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母乳への放射性ヨード移行について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
母乳のヨード論文.jpg
the Journal of Obstetrics and Gynaecology Research 誌に今月掲載された、
福島原発事故後の母乳の放射性ヨード移行に関しての論文です。

これは厚生労働省の指示の元に、
福島、茨城、千葉など、
複数県で授乳中のお母さんに行われた、
昨年の4月から5月の時点での、
母乳中の放射性物質の検査結果をメインのデータに、
作物や大気中の放射性ヨードの濃度のデータを加えて、
環境中の放射性ヨードが、
どのようにして母乳に移行するのかを、
考察した内容となっています。

複数の産婦人科の医療機関が協力し、
昨年の4月24日から5月31日の間に、
119人の授乳をされているお母さんから、
母乳のサンプルを提供して頂き、
その中の放射性物質の濃度を測定したものです。
その結果は厚生労働省のサイトでも、
部分的に見ることが出来ます。
測定はセシウムとヨードが対象となっていますが、
今回の論文中ではヨードの結果のみが記載されています。

はっきり言えば、
かなり内容の薄い論文です。
独自のデータは母乳のヨード測定値しかなく、
それ以外は文科省などのデータの引用のみだからです。

ただ、その分考察が解説的になっているので、
母乳への放射性ヨードの移行について、
トータルな知識を得るには適しています。

おおまかな当時の経緯を言うと、
事故当初は専門家とされる方のコメントとしても、
放射性ヨードは殆ど母乳には移行しない、
という見解が堂々と流布されていました。
しかし、常識的に考えて、
新生児は母乳の中のヨードを原料として、
自分の甲状腺ホルモンを産生しているのですから、
母乳にヨードが移行しない、
という筈がないのです。

3月後半にはその見解は修正されましたが、
どの程度移行するかは明確には語られず、
産婦人科学会は、
概ねお母さんの摂取量の4分の1は超えない程度、
というあいまいな声明を発表しました。

そうした中、
市民グループが独自に、
3月24日以降の期間において、
28名の授乳しているお母さんの母乳の検査を行ない、
最大で1キログラム当たり36.3ベクレルの、
放射性ヨードを検出しました。
(この数値は3月29日の千葉県柏市の測定です)

これが中間報告の段階で大々的に報道されたので、
慌てて厚労省も調査に乗り出し、
上記の論文にある、
119名の検査となったのです。

ちょっと不思議な感じもありますが、
上記の論文においては、
3月の市民グループの測定結果も、
まとめて解析の対象としています。

実際に解析されデータが示されているのは、
厚労省の研究の23例と、
市民グループの測定の28例です。

放射性ヨード131の半減期はほぼ8日です。

市民グループの測定が、
実際の被曝のピークから、
概ね1~2週間の測定で、
厚労省の測定は1か月後以降ですから、
厚労省のデータでは、
検出がされ難くなるのは当然です。

まず、市民グループの測定結果を見ると、
測定は3月24日から4月29日に掛けて行われており、
3月中に測定した6人中、
4人から検出感度を超える放射性ヨードが測定されています。
その数値は8.7、31.8、6.4、36.3で、
単位は1キログラム当たりのベクレル数です。
4人の方とも、
原発からは150キロ以上離れた地域に生活しています。

4月の測定では、
全て検出感度以下になっていて、
その間に母乳に移行するような、
放射性ヨードの被曝は、
なくなっていることが分かります。

検出出来る下限は、
この測定では4.0~7.6ですから、
それほど感度は高くはありません。

次に厚労省の調査を見ると、
計測は市民グループのものより、
ほぼ1か月遅れの4月24日から開始されていて、
4月に測定した23人中、
3割強の7名の検体から、
検出感度以上の放射性ヨードが検出されています。
この測定値は3月の測定よりはグッと少なく、
2.3、3.5、2.3、3.0、2.2、8.0、2.3となっています。
一番高い8.0は茨城県水戸市のデータで、
それ以外は市民グループの測定法では、
感度以下になります。
厚労省の測定では、
かなりバラつきはありますが、
概ね検出感度は2.0程度となっています。

この結果の数字自体は、
勿論心配なレベルの被曝ではありません。

ただし、当然のことですが、
3月15日から20日くらいの時点では、
もっと多量の放射性ヨードの被曝をされた方が、
いらっしゃることは間違いがありません。

このデータの重要性は、
まずどの程度の汚染状態において、
どの程度の放射性ヨードが、
お母さんの身体から母乳へと移行するのかについての、
ある程度の推測が可能となることと、
その汚染の原因についても、
ある程度の推測を可能とする情報が、
ここから得られる、ということです。

まず、
どのようにして、
お母さんの身体に入った放射性ヨードは、
母乳に移行するのでしょうか?

上記の文献に引用されている、
韓国のデータによると、
授乳されている女性は、
1295±946μgのヨードを摂取していて、
母乳に分泌されたヨードは、
892±1037μg/lであったと記載されています。
1日の母乳の分泌量が600~800mlとすると、
摂取されたヨードのうち、
40~70%が母乳に移行している、
ということになります。

韓国は日本と同じように、
ヨードの摂取量が多いので、
このデータは欧米の同種のデータより、
日本の状況を考える上で参考になります。
アメリカのヨードの平均摂取量は、
日本人の数分の1から場合によっては10分の1以下ですから、
あまり参考にはなりません。

摂取したヨードのうち、
4割以上が母乳に移行する、
ということは、
単なる拡散のような現象ではなく、
乳腺の組織に、
ヨードは濃縮される、
ということを示しています。

