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貴志祐介「硝子のハンマー」と密室の世界 [ミステリー]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

診療所は本日から6日(日曜日)まで、
連休のため休診です。
その間は原則メールの返信も出来ませんので、
ご了承下さい。

今日から妻と奈良に行く予定です。
あいにく朝から酷い雨です。

それでは今日の話題です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
硝子のハンマー.jpg
「鍵のかかった部屋」
というフジテレビのドラマをやっていて、
僕は以前はテレビのドラマなど、
全くと言って良いほど見なかったのですが、
最近は妻の付き合いで、
1シーズン4~5種類は見ています。

このドラマは、
貴志祐介の作品のうち、
「硝子のハンマー」と「狐火の家」、
そして「鍵のかかった部屋」を原作としている、
とされています。

このうち「硝子のハンマー」は長編で、
日本推理作家協会賞を受賞した、
代表作の1つですが、
そこに登場するキャラクターを再び登場させた、
残りの2つの本は、
それぞれ4つの作品を収録した、
連作短編集です。

特徴は、
その全ての作品が、
密室トリックを扱っている、
という点にあります。

密室ものの推理小説というのは、
好き嫌いの分かれる特殊なジャンルです。

僕は大好きで、
それは小学校と中学校の時に、
ミステリーを読み漁っていた原体験に基づいています。

密室トリックというのは、
より広い意味では「不可能犯罪」というジャンルになります。

どう考えても不可能な状況で、
殺人事件が起こるのですが、
それが最後には合理的に解決されるのです。

最初の推理小説とされるエドガー・アラン・ポーの、
「モルグ街の殺人」は、
部屋の中で尋常ならざる悲鳴や格闘の音がするので、
閉ざされたドアを皆で打ち破ると、
部屋の中には惨殺された女性が倒れているのですが、
その部屋の中には犯人の姿はなく、
窓も内側から閉ざされているのです。

魅力的な設定ですよね。

小学校の高学年で、
チェスタートンの短編にのめり込み、
新鮮なショックを受けました。
チェスタートンは20世紀初頭のイギリスで活躍した、
詩人で聖職者で作家でジャーナリストの一種の怪人で、
本当に魅力的な、
逆説に満ちたミステリーを書きました。

有名な「見えない人」は、
雪の日に衆人環視の中で、
復讐鬼による殺人が起こるのです。
犯人が殺害現場に出入りするのを、
見張りの人間が見ていた筈なのですが、
誰も犯人には気付きません。
それでいて、
雪にはくっきりと犯人の足跡が残っています。
どうして犯人は、
誰の目にも止まらずに、
殺人現場に出入りすることが出来たのでしょうか?

この作品は、
正直あちこちでネタばれがされていますし、
その設定自体、
現代では成立しないので、
皆さんが今お読みになっても、
驚きを感じることは出来ないと思います。

ただ、小学校の僕は本当に驚いて、
ミステリーが本当に好きになりました。

今でも多くのミステリー作家が、
この「見えない人」の現代版のアレンジを、
見果てぬ夢として、
心に抱いているのです。

こうしたミステリーの古典に、
「素直に驚くことが出来た」ことを、
僕は今でも幸せに思っています。

密室の巨匠と言えば、
ジョン・ディクスン・カー(別名カーター・ディクスン)で、
彼は2つの大戦の間の、
所謂ミステリーの黄金時代を代表する作家の1人です。
これは中学校の時にのめり込みました。
僕が中学校の頃には、
絶版ではなく読むことの出来る作品は、
あまり多くはなく、
カーの古本を求めて、
何度も神保町の古本街を彷徨いました。

最初に読んだのが、
「赤後家の殺人」で、
これはカーの作品の中では、
それほど突出した出来のものではないのですが、
本当にびっくりしましたし、
ワクワクしました。
これは、身体に全く外傷がないのに、
血液に注射しないと効果のない毒物で、
毒殺される、
という不可能犯罪の話です。

その後も、
「三つの棺」や「ユダの窓」、
「読者よ欺かれる勿れ」、「プレーグコートの殺人」
などの新鮮な読後感は、
今でも鮮やかに記憶を呼び起こすことが出来ます。

密室トリックというのは確かに魅力的ですが、
その現象が劇的で極端なだけに、
その解決法に、
それほどのバリエーションがある、
という訳ではありません。

ある程度すれたマニアになってくると、
「ああ、これは昔の○○と同じあの手ね」
という感じで、
何となく解決が読めてしまうようになります。
これはクローズアップマジックと一緒ですね。

僕は所謂「密室物短編集」みたいな作品集では、
まともに伏線が張ってあるものなら、
8割がたは途中でトリックは分かります。

つまり、密室トリックは、
もうあらかた書き尽くされた、
という感があるのです。

そんな中で読んだ「硝子のハンマー」は、
ちょっと斬新でした。

舞台は現代的なセキュリティシステム、
すなわち監視カメラやオートロックなどに守られた、
ビルの中の「密室」で、
そこで謎めいた殺人が起こるのですが、
密室の中には死体と共に、
介護ロボットが置かれているのです。

介護ロボットには、
当然殺人を犯すような能力はないのですが、
それでも事件とロボットは無関係とは思えません。

そして、探偵役は、
錠前やセキュリティの専門の、
防犯コンサルタントです。

現代に密室物を再生する、
という難題に取り組む時、
この組み合わせは斬新で、
非常にセンスを感じるものです。

この作品は作者の初めての本格ミステリーですが、
古典のミステリーに対するリスペクトが随所にあって、
僕のような昔のマニアの心もくすぐるようになっています。

全体の構成が2部になっているのは、
コナン・ドイルのホームズ物の長編にある、
極めて古典的な構成ですし、
ポーやカーの作品を意識した、
表現も無数に認められます。

真相が解明される前に、
幾つかの「偽の解決」が示されるのも、
古典的な手法で、
ちょっとあざとい感じもしますが、
ワクワクすることは確かです。

真相もあっと驚き、
というほどではありませんが、
それなりに納得させるものを提示している点は、
さすがだと思います。

ただ、メイントリックの発想は、
この作品より以前に書かれた、
我孫子武丸の作品に、
そっくりのものがあって、
あまり指摘される方はいませんが、
僕はすぐに「あ、これは…」と思いましたし、
その点はちょっと残念でした。

それでも、
日本の長編ミステリーとしては、
最近になく楽しい読書体験であったことは間違いなく、
この手のファンの方は、
勿論大多数の方は既にお読みになっているのでしょうが、
是非にお勧めしたいと思います。

ただ、続編の短編集は、
正直あまり感心しませんでしたし、
ドラマ化されたものなど見ると、
尚更その非現実性が、
露になってちょっと恥ずかしい思いもしました。
特に小劇場の劇団を舞台にした、
コメディみたいなものがあるのですが、
小劇場のファンとしては、
あまりに酷くでガッカリしました。
知らないし興味もないことは、
あまり適当に書かないで欲しいな、
と思いましたし、
作者は非常に才能のある方だと思いますが、
コメディの書ける人ではなく、
それだけは到底活字にするレベルとは思えませんでした。

もし「硝子のハンマー」もドラマ化されるようでしたら、
この作品だけは、
絶対に原作を先にお読み頂きたいと思います。
ドラマがどれだけの出来になろうとも、
原作のような楽しさを、
再現することは不可能だと思うからです。

今日は僕の好きな、
密室ミステリーの話でした。

それでは今日はこのくらいで。

明日は更新はお休みします。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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