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妊娠中の甲状腺ホルモン剤治療のお子さんへの効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
妊娠中の甲状腺ホルモン治療論文.jpg
今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
妊娠中の甲状腺機能低下症の治療が、
お子さんの知能に与える影響についての論文です。

妊娠中にお母さんの甲状腺機能が低下した状態にあると、
流産や早産のリスクが増えると共に、
お子さんの脳の発達に、
影響を与える可能性が指摘されています。

しかし、
甲状腺に特にご病気を指摘されたことのない、
妊娠された女性で、
全例に甲状腺機能の検査が行なわれるかと言うと、
それは必ずしもそうではありません。

問題はそうしたスクリーニング検査を、
妊娠初期に行なうことで、
お母さんと生まれて来るお子さんに、
明確なメリットがあるのか、
ということです。

妊娠の初期の検査で、
お母さんの甲状腺の機能低下症が判明した場合、
当然その時点から、
甲状腺のホルモン剤の使用が考慮されます。

しかし、その使用により、
本当にお子さんの脳の機能の異常の出現を、
防止するような効果があるのかどうか、
と言う点については、
未だ明確な結論が出ていませんでした。

メカニズム的に考えると、
甲状腺ホルモンはあまり胎盤移行はしないとされていて、
そうであるならお母さんに甲状腺ホルモン剤を使用しても、
お子さんの甲状腺機能には、
あまり影響を与えないと考えられるからです。
そして、これまでの研究でも、
その効果については相反する結果が得られています。

そこで今回の研究では、
イギリスとイタリアで妊娠された女性、
2万人以上を無作為に1万人ずつの2群に分け、
一方の群では妊娠12週の段階で血液を採取し、
甲状腺機能を測定。
その数値が機能低下であった499名(4.6%)の女性には、
妊娠13週くらいの時期より、
甲状腺ホルモン製剤のチラージンを1日150μg投与し、
出産後お子さんが3歳の時点での、
お子さんのIQの検査を行ないます。
そしてもう半分の1万人には、
同じように血液のサンプルは採取しますが、
測定自体は行なわずにサンプルを保存し、
出産後に測定値を確認して、
甲状腺機能低下の傾向のあった、
551名(5.0%)については、
3歳の時点でIQの検査を施行します。

つまり、
スクリーニングを妊娠初期で行ない、
治療をして甲状腺機能を正常にすることで、
お子さんの予後を改善するかどうか、
つまりスクリーニングに意味があるかどうかを、
かなり緻密に検証しているのです。

その結果はどうだったのでしょうか?

結論的にはスクリーニングをして、
治療を行なった群と、
何もしなかった群との間で、
お子さんの3歳時のIQには、
有意な違いは認められませんでした。

つまり、この結果だけから見ると、
妊娠初期の甲状腺のスクリーニングは、
あまりお子さんの脳機能の改善に対して、
有効性がなかった、ということになります。

ただし…

この研究だけで、
妊娠中の甲状腺スクリーニングの有効性を、
判断するのはちょっと問題があります。

胎児の甲状腺は、
妊娠11~12週くらいから、
自力で甲状腺ホルモンを作り始めます。
しかし、この時点では下垂体からの、
甲状腺刺激ホルモンの分泌はなく、
それが始まるのは18週以降くらいになります。

つまり、脳の機能が活動を始めるのは、
本格的には18週くらいからになり、
それ以前の時期に、
甲状腺機能が正常であることが、
非常に重要なことが分かります。
ただし、11週からは胎児自体の甲状腺が活動を始めますから、
本当にお母さんの甲状腺機能が、
胎児の脳の発育に重要な役割を果たすのは、
むしろそれ以前の時期、
ということになる訳です。

少しややこしい話になりますが、
実際には甲状腺ホルモンは、
胎盤をそのままの形ではあまり移行はしません。
これは胎盤で甲状腺ホルモンを不活体に変換する酵素が、
多く発現しているからと考えられていて、
胎児とお母さんの甲状腺機能は、
基本的には独立に働いているのです。
ただ、完全にそうであるとは言い切れず、
特に胎児の甲状腺が働き始める前の時期では、
お母さんの甲状腺ホルモンが、
お子さんの成長に、
一定の影響を与える可能性があるのです。

