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心臓のバイパス手術とカテーテル治療の予後を比較する [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理のをして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
心臓手術とカテーテル治療の予後比較文献.jpg
the New England Journal of Medicine誌の今月号に掲載された、
心臓のバイパス手術とカテーテル治療の、
生命予後を比較した論文です。

年齢や糖尿病など、
様々な危険因子の集積によって、
心臓を栄養している血管に、
動脈硬化の変化が起こり、
それが進行すると、
その血管の狭窄が生じます。

あるレベル以上狭い場所が出来ると、
通常の状態では、
血液が流れているので、
特に症状はないのですが、
運動をしてより心臓に血液が必要になったり、
ストレスで血管の壁の筋肉が緊張して、
収縮したりすると、
相対的に心臓の筋肉を栄養する血液の量が不足するので、
心臓は酸素不足の状態となり、
「胸が締め付けられるように苦しくなる」
という発作のような症状を起こします。

これが狭心症です。

狭くなった血管に、
最終的に血の塊、すなわち血栓が詰まるか、
不安定なプラークと呼ばれる動脈硬化巣が、
破裂して出血するような事態が起こると、
その場所より先には、
血液が完全に流れなくなるので、
胸の痛みは安静にしていても持続し、
それがある程度の時間以上続けば、
心臓の筋肉は死んでしまいます。

これが心筋梗塞です。

現在では血管が詰り掛かった状態と、
完全に詰まった状態とは、
「急性冠症候群」と言って同一に考えるのが原則で、
そうした状態が確認されれば、
血管の詰まりを阻止し、
血流を改善するための治療が、
行なわれます。
また、急性冠症候群ではないけれど、
それに進展する可能性が高いと判断された場合にも、
それを予防するための治療が行なわれます。

僕は15年くらい前に、
循環器のトレーニングを受け、
心臓のカテーテル検査を学びましたが、
丁度カテーテル治療が急速に進歩していた時期で、
PTCAと言って、
高圧の風船を膨らませて、
狭くなった血管を広げる技術や、
ステントと呼ばれる網目状の金属の筒を入れる方法、
一種のドリルのようなもので、
血栓を直接削り取るような手法などが、
次々と臨床に導入され、
積極的に活用されていました。

医学の進歩は素晴らしいな、
と思う一方で、
脆い血管にそうした処置をして、
出血を起こしたり、
一旦拡張した血管が再び詰まって、
心臓が停止するようなトラブルも、
しばしばありました。

そうした場合、
カテーテル治療が困難となると、
心臓外科に連絡が行き、
心臓のバイパス手術が、
行なわれるようなケースもありました。

ごく単純に考えれば、
急性冠症候群か、
それに進展する可能性の高い病変の治療には、
原因となっている血管をカテーテル治療で広げるか
(状況によっては血栓を溶かす薬を入れるか)、
詰まった場所をバイパスして、
繋ぐような手術をするか、
そのどちらか、
ということになります。

つまり、内科的な治療と外科的な治療がある訳です。

通常比較的安全に内科的な治療が施行可能で、
その効果が期待出来れば、
まずはカテーテル治療が行なわれます。
しかし、カテーテル治療のリスクが高いか、
カテーテル治療が失敗したような場合には、
心臓バイパス手術が検討されます。

心臓を栄養する血管を、
冠状動脈と言いますが、
これには3本あります。

右と左の冠状動脈があり、
左は更に2本に分かれ、
前下行枝と回旋枝と呼ばれています。

この3本の重要性から言うと、
前下行枝>回旋枝>右冠状動脈ということになり、
1本より2本に狭窄がある方が、
より重症ということになります。

カテーテル治療というのは、
成功すればその血管が広がりますが、
最悪広げることが出来ず、
その血管が詰まってしまうリスクがあります。

この時、
その血管の重要度がより大きければ、
それだけ失敗した場合のリスクも大きくなります。

そのため、
15年前には3本の血管全てに狭い部分のある、
「3枝病変」と、
左の血管の根元に病変のある、
「左主幹部病変」は、
カテーテル治療ではなく、
最初からバイパス手術の適応と、
考えられていました。

