SSブログ

スタチンによる認知機能低下を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
スタチンの認知機能障害.jpg
2009年のPharmacotherapy誌に掲載された、
コレステロール降下剤による、
認知機能低下の副作用についての論文です。

非常に興味深い内容ですが、
一般にはあまり知られておらず、
医療関係者の認識も低いのではないかと思います。

コレステロール、特に悪玉コレステロールと通称される、
LDLコレステロールの上昇が、
動脈硬化を進める大きな要因となり、
その血液の濃度を低下させることにより、
心筋梗塞や脳卒中の再発が減るなどの、
効果があることは、
多くの臨床研究により確認された事実です。

そのコレステロール低下療法でもっぱら使用される薬が、
コレステロールの肝臓での合成を抑える作用を持つ、
スタチンと呼ばれる薬剤です。

最初のスタチンがプラバスタチン(商品名メバロチンなど)で、
その後シンバスタチン(商品名リポバスなど)、
フルバスタチン(商品名ローコールなど)、
アトルバスタチン(商品名リピトールなど)、
ピタバスタチン(商品名リバロ)、
ロスバスタチン(商品名クレストール)が、
日本でも使用され、
特にアトルバスタチン以降の薬剤は、
コレステロール低下作用が、
強力になっていることが知られています。

このスタチンには、
コレステロール低下作用以外にも、
血管内皮の炎症を抑えるなどの、
別箇の抗動脈硬化作用があることも、
指摘されていて、
動脈硬化それ自体の治療薬として、
その適応は拡大しています。

しかし…

スタチンにも副作用があります。

一番知られているのは筋肉細胞に対する障害性で、
これはミトコンドリアを介するものと考えられています。
筋肉のだるさや痛み、力を入れ難いなどの症状が起こり、
血液検査では筋肉細胞が炎症を起こしたり壊れた時に上昇する、
CPKという数値が異常値を示します。
稀には横紋筋融解症と呼ばれる重症の状態になり、
血尿や腎不全を来すような事例も報告されています。

そして、
この筋肉の副作用に比べると知られていませんが、
海外では多くの報告があるのが、
認知機能や記憶に対する影響です。
健忘症や記憶障害、認知機能低下の報告が、
2003年頃より次々と報告され、
数十例を集めたレビューもあり、
そして今回の文献では、
アメリカにおいて、
スタチンの効果を検証する研究の登録者のうち、
スタチンによると思われる、
記憶や認知の障害が認められた、
171名の患者さんの症状経過をまとめています。

アメリカののスタチンによる、
自主的な副作用報告の事例としては、
筋肉に係わるものの次に多いのが、
こうした認知や記憶の障害と上記文献には書かれていて、
トータルな頻度として見れば少ないのですが、
決して稀なものでもなく、
無視出来るものでもない、
ということが分かります。

171例の中には非常に興味深い事例が多く含まれています。

比較的多い症状は一過性の全健忘で、
これはある数時間から数日の記憶が、
そっくりなくなってしまい、
その期間では新たな記憶の保持も困難で、
元の状態に戻っても、
その発作時の記憶は完全に欠落している、
というものです。

こうした症状は、
早いものではスタチン開始後1日以内に生じ、
遅いものでは数年間飲み続けた後に、
起こっているケースもあります。
(10年後発症という事例が最長です)
症状の発現までの期間は平均で20週間です。

こうした記憶障害は単独で生じることもあり、
他の認知機能の障害
(自分が何処にいるか分からなくなったり、
計算が出来なくなったりするなど)
を伴う場合の両者があります。

そして、
認知機能低下を伴うものは、
実際にアルツハイマー型認知症などの、
認知症の診断を受けてるケースも認められました。

こうした症状が何故、
スタチンと関連があると言えるかと言うと、
その第一は、
その症状がスタチンを中止後に、
改善しているケースが、
中止の事例143名中、
9割に当たる128名で確認されていて、
そのうちの55名は完全に元に戻っている、
という事実にあります。

改善までの時間は早い人では1日で、
平均の改善までの時間は、
2.5週間です。

もう1つこれがスタチンの副作用であることを、
裏打ちするデータは、
一旦中断したスタチンを再開した時に、
高率で再度記憶障害や認知機能低下の症状が、
再発している、
という事実です。

再開した場合の症状の発現は、
初回の時よりも早く出現する傾向があり、
平均の症状発現までの時間は1週間です。

更に傍証としては、
この症状はアトルバスタチンやロスバスタチンという、
強力な効果のスタチンでその比率が高く、
それも高用量での使用や、
高用量への増量後に、
症状の発現率が高い、
という傾向も認められています。

症状の発現頻度自体は、
処方量全体からすれば、
1万処方に1例もないと思いますが、
中止により改善し、再投与により再発する点や、
中止により高率に完全に元に戻ると言う点、
再投与ではより早期に症状が出現し、
用量や力価が多いほど、
症状が発現し易い、
というような点が確認されることから、
この症状がスタチンに起因する有害事象であることは、
ほぼ間違いがない、
と言って良いのではないかと思います。

何故スタチンの使用で、
記憶障害や認知機能の低下が起こるのかは不明です。

上記文献の推測では、
筋肉障害を起こすのと同様、
神経細胞のミトコンドリアの障害が、
要因ではないか、という仮説が記載されています。

ただ、
トータルにはスタチンで認知症の発症予防効果がある、
というデータもあるように、
スタチンは多くの患者さんにとっては、
むしろその後の認知機能に関しても、
良い影響を及ぼす可能性が高いのです。

