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低カリウム血症性周期性四肢麻痺の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

「夜足が吊って痛い」という訴えは、
診療所の外来でも、
しばしばお聞きするものです。

ご高齢の方の場合には、
年齢による末梢神経の機能の低下が、
その元にあることが多く、
循環障害や糖尿病が、
その原因となることもあります。

しかし、より若い年齢層で、
同じ現象が繰り返し起こる場合には、
別種の原因を考慮する必要があります。

まず、事例をお示しします。

患者さんは30代後半の男性です。

大学を出てあるIT関連の会社に就職します。
仕事は非常に不規則で、
締め切りのあるようなプロジェクトの追い込みの時期には、
徹夜の続くようなことも稀ではなく、
そうしたことがなくても、
帰りは終電になることが殆どです。
独身なので食事は深夜に、
牛丼とビールで済ますようなことが多いのですが、
それですぐに横になると、
寝入って数時間で、
決まって足の激痛で目を覚まします。

所謂「こむら返り」の症状です。

痛みはすぐには治まらず、
朝にも残るようなことがあります。
それと共に気になるのは、
痛みと共に、
足に力が入り難くなることです。
勿論症状は一時的ではあるのですが、
夜にトイレに起きると、
這って行かなければならなくなることもあり、
さすがにこれはおかしいと思います。

過労なのかも知れませんが、
食べてはいるのに体重は徐々に減り始め、
運動不足のせいかも知れませんが、
ちょっと走ると動悸と息切れがします。

そして、疲れがピークに達したある日、
朝になっても立ち上がることが出来ず、
救急車を呼んで病院に運ばれる事態になりました。

果たして、この方の病気は、
一体何だったのでしょうか?

これが、低カリウム血症性周期性四肢麻痺です。

端的に言えば、
血液のカリウムが減少することにより、
筋肉の活動が正常に起こらなくなり、
筋肉の脱力や痙攣による痛みの起こる病態です。

カリウムイオンというのは、
人間の身体では、
殆どが細胞の中にあり、
極一部が細胞の外にあって、
細胞膜にあるカリウムポンプによって、
その微妙な調節がされています。

カリウムの移動により、
細胞膜の電気的な性質が変化し、
それが筋肉の収縮や、
ホルモンの分泌などに、
重要な役割を果たしているのです。

この病態においては、
そのカリウムが細胞内に過剰に移動して、
細胞の外のカリウムが減少します。

それが筋肉の収縮の調節を妨害するので、
時には収縮が不充分なために、
筋肉の麻痺が生じ、
また別の時には、
過剰な収縮のために痙攣を起こすのです。

低カリウム性周期性四肢麻痺には、
概ね2つの原因があります。

その1つは家族性低カリウム性周期性四肢麻痺で、
この病気はイオンチャンネルの先天的な遺伝子変異により、
カリウムの細胞内への移行が、
起こり易くなることにより起こります。
そのため概ね発症は20歳未満です。
しかし、この病気は日本人を含むアジア人種には、
少ないとされています。

もう1つ、日本人に多い原因は、
甲状腺中毒性周期性四肢麻痺です。

この病気は主に甲状腺機能亢進症、
大部分はバセドウ病の患者さんに起こります。

バセドウ病では、
甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、
この甲状腺ホルモンは交感神経を刺激します。
交感神経から分泌されるカテコールアミンは、
細胞膜のカリウムポンプを刺激するので、
その過剰刺激により、
カリウムが細胞内に移動し、
そのことにより、
低カリウム血症になり、
周期性四肢麻痺が起こるのです。

ただ、この理屈でいくと、
交感神経の刺激は、
全て周期性四肢麻痺に結び付くように思えますが、
確かに緊張すると筋肉のこわばりも、
生じ易くはなりますが、
だからと言って、
全ての方が四肢麻痺になるという訳ではありません。

また、バセドウ病の患者さんが、
全て四肢麻痺になる、
という訳でもありません。

従って、おそらくは交感神経の刺激以外に、
甲状腺ホルモンによる何らかの作用が、
その病態に関与していると思われますし、
その方の体質にも、
こうした病態に結び付き易い要因があるものと、
推測はされますが、
その原因がはっきり分かっている訳ではありません。

次をご覧下さい。
甲状腺性周期性四肢麻痺図表.jpg
New England Journal of Medicine誌の解説から、
この病気の2つの原因の違いを、
一覧表にしたものです。