ただ…

15年前に既に、
左主幹部病変でも担当医の判断により、
カテーテル治療が行なわれていましたし、
その後3枝病変であっても、
その程度が軽ければ、
まずはカテーテル治療、
というような方針も見られるようになります。

カテーテル治療は、
一旦開通したと見えた血管に、
再び血栓が詰まって閉塞したり、
血管が治療による侵襲によって、
閉塞したり、
というような二次的なトラブルが付き物なのですが、
抗凝固剤を添加して、
詰まり難くなったステントや、
簡易的な人工心肺などのバックアップ体勢の進歩により、
そのリスクは、
少なくとも短期的にはかなり改善されました。

従って、以前であれば、
すぐにバイパス手術の適応とされたような病変でも、
まずはカテーテル治療が検討される、
というような流れが生まれ、
今に至っていると思います。

しかし、未解決の問題は、
その治療の差による長期予後がどうか、
ということです。

以前何度か触れたことがありますが、
はっきりとした長期の生命予後の改善効果は、
バイパス手術では認められても、
カテーテル治療では明確には認められていません。

つまり、短期的応急的には、
間違いなく意味のある治療ではありますが、
その治療をした方が、
よりその方の寿命を延ばすことが出来るか、
と言う点については、
カテーテル治療にその明確な根拠はないのです。

ただ、実際には、
軽度の病変でカテーテル治療が有用であると判断されれば、
その病変に対して、
バイパス手術を行なうことはありません。

問題は以前はバイパス手術が適応と考えられていた、
3枝病変や左主幹部病変に対して、
バイパス手術とカテーテル治療の、
どちらがより長期予後を改善するのか、
という点にあります。

これまでに幾つか、
その点を検討したデータがあり、
端的に言えば、
両者に違いはないか、
それともバイパス手術の方が、
より生命予後を改善しているかの、
いずれかの結果になっています。

2007年に発表された、
糖尿病の患者さんにおける研究では、
10年間の観察期間において、
バイパス手術の方が、
カテーテル治療に比べて、
より生命予後を改善している、
という結果でした。

昨年に発表された同様の研究では、
トータルには両者に差はなかったものの、
3枝病変に限ると、
3年間の観察期間において、
バイパス手術の方が、
死亡率を3.2%低下させる、
という結果でした。

そこで今回の研究ですが、
アメリカにおいて循環器学会と心臓外科学会の、
両者のデータベースより、
2004年から2008年に掛けて、
心筋梗塞はまだ起こしていない段階で、
心臓の治療を受けた、
65歳以上の患者さんで、
2枝病変か3枝病変の患者さんトータル18万人を解析し、
その生命予後を比較しています。

これは後から患者さんのデータを解析したものなので、
勿論年齢などの条件は、
バイパス手術群とカテーテル手術群とで、
マッチングはさせているのですが、
統計的に精度の高い比較、
という訳ではありません。

問題をもっと鮮明にするには、
同じ条件の患者さんに対して、
どちらの治療をするかをくじ引きするような方法を、
取らなければいけないのですが、
心臓の救急の病態なので、
実際にはそれが非常に難しいのです。

今回のデータは、
そうした意味では精度は劣るのですが、
対象人数が非常に多く、
実際の治療の結果として、
どのような傾向が考えられるのか、
と言う点を俯瞰するには適している、
という言い方が出来るのです。

その結果…

治療後1年の短期間では、
その生命予後に差はありませんでしたが、
4年間では総死亡率に、
4.4%の差を持って、
バイパス手術群の方が、
死亡率が低い、という結論となりました。