問題はそれが体質や身体の代謝による効き過ぎ等の影響により、
一部の患者さんではむしろ有害に働くケースがある、
ということにあります。

臨床医としては、
こうした事例を見落としてはならないと思います。

それでは今日のまとめです。

スタチンは非常に有用性の高い、
抗動脈硬化剤ですが、
稀にその使用により、
記憶障害や認知機能の障害が、
急性に出現することがあります。

その症状は特に強力なスタチンの開始後や増量時に起こり易く、
数か月後の発症が多いのですが、
数日以内に起こることもあり、
また数年間使用した後に起こることもあります。

従って、
スタチン使用中に、
数時間の記憶が飛ぶようなタイプの記憶障害や、
認知症を思わせる症状が、
比較的急激に出現した場合には、
スタチンの副作用を疑い、
早期に一旦はスタチンを中止するのが必須です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(32)  コメント(11)  トラックバック(0) 

nice! 32

コメント 11

minK

何やら、色々と症例で思い当たる節があります。
なるほど~。
by minK (2012-07-27 15:19) 

fujiki

mink さんへ
コメントありがとうございます。
この件は日本でも、
見落とされている事例が、
結構あるように思います。
by fujiki (2012-07-27 22:31) 

taniyan

石原先生
今日は、何時も素人には難しい論文を分り易解説、大変興味深く拝読させて頂いてます。

気になるのは自分はかなり以前から記憶の読み出しに時間が掛かること、TV出演の見慣れたタレントの名前が直ぐ出ない、どうでも良い時に出てくる。

歳のせいと考えてましたが本記事で大変気になります。

メバロチン服用歴10mg30年、一年前からクレストール5mgに変薬、更に数カ月前からゼチーアを5mg/日追加。
ゼチーアは全く薬理が異なるので関係ないとは思ってますが。

一旦全て休薬して記憶がどうなるか確認してみたいところです。
但し他にも降圧剤はきめ安定剤、眠剤等10種も服用なのでそちらの影響の方が大きいような気もします。

しかし休薬して脂質が悪化しても急な病変は考え難いのでどうかな、なんて考えてます。

蛇足ですが最近の脳ドックで、検出できるラクナは無いと診断はされてはいます。
             taniyan
by taniyan (2012-07-28 16:09) 

fujiki

taniyan さんへ
コメントありがとうございます。
上記の文献にあるのは、
主に急性の発症の症状なので、
徐々に短期記憶が低下する、
というような現象と、
直結するものではないと思います。
ただ、ご心配でしたら、
クレストールのみ数か月休薬して、
ご様子を見ることも、
1つの考えではないかと思います。
by fujiki (2012-07-31 08:07) 

taniyan

石原先生
お早う御座います、多忙な中、丁寧な回答大変恐縮に存じます。

クレストールは夫婦で服用してますので一度試してみたいと存じます。

お互い高齢なのでその要因の方が影響してるかもです。

有難う御座いました。

連日の猛暑の中、診療業務大変お疲れ様です。

                      taniyan
by taniyan (2012-07-31 09:17) 

峯 博晃

2型糖尿病リスク上昇という副作用も報告され、訴訟問題化していますね。

http://blogs.naturalnews.com/pfizer-lawsuits-mount-due-lipitor-side-effects/?utm_content=buffer4c59f&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer
by 峯 博晃 (2014-08-11 13:03) 

元クレストール服用者

クレストールを飲んでるときは、服用を忘れることが多くパソコンのスケジュールソフトに入れていましたが、筋肉痛の発症でクレストールを止めたら意識しなくても「薬飲まなければ」と浮かんでくるようになりました。他の副作用で悪寒戦慄もありました。室温20度以上の脱衣所でシャワーを浴びて出てきたら悪寒で再度、風呂場に戻らないと耐えられませんでした。何もしていないのに足の指が攣るとかもありました。悪寒戦慄は中止後1週間以内になくなりました。
by 元クレストール服用者 (2016-06-04 13:37) 

志賀 映昭

三年ぶりです。先生のおかげで、私の妹は膠原病ではないことがわかり、自己責任で一切の薬をを停止いたしました。
現在、何事もなく健康に生活しております。発端はCK値でした。12年間臓器移植者が服用する免疫抑制剤を服用していましたが、薬を停止ご一か月でCK値は正常に(50程度)戻り以後の生活に何の障害もありません。
さて、久しぶりに、先生のコメントに出会い、スタチン剤の効用について貴重なご意見を拝聴いたしました。この課題をさらに追及していただきたいと思います。信州大学医学部教授 澤村達也教授の発見されたLOX-1ご検討ください。
by 志賀 映昭 (2016-08-24 19:17) 

みどり

大変 参考になりました。
今 リバロ を飲んでいます。
身体がとても倦怠感を感じていますが
ドクターは 子の薬がいかに良い薬で
飲む必要性があるかを 説明してくれます。
脳梗塞になって 今 2カ月が過ぎましたが
軽症で 傷害はありません。

いつまで スタチンを飲む必要があるのでしょうか・・?
リバロは ストロングスタチンなので
不安です・・
by みどり (2016-10-19 09:38) 

fujiki

みどりさんへ
原則としてはストロングスタチンを、
10年以上は継続することが推奨されています。
5年以下ではあまり効果は期待出来ず、
また弱いスタチンの有効性も、
アメリカのガイドラインでは否定的です。
ただ、はっきり倦怠感などの体調不良があるようでしたら、
その旨は主治医の先生に言って頂いて、
一時中止するのも選択肢の1つだと思います。
by fujiki (2016-10-20 08:18) 

むう

46歳女性です。
ロスバスタチン 内服を始めてどれくらい経った頃からか、短期記憶障害、集中力の欠如で酷く苦しんでいました。
倦怠感も酷く、うつ病ではないかとも悩んでもいましたので、明日医師に相談して服薬を中止使用と思います。
光が見えた気がして涙涙です。記事を書いてくださって感謝申し上げます。
by むう (2019-01-28 21:21) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0