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癌の組織の多様性とその治療戦略について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
腫瘍の多様性論文.jpg
New England Journal of Medicine誌の今月号に掲載された、
癌の組織の多様性についての文献です。

抗癌剤による治療が、
長足の進歩を遂げた、
というような話は、
しばしば耳にするところです。

最近の主流の薬の1つは、
所謂分子標的薬と言われる薬剤です。
以前の抗癌剤というのは、
癌の組織は通常の組織より、
その増殖が早いことを利用して、
細胞の遺伝子にダメージを与えるような薬が、
主に使用されていました。
しかし、こうした薬は、
当然正常な細胞にも障害を与えるので、
その副作用に、
多くの患者さんが苦しみながら治療をする、
というのが実態でした。

それに対して、
特定の遺伝子の変異に対して作用するのが、
所謂分子標的薬で、
癌の細胞においてのみ、
過剰に発現しているような蛋白質などを、
ターゲットにしているため、
正常の細胞に対しては、
それほどの影響を与えない、
つまり副作用の少ないのがその特徴とされています。

遺伝子工学的技術を駆使して創薬されるので、
非常に高額な医薬品で、
その点は1つの大きな問題ですが、
多くの患者さんにおいて、
その使用が福音となったことは、
間違いのない事実です。

オーダーメイド治療という言い方があります。

これには様々な意味合いがありますが、
その1つは、
癌の組織の遺伝子の変異や、
特定の蛋白質の発現を検出し、
それをターゲットにした分子標的薬を、
使用する、
というものです。

通常その遺伝子変異の検出は、
癌の組織の一部を採取し、
その癌組織の遺伝子を解析することにより、
行なわれます。

この方法は、
癌細胞の遺伝子というものは、
その癌の中では全て同じである、
という仮定の元に行なわれています。

その癌が転移していれば、
転移巣の組織も、
原発巣と同じである、
という想定も同時にされています。

しかし、本当にその仮定は正しいものなのでしょうか?

それを疑う研究結果が複数あり、
実際の患者さんの癌組織において、
その点を検証したのが、
今回の論文の内容です。

対象となった患者さんは、
進行した腎細胞癌で、
エベロリムスという、
腫瘍細胞の分化と血管新生に関わる、
mTORという蛋白質の阻害剤の、
臨床試験に参加している4人の患者さんです。

まずエベロリムス使用前に、
腎臓癌組織の一部の生検を行ない、
エベロリムスの使用後、
原発巣の摘出手術を行なって癌組織を切除し、
その組織の遺伝子検査を再度行ない、
更に転移した組織の遺伝子検査も施行します。

こちらをご覧下さい。
腫瘍の多様性サンプリング部位.jpg
これは対象患者さんの1人の、
生検部位を示したものです。
腎臓癌の病変の切除標本が左にありますが、
そのうち9箇所の別々の部位を、
それぞれ採取して遺伝子の検査を行なっています。
それ以外に原発巣の周囲の転移巣の組織と、
胸壁への転移巣も生検して遺伝子検査の供しています。

それでは次をご覧下さい。
腫瘍の多様性樹形図.jpg
トータル13箇所の癌組織には、
その遺伝子変異に何らかの違いが、
それぞれ存在しています。

それを樹形図のようにして示したのが、
こちらの図になります。

左の端は正常の組織で、
それが右に行くにつれ、
遺伝子変異を蓄積させて、
癌の組織に進んでゆきます。

枝分かれの上の方は、
原発巣に概ね一致して見られる変化を示していて、
それでも部位により若干の違いが存在しています。
PrePというのは最初の生検の組織で、
それがほぼ他の幾つかの組織と一致していることは、
これが使用したエベロリムスの、
影響による変化ではないことを示しています。

枝分かれの下の方は、
転移巣に共通して見られる変異を示しています。
つまり、
原発巣と転移巣との間には、
遺伝子の明確な違いが存在します。

従って、
原発巣のみに発現している遺伝子をターゲットにして、
分子標的薬を使用しても、
転移巣には効果のない、
と言う可能性があります。

また、R4という原発巣の組織検体の、
更に一部には、
原発巣の中に、
転移巣と共通する性質が、
認められます。

つまり、仮にこのR4aという部分が、
最初の生検で採取され分析されれば、
原発巣の他の部位とは、
異なる遺伝子変異が検出され、
それを元にオーダーメイド治療を行なっても、
効果がない、
という可能性があるのです。

他の3人の組織からも、
同一の傾向が認められました。

今回の研究結果を、
どのように考えれば良いのでしょうか?

癌の組織はその経過の中で、
短期間で遺伝子を組み替え、
その性質を変えながら環境に適応してゆきます。

従って、
単純に1回の組織の検査で、
一部の細胞のみの遺伝子の変異を検出し、
それを癌全体に共通する性質として、
分子標的薬を使用するという治療は、
必ずしも常に正しく機能するとは限りません。
更には原発巣と転移巣も、
同一の性質を持つとは限りません。

ただ、そこにも、
常に一定のパターンが存在することは、
おそらくは事実で、
それを分析し、
「敵」をより良く知ることにより、
より確実性のある癌治療に、
結び付くことを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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