日本人の場合には、
そして特に20~50代くらいの男性に生じた場合には、
甲状腺機能亢進症を疑って、
その検査を進める必要があるのです。

四肢麻痺の症状は、
炭水化物の多い食事の後で、
夜寝ている時に起こることが多いのですが、
これは炭水化物のドカ食いにより、
インスリンがドバっと分泌され、
このインスリンが矢張りカリウムポンプを刺激するためと、
考えられています。
寝ている時と運動後に多いのは、
運動により細胞から放出されたカリウムが、
安静時に再び細胞内に戻るためと、
考えられています。

治療はカリウムを補充することではなく、
甲状腺機能亢進症を治療することで、
抗甲状腺剤により、
甲状腺機能が正常化すると、
交感神経の刺激がなくなるので、
四肢麻痺も消失します。
ただ、これには一定の時間が掛かるので、
通常βブロッカーと呼ばれる、
交感神経遮断剤が併用されます。
この使用により、
通常症状は数日で改善します。

概ね50歳前半くらいまでの男性で、
頻繁にこむら返りや筋肉の脱力の発作が起こる時には、
甲状腺機能亢進症の可能性を考えて、
ホルモンの検査を行なう必要があるのです。

今日は低カリウム血症性周期性四肢麻痺の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 7

上野秀幸

私も低カリウム性周期的ししマヒにて苦しんでおります。昨年くれから朝起きたら、首から下がが全く動きませをんでした。。救急車で二度病院に運ばれ入院して1週間点滴打ちっぱなしで症状が治まりました。20回位血液検査をしましたが、原因不明で一生治らないとの診断でした。大きい病院に転院しましたが結果は同じでた。現在はアスパラカリウム300mgを朝、昼、夜、と3錠づつ服用しております。酷いときは首から下が全然動きません。。今のところ軽い症状がたまにでますが薬でで押さえています。先生が言うにはには私の場合カリウムの数値がが上がったり急に下がったりがあるのでやはりで、一生治らないと告げられました。。いつキツイ症状が出るか心配しています。現在は月に一度診察をしてして薬を貰いに行っています。これはやはり一生治らないのでしょうか?もし良い治療方があれば教えて頂けないでしょうか。お願い致します。大阪在住41歳男です。
by 上野秀幸 (2012-06-12 15:40) 

fujiki

上野秀幸さんへ
ご返事が遅れまして申し訳ありません。
尿細管の問題が関与していれば、
アルドステロンの拮抗する、
スピロノラクトン(アルダクトンAなど)の使用で、
効果のある場合があります。
カリウム剤との併用も、
勿論血液のカリウム値はチェックしながらの使用ですが、
問題はありません。
血液のマグネシウムが低値であれば、
効果のある可能性が高くなると思います。

ご参考になれば幸いです。
by fujiki (2012-06-14 23:17) 

Kim

兵庫県で救急医をしています。

ちょうど救急車で似た人が来られたので、大変参考になりました。ありがとうございました!

by Kim (2012-08-07 12:03) 

fujiki

Kim先生
コメントありがとうございます。
少しでもお役に立つ点があればうれしいです。
救急医はこの社会で最も崇高な仕事と思っています。
これからのご活躍を陰ながら応援させて下さい。
by fujiki (2012-08-08 08:18) 

gg

私も周期性四肢麻痺です。スローKだけでは回復が遅く効果を感じなかったのですが、10年ほど前からダイヤモックスを一緒に服用することで利尿作用があり、回復が早くなりました。確かに発作がある時は排尿が極端に減るので、それがカリウム摂取の邪魔をしていたのでしょう。医学的なことは詳しくわかりませんが、おかげでスローKの効果も感じています、
by gg (2014-12-08 05:35) 

momo

はじめまして。
私も周期性四肢麻痺で困っています。
現在は朝食後にスピロノラクトン2錠、夕食後にアスパラカリウム9錠服用しております。
持病でⅠ型糖尿病があり、主治医からはⅠ型とは関係ないと言われていますが、周期性四肢麻痺が起こる時は血糖値が下がっているため関係あるのでは・・・と思っています。
また、生理の時も頻繁に出るのですが、このあたりのことを検索しても文献も何も情報がなく、困っています。
もし何か関連する情報などご存じでしたら教えて頂けないでしょうか。
よろしくお願いいたします。
by momo (2016-08-10 11:47) 

いもぞん

看護学生です。患児はバセドウ病で、飲み物がカロリー0のもの。と制限されていました。このサイトを見て、すごくよく理解することが出来ました!!!ありがとうございます!!!
by いもぞん (2016-11-23 18:47) 

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