以前の記事で、
血液と比較して、
母乳はヨードが10倍に濃縮されている、
と書きましたが、
概ねそれに近いことが起こっているのです。

これは要するに、
甲状腺の組織と同じように、
授乳の時期における発達した乳腺組織も、
選択的にヨードを取り込む能力を持つ、
ということを示しています。

つまり、
通常はヨードは甲状腺のみに取り込まれる、
と考えてほぼ間違いはないのですが、
授乳の時期のお母さんに限っては、
甲状腺と乳腺とに、
同じように取り込みが起こるのです。

これは甲状腺の細胞にあるヨードの輸送蛋白が、
授乳期の乳腺の細胞にも、
発現していることを意味しています。

それでは、
原発事故後に微量ではありますが、
母乳に移行した放射性ヨードは、
主に何処からもたらされたものなのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
水道水汚染の図.jpg
これは上記の文献にある図ですが、
元は文科省のデータです。

水道水の貯水槽の放射性ヨードの測定結果ですが、
東京でも福島に匹敵するような濃度が、
一時的には認められていることが分かります。

水道水に含まれる同時期の放射性ヨードの濃度と、
母乳から検出された放射性ヨードの濃度とを、
比較してみると、
市民グループの測定で高値の千葉県柏のデータでは、
水道水のほぼ半分の濃度が、
母乳から検出されています。
ただこれは、
予測された飲水量から考えると、
かなり少ない数値になります。

こちらをご覧下さい。
食品の汚染の図.jpg
これも文科省のデータを図にしたものですが、
一番上がホウレン草の放射性ヨードの含有量で、
その下が牛乳、
一番下が卵のデータです。

特にホウレン草の含有量が多く、
かつ最も長期間残存していることが分かります。

母乳に検出された放射性ヨードは、
こうした食品から複合的にもたらされた可能性が高い、
と考えられます。
その時期の大気中の放射性ヨードのデータから見て、
呼吸により吸引されたヨードの関与は、
かなり限定的と考えられるからです。

ここでデータを組み合わせて考えます。

3月に市民グループで検出された母乳中のヨードが、
その時点での水道水と野菜から摂取されたものと仮定して、
摂取量から母乳への移行率を計算すると、
摂取したヨードのうち、
2割程度が母乳に移行している、
というザックリした計算になります。
(上記の文献の中にある計算です)

韓国のデータと比較しても、
母乳への移行は少ないことになります。

甲状腺とほぼ同じメカニズムで、
乳腺にヨードが取り込まれるとすれば、
ヨードを多く取ることにより、
乳腺への放射性ヨードの取り込みも、
一定レベルブロックされる、
という推測が可能です。

つまり、
日本人の普段のヨード摂取量が多かったことが幸いして、
母乳に移行した放射性ヨードも、
少なかったことが想定されるのです。

現実には今回計測されなかった方の中に、
もっと多い量の母乳への被曝が、
起こっている可能性があります。
上記文献の考察にも書かれているように、
今回の調査に協力された方というのは、
実際には被曝を最小限にするように、
気を配っていた方であった可能性が高いからです。
その推測は実際には現時点ではもう困難で、
その意味でチェルノブイリと比較すれば、
勿論低レベルの可能性が高いのですが、
今後の甲状腺の検診に関しては、
しっかりとしたフォローが、
必要なのではないかと思います。

また、放射性ヨードの被曝は、
殆どが食事と飲水(そして赤ちゃんの場合は母乳)
由来と考えられるので、
必ずしも原発からの距離だけで、
その安全性を評価するのは危険だ、
という気がします。

今日は最近発表された、
母乳への放射性ヨードの移行のデータを考えました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

とと

先生、いつも為になる情報を提供して頂きありがとうございます!

放射能の影響を色々調べられてる中、子供や大人に今回の原発事故が、どの程度影響があるか、見えてきたものはありますでしょうか。

福島に住む人、東京に住む人、皆このまま住んでいても健康に影響はでないのか、先生が感じることがあればぜひ教えて下さい。
m(_ _)m
by とと (2012-04-26 23:19) 

fujiki

ととさんへ
コメントありがとうございます。
端的に言えば、
分からない、というのが正直なところです。
推測で不用意なことを書くと、
すぐにお叱りを受けるので、
あまりオープンな形で、
書くことの出来る内容は、
正直なところかなり限定されているのが実情です。

勿論影響はあると思います。
しかし、世界にそれほど安全な場所が、
放射線のみに限ることなくトータルに考えれば、
あまりあるとは思えません。

要するに環境による健康被害は、
ある程度トータルに考えなければ、
意味がないように思います。

1960年代の核実験をやりまくって以降、
地球は汚れてしまったのであり、
それはもう決して元に戻らないものなのだと思います。
その影響は確実に持続している訳で、
今回の事故はその事実の大きな気付きとなった訳ですが、
原発周辺の高度に汚染された地域を除けば、
単独に今回の影響のみを議論しても、
あまり実のあるものにはならないような気がします。

日本の原発をなくせ、と言ったところで、
世界中には山のように原発があるのですから、
韓国の原発も北朝鮮の核実験も、
中国の原発も、
同じように考えなければ、
意味がないように思います。

すいません。
ととさんの求めているお答えが、
こんなものではないことは分かっているのですが、
こうした漠然としたことしか今は言えません。

僕自身は今も東京に住んでおり、
追い出されなければそのままでいるつもりです。
海藻とキノコは、
全く食べない訳でありませんが、
なるべく控えるようにしています。
少なくとも連続して食べることはしません。
掃除をする時は、
絶対にマスクは付けます。

また確実にこれは…
と思える事項がありましたら、
その時点で記事にしたいと思います。
by fujiki (2012-04-27 08:46) 

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