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認知症の治療薬の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アリセプトとメマリーの併用効果論文.jpg
今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
認知症の治療薬の効果についての、
非常に興味深い文献です。

現在世界的に使用されている認知症の治療薬は、
ドネペジル(商品名アリセプトなど)、
リバスチグミン(商品名リバスタッチなど)、
ガランタミン(商品名レミニール)、
そしてメマンチン(商品名メマリー)
の4剤が実際に使用されています。

これ以外に、
メマンチンと同種の薬剤である、
アマンタジン(商品名シンメトレルなど)や、
ほぼ日本のみの独自処方として、
漢方薬の抑肝散や、
ビタミンB12や葉酸などのビタミン剤などが、
それほど一般的ではない処方として、
使用されています。

さて、世界的に認知されている4剤のうち、
ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミンの3剤は、
いずれもコリンエステラーゼ阻害剤、
というタイプの薬剤です。
脳内で低下したアセチルコリンという神経伝達物質を、
増加させて認知症の進行を遅らせよう、
と言う仕組みです。
唯一メマンチンは、
コリンエステラーゼとは別の神経伝達物質である、
グルタミン酸の受容体の拮抗薬です。
認知症に伴う意欲低下を改善するなど、
こちらはある種の脳内の調節作用を、
主に期待しています。

この4種類の薬剤の中で、
世界的に信頼性のあるデータが、
最も多くかつその有効性が確認されているのは、
間違いなくドメペジル(アリセプト)です。

その効果は認知機能のテストの数値と、
日常生活動作(ADL)のテストの数値を、
3ヶ月から6ヶ月の臨床試験の範囲において、
未使用群と比較して改善し、
その効果は概ね1~2年は継続して認められることが、
それぞれ確認されています。

しかし、
1年以内に概ね半数の患者さんは、
何らかの理由でこの薬の継続が、
困難となっています。
それは本人やご家族が、
薬の効果に疑問を感じて、
中止を選択する場合もあり、
また食思不振や失神、
苛々や興奮の誘発などの副作用のために、
継続が困難となる場合もあります。

コリンエステラーゼ阻害剤は、
あくまでアルツハイマー型認知症による、
認知機能の低下や日常生活動作の低下を、
未使用の場合より遅らせる、
という効果の薬剤です。

従って、
明らかに使用により症状が改善した、
という報告もない訳ではなく、
僕自身もそうした事例の経験はありますが、
一般的には大多数の事例において、
その効果はご本人にとっても、
ご家族にとっても、
実感はされない場合が多いのです。

未使用の場合の認知機能の低下と比較して、
このくらいの改善が見られる、
というような明確なスケールがあれば良いのですが、
実際には認知症の経過はまちまちで、
薬を使用するタイミングもまちまちなので、
その効果を1つの基準として判定することは出来ません。

それがこうした薬の1つの問題点で、
継続が実際には困難な理由でもあります。

もう1つの問題は、
認知症が進行した段階において、
まだ薬の継続の効果が期待出来るのかどうか、
ということです。

認知機能のスケールにおいても、
日常生活動作のスケールにおいても、
重度の状態になっているとすれば、
それ以上の進行が、
患者さんの今後に与える影響は、
さほど大きなものではないと考えられるからです。

イギリスのNHS(国民保健サービス)の方針では、
認知症が中等症から重症の状態にあり、
アリセプトの使用が患者さんやご家族に、
利益をもたらす可能性が不確かな場合には、
アリセプトをそのまま続けるか、
中止して様子を見るか、
それともメカニズムの違うメマリーに変更するかの、
3種類からの選択が求められています。
一方でアメリカのFDAは、
アリセプトの使用にも関わらず、
認知症が中等症の状態で進行が続いているケースでは、
アリセプトに上乗せで、
メマリーを使用することが、
もう1つの選択肢として認められています。

日本においてもメマリーは、
単独の使用より、
むしろアリセプトへの上乗せでの使用が、
想定された処方となっています。

これまでにも、同様の臨床試験は行なわれていて、
アリセプトとメマリーとの併用で、
一定の上乗せ効果が報告されています。
ただ、検証された期間は数ヶ月と短く、
施設入所した重症の事例に限ったデータとなっています。

また、もう少し長期間で、
アリセプトを含むコリンエステラーゼ阻害剤と、
メマリーとの併用で、
単独の場合と比較して、
施設入所に至る期間が延長した、
という文献もありますが、
これは途中からの上乗せのデータではなく、
比較的軽症の認知症の患者さんが、
その対象になっています。
更に認知機能等の解析は、
行なわれていません。

しかし、
一番臨床で迷う点は、
アリセプトを数年間使用して、
それでも認知症が中等度以上に進行した、
外来の患者さんのケースで、
メマリーの併用を含めた、
どのような選択肢が、
その患者さんやご家族にとって、
最もメリットがあるのか、
という点にあります。

そこで今回のイギリスの研究では、
最低でも3ヶ月以上アリセプトを継続的に使用している、
平均70歳代の在宅の認知症の患者さん、
295名を対象として、
その患者さんを4群に分け、
1年間のその後の認知症の経過を観察しています。

振り分けの4群というのは、
アリセプトの使用を中止した群と、
アリセプトをそのまま継続した群、
アリセプトを中止して、
メマリーに変更した群、
そして最後がアリセプトに上乗せして、
メマリーを併用した群です。

