それぞれ一定の効果が報告されていますが、
現時点で格段に持続的な治療に勝る、
という結果はないようです。
今回の文献は、
この治療のパイオニア的な研究者の1人である、
Crook先生のグループによるもので、
これまでにも多くのデータを出していますが、
転移のない前立腺癌で、
放射線治療を行ない、
それから1年以上が経過して、
血液のPSAの数値が3ng/mlを超えている患者さん、
トータル1386例を、
持続的なホルモン抑制療法群と、
間欠的ホルモン抑制療法群との2群に割り付け、
その後の経過を平均6.9年間観察しています。
これはあくまでその必要性の高い患者さんに、
治療を行なっている、という点がポイントです。
間欠療法は原則8か月間の治療を行ない、
その後に治療を中止して、
休薬期間を置きます。
休薬期間中はPSAを2か月ごとに測定し、
PSAが10を超えれば、
再度治療を再開して、
8か月行なってまた休薬期間を置く、
というプロセスのものです。
その結果はどのようなものだったのでしょうか?
患者さんの生存期間の中央値は、
持続的な治療で9.1年で、
間欠的な治療では8.8年でした。
つまり、殆ど差はありませんが、
少なくとも間欠的な治療が、
明確に良い、と言える結果ではありません。
男性更年期に係わる症状は、
間欠的な治療の方が少ない傾向にはありましたが、
その調査のタイミングも、
必ずしも適切ではなかったと思われ、
明確な差は出ていません。
ホルモン抵抗性の癌の出現は、
間欠投与群の方がやや少なく、
その出現時期も遅れる傾向にありました。
しかし、これもそれほどの差ではありません。
端的に言えば、
持続的な治療に劣ることはありませんが、
思ったほどの効果ではなかったのです。
持続的な治療に決して劣らない効果があり、
副作用はやや少なく、
医療費も削減出来ますから、
その意味では意義のある治療法ですが、
頻回に血液検査をするなど、
経過を見て調節が必要になる点は煩雑ですし、
患者さんも何となく不安定な気分で、
治療を続けるような形になります。
理論が正しければ、
もっと明確な差が付いても良い筈で、
この治療が今後主流になるものかどうかは、
その使用法を含めて、
まだ研究途上のものと考えた方が良さそうです。
今日は前立腺癌の間欠的ホルモン抑制療法の話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2012-09-12 08:11
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