相対リスクの比を取ると、
死亡リスクを21%低下させています。

この結果は、
これまでの臨床試験のデータとも合致するもので、
現状の認識としては、
よりリスクの高い病変で、
一刻を争う状態でなければ、
バイパス手術の方が、
カテーテル治療よりも、
数年を超える長期の生命予後の観点からは、
より患者さんにメリットが大きい、
という結果でした。

ただし、
カテーテル治療の分野は日進月歩なので、
現在の最先端の治療を比較した場合には、
これとは異なる結果になる可能性もあるのです。

それでは今日のまとめです。

狭心症や心筋梗塞の治療には、
現在ではまずはカテーテル治療が、
選択される場合が多いのですが、
待機的に心臓の血流状態を改善し、
発作を防ぐ治療の選択肢としては、
それ以外にバイパス手術があり、
65歳以上で2枝以上の病変や、
血管の動脈硬化の変化が広範で重症の場合、
糖尿病のある場合などにおいては、
長期の生命予後はバイパス手術の方が優れる、
という複数のデータがあり、
その点もよく考慮した上で、
治療法を選択する必要性があると思います。

今日は心臓病の治療法と長期の生命予後についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 5

taniyan

石原先生
今日は、何時も身近な情報、分り易く有難う御座います。

元勤務先の5歳若いOB、三本一度にバイパス手術成功、以来ピンピン、順天堂だったか。

自分の冠動脈は全体にCa沈着、頸動脈狭窄65%なので大凡見当つきます、以前PET/CTの医師から凄いと言われました。
太い動脈がキラキラ白い二重線(断面?)に観え素人にも良く分かりました。

造影を紹介されましたが主治医は俺ならやらないとか、高riskのため。

頸動脈echoではアテローム、Ca沈着の凸部が多々見られます。

もう70過ぎまで生きれたので諦めています。

何をやるにしてもヘドロだらけのドブに器具を差し込むようなものでヘドロ剥がれriskのほうが高いと勝手に推測。

なるべく長持ち、パッタリを期待してます。
      
それでは本日も診療業務お疲れ様です。

                       taniyan
by taniyan (2012-04-24 14:15) 

fujiki

taniyan さんへ
いつもお読み頂きありがとうございます。
僕が循環器に係わっていた頃は、
90%の狭窄があれば、
取り敢えず治療をしてみよう、
というような感じでしたが、
最近はより慎重な姿勢に、
変わって来ているのだと思います。
by fujiki (2012-04-25 08:23) 

taniyan

石原先生

今日は、本日も診療業務お疲れ様です。

丁寧なコメント頂戴し、恐縮に存じます。

アテロームの進展遅延期待で昨日ゼチーアを注文、試してみます。
現在処方、クレストール5mg、EPA900mg/日。

で、自分の脂質は年レンジで大凡以下。

1.T-cho:160~200
2.TG:130~200
3.LDL:90~110
4.HDL:45~50

変動、測定バラツキかは定かでは御座いませんが多少なりとも下げようとの試行です。

これでも少しずつ進展は確かです、最近65%狭窄と診断されました。
              taniyan
by taniyan (2012-04-25 13:31) 

2回目のバイパス手術です。

1年前に心臓のカテーテル手術をしました、その後は何ともなかったのですが、この1ケ月前位から動き始めると息苦しくなり5分くらい休めば楽になります、先日、1年後の検査をしたところ、同じところが”狭心症”になっているとのこと・・。
医師も原因は解らないのですが、2~3日後に、カテーテル・アイロン手術を行います。
なんで?同じところがなるのだろうか?

by 2回目のバイパス手術です。 (2017-01-19 06:55) 

fujiki

2回目のバイパス手術です。さんへ
カテーテル治療をした場所が、
再狭窄することはしばしばあることだと思います。
今後の再狭窄のリスクなどについては、
主治医の先生によくお話しを聞いて頂いた方が良いと思います。
by fujiki (2017-01-19 09:19) 

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