認知症の重症度は、
中等症以上です。

アリセプトの使用量は1日10mgです。
メマリーは1日20mgまで、
段階的に増量しています。
薬の切り替えは、
アリセプトを4週間5mgに減量した上で、
5週目から切り替えを実行しています。

ただ、止むを得ない点ではあるのですが、
この切り替えは、
アリセプトからメマリーへの切り替えについては、
メマリーに不利な結果に成り易い、
という側面はあります。
アリセプトからの切り替えのみの、
試験デザインとなっているので、
アリセプトを中止したことによる効果が、
その後のメマリー単独の使用に、
影響をしてしまうからです。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
アリセプトとメマリーの併用効果の図.jpg
2つのグラフが並んでいますが、
右の図は日常生活動作の指標の変化を示し、
左の図は認知機能の指標の変化を示しています。
2つのグラフとも横軸は時間を示し、
縦軸はそれぞれの評価の指標の推移を示しています。

まず、左のグラフですが、
縦軸のSMMSEというのは、
ミニメンタルテストという認知機能の指標です。
この指標は主に欧米で使用されていて、
日本でよく使われている、
「長谷川式」と呼ばれているものと、
似通っています。
ただ、ミニメンタルテストにおいては、
行動を指示したり、
図形を描かせたりするような、
「行動的」な指標が含まれているのに対して、
日本の長谷川式は、
記憶障害の検出に、
特化している、という違いがあります。
満点は30点で、
この試験の対象者は、
5~13点となっています。
つまり、かなり進行した状態です。

グラフにある4本のラインは、
4つの群のそれぞれを示しています。
全てのラインは時間と共に低下しており、
これは観察期間の1年においても、
認知症は進行していることを示しています。

一番下にある進行が最も早いラインが、
アリセプトを中止した群の経過です。
そして、
一番上にあるのが、
アリセプトにメマリーを上乗せした群です。
その下にある2本のラインは、
アリセプトの継続群と、
メマリー単独群です。
30週の段階で縦に見て頂くと、
メマリー単独は、
アリセプトに比較して、
やや分が悪いという印象があります。
また、アリセプトとメマリーの上乗せでは、
半年程度の期間では、
アリセプト単独より、
認知機能の低下を食い止めていますが、
観察終了の1年後で見ると、
未治療群以外では、
残りの3群の差は殆どなくなっているのが分かります。

右のグラフは日常生活動作の変化を見たものです。

BADLSという指標によるものですが、
これは食事や排泄などの項目毎に、
0~3点までのスコアをつけるもので、
0点は自立の状態で、
3点は全介助の必要な状態です。
つまり、点数が高いほど介護の必要な状態を表わします。
要するに介護保険の調査において、
介護度をチェックする指標とほぼ同一のものです。

指標は矢張り全ての群で上昇していますが、
認知症のスケールと同様に、
未使用群で最も進行が早く、
他の3群は観察期間終了後の1年後には、
あまり差のない結果となっています。
しかし、矢張り半年くらいの観察期間では、
アリセプトとメマリーの併用が、
よりその進行を遅らせています。

この結果をどのように考えれば良いのでしょうか?

アリセプトを3ヶ月以上使用して、
中等症以上の認知症の状態にある場合、
現時点での選択肢は、
アリセプトの継続もしくは、
メマリーの併用です。
ただ、その時点で薬を全て中止しても、
その後の進行が少し早まる程度に、
留まることも事実です。
従って、治療の中断も選択肢の1つです。

アリセプトを他の同種の薬剤、
リバスチグミンやガランタミンに切り替えることは、
一定の効果のある可能性がありますが、
それを支持する信頼の置けるデータは、
現時点では存在しません。

メマリーの上乗せにより、
半年程度の期間においては、
一定の相乗効果が期待出来ますが、
1年後にはその差は消失する可能性が高い、
と現時点では考えられます。

薬を変更するか中止するか上乗せするかの選択は、
医療経済的な側面や、
介護者の負担軽減の観点などを総合的に判断して、
個別に決める可能性があると思います。

最後に僕の個人的な感想ですが、
認知度と日常生活動作の指標は、
本来はもっと継続的に測定され、
その数値の変化が、
医療を含めたケアスタッフやご家族との間で、
もっと広く共有される必要性があるのでは、
と思います。

せっかく介護保険という制度があり、
その中で日常生活動作の指標は、
上記の文献のものとは異なるものの、
計測はされているのであり、
認知度の指標の数値も、
認定更新毎に必ず記載するような形式に変え、
医療の質にもそうした情報が反映されるような形態が、
より望ましいのではないでしょうか?

今日は認知症の治療薬の効果についての、
最新の知見をご紹介して、
今後の認知症の医療について、
僕なりに若干の考察を加えました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
この記事を書いてから、
アリセプトとメマリーの併用試験のデータを、
新たに読んだので、
その結果を踏まえて、
当初の記事に少し追加をしました。
(2012年3月15日午後9時修正)
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tsworking

情報が共有されないと言う事で、エビデンスを取ろうとも意味を無くしている一番の問題ですよね。悲しいです。
by tsworking (2012-03-12 19:53) 

fujiki

tsworking さんへ
コメントありがとうございます。
認知症の治療薬が効いているかどうかについては、
それが高価な薬であることもあり、
認知機能とADLとの両面において、
もっと緻密な検証が不可欠だと実感します。
by fujiki (2012-03-13 08:10) 

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