今回の研究では、
スクリーニング自体が12週で施行され、
13週から甲状腺のホルモン剤が開始されています。
それは、
実際にはタイミング的に、
遅過ぎた可能性があるのです。

更にはお子さんの脳の機能を、
3歳時のIQで判断していますが、
むしろ胎児期の甲状腺ホルモン不足による、
脳の認知機能の低下は、
IQでは判断出来ない可能性がある、
という知見が存在します。

一律に150μgというチラージンの使用量も、
事例によっては多過ぎる可能性があり、
本来はTSHのレベルを見ながら、
もう少し事例毎の使用量を、
調節した方が良かったようにも思われます。

また、今回のスクリーニングでは、
顕性の甲状腺機能低下症の女性は殆どおらず、
所謂潜在性の機能低下症の事例が殆どだったので、
その差が明確にはならなかった、
という可能性も考えられます。
以前同様の研究があり、
その時には甲状腺ホルモンの補充により、
一定の効果が得られたのですが、
その時の対象者のTSHの平均値は13.2だったのに対して、
今回の研究ではその平均値は3~4程度になっているからです。

このように限界のある研究ではありますが、
これだけの人数で、
妊娠中の甲状腺機能の、
スクリーニングの効果を検証した研究はあまりなく、
今後の試金石になるものだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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まみしゃん

私は20歳で橋本病と診断されチラージン50μを処方しながら27歳で妊娠28歳で出産しました。

息子のIQに影響があったかどうかは、22歳になる息子を見ていてもわかりませんが^^;

流産の原因に甲状腺が関連しているというのは、そのころからも聞いていましたし妊娠中に産科でも検査を受けました。

子供のIQにまで影響があるのか・・・というのは今日先生の記事を拝見してはじめて知りました。
by まみしゃん (2012-02-14 09:36) 

fujiki

まみしゃんさんへ
コメントありがとうございます。
必ず影響を与える、ということではなく、
時にそうしたこともある、
というくらいの意味合いでお考え下さい。
上記の論文と同じ号にある解説では、
かなり明確にそうしたことがある、
という文面になっていますが、
日本の文献や教科書のニュアンスは、
また少し違います。
by fujiki (2012-02-14 21:41) 

プレママ

初めまして。こんにちは。
初妊娠35歳で海外在住、現在3ヶ月(10週目)です。

妊娠してから血液検査で初めて甲状腺機能低下症が発覚しました。ホルモン剤を8週目から飲み始め、一時期TSH30あった数値が今はTSH8まで落ち着きましたが、医者にはTSH2.5にするのが理想と言われています。FT4、T4は正常値です。

甲状腺機能低下症を発症していると赤ちゃんの発達や知能に影響が出ると知り、ものすごく不安になり、いろいろ検索をしていたら先生のブログに出会いました。

海外ということもあり、夫や病院以外、相談できません。主治医に急患が入ったりで低下症が分かったのが7週目で、対応が遅れたのではという後悔もあります。

上記論文で少し安心することができました(こちらの先生も知能の発達への影響について「いろんな研究があって、はっきりとした根拠がない。どちらかというと流産、早産の心配をしないといけない」とは言っていました)が、もっと妊娠に対して前向きになりたいと思っています。
by プレママ (2012-10-12 09:21) 

fujiki

プレママさんへ
少しでも記事がお役に立てば幸いです。
主治医の先生の言われるように、
甲状腺機能低下症の一番のリスクは流早産で、
甲状腺ホルモン値が安定していれば、
そのリスクはほぼ回避出来る性質のものだと思います。
お子さんへの影響については色々な意見があり、
多くの甲状腺機能低下のお母さんが、
お元気なお子さんを出産されていますから、
今はご心配はし過ぎることなく、
ご妊娠を継続して頂くのが良いと思います。
by fujiki (2012-10-13 08:21) 

プレママ

Fujiki先生

お忙しい中、ご回答をいただきありがとうございました。
先生のお言葉と記事を励みに元気な赤ちゃんを産みたいと
思います。また遊びに来ます!

by プレママ (2012-10-14 02:04) 

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